二人は同じ血を流す。私はその間に挟まる。   作:愛宕饅頭

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2,燈と歩弥

 

たっぷりの生クリームと大小のアイスクリームにチョコレートソースのかかったパンケーキ。

その写真を満足のいくまで撮影したのち、ようやく今回の本題へと取り掛かる。

普段なら投稿文とかめっちゃ気にするし、どれだけ反応もらえるかなってワクワクするところだけど、今回に限ってはもう半分くらいどうでもよくなっていた。

今日の今に限って言えばこのパンケーキは主役ではなく、完全に前菜。いやこの場合は肴とかっていうのかな?

まあとにかく、今の私はもう話をしたい気持ちでいっぱいだった。

 

私の隣には両手でメロンソーダの入ったグラスを持ち、ちゅーちゅーとストローで吸い上げる小動物っぽい少女――高松燈。

彼女とは本当にもう紆余曲折色々なことがあった仲で、いろんなお互いの恥ずかしい部分を晒しあった仲でもある。

付き合いの長さで言えばまだ半年とかくらいだけど、それでも結構ともりんのことを知っているつもりだった。

そしてそれはただの思い上がりだったのだということを、目の前に居る人物が証明していた。

 

「でもめっちゃ意外だったなー、ともりんに弟がいたなんて」

「そうなの?」

「いやいや意外だよ。絶対一人っ子だと思ってたし、そもそも兄弟が居るなんて言われたことなかったし」

「それは……言ったことなかったかも」

「でしょ?もー、こんなかっこいい弟君いるならもっと早く知りたかったなー」

 

パンケーキを一切れ頬張りながら視線を私たちに対面に座る人物――歩弥君へと向ける。

コーヒーの入ったカップに口をつけようとしていた彼は私の視線に気づき、控えめにはにかんだ顔を見せる。

その仕草に私は思わずムムムと眉根を寄せる。

別に不愉快だったからそうしたわけではない。寧ろすごくいいと思うっていうか、かなりグッとくる仕草だった。

コーヒーを一口飲み、カップをそっとソーサーに置く。その所作の一つ一つで丁寧で上品で、完全に初対面の年上の異性である私を前にしても緊張した感じがなく自然体に見える。

 

『え、ホントにともりんの弟?』

 

思わずそう言いたくなる気持ちをグッと堪える。

私とともりんが初対面の時なんて、話しかけてもまともに返答もなく逃げられた。

それがこの差は何?めっちゃコミュ力高くない?ともりんの弟という紹介でまさかこれが出てくるとは思わなくない?もっとこう大人しそうなというか、小動物っぽいイメージじゃない?高松家は。

とにかくもう驚きだ。髪色と目の色以外でこの二人から共通点をまるで見出せない。

 

(……でも姉弟なんだよねー)

 

「あ、燈。ほらハンカチハンカチ」

「ん……ありがとう」

 

ともりんが持っていたグラスが温度差で結露がしたたり落ちそうになっているのを、下からハンカチを添えてあげている。

たったそれだけのやり取りからも、普段の二人の姿が想像できた。

確かに似ても似つかない二人だけれど、相性はいいというか仲が良いんだなって伝わってくる。

私の頼んだケーキが来るまでも二人のやり取りを何度も見ていたけれど、二人の間にある和やかな雰囲気はずっと変わらない。

特に普段のともりんの姿を知っている私からすれば、こんなにリラックスして話しているのは見たことがないと思うくらいだ。

歩弥君もともりんのフォローに手慣れているみたいで、ともりんの話すペースで相槌を打って、言葉に詰まったときはすぐに『こう言いたいんだよね』と意図を察していた。

この二人の間にあるこの空気感が、間違いなくこの二人が姉弟であり家族であるとはっきりと証明していた。

歩弥君は『高松燈の弟』と思うと違和感があるけれど、『この二人は家族』だとは思える。なんとも不思議な関係性だった。

 

ちょっと抜けてるお姉ちゃんと、しっかり者の弟。そういう見方をすれば案外しっくりくるかも、と自分の中で納得する。

 

「歩弥君って中学生?」

「はい。3年なんであと少しで卒業ですけど」

「う~ん……見えない」

 

高校一年であるともりんの弟である以上、双子でないなら高校生なわけないのだけど。この振る舞いで中学生というのも違和感の一つだ。

 

「受験とかは大丈夫なの?」

「今日丁度その話をしてました。推薦貰えたから、あとは面接さえ上手くいけばって感じです」

「一般?それとも何か部活に入ってる?」

「いや一般です」

「じゃあ頭いいんだね」

「まあ……ぼちぼちです」

 

今のは謙遜だとすぐ分かった。

しっかりしてそうな雰囲気はあったけど、そこはイメージに違わず真面目なようだ。

 

「このまま順当にいけば1月ごろには二人の時間も増やせそうだねって話してました」

「むむむ……もしかして、二人でこういうデートよくするの?」

「デート…!なの、かな…?」

「あはは、結構してますねデート」

 

照れて返答に困っているともりんと、さらっと肯定する歩弥君。こういうところも対照的だ。

 

「今年も夏休みは遠出したよね」

「大阪の水族館、すごかった」

「えー!デートってことは二人で行ったってこと!?」

「はい。日帰りだったんで結構大変でしたけど」

「すごぉ……」

 

思わず感嘆の声が漏れる。

自分の兄弟関係のサンプルが少なすぎて確実性はないけれど、これは間違いなく普通じゃない気がする。

この仲の良さには、羨ましいを通り越して素直に感心してしまう。きっと自分に弟が居てもこうじゃなかっただろうなと思う。

 

「普段二人でどんな会話してるの?」

「どんなって……普通、だよね?」

「うん。学校のこととか、バンドのこととか」

 

ね、と同意を求めるように二人が見つめ合い首を傾げる動作がシンクロする。

聞いてみれば歩弥君は何度かライブも見に来てくれていたらしい。当然ながら私は全然気づいていなかった。

しかし、ともすればますます不思議ではある。こんなに仲が良い姉弟なのにどうして今までそれを主張することもなく、これまで私に気づかれずに居られたのだろうか?

 

「ねえ何で――」

 

そんなに仲が良いの?そんな言葉を続けようとしたが、聞きなれた通知音に遮られる。

私と歩弥君が同時にスマホの画面を開き、私のものじゃないと気づき顔を上げると、歩弥君が苦々しい顔をしていた。

 

「あー……ごめん」

 

申し訳なさそうにともりんへと視線を向ける。

ともりんは何があったのか直ぐに理解したように、ちょっと寂しそうにはにかんで首を振っていた。

 

「え、もう帰るの?何か用事?」

「そんな感じです。千早さんもすみません、こんないきなり。二人はゆっくりしていってください」

 

そう言って伝票を持って立ち上がり、スッと顔をともりんへと近づけ

 

「じゃあね。愛してるよ、姉さん」

 

自然な動作でチークキスをして、軽く手を振って去っていった。

ともりんは動揺する様子はなく、小さく手を振り返していた。

 

「えぇ……やばぁ……」

 

なんだか今日はずっとこんなことを言っている気がする。

私の分の伝票を持っていったのだって普通は結構驚いてもいいポイントなはずなのに、もう何もかもそれどころじゃない。

こんなに間近で誰かが『愛している』なんて言っているのを聞いたのは初めてだし、別れの挨拶でチークキスする姉弟も初めて見た。

え、なんか知らないうちに世界の常識変わってる?ここ日本だよね?そう思わずにはいられないくらい、あまりにもスマートな一連のやり取りだった。

っていうかともりんもあの行為に何も動揺を見せてないし、高松家では普通なの?それとも仲いい姉弟ってこうなの!?全然わからん。高松姉弟、何も分かんない。怖いくらい仲が良いってことしか分からん。

 

茫然自失。

その時以上にパンケーキから甘みを感じなかった時間は今後ないだろうと私は思う。

 

=====================================================================================

 

「いやぁ……すごいインパクトだった」

「……?」

 

何が?と言わんばかりに首を傾げる可愛らしい仕草も、今はどこか恐ろしくさえ思う。

歩弥君と別れて程なくして私たちもカフェを出て、その帰り道。すっかりと日は沈み、街灯に照らされた夜道を歩く。

 

「仲いいんだね」

「うん……昔から」

「なんかいいねー。仲いい兄弟とか姉妹って見たことあるけど、ともりん達くらい仲いいのなんて見たことないよ」

「そうかな」

 

照れ照れと嬉しそうに下を向くが、すぐにその表情を曇らせる。

 

「歩弥君、帰り遅くなるの?」

「知らない」

「あれ?そうなの?」

「うん。いつも一緒には帰らないから」

「え、そうなんだ……なんか、姉弟って難しいんだね」

「……うん、とっても」

 

あれから帰り道の間、ともりんはずっとこの調子だ。

妙に落ち込んでいるというか、ある意味ではいつも通り自罰的で孤独を感じやすいともりんらしくはあるけれど、さっきまでのカフェでのやり取りを見た後だとギャップを感じてしまう。

それはやっぱり、あの歩弥君の用事とやらが関係しているのだろうか?なんか急いでるみたいだったし、ともりんも寂しそうにしてた。正直めっちゃ気になる……けど、さすがにプライベートなことだろうし聞きづらさがある。

 

「私以外のメンバーで歩弥君のこと知ってる人いるの?」

「えっと、多分……そよちゃんだけ…かな」

「じゃあ昔から付き合いのある子は知ってるって感じなんだ」

「うん。そう、かも」

 

CRYCHICからの付き合いなのにりっきーは知らないんだなとは思ったが、胸に秘めておくことにする。

 

「私からは、あんまり話さないから」

「そうそれ!私も全然知らなかったし、何か理由あるの?」

「…………」

 

ともりんが立ち止まる。私もそれに合わせて立ち止まる。

この沈黙は黙秘のそれではなく、言葉を頑張って選んでるんだなというのはすぐに分かった。

そして何かを決意したような表情を見せ、ゆっくりと歩き始める。私もそれに並んでついていく。

 

「えっと……お願いがあり、ます」

「お願い?」

「うん。……今日のこと、誰にも話さないでほしい」

「今日のことって、カフェでのこと?」

「うん」

 

なんで?と頭に疑問符が浮かぶ。

やっぱチークキスはやりすぎ?それとも弟に全部奢らせたからとか?

 

「それは別にいいんだけど。理由とかって、聞いてもいい?」

「…………」

「言いづらいこと?」

「……待って、ちゃんと言うから」

「いやいや、言いたくないなら無理しなくていいんだよ?」

 

心苦しそうな表情を見せるともりんに、逆に申し訳なく思ってしまう。

そりゃあ知りたい気持ちはあるけど、どうしても知らないといけないわけでもない。何も教えてもらわなくても、言わないで欲しいと言うなら勿論そうするつもりだ。

とはいえ、今日はともりんとその家族のイメージが随分変わった。何度かともりんの部屋にお邪魔したことはある。優しそうなお父さんとお母さんだったし、普通の家庭だと思っていたけどもしかしたら結構厳しい家なのかも?

 

「……あれ?」

 

今の自分の考えに妙な違和感を持つ。

そうだ、ともりんの家に行ったことあるじゃん私。それなのに全然気づかなかったわけ?弟が居ることに?

そりゃあまじまじとリビングとかの共同スペースを見回したわけじゃないし、全部の部屋を見たことがあるわけじゃないけど、普通なんか雰囲気はあるものじゃない?

だけどいくら思い返してみても、自分の記憶の中に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

例えば玄関の靴とか、リビングのテーブルにある椅子とか、飾られている写真だとか、それらの記憶のどこにも歩弥君の存在を感じられなかった。

そんなこと、果たしてあり得るのだろうか?

 

「あのちゃん?」

「え?あ、ごめんなんか聞き逃しちゃった?」

「……今から言うことも、できれば誰にも言わないでほしい」

「もちろん、約束する」

 

ともりんは長い深呼吸をし、やがて私と目を合わせる。

 

「あの子は――アルは私の弟だけど、家族じゃないんだ」

「え?あー……なるほど?」

 

上手く理解が追い付かず、適当な相槌を打ってしまう。

弟なのに家族じゃない?どういう意味?歩弥君は弟みたいな存在だけど他人ってこと?というかそもそも家族の定義って何?血の繋がり?でもそれなら弟=家族にならない?

ともりんの言葉の意味が分からず、解釈に困り無数の疑問が頭を埋め尽くす。

 

「だから、私がアルと会ってたこと、誰にも言わないでほしい」

「それは勿論だよ。うんうん、絶対誰にも言わない」

「よかった。ありがとう、あのちゃん」

 

ともりんはそう、安心したように笑みをこぼす。

その間にも私はゆっくりともりんの言った言葉の意味を一つずつかみ砕いて理解しようとする。

 

「じゃあ私こっちだから」

「あ、うん。じゃあまた明日ね」

 

そう言って手を振ってともりんと別れる。

チカチカと点滅する街灯に照らされた夜道を、一人のそのそとした足取りで歩く。

 

『弟だけど、家族じゃない』

『私がアルと会っていたこと、誰にも言わないでほしい』

 

思い出されるその言葉一つ一つが、どうにも腑に落ちない違和感のある言い回しに思えてならない。

無意識に私は立ち止まりスマホを開いていた。

ツイツイと指を滑らせ、名前を探す。今日新しく増えた連絡先の一つ。

 

そこに全てを紐解く答えがそのまま表示されていた。

 

須能歩弥(すのあるや)

 

見覚えのない苗字と、今日教えてもらったばかりの名前。その二つが一つに結びついている。

私は長い息を吐きながらしゃがみ込み、頭を抱える。

 

「もしかしてさー……私、鈍すぎ?」

 

そこかしこにヒントはあった。それこそともりんが言っていたことなんて答えそのままだ。

そりゃあともりんの家に遊びに行っても、歩弥君の居た痕跡なんてないわけだ。靴も置いてないし、写真も飾るわけがない。

思い返して見れば、歩弥君は自分の紹介をするとき何度も言葉を選んでいるような場面があった。まるでともりんに許可を求めるような、そんな仕草。

二人きりで日帰り旅行なんてすごい姉弟だなんて呑気に考えていたけど、ほかの家族を連れて行けるわけなかったからで。

私が今日までともりんに弟が居るなんて気づけなかったのは、あの子自身が意図的にそのことを隠していたからだった。

あれやこれやと、幾らでもその答えを裏付ける証拠が思い浮かんだ。

 

「そりゃ普段から言えるわけないし、今日はあんなに嬉しそうだったわけだよ」

 

()()()()()()()

 

あの二人はそういう関係だったのだ。

 

「……っていうか私、やっぱお邪魔だったんじゃない?」

 

ことの流れを整理していくうちにそんな結論に行きついてしまう。

頻繁に会って話せるわけじゃなかっただろう中で、貴重な二人きりで会う機会を、私の軽い思い付きで台無しにしてしまったんじゃないだろうか?

今更になってふつふつと罪悪感が沸き上がってきた。

でもこれは私も悪意があったわけじゃない。信じられないくらいタイミングが悪かっただけだ。いつか知るかもしれなかったこと、それが今日だった。……そういうことにして欲しい。

 

「なんか可哀そうかも、あんなに仲が良いのに離れ離れなんて……複雑だー」

 

とはいえ、センチメンタルな気分で過剰に憐れむのもそれはそれで違うのかもしれない。

そんな複雑な関係でも、二人はああやって仲良くしてるんだし。

……うん、今度なんか二人に埋め合わせしてあげよ。

そう思うことで気を持ち直し、歩弥君にメッセージを送って帰路に戻ることにする。

立ち上がりスカートの裾を軽く払い、スマホを鞄に入れようとしたその瞬間、ピロンという軽い電子音とともに振動が手に伝わってくる。

 

「返信早…………ふふっ、仲よくしてねの返しに『はい』だけって、喋るのは得意そうだったのにメッセージ適当過ぎない?」

 

似てないと思っていたけど、漸くともりんの弟らしい一面を見て、ちょっぴり心が軽くなる。

 

「歩弥君、か」

 

女子高に通い始めて以来、すっかり忘れていた異性への妙な高揚感に浮足がたつ。

上がって落ちてまた上がって、今日はこの放課後だけで私は何度気分が乱高下したことだろうか?

 

「う~ん……年下もありっちゃありだよねー。背も高いし、かっこよかったし」

 

帰り道、色んなことがあった今日だったけど、私の足取りは軽かった。

 

 

 

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