二人は同じ血を流す。私はその間に挟まる。   作:愛宕饅頭

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ともりん誕生日おめでとう!!
この話を書くためだけにオリ主の誕生日を決めていたんですが、それをようやく形にできてよかったです。



閑話,誕生日大作戦【後編】

 

運命という存在を俺は信じている。

人の意志や、言葉では介在できないその領域にこそ、俺は何よりも尊い価値があると信じている。

 

約束は儚い。

固く結ばれた誓いも、深く預け合った信頼も、永遠を誓った愛すらも、簡単に壊れてしまうということを知っている。

言葉では足りないのだ。人は嘘をつくから。

温もりだけでは足りないのだ。人はすぐ忘れてしまうから。

関係に意思が必要な時点で、その繫がりは絶対ではない。

 

どれだけ本気の想いで始まっていたとしても、平気で人は()()()()()()()

俺は、そんな姿を目の前で見たきた。

 

この世にどれだけ、絶対に変わらないものがあるだろうか?

 

俺はきっと幸運だ。

絶対不変の特別な繫がりが二つもあるのだから。

 

一つはこの体に流れる血。

自分と同じ血を流す、たった一人の最愛の姉。

 

そしてもう一つは、自分の生まれた日。

一年に一度しかないその特別な日が、最愛の人が生まれた日と同じだということ。

 

誰のものでもないこの偶然を。

ちっぽけなこの奇跡を、俺は運命だと信じている。

 

 

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11月22日。昼前。

俺は愛音さんに呼び出しを受けていた。

 

「お誕生日おめでとー!」

「ありがとうございます」

「でも、本当に一緒に来なくていいの?一人くらい増えてもみんな気にしないと思うけど」

「お気遣いなく。バンドメンバーの皆さんで祝ってあげてください」

 

今日この日は、俺にとっても姉さんにとっても誕生日だ。

この後姉さんたちはバンドメンバーと一緒にケーキバイキングに行くという話を聞いた。

その集まりに一緒に来ないかと愛音さんに先ほど誘われたのだが、丁重にお断りさせてもらった。

MyGO!!!!!という居場所は姉さんが自分の力で繋いだ絆だ、そこに俺という存在は必要ない。それに、愛音さんはすっかり気にしていないが、一応周りに姉弟だということを隠しているのだから、たくさんの人の集まりに姉さんと一緒に居るのはよくない。どういう形で周りにも漏れ伝わるか分からないのだから。

 

本当は一緒に出かけた先でプレゼントを渡そうと思っていたらしい。

とはいえ、俺にとっては当然だと思っていたことも、愛音さんにとっては予想外だったようで、こうしてケーキバイキングに出かける前に呼び出されたのだった。

 

「絶対歩弥君ならともりんと一緒に過ごしたいと思ってたのに、なんか残念」

「心配しなくとも、もう既に十分祝ってもらいましたから」

「え?ともりんに?」

「はい」

「ええ!?そうだったの?もしかして電話とか?」

「内緒です」

「えー?別に内緒にすることなくない?」

 

誰に何と言われても言うつもりは無い。きっと姉さんも同じこと言うだろう。

これは毎年誕生日の日に決めた、俺と姉さんの二人だけの決まり事だ。

 

「むう、恋人をさし置いてイチャイチャしてー」

「俺にとっての最愛は燈ただ一人ですから」

「ちょっと妬けるな~……まあでも、二人でもう祝い合えたんならよかったか」

 

こういう時、引き摺りすぎずすぐ切り替えられるのは愛音さんのいいところだと思う。

 

「じゃあ今日は、姉さんを目いっぱい楽しませてあげてくださいね」

「まっかせて!……ってなにもう締めに入ってんの?まだ何も終わってないってばー」

 

頬を膨らませながら、愛音さんは提げていたバッグから何かを小さな紙袋を取り出す。

 

「まずはこれ、りっきーからの預かりもの」

「え、立希さんから?」

 

てっきり愛音さんからのプレゼントが来るとばかり思いこんでいたので、その贈り物は予想外だった。

 

「立希さん、俺の誕生日知ってたんですね」

「やっぱり二人でデートした時に言ってなかったんだ。私がこの前しれっと、歩弥君とともりん同じ誕生日だよって話したらすっごくびっくりしてたんだから」

「初対面の人にそんなアピールするわけないでしょ……」

 

初対面じゃなくても言うはずはないけど。

俺にとって誕生日は誰かに物をせびる日じゃない。

重要なのは気持ちだ。祝いたいという気持ちこそが誕生日の意味だ。そういう話を、立希さんにはしたはずだ。

……ともすれば、立希さんは俺の誕生日を祝いたいと思ってくれたんだろうか?まだ一度しか会って話したことのない俺のことを?

 

「やっぱり、とっても思いやりのある優しい人ですね。立希さんって」

「え?」

「え?」

 

何故か愛音さんから信じられないという目で見られる。

そんなおかしなことを言った覚えはないのだけれど。

 

「まあ優し……う~ん……思いやりのある……あるとも言うかも?」

「とっても優しかったですよ」

「私には全然優しくないんですけどー」

「それはきっと自業自得です」

「あー!りっきーみたいなこと言う!」

 

ぷりぷりと怒りながらも、手のひらサイズの小さな紙袋を手渡される。

外からその中身は窺えないが、何か固い手触りだった。

 

「ありがたく、受け取っておきます」

「………」

「………何か?」

「中身、気にならない?」

「気になると言えば気になりますけど」

「実は私も、りっきーが男の子にどんなプレゼントしたかチラッっと気になってるんだよねー。ちらちらっ?」

 

惜しげもなく包まれたプレゼントの中身を見たいと、愛音さんはそう仰っている。

相変わらずのミーハー具合だ。

……まあ別に、今開けても帰って開けてもそれほど差は無いだろう。

破って中身を落としてしまわない様にだけ注意して、慎重に止められているテープを剝がして中の物を取り出した。

 

「……これって」

「小瓶?のアクセサリー?」

 

親指ほどの小さな小瓶に、ネックレスにできそうなくらいの長さの紐が括りつけられている。

その小瓶の中には、深い黄色の小さな石がいくつか入っていた。

 

「そっか、立希さん……ふふっ」

「え?何々?これ何なの?」

 

一目見て、それが何であるかを理解した。

その一方で、あの日一緒に居なかった愛音さんにはこれがどういう意味を持つのかまるで分らないでいた。

 

この小瓶のアクセサリーは、あの時立希さんから相談を受けていた姉さんへのプレゼントと特徴が完全に一致していた。

これは結局この小瓶を姉さんには渡せなかったのか、俺へと新しく用意してくれたのかは分からない。けれど、何故これをプレゼントしてくれたかの理由だけは明白だ。

俺はあの時立希さんに話していた。『プレゼントは自分の持っているものと同じ物を贈り合った』と。

その言葉を覚えていてくれたからこそ、こうして姉さんも持っている物と同じ小瓶をプレゼントしてくれたんだろう。

 

じんわりと胸が温かくなる。

これほど素直に嬉しいと思えるものを、姉さんではない誰かから頂いたのは初めてかもしれないな。

何気ない言葉をちゃんと聞いて、その思い出を汲んで渡してくれたというのが、何よりも嬉しかった。

 

「立希さんの誕生日っていつですか?」

「え?確か……8月9日?」

「覚えておきます。ちゃんとお礼をしたいですから」

「ちょっとー!私の誕生日聞いた時とテンション違い過ぎない?」

「人徳の差ですかね」

「納得いかない!彼女の前で他の女に惚気るなー!」

「あの日俺と立希さんを二人きりになるように仕向けたのは愛音さんですよね……?」

 

こればっかりは愛音さんが悪い。

あっちはあっちで姉さんと一緒に俺のプレゼントを二人で選んでいたらしいとは聞いているけど。

 

「くっそー順番ミスっちゃったかも。変にハードル上がったー」

「そういえば、俺を喜ばせるって勝手に燃えてましたね」

「うっ……変なことばっかり覚えてるし」

 

あーうーと呻きながらも、やがて覚悟を決めたようにおずおずとバックの中から何かを取り出した。

 

「……これ、私からのプレゼント」

「ありがとうございます」

 

受け取ろうと手を伸ばすが、さっと身を引くようにプレゼントを引っ込める。

渡したいのか渡したくないのかどっちなんだ。

 

「……お願いだから、嫌がんないでね」

「そんなに変な物なんですか?」

「そうじゃない、けど……そりゃあともりんと一緒に選んでる時はめっちゃ楽しかったよ?これだって思ったときテンション上がったし。……でも、よくよく考えてみたら完全に私の趣味かもって気もしてて」

 

もにょもにょと愛音さんらしくない言い訳を並べている。

俺の立希さんからのプレゼントでの反応が、よほど愛音さんに効いてしまっているらしい。

 

「とにかく!嘘でもいいから嬉しいって言ってね!」

 

後ろ向きなのか前向きなのか分からない言葉とともに突き出された物を、半ば強引に受け取らされる。

 

「……今開けた方がいいですか?」

「絶対にはい!その方が弁解できるから」

 

一度立希さんから貰った小瓶を袋に入れなおして、そっと上着のポケットに仕舞う。

そして改めて愛音さんから渡された小袋の中に手を入れる。

中には一つ、手のひらサイズほどの瓶が入っていた。

 

「まさかの瓶被りだけど、中身全然違うからね!」

 

流石にそれは見ればわかる。

愛音さんから渡されたプレゼントの瓶には、どうやら液体が詰まっているようだった。

まずもって、それが何かすら自分には分からなかった。

愛音さんは美容系の動画をよく見ると言っていたし、化粧品とかだろうか?少なくとも、今までの自分の人生であまり触れあってこなかった部類の物であることには違いなかった。

 

「じゃじゃーん。香水でしたー」

「ああ、香水なんですね」

「……うう、分かってましたよーだ。あんまり嬉しくないんでしょ?」

「いや、そのなんていうか……香水とか全然使ったことないんから、上手くリアクション出来なくって」

 

今日あったときの浮かれっぷりとの落差に、流石にちょっと心が痛む。

とはいえ、本当に香水なんて使ったこともないし、どういう時に使うのかさえよく分かっていない。

服とか靴なら多少気を遣っているけど、自分の匂いに気を遣ったことはまだない。毎日お風呂に入って清潔にしてるから、そんなに匂うとは思っていなかったけれど……もしかしてそう言う意味なんだろうか?

 

「ごめんなさい、ずっと気付きませんでした」

「え?」

「その……俺が……そんなに気になる臭いしてたなんて」

「え!?いやいやいやいや!ぜんっぜん違うから!そういう意図じゃないからね!!」

「そうなんですか?」

「むしろ歩弥君の匂い好きだし……ってそういう話でもなくて!!」

 

今さりげなく、小さなフェチを暴露されたような気がする。

 

「匂いって一番強い記憶なんだって」

「記憶?」

「そう。目で見たものより、耳で聞いたことより、舌で味わったことより、匂いが一番強く記憶に刻まれるんだって」

 

ともりんからの受け売りだけどね、と愛音さんは続けた。

まさか愛音さんから雑学を聞かされるとは思ってなかった。

 

「その話を聞いた時から、香水いいじゃんって思ってて」

「ともりんと二人で色々試して選んだんだよ」

「この匂いが好きーとか、こんな匂い似合うなーとか、歩弥君からこんな匂いがしたら嬉しいよねーとか。あれは楽しかったなー」

 

俺と立希さんが真面目に姉さんのプレゼントを選んでいる裏で、あちらはあちらで盛り上がっていたらしい。

 

「……えいっ!」

「わぷっ」

 

突然、愛音さんの両手が俺の両頬を包み込む。

俺の片手には先ほど受け取った小袋、もう片方の手には愛音さんから貰った香水が握られていた。そんな抵抗を奪われた状態だったために、好き放題に頬を弄ばれる。

 

「ちょ、やめっ……」

「目閉じて」

「え?」

「いいから!」

 

言われるがままに目を閉じる。

すると、何か温かいものが体と首のあたりを包む。

『何をするんですか』そう口を開こうとした瞬間、甘く印象深い香りが鼻を突いた。

 

「どんな感じ?」

「えっと……」

 

想像以上に近い場所で愛音さんの声が聞こえて、少し動揺してしまう。

 

「華やかな感じがします。甘いけど……ゆったりした感じじゃなくて、明るいっていうか……瑞々しい?そんなイメージです」

 

鼻先に神経を集中させ、感じたままのイメージを言葉にする。

目を閉じさせたのはこうして匂いに集中させるためだっていうのにはすぐに気づいた。

しかし、匂いを言葉で表現するのなんて初めてだったので、上手く伝えられたか分からない。

 

「それが私の匂いだから」

 

耳元でそう囁かれると同時に、パッと体を包んでいった温もりが離れて行ったのを感じた。

ゆっくりと目を開くと、愛音さんが髪の毛を整える仕草をしていた。その指先の裏から小さく覗いた耳がいつも以上に赤く見えた。

 

「今の匂い、渡した香水と同じ匂いだから」

「これから先、その香水をつけて出かけるたびに思い出してよね、私のこと」

 

そう、クシャっとした笑顔で愛音さんはそう言った。

 

相変わらず、俺とは全く違う価値観をした人だ。

人の誕生日だというのに、おめでとうでもなく、ありがとうでもなく、プレゼントをした私のことを思い出せよと来た。

相手を思いやるものではなく、相手に想って欲しいという気持ちを愛音さんは贈ってきた。

俺の考えと、まるで逆だ。

 

「愛音さんらしいですね」

 

自然と俺は笑っていたと思う。

人の誕生日だっていうのに、こんなにも自分のことをアピールする人は初めて見た。

でもこんなに無茶苦茶で、自分勝手で、エゴ丸出しの人だからこそ―――俺はこの人と一緒に居るんだよな。

 

「それって褒めてる?」

「どうでしょう?」

「うう……やっぱちょっと攻めすぎたかも」

 

ころころと表情を変える愛音さんの姿に、また笑ってしまう。

いつの間にかこの人の前で笑顔を見せるのも、普通のことになってしまっていた。

 

「……そろそろ行かなくて平気ですか?」

「え?やば、確かにそろそろ向かわないと」

 

ケーキバイキングにはランチも兼ねていくと言っていた。

メンバー全員で行くのなら、遅刻するわけにはいかないだろう。誕生日祝いとなれば猶更だ。

 

「今日は楽しんできてくださいね」

「うん!来年は歩弥君も一緒にね!」

 

そうして慌ただしく振り返りながら走る愛音さんを見送った。

 

「……まだ少しだけ匂いがする」

 

自分の服の襟元から、あの時嗅いだ華やかな香りがほんの少し残っていた。

 

手の平の中にある香水の瓶に目を向ける。

特徴的な形だとは思わない。それこそ、化粧水とかが入ってそうなガラス瓶だ。

ふとあることを思い出す。そういえば香水って男性用と女性用があるという話を聞いたことがある。愛音さんは俺にかがせたその匂いを、自分の匂いだと言っていた。それはつまり、愛音さんも同じ香水をつけてきていたということなんだと思う。

楽しくなって色々二人で選んだと言っていたけれど、愛音さんもつけていたっていうことはこれ……もしかして女性用なのか?

 

「……あまり考えないことにしよう」

 

ただでさえ使うのに少し勇気が要るものだけど、その答えを知るともっと勇気が必要になりそうだったので考えるのをやめた。

どうせ自分に良し悪しは分からない、試せるだけ試してみよう。

帰りの電車の中で、香水のつけ方を調べながら、ぼんやりとあの華やかな香りを思い出していた。

 

 

これは余談だが、とある体育のマラソンの授業の後で『何か女の子の匂いがする!』とある学校の男子更衣室が色めき立っていたという。

 

 

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11月22日。時は遡り午前3時半。

まだその家の住人全員が寝静まっている深夜と早朝の狭間。俺は静かに目を覚ました。

何も普段からこんな時間に起きているわけではない。今日だけは特別だ。

 

物音を立てないようにそっと服を着替え、洗面所で軽く身支度を整える。

そして誰にも告げず、静かに家を出るのだった。

 

月も沈み、光の無い夜空の下を歩く。

 

「さむっ……」

 

もう12月も目前に控えた11月の終わり。

長かった夏が遠い季節に思えるほどの寒空。

首に巻いたマフラーに口元を埋めながら、足早に目的の場所へと向かう。

 

点々とした街灯以外に何も頼りのない夜道をただ歩く。

多くの人が住んでいるはずの住宅街のさなかであっても、人の息づく気配は何も感じられない静かな夜。

車一つ滅多に通りかかることのない、日中とはまるで別世界がそこにはあった。

 

約30分は歩いただろうか。

丁度目的地へとたどり着く。

大きなイチョウの木がそびえたつだけの、小さな児童公園。そこに、一つの人影があった。

 

「燈っ」

「ん、アル」

 

数少ない遊具のブランコに腰を掛けたその人影が、その揺れを止め立ち上がる。

 

「危ないから先に来ちゃ駄目だって」

「ごめん、待ちきれなくて」

「もう……どれくらい待った?」

「そんなには待ってないよ」

 

そう言った姉さんの鼻の頭は、長く外気に触れていたことを示すように赤らんでいる。

手袋を外して手の甲をその頬に押し当てる。

 

「……手、あったかい」

 

30分も歩いたことで寧ろ熱いくらいの自分の体に反し、姉さんの体はすっかり冷え切っているようだ。

多分この様子だと数十分はこの公園に居たらしい。

近くにマンションや集合住宅も多いし、大きな通りの近くにこの公園はあるとはいえ、こんな場所に一人でいて欲しくないというのが俺の本音だった。

出来ることなら、俺がここで待ち合わせるまで家まで出てきてほしくない。……とはいえ、流石に今日ばかりはそんな小言も控えるべきか。

待ち遠しかったのはお互い同じなんだから。

 

「アル」

「なに?」

「誕生日おめでとう」

「ありがとう。燈も誕生日おめでとう」

 

いつものようにそう言葉を返した。

その筈だけれど、何故だか姉さんはちょっと寂しそうな顔をしていた。

 

「何か、変だった?」

「呼び方」

「ああ……ごめん」

 

軽く咳払いをして、改めて言い直す。

 

「誕生日おめでとう、姉さん」

「うん。じゃあ行こ」

 

当たり前のように差し出された手を、手袋を外した手で握り返す。

 

「アルの手、カイロみたいにほかほか」

「姉さんが冷たいんだよ」

 

今日のプレゼント手袋にするんだったかな。そんなことを思いながら、二人で公園を出る。

行く先は決まっていない。ただ誰も居ない闇を二人で歩く。

 

今日は11月22日。

俺と姉さんの誕生日。

一年に一度しかない何より特別な日。

今日この日には、一つだけルールがあった。

それは『誰の目も気にせずに、ただのありふれた姉弟として過ごす』ただそれだけ。

だから俺と姉さんは、こんな夜とも朝とも言えない時間に二人で会う待ち合わせをしていたのだ。誰にも会わないでいいように、誰にも聞かれないでいいように。

 

「愛音さんから聞いたよ、バンドメンバーとケーキを食べに行くって」

「うん。楽しみ……だけどちょっと緊張してる」

「バイキングとか、二人だと行かないもんね」

 

俺も姉さんもあまりたくさん量を食べるほうではないので、バイキングという言葉にはあまり胸が躍らないというのが本音ではあった。

俺と立希さんが姉さんの誕生日プレゼントを選んでいるのと同じ日に、姉さんと愛音さんは俺のプレゼントを選びに二人で出かけたのだという。

ケーキバイキングに行くという計画は、その日に唐突に決まったらしい。俺のプレゼントを選びに出掛けたという話だったのに、奇妙なことだ。

 

「でも、選ぶ楽しさってあるよね」

「うん。……ちゃんと食べきれるようにお腹すかせないと」

「ちょっとくらい取りすぎても大丈夫だよ」

「そう、かな?」

「多分愛音さんが片付けてくれる」

 

あの人もあんまり食べるようには見えないけど、まあそれくらいの我儘大目に見てあげて欲しい。姉さんの誕生日なんだから。

 

「アルは……今日は予定あるの?」

「今の家族とご飯とかかな」

「そっか、アルも楽しんできてね」

「ありがと」

 

楽しめるわけがない。そんな思いを隠すように強く手を握り返す。

 

「アルは15歳になるんだね」

「……もう、あれから10年か」

 

ついこの前にもそんな話をしたような気がする。

二人が一緒に暮らしてきた時よりも、倍近くの時間を離れ離れになって過ごしてきた。

今ではもう一緒に過ごしていた記憶のことが、いくつも消えかかっている。

 

それでも、はっきりと覚えている思い出もある。……あまりいい思い出とは言えないかもしれないけど。

誕生日だった。二人の誕生日、俺と姉さんはそれぞれ違うおもちゃをプレゼントされた。それぞれが違うケーキを用意された。

あれはきっと両親なりの気づかいのつもりだったんだと思う。けれど結果は全部裏目。

互いに互いのものと同じものが欲しいと泣き喚いた。同じケーキじゃないと嫌だって泣いた。

困った両親が、二人のおもちゃとケーキを交換してあげると『これはお姉ちゃん/アルの物なの』ってさらに激しく泣いた。

言うなればそれが、初めての俺と姉さんのケンカと言えるのかもしれない。

その時のお父さんの泣きそうな顔を、どうしようと泣きながらお祖母ちゃんに電話していたお母さんのことを、今でも覚えている。

もっと笑いあった思い出だってあっただろうに、不思議とこんなことばかり記憶に残ってる。

 

「本当におっきくなったね」

「そう?」

「昔はこれくらいだった」

「それ、大分昔でしょ」

 

姉さんは自分の首元位に手を置いてそう言っていた。

姉さんより小さかったのなんて随分前だ。中学に入ってから急激に伸びたから、小学生くらいの時。……3,4年前?

 

「これからも、もっと大きくなるよね」

「どうだろ?」

 

自分はあまりたくさん食べるほうでもないし、必死に運動をしてるわけでもない。

このくらいの身長で打ち止めなんじゃないだろうか?そう思ってしまうのはただの自分の願望ゆえなのかもしれない。

 

「お父さんはもっと大きいでしょ?」

「あんまり大きくても面倒だから、これくらいで勘弁してほしい」

「大きいと面倒なの?」

「父さんよくいろんな場所で頭ぶつけてたでしょ?あれ、今もだからね」

「ふふっ、そうだった。懐かしいな……肩車してもらった時に天井に頭をぶつけて、痛かったけど泣かなかった私の代わりに、ごめんってお父さんがいっぱい泣いてた」

「あったあった。俺も同じことされたっけ」

 

父さんの身長は190cm以上ある。

そのおかげですごく高くて、肩車してもらうのが楽しかった。その代わりに、色んな所にぶつけられた。

アリスにもよくしてあげてるけど、今では全然ぶつけてない気がする。……あの時とは天井の高さが違うのかな。

 

ほぼ巨人と言ってもいいくらいの長身の遺伝子を姉さんも持っているはずだけど、今のところそんな兆候はない。母さんに似たのかもしれない。

逆に俺はまだ年々伸び続けている。今くらいが丁度いいからそろそろ止まって欲しいけど、まあ多分無理だろう。せめて180くらいで止まって欲しい。

父さんを見ていたからわかる。190超えると絶対に邪魔だ。

 

「そうだ、立希さんと知り合いになったって言ったよね」

「うん。『弟居たんだね』って立希ちゃんに驚かれた」

「まずはごめん、隠してたのに勝手にばらして」

「いいよ。立希ちゃんになら知られてもいい」

 

その短い言葉からも、立希さんへの信頼を感じられた。

俺も同じことを思う。立希さんならば、わざわざ釘を刺さなくとも周りに言いふらしたりしないだろうって確信が持てる。

 

「それでさ、高校に上がったらバイトをしたいって相談させてもらったんだ」

「立希ちゃんと同じバイトするの?」

「うん。折角だし、知ってる人が居る場所の方が色々楽かなって」

「……私もやってみようかな」

「それは、俺と立希さんと同じ場所でってこと?」

「やっぱり、迷惑かな?」

「う~ん……」

 

偶然同じバイト先になった。

そんな言い訳通用するだろうか?

最近監視の目がほとんどなくなったとはいえ、簡単に避けられることで俺の義母さんにそのことを知られてしまったら、今までの苦労が全部無駄になってしまう。

 

「……面倒くさいね、ホントにさ」

「ごめん、我儘言って」

「謝らないで。姉さんは何も悪くないんだから」

 

そんなことを話していると、いつの間にか元来た公園へと戻ってきてしまっていた。

二人で並んでベンチに腰を掛ける。

 

「……そうだ、忘れないうちに渡しておくね」

 

ずっと上着の内ポケットの中に仕舞っていた袋を取り出す。

 

「改めて、誕生日おめでとう」

「今日という日をまた、姉さんと一緒に迎えられて本当に嬉しい」

 

去年と同じ言葉とともに、プレゼントの袋を手渡した。

 

「中、見てもいいかな?」

「いいよ」

「……あ、これって……!」

 

袋開けて中を覗いたその瞬間、はっきりとワントーン声が明るくなった。

 

「アルの持ってたガラパゴスペンギンの眼鏡入れ……!」

「姉さん気に入ってたみたいだったから。丁度いいかなって」

 

つい最近、眼鏡をしている姿を姉さんに見せる機会があった。

その時に姉さんが強い興味を示していたのがその眼鏡ケースだった。

 

「とはいっても、姉さんは眼鏡かけないだろうから何か別のもの入れるといいよ。鉛筆とか、絆創膏とか」

「私もアルみたいにおしゃれ?の眼鏡かけてみようかな」

「ホントに?ふふっ、それもいいかもね」

 

姉さんになら絶対に似合うだろうと想像できる。

サイズの大きめのウェリントンとか、丸眼鏡とかもいいかもしれない。チェーンのあるなしで変化をつけてみても面白そうだ。

こんなことなら、自分の予備を一つくらい入れてくればよかったな。

 

「じゃあ、私からも」

 

そういいながら、姉さんはもぞもぞと上着のポケットの中から小さな袋を取り出していた。

 

「お誕生日、おめでとう」

「これ、受け取ってくれると……嬉しい」

 

手渡されたそれを受け取る。

姉さんは、期待を込めた眼差しでじっとこちらを見つめていた。

袋に貼られてあったシールを剥がし、中身を取り出す。

 

「あ、ハンカチだ」

「あのちゃんと一緒に選んだんだ。肌触りが気持ちよくって、デザインも色々あったんだけど、あのちゃんが男の子ならこういうのがいいと思うって」

 

確かに、一目見た時から少し意外なチョイスだなと思っていたところだ。

シックな深い藍色の、ワンポイントの刺繡が施されただけのデザイン。どんな年齢層でも使えそうな、言うなれば無難なデザインだけど、姉さんが敢えて選びそうにないセンスでもある。

多分きっと、姉さんはこの手触りだけでこれにしようと決めたんだろうなとすぐに想像できてしまった。

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうから」

 

ハンカチの贈り物には手切れの意味が込められているという話をふと思い出したけど、すぐに頭の中から追いやる。

姉さんがそんな意味を込めてプレゼントをする筈がない。

 

不意に一陣強い風が吹く。

 

「寒いね」

 

肩をこわばらせ姉さんが言う。

寒いのが嫌いだから厚着していた自分は平気だったけれど、姉さんは季節に反して少し薄着と言える格好に思えた。

 

「よかったら入る?」

 

上着を開けて腕を広げる。

 

「……いいの?」

「俺に遠慮することないって」

「じゃあ、お邪魔……します」

 

姉さんは立ち上がり、一瞬ためらうような仕草を見せて俺の膝の上に座った。

……俺としては隣に座ってもらう想定だったから、その行動は少し予想外だった。

とはいえ、今更恥ずかしがることもないか。

 

「もっと深く座っていいよ」

「お、重くない?」

「全然平気だよ」

 

上着の裾を引っ張りながらさらに両腕を広げ、ぎゅっと姉さんの腰を抱き寄せる。

太ももにのしかかるお尻の大きさに反して細すぎる腰に、少し面食らったことは内緒だ。

 

「姿勢、窮屈じゃない?」

「えっと、こっちの方がいいかも……」

 

深くベンチに座りなおして姿勢を調整し、最終的に膝の上ではなく、俺が足を開いてその間にすっぽりと収めるという形になった。

ぴったりと体をくっつけるように、姉さんのお腹に腕を回す。改めてその腰の細さには驚かされる。

自分の服の中に、すっぽりと姉さんの体が収まれてしまう。想像していたよりもずっと、姉さんは華奢なんだなということを思い知る。……それとも、姉さんの言うように想像以上に俺は大きくなっているのかもしれない。

 

俺の後ろから抱きしめる力に応えるように、姉さんもゆっくりと体重を預けてくれる。

やがて、首元にヒヤリとしたものが触れる。

それは姉さんの耳だった。この寒さの中だからか、真っ赤になって冷え切ってしまっていた耳だ。

 

「これでちょっとは温かくなった?」

「うん。でも……ちょっと熱いくらい」

「そう?まあ、寒いよりはいいでしょ」

「ふふ、アルは寒いの嫌いだもんね」

 

最近の熱すぎる夏が好きだとは言わないけど、冬の方がもっと嫌いなのは間違いない。

昔からそう。寒いのも冷たいのも大の苦手だ。

寒い思いをするくらいなら、厚着をして汗をかいた方がマシだと思っている。

 

「なんだか、昔を思い出すね」

「どんな?」

「いっしょの布団で寝てた時、暑いから離してって言っても離れてくれなかった」

「え、そんなことあったっけ?」

 

照れ隠しではなく、本当に思い出せなかった。

 

「今は一人で起きられる?」

「そうじゃなきゃ、こうして会いに来られないよ」

「それも、そうだね。でも、寒い冬の日は一人で起きられなかったアルのこと、私は今でも覚えてる」

「……そんなことも、あったっけね」

 

お腹に回した腕に少し力を籠め、ピッタリと姉さんの頬に自分の頬をくっつける。

本当は、そんなこと思い出せなかった。

俺ばかりが忘れてしまっているような気がする。

姉さんは俺との思い出をいくつも覚えてくれている。俺はもう、その殆どを思い出せなくなってきている。

そんな薄情な自分に気づかれたくなくて、誤魔化すように体を寄せた。

 

ただ静けさと、温もりだけがそこにあった。

 

俺は誕生日が好きだ。

こうして、誰の目も憚らず姉さんを独り占めできるこの時間が何よりも愛おしい。

この幸せなまどろみの中に、全てを委ねてしまいたいと思う。

けれど、これは永遠じゃない。

刻一刻と、何もせずとも(わかれ)が近づいてきていた。

 

とっぷりと閉じた夜の帳が、少しずつ解けていく。

街灯だけが頼りだった夜闇が、ぼんやりと周りを見渡せる色になっていく。

 

もう朝五時を過ぎた頃だろう。

そろそろ閉じた世界は終わる。

二人だけしかいない時間に終わりがやって来る。

 

人が起きてくる時間だ。

 

「そろそろ、帰らないと」

 

どちらともなくそう言った。

回した腕に力を籠めると、宥めるように手の甲を撫でられる。

やがてゆっくりと立ち上がり、この腕の中に居た温もりを手放した。

 

「今日のアルは甘えん坊だね」

 

俺の腕の中を離れ、此方に向き直った姉さんが困ったように笑っていた。

 

「誕生日くらい、いいでしょ」

 

完全に開き直った俺の言葉に少し驚いたように目を開き、また困ったように笑って俺の頬に手を添えた。

今日あったばかりの頃は赤らんで冷え切っていたその指先は、すっかりと本来の温もりを取り戻していた。

 

「誰よりも先に、アルにおめでとうって言えてよかった」

「また来年も、そう言わせて」

 

暖かなまなざしで、そう微笑む。

俺も同じように姉さんの頬に手を添える。

 

「姉さんにそう言って貰うことが、俺の何よりの宝物だよ」

 

そうして、どれだけの時間を見つめ合っただろう?

頬に触れていた温もりが離れるのは、ほとんど同時だった。

遠くの空、黒い夜から赤い朝の亀裂が入り始めていた。

 

「じゃあ、今日はいっぱい楽しんで来てね」

「うん。頑張る」

 

(わかれ)が来た。

幸せな夢から、そろそろ目を覚ます時間だ。

 

今日は11月22日。

一年でたった一度だけの、一生の中で一瞬だけの、特別な日。

 

今日だけはこの別れに『またね』とは言わない。

 

「いってらっしゃい」

 

どうか何より幸せな一日になりますように。

そう思いを込めて、送り出した。

 

「いってきます」

 

今日だけは、ありふれた姉弟のように。

 

 

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