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久しぶりに小説を書いたので心配だったけど、読んでくださる方が居て本当に嬉しいです!!
歩弥君と知り合ってから早一週間ほどの時間がたった。
あれから会って話をしたりする機会はなかったけれど、メッセージでは結構やり取りをした。文章の上での彼は相変わらず素っ気ないというか、もうほんと最小限で簡素な返事ばかりだ。絵文字も使わないしスタンプも使わない。とはいえ、それは怒ってるとか面倒くさがってるわけじゃないのは何となくわかってきた。
そんなやり取りの中でいくつか新しく知ったことがある。
例えば、私以外のバンドメンバーのことについてとか。
そよさんだけは知ってると思うとともりんが言っていたけれど、彼からの面識は無いようだった。そして大方の予想通り、りっきーとも知り合いではないらしい。
ライブには何度か来ていて多少顔はわかるらしいけど、こうして直接やり取りをしたことがある相手は私だけのようだった。
何度か差し入れを持っていこうか迷ったけど、結局は会いに行けずにともりんに個人的なメッセージを送るだけに留まっていたことも教えてくれた。
二人の関係を思えば、何とも泣かせる話だ。
須能歩弥。苗字の違う、高松燈の実の弟。
姉弟で別姓というわけではなく、完全に違う家庭で生活をしている血の繋がった姉弟。
何時からそうなのか知らないけれど、センシティブな話題すぎて流石に聞けていない。けど話を聞いている感じ、結構前……それこそともりんが中学に上がるよりはずっと前なんじゃないかと予想している。
ずっと昔に離れ離れで暮らすようになった姉弟。二人は今でも家族に内緒で連絡を取り合い、姉弟としての時間を共有している。
見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの仲良しだけど、大手を振って周りに紹介することはできない。そんな複雑な関係。
ともりん曰く、自分の両親には仲良しな友達と会っているということにしているらしい。
そうまでして隠そうとするのは、やはり互いの家庭を思ってのことなんだと思う。前妻、前夫の子供同士が合っていると知られれば、家族間に亀裂が入るかもしれない。それをわかっているから、仲のいい友人にすら殆ど明かしてこなかったようだ。
何ともやるせない話。何も二人は今の家族を憎んでるわけじゃない。寧ろ愛しているからこそ、今の両親を傷つけたくないんだと思う。
けれど、結果的にその気遣いが二人を苦しめてしまっている。連絡を取り合っていることすら隠さなきゃいけなくて、会うだけでも周りの目を気にしてしまう。
いっそ他人同士だったならそんなジレンマを抱えずに済んだのにとも思うけれど、姉弟同士じゃなかったらここまで互いを大切に思ってなかったかもしれない。これもジレンマだ。
閑話休題。
その日はバンドメンバー全員での練習の日だった。
次のライブで披露する予定の新曲の初めての音合わせだったから、普段よりは熱が入っていた。
充実した練習内容……と言えば聞こえはいいけど、私個人としてはかなり課題の残る結果になってしまった。
もう少し練習したい気持ちはあったけど、個々人の都合もあってその場で解散の運びとなる。
その帰り道。
「ごめん、忘れ物」
そう言ったのはともりんだった。
りっきーはいつもの過保護を発揮して一緒に取りに戻ろうと提案していたけど、『先に帰ってていいよ』とにべもなく断られていた。
私もその、先に帰っていいよと言われた側だったんだけど、ふと思いついたことがあって
「私も忘れ物してた!」
とりっきーを置き去りにしてともりんの後を追いかけた。
勿論本当に忘れ物をしたわけじゃない。歩弥君とのことで話したいことがあったからだ。
この一週間、どうにも二人きりになるタイミングを逃してちゃんと話せてなかった。
話したい内容というのは、当然一週間前の埋め合わせの件だ。この前はアポ無しで二人の時間を邪魔しちゃったから、今度は私が企画して姉弟二人で……あわよくば私も一緒に遊びに行けたらなと考えていた。
必死に追いつく必要はない。小走りで戻っていったともりんを歩いて後を追い、忘れ物を取って戻ってきたともりんと帰りながら話ができればいいやくらいに考えていた。―――のだが
「……遅くなーい?」
さっきまで練習に使っていた音楽スタジオ前についても、ともりんはまだ忘れ物を探しているのか姿は見えなかった。
まだそれだけならいい。ちょっと待つかと思い入り口の前でスマホを弄って時間をつぶしていたのだが、既に十分近く経過していた。
流石にちょっと心配になり、手伝ってあげようと一旦スタジオ受付のバイトさんに声を掛ける。
「すみませーん、ともりんまだ忘れ物探してます?」
「忘れ物?燈ちゃんなら今スタジオで練習してるんじゃないかな?」
「え?練習?」
「今の時間確か……うんうんやっぱり、一時間で予約してるみたいだけど」
「……忘れ物じゃなかったの?」
予想外の返答に困ってしまう。しかし店側が嘘を言うはずがないことを思えば、ともりんが忘れ物があると嘘をついていたということになる。
そんなに今日の練習に納得いってなかったってことなのかな?でも今の口ぶりだと、前から予約してた感じじゃない?今までもこうやって一人で練習してたのかな?
いずれにせよ、今はこの音楽スタジオの一室にいるということは確からしい。
もしかして何か一人で抱え込んでしまっているのかな?
そんな不安が顔に出てしまっていたのか、
「……ホントはこういうの教えるのあんま良くないんだけど、燈ちゃんなら――番のスタジオだと思うから、心配なら見に行ってみれば」
「っありがとうございます!ちょっと行ってみますね!」
中の様子を見るか、ちょっと一声かけるだけにしてねと釘を刺されながらも、親切にも使っている部屋の場所を教えてもらった。常連の顔見知りだから信頼してくれてのことだろう。
別にただ練習してるだけならそれでいいし、何かあるのなら話を聞いてあげたいって思う。
私は小走りで階段を上り、教えられた部屋の場所へと向かった。
「えーっとここが――番だから……一番奥?」
廊下の先へと目を向ける。
この音楽スタジオの使用中の部屋とそうでない部屋はある程度見分けがつく。外から中を覗ける小窓から光が漏れているかどうか。廊下は狭く、時間帯もあって薄暗い感じがする。スタジオ内部は本当に真っ暗なので窓から光が漏れていれば案外分かるものだ。
よくよく目を凝らして廊下の奥へと目を向ける。一番奥の部屋の窓からは、ほんの少し光が漏れている……ように見える。私はあんまり目がよくないのを忘れていた。
一番奥、一番奥。そう思いながら廊下を歩く。何度も利用してきた場所だったけれど一人でこの廊下を歩いた経験はなくて、奇妙な感覚だった。
「……あれ、今、ん?」
足が止まる。
今、気のせいじゃなければ誰かが一番奥の部屋に入っていったように見えた。
背中しか見えていなかったけど、背格好から考えれば男の人だったように見えたけど……
「気のせい……だよね?」
嫌な予感がして胸がざわつく。
私、目悪いし見間違いだよね?男の人が入っていったの一番奥じゃなくて、その手前だったりしない?もしくは、店員さん部屋番間違ってる?
一番奥の部屋からは誰かが出てくる様子はない。もし間違って入ったのなら、すぐに出てくるはず。
ドクンドクンと心臓の音が耳にまで響いてくるような感覚。
怖い想像が頭をよぎり、振り払うように頭を振る。
いやいやいや、勘違いだって。いっそもう幽霊とか?それともあの後ろ姿ともりんだったり?いやそれは流石にない?………じゃあ、あれ誰?
息を飲み、そっと鞄からスマホを取り出しカメラアプリを起動する。
一応、一応ね。早とちりだったらよくないし。
無意識に足音を殺している自分に気づく。
自分の頭にちらつく非常識な考えを必死に追い出し、ゆっくり一歩ずつ奥へと歩みを進める。
奥に向かうにつれ、分かってきたことがある。この廊下の先にある最奥が教えてもらった部屋番。その部屋には対面する部屋はない。扉にはそれぞれ大きく数字が書かれているから、部屋を間違うっていうのはちょっと考えづらい。そして対面する部屋のない最奥の部屋ということは、その部屋に行こうとする以外に部屋の前を横切るなんてことも起こりえない。
つまり、
あ、もしかしてやばい?
声を出す準備のため、軽く深呼吸をする。
スタジオの中は当然防音だけど、廊下はそうじゃないから大きな声を出せば店員さんも気づいてくれるはずだ。
スマホを持つ手に熱がこもる。一度持つ手を変えて手汗を拭っておく。
部屋が近づくにつれてゆっくりと足音を殺して近づく。
そして遂に、目的の部屋の前へとたどり着いてしまう。
防音だからか、外から音で中の様子は窺えない。ドラムとかの激しい音なら防音でも少しは漏れるものだけど、少なくとも暴れているような様子はない……多分。
スーッと思わず息を吸い込む。一つ手前の部屋は明かりがついていたから、一応まだ私の勘違いだったという線は残っている。
ギギギギと油を挿し忘れたからくり人形のようにぎこちない動きで、ほんの少しだけ明かりの漏れる室内を窓から覗く。
中にいる人物を確認した瞬間、思わず飛びのき壁に背を預けへたり込んでしまう。
人がいた。
やばいやばいやばい。思わずパニックになりそうになる。というか現時点でパニックだ。
心臓の鼓動が怖いくらいに警鐘を鳴らしている。頭の中身を揺らすような音が体に響いているのをはっきりと感じる。
一瞬しか見ていなかったから詳細は覚えていないけど、男の人一人と女の人が一人だったように思う。
ともりんと、誰かわかんない男の人が同じ部屋にいる。そうとしか考えられない。
緊張で震える手でスマホのカメラを動画撮影モードに切り替える。
いきなり扉を開けて叫ぶことも考えたけど、何か証拠となるものがあったほうがいいと思いスマホを構える。
映像を録画しながら、音をたてないように部屋の中をスマホ越しにもう一度覗き見る。
「………えっ?」
努めて音を殺していたはずが、自然と声を漏らしてしまっていた。
慌てて口を押える。その間も部屋の中の二人は私に気づく様子はない。
最悪の想像ばかりが巡っていた思考回路が、完全に停止する。あまりにも異質で、受け入れがたいその光景。生理的嫌悪さえ沸き上がるそれに、私は何故か……釘付けになってしまっていた。
部屋には二人、男の人と女の人。
一人は私の見慣れた羽丘女子学園の制服を身に纏う小柄な少女、高松燈。
そしてもう一人が見慣れてはいないけれど
その二人が―――
必死ささえ感じさせるつま先立ちの少女と、その体重を受け止めるように少女の腰に片腕を回し壁を背に立つ少年。
少女は片方の手の平を少年の胸元に添え、もう片方の手は互いに深く繋がる様に、一本一本指を重ね合わせて握り合っている。
かなりの身長差のある二人。少年は深く首を落とし、片腕で少女の体を手繰り寄せるようにして顔を近づけている。それに応えるように少女は仰け反りそうなほど首を上に向けて、その愛を受け入れている。
二人は目を瞑り、長く、長く、互いの体温を確かめるように唇を重ね合わせている。やがて二人はほぼ同時に目を開き、触れ合っている熱を解く。そしてまた、少年が軽く口を開けるとそれを迎え入れるように少女も口を開き、互いの唾液を交じり合わせる。
貪りあうように唇を動かす二人、その水音と息遣いが防音室越しからでも伝わってくるような、熱のこもった行為だった。
一目でそれは異常だと分かる。
あの時のチークキスとはわけが違う。これは過剰なスキンシップという言葉で収められるようなモノじゃない。
仲が良いんだね。なんてとってつけたような言葉では到底誤魔化せない、家族愛という言葉では到底説明のできない、生々しい男女の情動がそこにはあった。
怖い。直感的にそう思ってしまう。
よく知る友達の……よく知る友達だからこそ想像もしたことのなかった、生の人間の性欲を目の当たりにして血の気が引くような思いだった。
しかもその相手が、彼女と同じ血の流れる実の弟だ。
自分の頭がおかしくなってしまったんだと思いたくなる。
つい一週間前のことだ。胸の温かくなるような絆を感じさせる、微笑ましいやり取りをしていたあの二人がだ。
離れ離れでも互いを尊重しあい、深い家族愛を見せてくれたあの二人が、こんなことをするはずがない。
実際に見て一緒の時間を過ごしたあの姉弟と、カメラのレンズ越しに映る男女がどうしても同一人物だとは思えない。
だけど、そんな私の思いを嘲笑うように、二人が愛を確かめ合う映像が淡々と記録されていく。
「――ッ!」
一瞬、画面越しに歩弥君と目が合った気がして思わず飛びのく。
頭の中は真っ白で、何も考えられる余裕はない。
気づけば私はその場から走り出していた。
胸が痛い。
息が苦しい。
気持ち悪い。
目尻に涙が滲む。
ただただ、訳も分からない恐怖で体の寒気が止まらなかった。
悲しんでるわけじゃない。
怒ってるわけじゃない。
今のこの感情を言い表す言葉なんてわからなくて、何で自分が泣いてるのかもわからない。
自分の思考すら上手く制御できない私は、ただがむしゃらに走ることしかできなかった。