二人は同じ血を流す。私はその間に挟まる。   作:愛宕饅頭

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8,ノンストップ

 

「はぁ……疲れた……」

 

私は制服のまま、皺になることも気にせずに自室のソファに倒れこむ。

 

「なんか、なんかよく分からないけど上手くいった……かも?」

 

その日、警察の厄介になるかどうかの大一番を紙一重で乗り越えた。

薄々自分のやったことは犯罪スレスレだと気づいていたけど、何とか丸く?収まってよかった。

いや、結果だけ見れば私のやったことは人の弱みを盾に関係を迫った恫喝だけど。

 

「もう最初はどうなることかと思った……」

 

歩弥君はともりんの話を切り出してから完全に態度を一変させて、今までのような丁寧で礼儀正しい雰囲気は消えていた。

初めて見た時の様な柔らかい笑顔はなく、敵意を露わにしたような刺々しい態度だった。

あれが彼の素なんだろうか?……なんだか更にともりんとは似てない感じになっちゃったな。まあ別にきょうだいだから似てて当然ってことは無いんだろうけど、全然違う家庭で育っているんだし。

とはいえ、あんな態度を見せても取り付く島もないって感じにはならなかったのはラッキーだった。

寧ろ恋人になるっていう提案には乗り気?みたいだったし。……それだけ、あの動画を消して欲しかったんだろうけど。

 

「でも最終的には結構感触よくなかった?」

 

何もかも想定通りにはいかない一日だったけれど、それだけは嬉しい誤算だったと言える。

 

「これもそよりんのおかげかなー」

 

なんて冗談は置いておいて。

あの最悪に最悪を重ねまくった展開を考えれば、結構打ち解けられたんじゃないだろうか?

それこそ歩弥君が言ってたみたいに、動画を消した瞬間帰って着信拒否されたら私にはどうしようもなかった。

ともりんに相談してって未来もあったのかもだけど、そうなるとあの動画を消しちゃったのがネックになる。というか、ともりんにあの動画を見せて『なんでこんなことしてるの?』なんて言える気がしない。私たちがギクシャクしちゃったらバンドメンバー……特にりっきーはすぐに気づくだろうし、今回以上に混沌とした大騒ぎになってしまったのは目に見えている。

そう思えば、今日のことは間違いなく丸く収まったの範疇だ。

 

ともかく、巡り巡って当初の目的であった歩弥君と仲良くなるというのは一歩前進したんじゃないだろうか?

……まあ実際は一歩前進どころか一足飛ばしで恋人になっちゃったわけだけど。

 

「ってか、そうだ。私彼氏できたんだ」

 

体よく歩弥君を弄るネタくらいの感覚で『恋人』だとか『可愛い彼女』を自称したりしていたけど、実際に恋人関係になっちゃったんだよね?

あの場ではまるで意識してなかったが、変な感じだ。

人生で初めて彼氏ができたっていう記念すべき大イベントなのに、おめでたい感じはまるでしない。

マンガやドラマを見て憧れたロマンティックな展開とは程遠い。ある意味ではマンガやドラマよりドラマティックだったかもだけど。

告白のセリフなんて『あっ、じゃあ私と恋人になってよ』だし。相手は乗り気だったけど、両想いなわけじゃないし。

もう何もかも滅茶苦茶だ。私の人生、今年に入ってから波乱万丈過ぎない?

仮に去年の私に未来予知ができたとしても、こんな現状になることはまるで信じられないだろうと自信を持って言える。まず一つ目はなんで私イギリスに居ないの?になるわけだし。

 

閑話休題。

気になることと言えば歩弥君のこと。彼は私のことをどう思ってたんだろう?

私視点だとちょっと気になる男の子くらいなもんだったけど、歩弥君からはどう見えてたんだろうか?

あの動画を見せた時点で好感度は地の底に行ったことは置いておいて、それ以前のこと。そんなことを言ったら私もあの場面見て彼を見る目変わっちゃったんだし。

たった一度会って話をしただけのお姉ちゃんの友達?そんな悪い印象じゃなかったと思うけど、どうだろう?

 

「考えてみれば、歩弥君の好きなこととか何にも知らないや」

 

出会って一週間かそこら、会って話をしたのは今日で二回目。

どこに住んでて、どこの学校に通っているのかも知らない。

普段はどういうファッションで、休みの日はどんなことをして、どういう趣味があるのかも知らない。

知ってることと言えば、ともりんと仲良しで、ともりんのことを大事に思ってて、ともりんの歌が好き。そして……周りに知られたら家族が壊れるって分かっていながらともりんとキスをしている。

思えば自分とキスするよりも先に、私の友達とキスをする姿を見たことがあるって異様だ。しかもそれが今の関係に繋がっているんだし。

 

「そんなわけわかんない男の子と恋人になったんだよね、私」

 

とんでもない手札を切ってしまったという自覚はある。

けど何故か、後悔とかそういう感情はまるでなかった。

寧ろ今、すごく楽しいと思ってしまっている。

カラオケで二人で話してる時からずっとそうだった。嫌味なこと言われても、辛辣なこと言われても、呆れられても、全然嫌じゃなかった。

自分のシンプルで前向きな思考回路にいっそ感動してしまう。

 

多分私は、今の時点ですでに歩弥君のことが結構好きなんだと思う。

 

あの時私が言った『私が君と仲良くなりたいからじゃん』というのはまさに今の私の本心そのものだ。

上品で丁寧で優しそうに見えてた彼の素が、ハリネズミみたいに他者を寄り付けない刺々しいものだったとしてもそう。

ともりんの弟でも、そうでなくとも。あんなショッキングな場面を見ても見てなくてもそう。

何も彼のことを知らないままの今も前も、初めて会った日からその気持ちだけは変わってない。

私は歩弥君ともっと仲良くなりたいって思ってる。

 

「やっぱ顔?あと声?」

 

理由を上手く自分の中で言語化できないけど、どうにも気になってしまう謎の魅力が彼にはある。

放っておけないっていうか、ついお節介焼きたくなっちゃうっていうか。……そういう部分はあの姉弟は似てるのかもしれない。

 

とりあえず、これからのことで自分の中で一つの目標ができた。

歩弥君の笑顔を見る。

あの迷惑そうな不愛想から、絶対に笑顔を引っ張り出してやる。

 

「なんかちょっと燃えてきた」

 

勢いのままにスマホを取り出し、私は恋人にメッセージを送った。

 

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「来ないでって言ったじゃないですか」

「まあまあ、照れるな照れるな」

 

制服姿の歩弥君と並んで歩く。

疲れたような顔をして肩を落とした彼の背中を元気づけるようにバシバシと叩く。

 

昨日、どこの学校に通っているかを教えてとメッセージを送った。即座に既読がついて『来ないでください』とだけ帰ってきたけれど、どうにかこうにか粘ってその情報は聞き出せた。

一応今日は昨日会った駅で待ち合わせの予定だったけれど、こうして思い立って彼の通う中学校を訪れた。

女子高の制服を身に纏った女子高生が校門前で誰かを待っているということにちょっとした好奇の目に晒されてしまったが、それはむしろ想像通り……というかちょっと期待していた。

その期待通り『あれ誰かの姉ちゃん?』とか『可愛くない?』とかきゃいきゃいと遠巻きに色めき立った噂話が聞こえてきて、正直気持ちよかったりした。

 

そして慌てた様子で出てきた歩弥君に周りに引っ張られ、今に至る。

 

「女子高生の彼女が居るって自慢しちゃえばよかったじゃん」

「本当に止めてください……一応受験生なんですよ?先生になんて言われるか……」

「えー真面目だなぁ。っていうか歩弥君、普段は眼鏡なんだね」

「あー……そっか、愛音さんは初めて見るんですね」

「うん。いつもはコンタクト?私も目悪くてさー、家だと眼鏡なんだよね」

「俺は別に悪くないですよ」

「え?」

 

驚いてる私を尻目に歩弥君は眼鏡を外して見せる。

こうしてみるとかなり印象が変わる。私が最初に見たのが眼鏡をしていない姿だったから猶更そう感じるのかもしれない。

今日最初に会った時も最初は歩弥君とすぐに気づけなかったし。

 

「外しても平気なの?」

「平気です。コイツは度の入ってない伊達なんで」

「……歩弥君もそういうお洒落するんだね、意外だったかも」

「ただの変装ですよ」

 

そう言いながら彼は再び眼鏡をつける。

その横顔にはまだ少し違和感がある。

 

「もし万が一、燈と一緒にいる姿を知り合いに見られても気取られにくくするためです」

「それで変装。……ん?じゃあ普段は学校だけじゃなくて家でも眼鏡なの?」

「はい」

「つまり、普段は目が悪いふりしてるってこと?」

「そうなりますね」

「家族にも?」

「はい」

「えぇ……やばぁ……でも逆じゃない?変装で眼鏡かけるのが普通じゃん?」

「普通じゃないから気づかれないんでしょ?眼鏡からコンタクトにすると印象が大分変わる人が居るのと一緒ですよ」

「なるほ……ど?」

 

確かに言わんとすることには納得できるものはあるが、正直言ってそこまでする?という印象は拭えない。

家族にすら目が悪いふりをするって、想像しにくいけどかなり大変そうだ。本当に目があんまりよくない私からすれば、なんて贅沢なことをと思ってしまう。

それだけ普段から意識してともりんの前にいる姿と、それ以外の場所での姿を分けているってことなんだろうか?

それだけのことを、本当にしなければならないんだろうか?私はどうしても疑問に思ってしまう。

 

「もしかして歩弥君の眼鏡外した姿って、めっちゃレアだったりする?」

「そうですね。多分燈以外なら愛音さんくらいです」

「激レアじゃん!」

「……言っておきますけど、俺が燈の弟だってはっきり明言してるのも貴女くらいなんですよ?それだけ燈は貴女を信頼してるってことです。ちゃんとわかってます?」

「それはもうバッチリ!」

 

親指を立てて見せる私に対して、歩弥君はどうにも不安げだ。

どう思われているのかは知らないけど、それくらいは私もちゃんとわかってる。

あの時ともりんからは誰にも言わないでと念押しされていたし、私もそれを公言するつもりは無い。

……今考えてみれば、こうしてともりんが明かしてくれたのには訳があったんだろうか?前から付き合いがあるりっきーは知らなかったっぽいし、私にだけ教えてくれたのはどうして?タイミングもあったのかもしれないけど、もしかしたらともりんは誰かに話したかったりしたのかな?

自分に都合のいい考え方かもしれないけど、そう思ってもいい様な気がした。

 

「そうだ、コレ渡しておきます」

 

何かを思い出したように歩弥君が鞄から取り出したのは一冊のメモ帳だった。

 

「え!もしかしてプレゼント?」

「感想ですよ。昨日教えてくれた曲全部聞いたので」

「あーちゃんと聞いてくれたんだ。っていうかそれの感想をメモにまとめてきたの?」

「はい」

「えー!めっちゃマメじゃーんなんか嬉しいかも」

 

自分がおすすめした曲の感想を聞くことはあっても、こうしてメモにして認めてきたのは初めてのことだった。

予想外のプレゼントにウキウキしながらページをめくる。

そこに綴られている文字列に、思わず足が止まる。

 

「……なんか文句ばっかじゃない?」

「素直な感想なので」

「歩弥君って好き嫌い激しいっていうか、嫌いな物ばっかりなんだね」

「俺はそういう人間ですから」

「あ、でもこれは珍しく褒めてる……なんか余計な一言ついてるけど」

「ふっ」

「え?え?なんで笑ったの?なんで笑われたの?」

「いえ、予想通りのリアクションだなって」

 

昨日あれだけ歩弥君の笑顔を見ると意気込んでいたのに、いざ本当に笑ってる姿を見てもどうにも釈然としない気持ちだった。

そういうんじゃないんだよねー。っていうか今の笑顔じゃなく鼻で笑われたって感じだったし、ノーカウントでしょ。うんうん、そういうことにしとこう。

 

「まあ内容はともかく、ちゃんと聞いてくれてたのは嬉しかったなー」

「愛音さんが聞いてって言ってたでしょう?」

「そうだけど、意外とこういうの点数高いんだよね」

「何の点数……?」

 

歩弥君の困惑している顔を見るに、どうやら無意識でそうしていたらしい。

自分の心の中に『歩弥君は義理堅い』とメモを残す。

思えば昨日から言動に反して付き合いの良さはあったような気がする。

 

「……そういえばすっかり聞きそびれてましたけど、どうして今日はわざわざこんなところにまで会いに来たんですか?」

「えー?彼氏に会いに行くのに理由なんて必要?」

「本当にそんな理由なんですか?」

「本当にそんな理由だけど」

「……はぁ、変な人」

「そんなに変かなー?別に普通じゃない?」

 

実際、本当に理由は無かった。

他校の恋人に会いに行って校門前で待つ間に周りにきゃいきゃい言われるというシチュエーションを味わってみたかった、という願望がなかったわけではないが。

 

「俺が先に帰ってたらどうしてたんですか?」

「……全然考えてなかったかも」

「そういうとこですよ」

 

歩弥君は呆れたように息を吐く。

思わずムッとしてしまうが、彼の言ったことは正論だったので何も言い返せなかった。

 

「歩弥君はこの後何するの?」

「すぐ帰ります。用事もあるので」

「あ、そうなんだ。もしかして邪魔しちゃった?」

「別に、駅までなら構いませんよ」

「家までついていくのは――」

「絶対嫌です」

「ですよねー」

 

絶対嫌らしい。

歩弥君の家どんな場所か一度見ておきたかったけど、用事もあるらしいし仕方ない。

 

「じゃあさ、明日デートしようよ」

「は?」

「え?いや?」

「普通に嫌ですけど」

「じゃあともりんも呼ぶ」

「行きます」

 

そういうことになった。

 

そうして私たちは駅で別れる。

実に何の情緒もなく、私と歩弥君の恋人としての初デートの日取りが決まる。

彼氏の姉同伴という異例の形になってしまったけれど、ある意味では丁度良かったかもしれない。

一週間前の二人のデートは私が邪魔しちゃったし、その埋め合わせにもなるし一石二鳥だ。

そういえばそもそも、あの日ともりんを追いかけたのだってこの埋め合わせの日取りについて話そうと思ってたんだっけ。そう思えば、随分遠回りをしてしまったような気もする。

 

「勝手に誘うことにしちゃったけど、ともりん大丈夫かな」

 

相変わらずノープランな私は、帰りの電車に揺られながらメッセージを送るのだった。

 

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