水で征せよアカデミア 作:わこうど。
ㅤオールマイトが雄英に教師として赴任したという情報は、入試の合否発表の際に雄英から各種報道機関に寄せられた。六本木にある彼の事務所も畳むことになったので、もちろん事務員を始めとする関係者やヒーロー公安委員会にも通達されている。
ㅤしかし雄英はそれにあたって、マスメディアに雄英への取材自粛を呼びかけていた。というのも新入生受け入れのため学校自体が記者たちに対応している暇がなかったからである。
ㅤ取材自粛要請もお構い無しに雄英に突撃取材をやろうとした記者も中には居たが、相澤曰くそういう連中は雄英と公安委員会からのお叱りを受けたらしい。
ㅤそれでも報道の自由を盾に雄英や公安に抗議していた各社であるが、『オールマイトへの単独取材の機会を作ることを
ㅤ決してそれを確約している訳では無かったが、オールマイトへの単独取材なんていう特大の餌を前に、マスコミは雄英現地取材という欲を我慢出来るくらいの理性は残っていたらしい。それでもテレビではかなり報道されていたのだが、取材が出来ない以上どの局も使い回しの素材ばかりだったのは割と面白かったが。
ㅤそして今日からは、新一年生の入学から時間が経ったことや、予定通りこれといった問題もなく授業が開始されたということもあって、ようやくマスコミ各社への取材自粛要請が取り下げられる運びとなった。
ㅤつまるところ何が言いたいのかというと──、
「オールマイトの授業はどんな感じです!? 」
「〈平和の象徴〉が教壇に立つということですが、ファンの皆様のためにも彼の様子をお聞かせ願います……!」
「あ、こっちにもコメント頂戴! カメラ向けて!」
「うっわぁ……」
ㅤ現地取材──といっても敷地内への立ち入りは許可されていないが──が解禁されたことによって、生徒の声を聞きたがったマスコミが雄英の校門前に集ってしまっていた。あわよくばオールマイトが現れてはくれないかという欲望が透けて見えて、俺は思わずドン引きする。
ㅤ登校中の生徒に必死に声をかけるも、大半はまともに受け答えせずに校門を通り抜けているようだ。おそらく上級生だろう。雄英体育祭を始めメディアへの露出の経験もあるだろうから、こういった手合いには慣れているらしい。
ㅤその姿に倣って、カメラが向けられる前にお茶子の手を引っ張って走り抜けようとした俺だが、運の悪いことに記者に囲まれてしまった。
「オールマイトが教師をするということについて、貴方はどう思われますか?」
「彼の学校での様子を教えてください!」
「様子!? えぇ……と、筋骨隆々?」
「答えんな。行くぞ」
ㅤ馬鹿みたいなコメントを出していたお茶子を強めに引いて、記者の人並みを無理やりかき分ける。こういうときに個性が使えたら便利なのに、と歯痒い思いをしつつ何とか記者集団から抜け出した。
ㅤまだカメラはこちらに向いているが、やはりというべきか彼らは校門を超えようとは決してしなかった。
ㅤ雄英の堅牢なセキュリティシステムは、通行許可IDや雄英の学生証を身につけていない人物が校門を超えると自動的に発動するようになっている。これは入学初日に配られたプリントに「学生証は忘れないように」という注意事項として記載されていたので間違いない。
ㅤその存在はマスコミも知っているようで、ギリギリ校門を超えないラインでメディアスクラムを行っていた。なんともずるいヤツらである。
ㅤ教室に入ると、やはりクラスメイトたちは校門前に集まっているメディアについて話題にあげていた。ていうか保健室に寄るのを忘れていた。時計を見るが、そんな時間の余裕は無さそうだったので昼休みの時に行こうと決める。
「カメラの数凄かったな! さすがオールマイトだよ」
「それなー……朝から疲れたぁ。今日は苦手なヒーロー情報学もあるってのによぉ、やめて欲しいぜほんとに」
「でも先輩たちは記者の扱いに手慣れてたよな。のらりくらりと躱して行ったの見て俺ビックリしたぜ」
ㅤ上鳴と瀬呂が切島の席に集まって愚痴っていた。どうやら彼らも取材を求められていたらしいが、三人の疲れた様子を見るにあのマスコミ集団には辟易としているようだ。
「おっす」
「三人ともおはよー! 」
「お、千重波と麗日じゃん。やっほ」
「千重波も食らったか? マスコミのあのマイク攻撃」
「無理やり逃げた」
ㅤマイク攻撃ってなんだよ。
ㅤ自分の机にカバンを置いて、道中のコンビニで買った水を飲んだ。そもそも朝は自分でもわかるくらいには機嫌が悪くなるというのに、変なやつらに絡まれたせいで余計に苛立ってしまっている。
ㅤだが切島たちに当たる訳にもいかないので、その苛立ちを流し込むように500ミリの水を飲み干した。くしゃり、と空になったペットボトルを無理やり潰して机の中に放り込んで、俺は制服のシャツのボタンをひとつ外した。
ㅤふぅ、とネクタイも緩めていると、少し離れた場所で何やら緑谷としていた飯田と目が合った。これはもう数秒後の未来が予測できる。朝から面倒なのに見つかったな、とため息をついた。
「千重波くん! 制服のボタンはしっかり留めるんだ! 我々は日本最高峰たる雄英の学徒として、ヒーローを目指す者として、世に恥じぬ立ち振る舞いをせねばいけないんだぞ! そもそも校則を遵守するのは、ヒーローはおろか社会人になるために修養する基礎的な行動のひとつであってだね──」
ㅤ飯田天哉。入学初日からちょくちょく名前を聞いていたし、入試の時から印象に残っていたので、彼も参加した昨日の反省会はかなり有意義な時間であった。
ㅤ屋内戦闘訓練の講評では八百万が目立っていたが、エリート校と呼ばれる聡明中学の出身だけあって、反省会では飯田も様々な的確な意見を述べていた。
ㅤ生真面目で硬すぎる面もあり、俺は飯田に対して若干の苦手意識はあるものの、彼との会話は面白いので段々と好感に傾き始めている。
「ソレ誰が決めたんだよ。朝からとばしてんなぁ……おはよう、飯田」
「ああ、おはよう! さあ、相澤先生がいらっしゃる前にボタンとネクタイを──」
「まあ待てよ。飯田の言うことはもっともだ。けど実を言うと俺、昔から首に切り傷があってさ……首の辺り締めると痒くてよぉ。悪いんやけど、どうか見逃してくれねぇかな」
ㅤもちろん、嘘である。
ㅤ俺の首に痒くなるような古傷なんてない。長いこと学ランを着ていたので、ブレザーの制服にネクタイという格好に未だ慣れないでいるだけだ。正直ネクタイなんて外してシャツだけにしたいのだが、相澤の目がある以上そこまでの自由はできなかった。
「こいつ、息を吸うように嘘をついたぞ」
「いや、一水くん昔からこんなんやから……」
ㅤヒソヒソと話す外野は無視する。こんなあからさまな嘘に騙されるヤツなんていないだろう──と思うかもしれないが、この飯田という男は存外騙しやすいのだ。
ㅤ真面目ゆえに、下手に出てわざと罪悪感を抱かせるように謝ればコイツは素直に俺の言葉を受け取るだろう。
「むむ!? そ、それはすまない。君の事情も知らずにズケズケと……」
「いいよいいよ、真面目なのは良いことや」
「ぐ、気を遣わせてしまった……! ま、まあ、そういう事情があるならば仕方ない。これ以上は言わないでおこう」
「助かるよ、ほんと」
ㅤ心底申し訳なさそうに眉尻を下げて席に戻る飯田に、内心で謝った。
ㅤ今のやり取りでマスコミへの苛立ちも段々と収まってきた。こういう所が彼の面白い部分だ。手玉に取りやすいというか、扱いやすいというか何というか……爆豪とは別ベクトルで実直な性格である。
ㅤもしも学級委員長をやるなら、飯田ほど最適な人間も居ないだろう──と考えたところで、そういえばまだ係決めとか何もしていないことに俺は気付いた。
「そういや、係決めっていつやるんやろうな」
「たしかに」
「おれ学級委員長やりてェ!」
ㅤはいはい! と手を挙げてそう主張する上鳴に、他二人も頷いて同意する。お茶子はというと学級委員長の役職にはあまり興味ないようで、彼らの熱意ある眼差しに「おお」と感嘆していた。
ㅤこれは彼らに限ったことではない。
ㅤ学級委員長という役職は、普通の学校なら教師からの雑用をこなすだけの係のように思われるが、このヒーロー科に限っていえば「集団を導くリーダーシップ」という、ヒーローとして必要なことを学べる絶好のチャンスである。
ㅤおそらくだが、近日中に行われるであろう係決めはかなり荒れることになるだろう。俺も私も僕もオイラも、とクラス中が学級委員長に立候補する光景がありありと目に浮ぶ。
「お前ら熱心やなぁ」
「ん? 千重波はやんねぇの」
「お前でも全然良いと思うけどな、学級委員長。ま、リーダーってより闇将軍って雰囲気だけど」
「誰が闇将軍やコラ。俺にはそういうの向いてないよ」
「まあ……せやね」
ㅤたしかに、とお茶子が納得するように遠い目をした。俺は小学校高学年から中学時代にかけて、”千重波一水は不良である”という根も葉もない噂が独り歩きしていたことがある。そのせいで俺の交友関係はほぼお茶子に限られていたのだ。
ㅤ中には噂を本気にしておらず、普通に話しかけてきていたやつも居たが……彼らと友達と呼べるほど仲良くなることはついぞなかった。
ㅤ2年生に上がった瞬間、明らかに不良っぽい厳つい後輩──俺とは無関係の連中──たちから「ッス! お疲れ様です!」なんて元気よく挨拶されたせいだ。しかも多くの生徒が登校してくる朝の校門前で。
ㅤそれ以降、悲しいことに俺に話しかけてくれる奴は皆無だった。こちらから話しかけようにも、そもそも避けられているのでそんな機会はなく。
ㅤそれからというもの、何も悪いことはしたことないのに生徒指導からは目をつけられたし、俺だけ抜き打ちで手荷物検査をされたこともあった。今思い返しても酷い待遇である。
ㅤ友達の多かったお茶子がその噂をなんとか消してくれなかったら、内申点はだだ下がりだったことだろう。それについては今でも感謝しているが、この話を持ち出して姉振るのはやめて欲しかった。
ㅤ兎にも角にも、俺はそんな状態で中学を卒業したので、リーダーシップ云々よりもまずマトモな交友関係を築くことから俺は始めないといけないのだ。
ㅤそんな人間として初歩的なことから始めようとしている奴に、クラスメイトたちをまとめるなんてことは無理である。
ㅤ少なくとも一年生の間は、俺が学級委員長に立候補することは無いだろう。
ㅤだがその私的な事情を、付き合って日の浅い彼らに言うのも憚られたので適当に濁しておいた。お茶子も察して何も言わないでくれたので、アイコンタクトで感謝を伝える。
「──お前ら席に着け、ホームルーム始めるぞ」
ㅤ相澤の声を聞いた瞬間、クラス中が脊髄反射で着席する。やはり初日の把握テストが影響だろう、相澤には逆らわないという不文律が既に共通してあった。
ㅤよく彼と一緒にいるプレゼントマイクとは真反対ともいえる性格だし、近づき難い雰囲気もあるので俺もまだ苦手としている。だが入学初日に突然押しかけたのにも関わらず、オールマイトと会わせてくれた事への感謝は忘れていない。
ㅤ見かけによらず、割と優しい人物である。それが俺が相澤へ抱く現在の印象だ。
「昨日伝えた通り、訓練のVと講評を見させてもらった。まァ色々改善点は見受けられたが──」
ㅤ誰かがゴクリ、と唾を飲んだ。
ㅤこれでまた除籍とか言われたらどうしよう、とか思っているんだろう。流石にそんなことはしないと信じたいが、相澤ならばやりかねない気迫がある。
「爆豪、お前もうガキみたいな真似すんな。能力あるんだから」
「……わーってる」
ㅤ相澤からの注意に俯きながら答えた爆豪だが、昨日の戦闘訓練終了直後と比べればごく普通の様子だ。
ㅤ彼が緑谷といったいどんな戦闘をしたのか、どんな会話をしたのかが気になるところである。あとで俺も動画見させて貰えないかな、とか考えていると、爆豪だけではなく緑谷も相澤から注意を受けた。
「それと緑谷。また腕ブッ壊して”助けてもらった”のか」
「っ……!」
「個性の制御、いつまでも出来ないから仕方ないじゃあ通さないぞ」
ㅤ心なしか、相澤の背後にゴゴゴゴとドス黒いオーラが見える。いやこわ、と思ったのは俺だけではないだろう。隣の席に座る常闇は顔に冷や汗を流していた。なんだろう、この自分が注意されている訳でも無いのに気まずくなる現象は。
「ソレさえ克服すればやれる事は多い。気張れよ、緑谷」
「!……はいっ!」
ㅤしかし注意だけでは終わらず、相澤はアドバイスを付け加えた。緑谷も制御に難アリということは自覚していたようで、震えながらハッキリと返事をする。
ㅤたしかに相澤の言う通り、緑谷があの馬鹿げたパワーを制御出来るようになれば急成長を遂げるだろう。
ㅤ増強系の個性は俺の”大波”や爆豪の”爆破”とは違って戦術の幅は狭いが、増強系は単純ゆえに強いのだ。
ㅤ特に緑谷なんかは体が自損するほどの威力があるので、それが制御出来るようになれば脅威に成りうる。彼がどんな個性なのかは知らないが、一撃の威力だけを見ればこのクラスでもトップだろうと俺は思う。
「さて、ホームルームの本題に入らせてもらう。急で悪いが、今日は君たちにやってもらうことがある」
「また小テストかな……?」
「……さあ?」
ㅤ再び緊張が走った。
ㅤ急にやってもらうこと、と相澤から聞いて良い想像をした奴は一人もいないあたり、もはや身体に彼への警戒心が染み付いてしまっているらしい。かくいう俺もちょっとドキドキしているので、彼らをどうこう言える立場でもないが。
「──学級委員長を決めてもらう」
「「「学校っぽいのキター!!!」」」
ㅤそれを聞いてクラス中が盛り上がる。先ほどの会話で上鳴たちは”やるなら学級委員長になりたい”と言っていたが、俺の予想通りクラスの大半……というかほぼ全員が手を挙げた。
ㅤ挙手をしていないのは、ボケーっとそれを眺めている俺とお茶子と、あとは何を考えているのか分からない轟の三人くらいだ。ポーカーフェイスなのか素であれなのか分からないが、相澤以上に近寄り難いのはコイツだろう。
ㅤそれはともかく、こういうのをやりたがらなさそうな爆豪や緑谷ですら手を挙げているのは意外だった。さっきまでは明らかに落ち込んでいたのに、『やらせろ!』と鼻息を荒くしているのは流石と言うべきか。その後ろで緑谷は控えめに手を挙げている。
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30センチ!!」
ㅤお前は自重しろ。
ㅤそんなマニフェストを聞いて峰田を学級委員長にしたいという奴がもしもクラスに居たならば、是非とも顔を拝みたいものである。
ㅤ一気に騒がしくなった教室だが、そこに冷や水を浴びせたのは飯田だった。
ㅤ『静粛にしたまえ!』と突如叫んだ彼に、驚いたように全員が視線を向ける。なんでもいいけど隣でいきなり叫ぶのやめて欲しい、ビックリするから。
「多を牽引する重要な仕事だ、やりたい者がやれるものではないだろう……! 」
ㅤ飯田曰く、学級委員長とは周囲からの信頼あってこそ務まる聖務であるとのこと。いやそんなに重く考える仕事かな、なんて呟いた俺のツッコミは彼には届かなかった。
「民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案!!」
ㅤと言いつつも、飯田もちゃっかり手を挙げていた。なぜ発案した、とクラス中からツッコミが入る。
ㅤ俺の斜め左に座っていた梅雨ちゃんが、”日も浅いのに信頼もクソもないわ”と言ったがまさにその通りである。たしかに昨日の反省会を経て多少は仲良くなれたが、互いに信頼出来るかと言われたら悩まざるを得ない。それはまた別の話だ。
ㅤ信頼関係はこれから築くものであって、たかが数日話した程度で得た信頼なんて豆腐よりも脆いだろう。
ㅤしかし飯田はめげずに、だからこそこの場で複数の表を得た者が真に学級委員長に相応しいはずだと語る。彼は相澤に投票の実施の確認を求めるが、時間内に決めれば何でもいいと素っ気なく返されていた。
ㅤそうして始まった学級委員長を決める投票だが、そんなに時間はかからなかった。というのも、ほとんど全員が自薦していたからだ。そりゃ投票で決めるっていったって、自薦アリなら学級委員長になりたいやつは自分に入れるに決まってる。
ㅤ俺は他に入れたので、もちろんゼロ票である。お茶子と轟もゼロだった。
ㅤ一票、一票、一票……と並んで二票の得票があったのは八百万だ。講評や反省会でも積極的に発言していたし、性格も真面目なので適任だろう。こりゃ八百万で決まりか、と思ったらその上に緑谷の名前があった。
ㅤ彼の得票は三票と、八百万よりも一票多い。
「僕三票──!!?」
ㅤ驚き混じりに立ち上がった緑谷だが、俺としても別に異論は無い。意外と彼は根性があるし、普段の通常授業の様子からして頭は良い方だろう。リーダーシップがあるかどうかはともかく、訓練の時に見せたあの判断力は学級委員長としてもきっと役立つはずだ。
「なん……でデクに! 誰が!」
「まー、お前に入れるよか分かるけどな」
ㅤ瀬呂の言う通りである。どんなに間違ったとしても爆豪だけはゴメンだ。A組の学級委員長が地雷だらけの暴君になってしまう。
ㅤ斜め後ろから下手くそな口笛が聞こえてきたので、そちらを見ればお茶子が爆豪から顔を逸らしていた。なるほど、あいつは緑谷に入れたらしい。というか余計なことを言った瀬呂が爆豪に首締められているの、誰か何とかしたらどうだ。「ギブギブ」と必死に爆豪の腕を叩いている姿は面白いけど。
ㅤ最終的に、学級委員長は緑谷で副委員長が八百万ということになった。
ㅤそしてこの投票を開いたはずの飯田は一票である。俺が彼に投票した上で一票ということは、飯田は別の人物に投票したということか。自薦じゃなくて他人に入れるとか、この言い出しっぺは何をしたかったのか分からない。
「ぐぬぬぬ、一票か……しかし、一体誰が……?」
「俺や」
「千重波くん? 君が僕に入れてくれたのかい?」
「おん。お前ならちゃんとやってくれそうだったし……まあそれは緑谷にも言えることだけど」
ㅤこんなに委員長キャラな奴も今日日なかなか珍しい。
ㅤ飯田は雄英よりも真面目な校風だと言われる士傑に居た方が違和感ないが、そういう人間だからこそ、文字通り個性豊かなA組をまとめるに足りうるだろう。正直誰でも良かったが、そう思ったので俺は飯田に投票したのだ。
ㅤ結果は見ての通りであったが、飯田は感無量といった風に「ありがとう、千重波くん……!」と震えながら感謝してきた。いや割と適当に選んだのだが、それで良いのか飯田。
「じゃあ委員長が緑谷、副委員長が八百万ってことで」
「ママママジでか……!」
「うーん……悔しい」
ㅤ相澤に呼ばれて教壇に立った緑谷と八百万の二人に、パチパチと歓迎の拍手が送られた。
◆◆◆◆
ㅤ雄英高校の食堂である〈LUNCH RUSHのメシ処〉は、その名の通りランチラッシュという名のヒーローが勤務している場所だ。クックヒーローの通り名で知られる彼の料理はとても美味しいと評判が良く、昼休みになると食堂には多くの生徒たちが並ぶ。
ㅤ切島と上鳴と瀬呂の三人に昼を誘われた俺は、彼らと共にその食堂に訪れていた。
ㅤ四限の授業が早めに終わったので時間には余裕があると思っていたが、やはりランチラッシュの料理は生徒に人気で、俺たちがそれぞれ自分の昼食を持ち席に座った時には、既にたくさんの行列が出来上がっていた。
「いただきます」
ㅤ手を合わせる。俺が今日頼んだのは好物の天丼だった。野菜炒め定食と悩んだものの、午後にはヒーロー情報学が控えているので、量とカロリーの多いこちらにした。
「くそー、委員長やりたかったな」
「まだ言ってんのか上鳴電気」
「フルネーム呼び!? やめてくれよ千重波、そんな他人行儀!」
ㅤ友達だろぉ!?と喚く上鳴に、ガツガツと男らしく米をかき込んでいた切島が不思議そうな顔をして訊ねる。
「緑谷が委員長だと不満なのか?」
「いや、そんなんじゃなくてよ。学級委員長って要するにクラスの顔だろ? ワンチャンモテないかなーって思ってたから悔しいわけ」
「そんな不純な動機で立候補したんか……」
ㅤやっぱりこいつは峰田と同類だ。マニフェスト女子全員膝上30センチとかいう奴と同じとか、この男にヒーロー候補生としての尊厳は無いのだろうか。
ㅤもしも今朝の投票が自薦禁止だったら上鳴はきっと峰田に入れていたはずだ。休み時間などにも上鳴は割と峰田と話している。類は友を呼ぶというが、変態は二人もいらなかった。
「ていうかよ、話変わるけどなんでお前は麗日と毎朝一緒に登校してくんの? どこ出身だっけ?」
ㅤラーメンを食べながらそう聞いてきた瀬呂に、俺はドキリとしつつも平然と振る舞う。
「三重県。同じアパートに住んでるんやし、向かう先は変わらないんだから、わざわざ時間ずらす必要ないやろ?」
「まあそっか」
ㅤ別に嘘は言っていない。
ㅤしかし、ここで馬鹿正直に一緒に住んでいるとかいえば、しばらくそのネタで擦られ続けるのは目に見えている。お茶子にも不用意にこちらの自宅の話はするなと言いつけてあるので、よほど気を抜かなければバレることは無いだろう。
ㅤ隠す必要? あるに決まってる。
ㅤ他人から見たら俺たちは血縁関係にない同年齢の男女で、しかも年頃の高校生ときた。邪推しないやつの方が少ない。峰田や上鳴が騒ぐ程度ならかわいいものだが、全くの他人に変な噂を立てられたら今後の高校生活にも響くのだ。
ㅤ身の振り方は気をつけないといけない。
「それにしてもお前ら仲良いよなー、幼なじみってそういうもんか?」
「いや、緑谷と爆豪も幼なじみらしいけど全然仲良くないやん。ケースバイケースだぜそんなの」
「ははは、たしかに」
ㅤ幼なじみにしても、あれだけ仲が拗れるのも珍しい。
ㅤ俺が緑谷から聞いた話では、緑谷と爆豪は近所に住んでいて親同士の交流もあったことから、保育園に入る以前からの知り合いらしい。しかし、個性が発現して以降は増長してあのような性格と態度なっていったという。
ㅤ個性を発現したての子供にありがちな、なんでも思い通りになると錯覚してしまう万能感。
ㅤ特に爆豪は、”爆破”なんて戦闘力にも機動力に優れた個性を宿したこともあって、幼少期のその感覚が今でも続いているのだろう。そういうのは小学校のときの”一斉個性カウンセリング”で矯正されるはずだが、現在の彼の様子を見るにあまり意味は成さなかったようだ。
──色々な雑談を彼らと交わしながらランチラッシュの料理に舌鼓を打っていると、突如として校内に警報が鳴り響いた。
ㅤ何事かと立ち上がると、続けて機械音声が聞こえてくる。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは、速やかに屋外へ避難してください』
「セキュリティ突破ァ!? なんだそれ!?」
ㅤ切島がそう叫ぶと、近くの席に座っていた生徒が顔を青ざめながらも教えてくれた。
ㅤ端的に言えば、校内に不審者が入ったとのことである。上級生らしい彼は、それに付け加えて、『こんなこと雄英入ってから初めてだよ!』と脱兎のごとく逃げ出していった。
「俺達も行こうぜ!」
「待て、そんなに一気に人が集まるとこ行ったら──」
「アホか!? ヴィランかもしれねぇだろ! 行くぞ!」
ㅤ隣に座る上鳴に引っ張られて、なし崩しに俺も立ち上がる。
ㅤ食堂はパニック状態と化していた。
ㅤ生徒たちが一斉に出口に向かったせいで、まるで通勤ラッシュ時の満員電車のように人が押し詰められていて、俺たちはとてもじゃないが満足に動けなかった。
ㅤ四人で固まっていたが、いつの間にか全員とはぐれて俺は人の波に追いやられる。流石に校内で雑踏事故なんて起きたらシャレにならない。万が一にでも倒れないように踏ん張っていると、同じように流されていた切島と上鳴の姿が見えた。
「みなさーん! 落ち着いてください!ゆっくりゆっくり!」
「んだよこれ……瀬呂と千重波どっかいったしさぁ……」
ㅤ切島が落ち着くように大声で宥めるも、食堂出入口に集まった群衆には届かない。
「……ったく、どこの馬鹿のせいでこんな事になってんだよ──あっ、誰や俺のケツ触ったのは! ぶっ飛ばずそボケェ!!おい今のお前か!? あぁ!?」
「ひぃっ!? ち、違います!」
ㅤ満足に後ろも振り向けない状況。ギュウギュウと押し込められる身体。次第に募る苛立ちのなか、誰かに俺のケツを触られて反射的に怒鳴った。
ㅤこの状況だ。不可抗力かもしれないが、今の撫でられるような感触は明らかに故意であった。昼食は中断させられるし、押し詰め状態になるし、ケツは触られるしでもう我慢の限界である。
ㅤこれもう、水ぶっかけた方がこいつらも冷静になるんじゃなかろうか。個性を使おうと何とか腕を抜け出すと、その手がテープでぐるぐる巻きにされた。
ㅤこれは……瀬呂か。どこに行ったかと思いきや、割と俺の近くに居たらしい。
「おおおお落ち着け千重波! こんな所でお前の個性使ったら余計パニクるって!!」
「チッ」
ㅤそんな事言ったって、この状況をどうやって収めることが出来るのか。自分が巻き込まれている以上放置もできないし、雑踏事故が起きる可能性だってある。
ㅤ苛立ちやケツを触られた事への怒りもあるが、それ以上にこの状況は良くない。
ㅤ制服は濡れてしまうだろが1、こんな狭苦しい場所で雑踏事故が起きて負傷者が出るよりはマシだ。運が悪ければ誰か死んでしまうことだってある。
ㅤ瀬呂の個性であるテープによる静止を振り切って、俺は水を出そうとしたが──その直後に宙に浮かび上がった飯田の姿が見えて止まる。
「飯田?」
ㅤ彼の動きから見るに、あれはお茶子の無重力。ということはアイツもここにいるということだ。ヒーローを目指すスタートラインに立ったばかりだというのに、こんな所で怪我されたらたまったものじゃない。
ㅤ俺はますます危機感を覚えるが、飯田は個性のエンジンを使って生徒たちの頭上をクルクルと回りながら越えていった。数回転したのちにビタッと出入口の壁に張り付いた飯田は、すぅと息を吸い込んで叫ぶ。
「皆さん……大丈─夫!!ただのマスコミです!!」
ㅤ腹の底から湧き出したであろうその声に、パニック状態だった生徒たちの視線が集中して動きが一旦止まった。
ㅤていうかこの騒ぎの原因マスコミかよ。これで誰が怪我してたら彼らは一体どう責任をとるつもりなのか。あの雄英バリアを越えて来る奴が居るなんて初めて聞いた。
「何もパニックになる必要はありません! ここは雄英!最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう! 」
ㅤ状況が状況でなかったら、俺は飯田に拍手を送っていたことだろう。彼のおかげで生徒たちはみな冷静になり、ゆっくりと順番に食堂を出て行けた。これを賞賛しなくて、一体他のなにを賞賛するというのか。
ㅤ新入生に諭される上級生の心境だろうか。やめておこう、先輩に絡まれるのは避けたい。
ㅤはた迷惑なマスコミ連中は、しばらくして駆けつけた警察によって強制排除されたらしい。
ㅤ
ㅤ最後まで『オールマイトに取材をさせろ』と騒いでいたらしいが、警官たちからキツめのお叱りを受けて、最終的には渋々といったふうに解散していたと後に相澤が教えてくれた。
ㅤいい歳した大人のくせに警察に叱られる奴らなんてどうでもいいが、それよりも休み時間と俺の天丼を返してほしい。まだろくに食べていなかったのに。
──で、食堂で大活躍を見せた飯田だが、それについて五限の始まりに緑谷から『ちょっといいですか』と話があった。
「委員長は、やっぱり飯田くんが良いと……思います! あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は……飯田くんがやった方が正しいと思うよ」
「あ、良いんじゃね! 飯田、食堂で大活躍してたしな!! 緑谷でも別にいいんだけどさ!」
「非常口の標識みてぇになってたよな」
ㅤ俺たちの他にも、飯田のあの姿を見ていた者は居たようで緑谷の提案に賛同の声が次々と上がった。俺は元より飯田に投票していたので特に何も言わなかったが、嬉しそうに固まる飯田の背中を軽く叩く。
「立てよ、委員長」
「千重波くん……! ああ、委員長の指名ならば仕方がない!! ──以後はこの飯田天哉が、委員長の責務を全力で果たすことを約束します!!」
「任せたぜ非常口!」
「非常口飯田ァ!」
ㅤ非常口飯田。
ㅤなんだろう、この口に出して読みたい不思議な日本語は。とても語感が良い。クラスメイトたちからの叱咤激励を受けて、飯田が学級委員長に就任した。
ㅤ俺たちの間でしばらく、彼を非常口飯田と呼ぶのが流行ったのは言うまでもないだろう。
飯田くん委員長回、何気に好きな話です。
次回からはいよいよUSJ編なので頑張って書きます。
予約投稿機能ありがてぇ……