水で征せよアカデミア   作:わこうど。

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今回約1万8000字ってマ?
難産プラス多忙だったこともあって投稿遅くなっちゃったよ……
ご指摘のあったタグに関しては削除しました。
掲示板回はまだ先ですしね。





Invisible girl's surprise attack

 

 

 

「──おらァ!」

 

 

ㅤ俺と尾白は示し合わせるように前方へ走った。

ㅤ動けなさそうな葉隠から離れるのはあまりしたくなかったが、彼女を動かせるために、まず俺たちがヴィランを倒さないといけない。

 

ㅤ最初の標的は、ハンマーを右手に持って下卑た笑みを浮かべるあのヴィラン。俺が向かってきたのを見るや否や、男はハンマーを振り下ろした。

ㅤそれをギリギリのところで避けて腕を掴み、勢いのまま投げ飛ばす。”ガハッ”と息を吐き出し倒れたヴィランには目もくれず、俺は地面を転がったハンマーを路地裏に投げた。

 

 

「葉隠ぇっ!」

 

「へへ、スキあり───ゴッ!? 」

 

「隙なんてねぇよアホが」

 

 

ㅤ俺の背中に飛びかかってきた別のヴィランの胸部に、回し蹴りが突き刺さった。勢いよくガードレールにぶつかり、そのまま男はノックアウトして動かない。

 

 

ㅤまずは二人。

ㅤ警戒して距離を置いたヴィランたちに身体を向けながら、俺はチラと後ろで戦う尾白を見た。

 

 

「はあっ!」

 

 

ㅤやはり俺の見立て通り、尾白猿夫という男は強かった。

 

ㅤ蹴りもパンチも、ヴィランたちの個性であろう多種多様な攻撃を避ける些細な動作さえも俺より数段は上だ。一連の動作に無駄がないことは、素人目に見てもすぐに分かった。

 

ㅤ彼の道着のようなコスチュームからして、彼は何かの武術を修めているのかもしれない。尻尾も交えた尾白の猛攻にヴィランたちは翻弄されているようだった。

 

ㅤ事が済んだら尾白に肉弾戦を教えてもらおう。

ㅤそう決めた俺は、早いところ目の前の有象無象(チンピラ)を片付けて尾白に加勢するため、こちらを囲おうと動いたヴィランたちに再度攻撃を仕掛ける。

 

 

ㅤ蹴って、殴って、また蹴って。

ㅤその繰り返しが体感五分ほど続いて、俺の息は段々と上がってきていた。汗をダラダラと流して、背中に服がベッタリと張り付いて気持ちが悪い。

 

ㅤ我ながらみっともない有様である。普段の何倍も体力の消費が激しかった。

 

ㅤ空調システムのおかげで煙は常に上昇しているが、それでもこの火災エリアは俺にとっては暑すぎた。そもそも長時間の滞在を前提としていないのかもしれない。

 

 

「喰らえ、クソガキ!」

 

「ちっ、鬱陶しい」

 

 

ㅤ言うなれば火炎操作だろうか。燃え盛るビルの炎を意のままに操り攻撃してくるそのヴィランが特に鬱陶しかった。

 

ㅤ事実上個性を封じられている今の俺では、近接戦闘でヴィランを一人一人倒していく他ないが、炎を盾として利用するアイツだけが中々倒せないでいる。

 

ㅤ俺の方に残っているのは、見る限りではあの炎野郎だけだ。仮にも仲間であろう他の奴らが倒れても、焦るどころかむしろ笑っていたその様は正しくヴィランだ。

 

ㅤそれにしても炎を操るなんて強力な個性、それこそこの男がヒーローや消防士だったならば火災現場では大活躍だったろうに。悪人に宿ったことを惜しむべきことか。

 

ㅤこの火災エリアで待ち構えていた連中は全員炎熱系や増強系個性を持っていた。その中でも特に、あいつの個性と俺の個性は対極にある。

 

ㅤ炎を操る個性と、水を操る個性──しかし俺が個性を使えない今、有利なのはあの野郎だ。火災エリアという炎だらけのこの環境も男の味方をしている。

 

 

「ちょこまかと動きやがって!」

 

 

ㅤさて、あいつはどうやって倒そうか。

ㅤ殴ろうと思っても、炎の盾が邪魔で近付けない。かといって距離を取ろうものなら、容赦なく大量の炎が俺へと襲い掛かるだろう。

 

ㅤ故に俺は、近すぎず遠すぎずの適度な距離感を保ちながら、虎視眈々と炎野郎を倒すチャンスを窺っていた。まずは回避に専念しつつ、息を整えることを優先する。

 

 

ㅤ一刻も早くお茶子たちの安否を確認したいので、あまり時間はかけられない。さっさと暑苦しいこの火災エリアから出たいのに、俺の動きを遮るように放たれるヤツの炎のせいで満足に戦えもしない。

 

ㅤたかが一人、されど一人。しばらく攻めあぐねていた俺の心中に段々と焦りが生じてきていた。

 

ㅤ個性が使えない。

ㅤだから得意でもない肉弾戦をせざるを得ないというのに、俺は最後の一人を倒せないでいる。

 

ㅤその事実が重くのしかかり、そんな余計なことを考えたせいで更に体力が消耗するという悪循環──。

 

 

「お、ようやく疲れてきたんかァ!? でもヒーローは全員殺すって決めてんだ、悪いな!情けはかけねぇぜガキンチョ!!」

 

「ぐっ……!?」

 

 

ㅤ道路上に交差した炎の壁。それは飛び越えるには高く、そして熱く燃え盛る。袋小路に誘導されていたことに気付いたときには既に遅く、俺の目前に一際大きな火炎が放たれた。

 

ㅤ火傷覚悟で炎の壁に突っ込むか。あるいは……、

 

 

「こんな所で死んで溜まるかボケェ!!」

 

 

ㅤ一か八かの個性発動。おそらく一秒にも満たない短い時間で、俺は少量の水を生み出した。しかしこの量ではこちらに向かってくる火炎放射は押し返せない。

 

ㅤならば押し返すのではなく、火傷しないように受ければ良い。

 

ㅤ顔と上半身の前面だけを水で覆った。薄い膜のようなものだ。直撃しても火傷は負わないであろうくらいの、微々たる防御。水を生み出した際に一瞬妙な感覚を覚えたが、今は気にする余裕はない。

 

 

ㅤそれがこの瞬間、俺ができた唯一の対抗策だった。

 

 

「千重波!!」

 

「はははははっ!! これでガキ一人は殺せたなぁ! 次はてめぇだ尻尾野郎! お前ら! 一斉に行くぞおお!」

 

「へへへ、了解!」

 

「ぐ……くそ!」

 

 

ㅤ炎の中を無理やり進む。視界は赤く染っていて、下半身と背中に猛烈な痛みと熱さを感じ取った。

ㅤだが、尾白へと狙いを定めたらしいあのヴィランはまだ俺の存在に気付いていなかった。

 

 

「熱いんだよ馬鹿野郎っ!!」

 

「な──!?」

 

 

ㅤいきなり炎の中から飛び出してきた俺に、ヴィランは反応する間もなく吹っ飛ばされる。思い切り相手の額を殴ったせいでヒリヒリと拳が痛んだ。

 

ㅤこれで、俺の方に来ていたヴィランは全員倒せた。

 

 

「良かった……ヒヤヒヤさせるなよ!」

 

「悪い、手こずった」

 

 

ㅤ尾白の元へ走り寄って、彼の隣に並ぶ。そこで初めて気付いたのだが、尾白はまだ全然体力に余裕がありそうだった。汗はかいているが、俺とは違って息も切らしていない。

 

ㅤ千重波がいるから大丈夫、みたいなことをコイツは言っていたが、蓋を開けて見れば尾白の方がこの場で最も頼りになる仲間だった。

 

ㅤ平凡クン、という彼への評価は前言撤回せざるを得ないだろう。平凡どころか俺の数段上に位置している、類まれなる実力者だ。無意識に彼を下に見ていた俺の目の方が節穴だ。少なくとも肉弾戦においては尾白に敵わないと悟る。

 

 

「残り6人ちょいってところか。まだまだいけるな?」

 

「肉弾戦は俺の得意分野だよ、誰にモノ言ってるんだ」

 

「はは。おい尾白、そういや終わったらステゴロ教えてくれねぇか。お前、相当強いやろ」

 

「終わったらって……そういうのフラグって言うんだぜ、千重波」

 

「フラグぅ? んなものへし折ってやるのがヒーローや」

 

 

ㅤ目測だが、最初見たときヴィランの数は30と少しだった。俺と尾白をそれそれ撃破するために相手は15人程度に別れたが、既に俺は自分の方に来ていたヴィランたちを倒している。尾白も10人近く倒しているので、残りは少ない。

 

ㅤいける、勝てる。

 

ㅤ油断はしない、一人一人全力でぶっ倒す。具体的な合図をした訳でもなかったが、俺と尾白は同時に前方へ駆けた。先ほど倒した炎野郎がこのエリアのヴィランたちのリーダー格であったのか、相手は統率はおろか表情を一変させて逃げ腰になっている。

 

ㅤ逃げようとしたヴィランの背中に飛び蹴りを食らわせ、俺はそのままソイツの片肘をへし折った。ボキ、と骨が折れる嫌な感触が伝わり、ヴィランは痛みに叫んだ。

 

 

「ギャァァァァ!? 腕が!!?」

 

「こういう馬鹿にはお灸を据えなきゃなぁ!なに逃げようとしてんやコラァ!!」

 

「おい千重波、あんまりやり過ぎるなよ!」

 

 

──結局、俺と尾白は戦意喪失状態となった残りのヴィランたちをものの一分で全て掃討することが出来た。

 

ㅤ俺はピクリとも動かなくなったチンピラたちの身体に腰掛けて、ふぅと深呼吸をする。

 

ㅤ炎野郎の火炎放射に突っ込んだ際に、水量の関係で覆えなかった背中や足がヒリヒリと焼けて痛かった。

 

ㅤ火災エリアの熱さも相まって、今すぐにでもコスチュームを脱ぎ出したい気持ちに駆られるが、戦場と化したUSJでそれは愚行の極み。防御に重きを置いた要望ではなかったが、コスチュームの素材の強靭性は俺の命を守る最後の砦だ。これを脱ぐのは、事が全て終わったあとから。

 

 

ㅤ地面に倒れ伏すヴィランたちの様子を窺っていた尾白だが、この戦闘で血が頭に昇っているのかその表情は険しいままだった。彼は腕を組みながら、俺の傍に寄ってきた。

 

 

「……これでこのエリアのヴィランは全員倒せたか?」

 

「これだけやり合って出て来ないってことは、そういうこった……ったく、ヴィランはヴィランらしく日陰でコソコソ生きてろやクソが!!」

 

 

ㅤ椅子代わりにしていたヴィランの頭を蹴った。もう反応もない、ただの屍のようだ。もちろん殺してはいないが。

 

ㅤそんなことよりも今一番腹立つのは、こんなチンピラよりも転移系個性の持ち主であろうあの黒い霧のヴィランだ。あいつのおかげで空から急に落とされるし、俺の個性との相性が最悪な火災エリアで戦わされるし、足と背中は焼けるしで俺のコンディションは過去最悪である。

 

ㅤお互いに目立った怪我が無いことを喜べるほどの精神的余裕はなかった。

 

 

「ていうか、骨折るってやり過ぎじゃないのか。あとで過剰防衛とかいわれて怒られても俺は知らないよ」

 

「どうせ相澤先生に怒られるのは確定してんやし、今さら怒られることが増えたってどうにもならんやん」

 

 

ㅤこれが終わったら解放されるのは俺以外の連中だけだ。相澤という男は自分が口にしたことは必ず実行する。彼の説教がどの程度のものかは分からないが、いずれにせよ、全員が生きて無事にUSJを脱出するのが先決だろう。

 

 

「……爆豪と似てると思ったけど違うね。千重波の方が何倍もひねくれてる」

 

「誰がひねくれ者やって? んな事より葉隠呼んできてくれ。悪いけど俺はちょっと呼吸を整えたい」

 

「……あ、そうか葉隠さん! わかった、すぐ戻るよ」

 

 

ㅤ今の反応、絶対葉隠の存在を忘れてただろ。

ㅤ慌てて彼女が潜む路地裏の方へ駆けた尾白の背をため息しながら見つめつつ、俺は先程の戦闘を振り返っていた。

 

 

ㅤ個性を使えないということだけで、あれほどまで苦戦を強いられるとは考えもしなかった。

 

ㅤ俺ならどんなシュチュエーションでも勝てるはず、という驕りは火災エリアに飛んできた時には既に消え去った。

 

ㅤ見ただけで個性を消す個性──イレイザーヘッドの抹消のような性質の個性を持ったヴィランも、世の中にはいるだろう。ヒーローを目指していく上で、あるいはヒーローになったあと、今の俺のままではこのような醜態を繰り返してしまう。

 

ㅤ他のチンピラ共を倒せたのは隙を突いてのゴリ押しでしかない。ラッキーパンチが連続して出たに過ぎなかった。尾白のように鍛え抜かれた格闘技術を持っている訳でもなかったし、そもそもスタミナからして尾白とは段違いだ。

 

 

ㅤこれでは轟や爆豪を越えるどころか、他のクラスメイトたちに並び立つことさえも難しい。というかオールマイトを助けるほど強いヒーローになるという夢を叶えることだって、到底出来やしないだろう。

 

ㅤ井の中の蛙、大海を知らずとはまさにこの事だ。つい最近まで続いていた交友関係の狭さは俺の視野を確実に狭めていた。お茶子と家族だけで完結していた世界で生きていたせいで、俺は強いのだと錯覚する要素があまりにも多かった。

 

ㅤそして雄英に来て初めてその世界が広がった。個性的なクラスの面々全員がヒーローを目指して切磋琢磨している、日本最高峰の環境に来てようやくだ。

 

 

ㅤつまるところ俺は、(オールマイト)を見て、目標(クラスメイト)を見据えていたが、何よりもそれを目指して行動すべき現実(自分)を見ていなかったのだ。

 

ㅤもっと格闘戦に慣れていれば、もっとスタミナがあれば短時間で最小限の体力消費で勝っていたのに。今まで個性にかまけて戦ってきたせいで、その個性を使えずお世辞にも完全勝利とは言い難い有様である。

 

 

「……それにしても、あの感覚は……」

 

 

ㅤ自己反省もそこそこに、俺は炎野郎との戦いで感じた妙な感覚について考える。

 

ㅤ火炎放射が迫ってきて、周りの炎の壁の存在もあって避けれないと悟った俺は咄嗟に個性を発動した。そして上半身前面と顔を水で覆って、炎の中を走り抜けて炎野郎をぶん殴ったのだ。あのときの感覚は、決して悪い類のものじゃなかった。

 

ㅤむしろあれは、まるで長いこと解けなかったテストの問題を制限時間ギリギリになって解けたときのような、一種の爽快感だ。喉につっかえていたものを吐き出せたような、そんな痛快とする感覚だった。

 

ㅤあの感覚を掴んで離してはならないと、俺の心がそう言っている。

 

 

「水の生成、か?」

 

 

ㅤそうだ、あの感覚は水を生成したときに感じたんだった。

……だが、水の生成なんてこれまで何年もやってきたことである。どういう感覚で生成出来るのか俺は十分に理解しているつもりだ。

 

ㅤならなぜあの瞬間だけ別の──ああ、そうか。

ㅤこんな火が燃え盛る乾燥しった空間での水の生成は、今までしたことが無かった。火災エリアの乾燥した空気中に僅かにでも存在していた水分を、俺はあの一瞬で集めたんだ。

 

ㅤ〈大波〉は水を操ることに関しては有効範囲内という距離制限があるものの、水を生み出すために大気中から水分をかき集めること自体に制限はない。

 

ㅤこの環境下にあっても僅かな水分を集めることが出来たのはその為だろうが、俺は今までこんな過酷な環境での水の生成はしたことが無い。

 

ㅤあの感覚は、今まで無意識に俺が定めていた「水分集束の空間制限」をぶち破った感覚だろう。この水量ならこの程度の広さの空間でも十分なはず、という脳に刻まれたテンプレートな思考パターンがあの状況では通じなかった。

 

 

ㅤ”この程度の水量を出すことすら難しい──ならもっと水分集束の空間を広げて、水分をかき集めろ”。

 

 

ㅤそんな俺の脳の命令に個性が応じた。その結果、水で身体の一部を覆うことが出来てあの厄介な炎野郎を倒せたのだ。

 

 

「……流水操作の有効範囲ばかり考えていたけど、これからは水分集束の範囲も考えないとな」

 

 

ㅤ思わぬ収穫を得た。

ㅤ成長した訳では無いが、成長へと繋がる第一歩を俺はこの時間違いなく進めた。火災エリアという環境、俺の対極に位置する炎野郎との戦いでその種を掴めたのだ。

 

 

ㅤ尾白との格闘訓練だけじゃなくて、USJ火災エリアでの個性トレーニングもやろうか──と思ったときだった。

 

 

「千重波! 来てくれ!!」

 

「あぁー? なんだよ」

 

 

ㅤ葉隠を迎えに行ったはずの尾白の声が聞こえてくる。早いうちに他のエリアへ行きたいのだが、なにか問題でもあったのだろうか。

 

ㅤ一応警戒しながら路地裏に入る。

ㅤ揺らめき輝く炎の影に包まれたその路地裏は酷く暗かった。しかし、肝心の尾白と葉隠の姿は見えない。

 

 

「尾白? 葉隠? 何があったんや」

 

「─────」

 

「っ!?」

 

 

ㅤキョロキョロと辺りを見渡しながら狭い路地をしばらく歩いていると、背後に人の気配を感じる。バッと振り返るとそこには、尾白を鎖で縛り付けて拘束する大柄なヴィランが立っていた。

 

 

「やられた…! すまん千重波、捕まった!!」

 

「見りゃわかる──そんで、テメェは誰やねん」

 

「おうおう、歳上への礼儀がなっとらんのぉ。雄英高校はいつから礼儀知らずの学び舎になったんじゃ?」

 

「礼儀ィ? 下手に出る相手くらいは自分で選ぶっちゅうの。ヴィラン相手に媚びへつらうヒーローが、この世界のどこに居るんってんだ、あァ? 後学の為に教えてくれないか」

 

 

 

ㅤ顔立ちからしてヴィランは老人。

ㅤしかし、老人とはとても思えないほど筋骨隆々な巨体。ボロっちいローブから垣間見える不自然までに膨らんだ筋繊維と、彼の痩せこけた顔立ちはとてもアンバランスかつ不気味である。

 

ㅤ増強系の個性……だろうが、こんな路地裏に誘い込んで捕縛する意味がよく分からない。明らかに先ほど戦ったチンピラたちとはヴィランとしての格が違う。

 

ㅤ最初からこのジジイが出張って来ていたら、俺たちは着地した途端に一網打尽にされていただろう。思わずそう確信してしまうほど、俺はこのジジイに対する警戒心が強まっていた。

 

ㅤ尾白は強い。こと近接戦闘では俺は彼の後にも及ばないはずだ。それだけの強さが尾白にあるにも関わらず、彼は俺を呼んでからのわずか数十秒で満身創痍になっていた。

 

ㅤ頭からは血を流して、目は虚ろ。それでも歯を食いしばって、尾白は意識を飛ばさないようにジジイの持つ鎖に抗っていた。

 

 

──火災エリアのリーダーは炎野郎じゃなくて、コイツだ。

 

 

「全く、これだから小童は嫌いなんじゃよ」

 

「そうか、俺もヴィランは嫌いや」

 

「ごホッ……千重波! 多分こいつの個性は筋肉増強だ!真正面からやり合うな!! 路地裏から出ろっ!!」

 

「筋肉増強?……どっかで聞いた覚えが──チッ!」

 

 

ㅤとんでもない速度でジジイが殴りかかってきた。

ㅤその巨大な拳が僅かにかすった頬からは血が勢いよく吹き出したが、俺は気にせず、地面に突き刺さった腕を抜こうとしているジジイの横顔を回転を加えて蹴った。

 

ㅤしかし──、

 

 

「なんじゃあ、今のは。蹴りか?」

 

「くたばれクソ!」

 

 

ㅤ俺の蹴りはまるで効いていなかった。今ので尾白が瞬く間に捕まった理由が分かる。生半可な打撃ではジジイに全くダメージを与えられないのだろう。その巨体を支える体幹も、頭を支える首の筋肉の硬さも尋常ではない。

 

ㅤ筋肉増強──それはたしか、数年前にプロヒーローを殺害して今もなお全国指名手配されている凶悪ヴィラン〈マスキュラー〉が持っている個性のはずだ。

 

ㅤ自身の戦闘スタイルの参考にするために、俺は水系の個性を持ったプロヒーローはほとんど調べている。その過程で”ウォーターホース”という夫婦で活躍していたヒーローの存在を知った。

 

ㅤ非常に優秀なヒーローコンビとして知られ、地元民からも深く尊敬されていたが、そのマスキュラーとの戦闘によって惜しくも殉職してしまったという。

 

ㅤその時の戦闘映像を俺は偶然目にしたことがあった。オンライン掲示板に貼られていたもので、翌日には削除されていたが、よく見ればマスキュラーとこのジジイはよく似ている。顔立ちというよりも、その筋肉増強とやらの個性を使った時の身体の様子がだ。

 

 

「ジジイお前、マスキュラーの縁者かなんか?」

 

「ん? マスキュラー……ああ、強斗か。わしの孫じゃよ。ヒーロー候補生にも知られとるなんて祖父として鼻が高いわ、ふははは!」

 

 

ㅤ個性は親から子へと遺伝する。

ㅤ両親のいずれかの個性を受け継ぐタイプと、両親の個性が合わさった個性を受け継ぐタイプの二種類が存在している。

ㅤということは、つまりジジイがマスキュラーに似ているのでは無く、マスキュラーがこのジジイに似ているということだ。

 

ㅤ筋繊維を増幅し、それを身体に纏うという個性で強化されたその膂力は凄まじかった。当たれば間違いなく即死。運が良くても重体といったところか。

 

 

「小童ァ! ちょこまかと動くんじゃあない!!!」

 

「はいそうですかって止まる訳ないやろ、耄碌してんじゃねぇのか? ──あぶねェな!」

 

「千重波……!」

 

「待ってろ尾白、すぐにその鎖離してやるからな!」

 

 

ㅤ筋肉まみれの巨体に似合わぬ機動力でビルの間を蹴って移動し、そのまま体重を乗せたパンチを繰り出す。俺の背後にあったビルを一撃で吹き飛ばしたことからも、その馬鹿げた破壊力は緑谷の姿を彷彿とする。

 

ㅤまあ、緑谷はこんな気持ち悪いジジイよりも余程カッコイイと俺は思うけど。

 

 

「葉隠!! 」

 

「なんじゃあ、いきなり武士道の本なんか叫んで。ヒーローじゃなくてサムライ志望か? 小童」

 

 

ㅤあのジジイに鎖で振り回されている尾白もヤバいが、葉隠の場所が分からないのはもっとヤバい。ジジイの攻撃で既にいくつかのビルが崩壊している。もしも瓦礫に巻き込まれていたら、この土煙と炎では何も見えないので助けようがない。

 

ㅤそもそも、助ける暇をジジイが与えてくれるわけも無いので、彼女に呼びかけて待避を促すのが精一杯である。願わくば既に火災エリアから逃げていて欲しい。

 

 

「(コイツ、まだ俺らみたいなヒヨっ子が戦っていいレベルのヴィランじゃねぇな!!)」

 

 

ㅤ先ほど息を整えたおかけで、体力は多少の余裕がある。しかし炎野郎よりも何十倍も危険なあのジジイの執拗な攻撃に、ただ俺は逃げ回ることしか出来ていなかった。

 

 

ㅤそういえば、葉隠が逃げ込んだ路地裏にこのジジイは待ち構えていた。なのに葉隠の存在を、俺たちの三人目の仲間を知らないということは、彼女はこのヴィランを見つけて早々に他の場所へ移ったということだろうか。

 

ㅤそれならそれで良いが、一刻も早く尾白を助けないと本当に危険だ。既に彼は意識を失っているのに、俺を追いかけようと高速で動き回るジジイのせいでブラブラと身体が揺られている。軽傷ではあったが、出血もしているのにあんなに振り回されていたら脳にどんな影響があるか分からない。

 

ㅤこれ以上の時間はかけられない、か。

 

 

「おっ! ようやく逃げるのをやめよったか。ほれ、打ってみなさい。どうせ効かんじゃろうけど、はははは!!」

 

「舐めやがって……ッ!!」

 

 

ㅤ火炎放射から身を守った時の感覚を思い出せ、水分を集束出来る空間を広げろ──ビルの崩壊で火を生み出す火災エリアの機構が故障したのか、この辺りは火が消えている。

ㅤそれでもエリア一帯が乾燥していることに変わり無いが、炎野郎と戦った時よりも水分を集めやすかった。まあ、生み出せた水の量は普段と比べると雲泥の差だが。

 

ㅤ全力で水分を集めたせいで、周辺の空気が完全にカラッカラになったのを肌で感じ取る。もうこの場では二撃目は出せない。少なくとも別の場所に移動するかしないと、噴射は難しい。

 

ㅤこの一撃に全てを賭けるしかないだろう。

 

 

ㅤジジイの足腰の強さは確認した。

ㅤ極太の高速噴射はあいつの姿が見えなくなる分、かえって俺の方が危ない。死角からいきなり飛び出してぶん殴られたら、その時点で勝算は潰えてしまう。それに、尾白を盾に使う可能性もあるから余計にあの技は使えない。

 

ㅤならばその逆だ──極細の高速噴射をジジイの額にぶち込むしかない。どんなに岩石の如く硬い筋肉であっても、全体で受ける衝撃と一点に受ける衝撃とでは耐久に差が出来る。

 

ㅤ重要なのはジジイのどこに当てるか、だ。

 

 

「ん〜、どうした? 怖気付いたかぁ? 老い先短いおじいちゃんの一秒と小童の一秒は価値が違うんじゃ、早うせんか」

 

「心の準備くらいさせてくれ。次で決めるからよ」

 

「……ほぉ? それが大言壮語じゃないことを期待しようじゃないか。好きにせい、わしは動かん。なぜならわしはヒーローが必死に足掻く姿が好きだからな」

 

 

ㅤその姿をしっかりと堪能してから、この拳で嬲り殺して、最後に血を浴びるのが堪らない──そう言いながら笑うジジイに段々と憎悪が湧いてきた。

 

ㅤそんなことをしたいが為に、今までどれだけの人々がコイツに殺されたのだろう。

ㅤ人として持ちうるべき尊厳も、矜恃も、何もかもを当然のように踏み躙ってきたジジイに、ヒーロー云々の前に一人の人間として叫ばざるを得なかった。

 

 

「お前は、人を何だと思ってるッ──!?」

 

「んんん? ストレス発散のおもちゃじゃよ。この尻尾のついた小童を捕まえたのは帰ったらわし専用のサンドバッグに改良するためじゃ。尻尾の太さも長さもちょうど良いしの」

 

ㅤ腸が煮えくり返るほど苛立たしい。しかしジジイは幸か不幸か完全に俺を舐め腐っている。よほど自分の耐久力に自信があるのだろう、ふざけやがって。

 

ㅤジジイは尾白を左腕で抱えているし、狙うなら左目だ。

ㅤいかに筋肉増強といえど、眼球までは筋肉で覆っていないようだ。当たれば失明するだろうが、過剰防衛だの何だの考えていられるほどの余裕は皆無である。

 

 

ㅤ必ず尾白を奪取する。そして、どこかに居るであろう葉隠と合流して三人で生きて火災エリアを脱出する。

 

ㅤ今の俺では一人でこのヴィランは倒せないから、悔しいけどこんなやり方しか思いつかない。

 

ㅤ一瞬、一瞬だけでもいい。

ㅤ尾白を捕まえるあの鎖からジジイの手を離させて、彼を取り返せいい。あとはもう全力で逃げ出すしか、俺たちが生きて戻る方法はない。

 

 

「地獄に叩き落としてやる、ジジイ」

 

「やってみろ、小童」

 

 

ㅤ俺の手の先に、かき集めた水分が集束する。

ㅤキンボールほどの大きさになった水の塊を、水平に強く叩いた。直後、レーザーの如く細い水流となってジジイの左目めがけて高速で噴射される。

 

 

「当たれや!」

 

「来いッ!!」

 

 

ㅤ俺とジジイの距離はわずか五メートル、しかも面と向かって相対しているから一直線である。この近距離で、かつストレートに噴射して外したことは一度たりとてない。

 

ㅤ確実に当たる────、

 

 

「ぐぉっ!?」

 

 

ㅤ極細噴射がジジイの左目に直撃し、血が飛び散った。尾白を縛り付ける鎖がその手から離される。

ㅤそれを見た俺は即座に反応して、地面に落ちようとする尾白の鎖を掴んだ。

 

ㅤ取った! 尾白を取った!

 

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 

ㅤ逃げる。気絶して力の抜けた尾白に加えてまだ鎖もあるので、思ったよりも重たかった。けれど引きずってでも逃げなければ、俺よりも尾白の命が危ない。

 

ㅤ転移系個性のヴィランがまだ居るだろうし、俺がこの場でジジイ戦い続けたとしても、ヴィランたちが撤退してしまったら尾白まで連れていかれてしまう。それだけは絶対に許さない。

 

 

「待てぇぇぇぇ!!!」

 

「片目吹っ飛んでまだ来んのか!?」

 

 

ㅤ路地裏を抜け出して、大通りに出た。必死に走っているうちにジジイの叫び声が聞こえたので、チラッと後ろを振り返ったが、血だらけの顔もお構い無しにジジイは俺を追いかけて来ていた。

 

ㅤ速度は落ちていたが、それでも尾白を抱えている以上は俺の方が遥かに遅い。やばいやばいと焦りつつも、ジジイを迎撃する術は持っていない。

 

 

「──千重波くん!!」

 

「!? 葉隠っ!」

 

 

ㅤ火災エリアの出入口。その壁の上に宙に浮かぶあのハンマーが見えた。そしてこの声──葉隠だ。

 

 

「そのままゲートを進んで! 私がアイツをやる!」

 

「バカ、無茶だ! 俺がやるから尾白引っ張ってけ!」

 

 

ㅤ叫ぶ。葉隠のコスチュームはブーツと手袋だけで、あとは真っ裸だ。透明化の個性を活かすには確かにそうした方が合理的だが、あんな筋肉ダルマを前に裸で立ち塞がるなんて、もしも一撃くらってしまえば重症どころの話では無い。

 

ㅤ葉隠がゲートの上に立っていることはこの際どうでもよかった。それよりも彼女が居るならば、尾白を渡して俺が足止めした方が遥かに良い。火災エリアの外に引きつければ、俺も普通に個性が使えるからだ。

 

ㅤ元より俺も尾白も葉隠に戦わせるつもりなんてなかった。走り続けながら葉隠に尾白を連れていくように叫ぶが、彼女は聞いてくれない。

 

 

ㅤゲートに近づき、葉隠の下を通り抜ける。

 

「お前も来い! 水難エリアまでジジイを連れてく!! あそこなら俺も戦える!!」

 

 

ㅤ後ろを振り向いて、まだゲートの上に立つ葉隠にそう伝えた。USJの出入口から施設内を見た際、この火災ゾーンの真隣に水難ゾーンがあったのを俺は覚えている。この場で引き付けて戦うよりも、あそこなら俺は個性を十二分に扱える。

 

ㅤ葉隠はまだあそこに立っている。しかし、ジジイは俺たちに追いつこうとしていた。もう既に俺たちと十メートルほどの距離に縮まっている。

 

 

「小童ァァ!! 貴様わしの目を、目をォォォ!!! 」

 

「逃げろ葉隠!」

 

 

ㅤジジイがゲートに差し掛かった。もうこの近距離だと尾白を抱えて逃げることは出来ない。尾白を地面に置いて、個性を発動しようと構える。

 

ㅤあの巨体だ。このゲートの高さを通ることは出来ないが、怒り心頭のジジイがその程度気にするとは思えない。おそらく、いやほぼ確実にゲートを壊して俺に仕掛けてくる。

 

 

ㅤ葉隠が危ない──そう思った瞬間、なんと彼女は今まさにゲートをぶっ壊そうと突撃してきたジジイに向かって飛び降りた。

 

 

「なにを──」

 

「やぁぁぁぁ!!」

 

 

ㅤ葉隠がジジイの前に落ちていく。奴は葉隠が見えていないから止まらない。左目をぶっ飛ばした俺だけを見ている。

 

ㅤこのままでは葉隠が──。

ㅤ極細高速噴射を即座に放った。狙いは右目、先程よりも水量は多く、左目を壊したときよりも貫通力が上がっている。

 

 

「─────ギャッ!?」

 

 

ㅤだが俺の攻撃が当たるよりも先に、ジジイの脳天にハンマーが振り下ろされた。間違いなくかなり重い一撃だ、俺が奴に与えたどんな打撃よりも。

 

ㅤ葉隠による死角からの奇襲によって、やつの膝が崩れ落ちた。そのため俺の極細噴射が当たることは無かったものの、ジジイはハンマーの直撃した頭を痛みに叫びながら押さえて、意識が逸れたのか遂に個性を解除した。

 

ㅤ筋肉に包まれていたあの巨体が、見る見る老人らしいヨボヨボの身体に萎んだ。それに、奴はもう俺のことは視界に入っていない。痛みでそれどころでは無いのだろう。

 

 

──葉隠の狙いはこれか!

 

 

「千重波くん!」

 

「おう!」

 

 

ㅤ二撃目を用意。今度は極細ではなく極太。

ㅤ筋肉増強の個性を使わなければ、ジジイはただのジジイでしかない。あの貧弱そうな身体では分厚いコンクリートをも粉々にする極太の噴射は受け止めきれないだろう。

 

ㅤハンマーを手にこちらに駆け寄ってきた葉隠を抱き寄せて、ジジイに向かって水流を放った。

 

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇッッッ!!!」

 

 

ㅤもう抵抗する力も残っていないだろうジジイの小さな身体が、流水と共に大通りを舞う。数百メートルは吹っ飛んだだろう、もうジジイの姿は見えなかった。

 

 

ㅤはぁ、はぁ、と葉隠と俺の荒い息だけが響く。

 

 

「……ありがとう、助かった」

 

「ううん、二人のおかげだよ。私なんも出来なかったもん」

 

「ははっ、ジジイに重いの食らわせてたやん。びっくりしたわ、意外と根性あるじゃん。見直した」

 

「あれはあのヴィランが千重波くんしか見てなかったからだって! ……ていうか、その……そろそろ離してくれると」

 

「あ、悪い」

 

 

ㅤそういやコイツ裸じゃん。

ㅤ慌てて葉隠を離すと、彼女は「いやぁ、千重波くんって良い匂いするね」とか訳の分からないことを言う。火災エリアにずっと居たしむしろ焦げ臭いと思うんだけど。

 

 

「まあとりあえず、尾白の鎖を解こう。早くリカバリーガールのところへ運ばないとやばいぞ」

 

「これ大丈夫なの!? 血すごい出てるけど…」

 

「大丈夫かどうかの判断は俺には出来ん。葉隠、そのハンマー貸してくれ」

 

「う、うん」

 

 

ㅤ尾白の様子に戸惑いながらも、彼女はハンマーを手渡してきた。それを受け取ると、俺は尾白の身体に乱雑に巻かれた鎖の結び目を何度か叩く。ガコン、と金属がぶつかる音を響かせて鎖が緩んだ。次にウォータージェットの如く個性を使って、身体を傷付けないよう慎重に切断する。

 

ㅤ彼を拘束していた鎖がようやく外れた。

ㅤ余程強い力で巻いていたのか、尾白の二の腕あたりに赤みがかった跡が残っている。

 

 

ㅤ俺は彼の口に耳を寄せてちゃんと呼吸をしているか確認し、仰向けの体制に直した。そして尾白の脇の下に首を突っ込んで、肩の上に担ぎ上げる。

ㅤこれは消防士搬送(ファイアーマンズキャリー)と呼ばれる搬送方法で、その名の通り火災現場などで消防士が使用することで知られている。軍隊でも使っているらしい。

 

ㅤこの運び方の利点は、人を持ち上げるのにそれほど重さを感じないことと、運び人の片手が空くことだ。俺の個性は片手さえ空いていれば使えるので、この運び方が現状の最適解だろう。

 

 

「葉隠、はやく行くぞ」

 

「でもどうやって? まだあそこにヤバそうな人たちいるけど……」

 

「それなんだよなぁ……」

 

 

ㅤ俺と葉隠だけならともかく、気絶した尾白を抱えた状態でヴィランと相対するのは避けたい。

 

ㅤ目と鼻の先にあるセントラル広場には、複数の手を身に付けているヴィラン、転移系個性であろう黒い霧のヴィラン、そして脳が剥き出しのヴィランの三人が居るのが見えた。

 

ㅤ最悪の場合、葉隠に尾白を投げ渡して俺が足止めするしかないが、あの三人のヴィラン──このUSJ襲撃の主犯格と思しい連中は有象無象のチンピラ共とは格が違うだろう。”血狂い”マスキュラーの祖父だと名乗ったあのジジイと同等か、それ以上の威圧感がある。

 

 

ㅤ特に、あの脳ミソ野郎が一番ヤバそうだ。

ㅤヴィラン達が最初に乗り込んできた際に、俺は反射的に手の男に向かって攻撃したが、あいつとは比べ物にならない異様な雰囲気。人間味、というよりも生物感がまるでない。

 

 

ㅤ三人……というよりも二人だが、ヴィランたちは集まって何かを話しているようだった。

ㅤイレイザーヘッドは何処に行ったのかと思えば──、

 

 

「……っ! 先生!!」

 

「うそ……」

 

 

ㅤイレイザーヘッドは、あの脳ミソ野郎に倒されていた。腕はひしゃげ、頭からは血を流し、それでもなおヴィランたちを睨みつける彼の姿はとても痛ましい。

 

 

「千重波くん、どうしよう!? 相澤先生が……!」

 

「────」

 

 

ㅤ考えろ、冷静になれ、千重波一水。

 

 

ㅤあそこは水難エリアのすぐ近く。

ㅤあの施設の水の量からして、まず間違いなく俺は〈大波〉を全力全開で一切の過不足なく扱える。

 

ㅤだが、それだけだ。

ㅤ俺は炎野郎とジジイと戦って、自分がいかに個性にかまけていたかを思い知らされた。個性を抜きにしたら俺はあまり強くないということを。

 

ㅤ現役のプロヒーローかつ多対一の肉弾戦を得意とするらしいイレイザーヘッドが、あそこまでボロボロになるような相手だ。その時点で、脳ミソ野郎の強さは計り知れない。しかもその近くには黒い霧のヴィランと、未だ個性や実力の分からない手のヴィランも居る。

 

 

ㅤここで無鉄砲に突っ込むのは明らかに愚策。しかし、今まさに命の危機に瀕している人を見捨てて前に進むのもまた、ヒーローを目指す者として愚考に他ならない。

 

 

──ならば、できる限りでもいい。手の届く範囲は絶対に助けようじゃないか。

ㅤオールマイトに憧れた”あの日”の気持ちを思い出せ、一水。

 

 

 

「……まず先に、尾白とお前を運ぶ──出入口まで跳ぶぞ!」

「え?──ぇぇぇぇ!?」

 

 

ㅤこいつが裸とか気にしている場合じゃない。空いている腕で傍に居た葉隠を引っ張って、俺は個性を発動する。

 

ㅤ足元に水を集束させて、地面に向かって強く噴射した。常に水を生み出し続けて噴射しているので、まるでフライボードのように俺たちはゆっくりと持ち上がった。

 

 

「う、浮かんだ!? てか高っ!?」

 

「ハイドロ人間ミサイルや! 行くぞ葉隠!!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

ㅤ徐々に体勢を前のめりにして、ダメ押しと言わんばかりに極太の流水を最大出力で高速噴射した。ドォォォン、と轟音を響かせて、両手に葉隠と尾白を抱えた俺という名の人間ミサイルが出入口に向かって猛スピードで進んでいく。

 

ㅤコンクリートをも簡単に砕くこの技は、やろうと思えば移動にも転用できる。実技試験のときにビルの屋上に 跳んだり着地したのもこの技だ。

 

ㅤ今回は地上のヴィランたちに──特にあのワープ野郎に補足されるよりも先に出入口へ跳べばいい。そう思って最大の力を込めたが、跳んでから俺は気付いた。

 

 

「──あ、着地どうしよ」

 

「ねぇなんで跳んでから言うの! 私たちこのままだと地面に頭から突っ込んじゃうんですけど!? 助けてヒーロー!」

 

「ぎゃあぎゃあ喧しい、てかお前もヒーローやん。なんとかするから捕まってろ」

 

 

ㅤ弧を描いてセントラル広場のヴィランたちの頭上を跳び越え、俺たちはワープ野郎に分散される前に居た出入口の前に段々と近付いていった。

 

ㅤあと少しで頭から衝突してしまう。何となく人間ミサイルとか言ったが、それは流石にシャレにならない。

 

ㅤあと数メートルにまで地面が迫った。その瞬間に個性を解除し、空中で体勢を直してからまた足から水を噴射する。別方向から加わった力によって、少なくない衝撃が身体に伝わったものの、脳漿をぶちまけるような事態にはならずに済んだ。

 

 

「──よし、無事着地成功だな」

 

「ひぃ、もう人間ミサイルは二度と嫌だよお……」

 

 

ㅤぐすん、と葉隠は半泣きだった。ゆっくりと尾白を地面に下ろす俺の頭を彼女はポカポカと殴りつけてくる。全然痛くないから良いけど。

 

 

「千重波!? それに葉隠と尾白まで」

 

「なんかすごい勢いで飛んできたと思ったらお前かよ……!? てか尾白はどうした、その血! 気失ってるのか!?」

 

「千重波、何があった?」

 

「一人ヤベェのが居た。俺と葉隠の二人で何とかぶっ飛ばしてきたけど、尾白がそいつに鎖で縛られて振り回されて気ィ失っとる。はやくリカバリーガールに見せねぇと……」

 

 

ㅤ出入口の前には、ワープ野郎の個性をなんとか回避したらしい連中が残っていた。血を流して気絶している尾白の姿を見るなり、全員焦った顔をして駆け寄ってきた。

 

ㅤここに残っているのはパッと見た限り、六人。

ㅤ負傷しているのか背中のコスチュームがぱっくりと敗れている13号と、瀬呂と砂藤、障子に芦戸──そしてお茶子だ。良かった、ここに居たのか。

 

 

「一水くん……! 無事やったんやね!」

 

「無傷って訳じゃねぇが、まだ戦えるし大丈夫や。お茶子は怪我ないか?」

 

「うん、うちは大丈夫」

 

「ならよし」

 

 

ㅤ葉隠と芦戸が泣きながら抱き合っている姿を横目に見つつ、地面に仰向けになった尾白の様子を窺っている瀬呂たちに声をかけた。

 

 

「っし。お前ら、尾白のこと頼んだぞ」

 

「は? どこ行くつもりだよ、千重波」

 

「ん? あそこ」

 

 

ㅤ砂藤に訝しげな目を向けられた俺は、なんでもないようにセントラル広場を指差した。その指先を目で追って、俺が何処に向かおうとしているのか察したのか、障子が再び跳ぼうと腰を低くする俺の肩に力強く手を置いた。

 

 

「待て。先生が危険なのは確かだが、いくらお前でもアレらは──」

 

「だから見捨てるってか?」

 

「違う。冷静になれと言ってるんだ、千重波。今さっき飯田が学校に向かった。すぐに先生たちプロヒーローが来るだろう。最も早くここに到着するのは間違いなくオールマイトだ。そうなったらもう俺たちの出る幕じゃない」

 

「飯田が? ……」

 

 

ㅤこの六人、いや飯田を入れて七人か。

ㅤ電波が妨害されて学校と連絡が取れない以上、先生たちに緊急事態を伝えるのは困難。このクラスメイトたちの中だったら、飯田の個性で直接校舎まで走って先生たちをUSJに呼び付ける方が適当だ。

 

ㅤそして先生たちが来るとなれば、障子の言う通り、一番早くに到着するのはオールマイトだろう。彼が来ればこちらの勝ちは疑いようがない。雄英教師になったといえども、彼は依然として〈平和の象徴〉であることには変わりない。

 

ㅤそこを疑ってはいないが、ワープ野郎が言っていた今回の襲撃の目的だけが気にかかる。

 

 

──”オールマイトに息絶えて頂きたく思いまして”

 

 

ㅤオールマイトを殺す、なんて聞いた時には飛び抜けたアホだと思ったが、本気で実現できると思っているからこそ、こんな馬鹿げた襲撃を彼らは実行したのだろう。

 

ㅤもしも……いやまさかな、という葛藤がジジイを倒した後からずっと俺の中で衝突している。

 

 

ㅤもしも万が一、本当にそれが出来るだけの力を奴らが持っていたとしら、尚のことイレイザーヘッドを助けないといけない。しかも今気づいたのだが、そのすぐ近くに緑谷と峰田、そして梅雨ちゃんの三人がヴィラン達の様子を伺っている。

 

ㅤオールマイトが全力で戦うに足りうる相手だとしたら、怪我を負って動けないであろうイレイザーや、緑谷たちはオールマイトの邪魔になってしまうだろう。ヴィランたちが彼らをわわざと狙うという可能性もある。

 

ㅤならば動けるやつが動くべきだ。イレイザーと緑谷たちを奴らから離すだけで、俺が戦う必要は無いのだから。

 

ㅤもう俺は自分の強さを理解した。

ㅤ強いと勘違いしていただけの恥ずかしいやつだってことは火災エリアでの戦いで十分に分かった。プロヒーローが敗れた相手に挑むなんて分不相応にも程があるだろう。

 

ㅤだけど、すぐ手の届くところで危険にさらされている彼らを見捨てる訳にはいかなかった。もうすぐヒーローが来るから、と自分の中に染みる恐怖心に従うのは嫌だった。

 

ㅤこの場で正しいのは障子で、間違っているのは俺だ。

ㅤそれでも俺は行かなくちゃいけない。オールマイトをも助けるヒーローになりたい。俺の原点は、身体を動かすその気持ちにある。

 

 

「障子、止めるな」

 

「待て千重波!」

 

「一水くん!!」

 

 

ㅤ彼の制止を振り切って、水難エリアに向かって跳んだ。後ろでお茶子が何かを言っていたが、流水の音で聞こえなかった。あとでアイツにも謝ろう。

 

ㅤまずはあの三人を障子たちの所へ移動させる。そのあとは水難エリアの豊富な水を使ってヴィランたちの視界を奪い、イレイザーヘッドを助けて俺も即離脱する。

 

ㅤ戦わずして勝つしか、今の俺には出来ない。

 

 

「緑谷ぁ! 早くここ離れるぞ!」

 

 

ㅤ三人の近くに頭から着水した。その勢いで潜り、泳いで彼らの傍に上がった。突然現れた俺に緑谷たちは驚いたようにこちらを見てきた。

 

ㅤ良かった、こいつらにも怪我はない。緑谷だけは指が折れているようだったが、まあ毎回のことなので驚きは無い。今は動けるだけ無事なら御の字だ。

 

 

「え、千重波くん!?」

 

「さっき跳んでったの千重波ちゃんだったのね、ケロ...」

 

「千重波ぃぃぃ!!」

 

「泣くのは後にしろ峰田。さっき飯田が先生たちを呼びに行ったらしい、もうすぐここにプロヒーローが大勢来る」

 

「飯田くんが? 良かった」

 

 

ㅤホッと安堵のため息を漏らす緑谷に、梅雨ちゃんが同意するように頷く。というか峰田は大量の涙を流しながら俺に抱き着くのやめて欲しい。男に抱きつかれても嬉しくも何ともありはしない。

 

 

「お前らを今から出入口に跳ばすから、さっさと──」

 

 

 

──その時、死角からヴィランの手がヌッと伸びてきた。

 

 

 

ㅤ緑谷じゃない、峰田でもない、その手は梅雨ちゃんの顔をつかもうとしている。極限まで研ぎ澄まされた反射神経が、スローモーションでその動きを捉えた。

 

ㅤだが、俺の思考とは裏腹に身体はピクリとも動かない。あまりにも突然のこと過ぎて、脳からの伝令に俺の筋肉が追い付いていなかったのだ。

 

ㅤ緑谷と峰田の顔が強ばる。

ㅤあいつの個性がどんなのかは俺は知らないが、彼らの表情から何かとてつもなくやばい事を梅雨ちゃんにしようとしているのは分かった。

 

 

「梅雨ちゃ──」

 

 

ㅤしかし、ヴィランの手はヒタと梅雨ちゃんの顔に触れたまま固まる。何が起きたのか分からない、何をしようとしたのかも俺は分からなかった。

 

ㅤヴィランは数秒沈黙したのち、感嘆とするように呟く。

 

 

「………………本っ当、カッコイイぜ。イレイザーヘッド」

 

 

ㅤ個性を消されたのか!

ㅤ見た感じ、手で触れることが発動条件だろう。広場で組み伏せられていたイレイザーヘッドが、赤く染まった目で梅雨ちゃんの顔を掴むヴィランを凝視していた。

 

 

「手っ……離せ!!」

 

 

ㅤ緑谷が飛び出す、イレイザーヘッドが脳ミソ野郎に顔を地面に叩きつけられる、ヴィランが彼の視界から外れた。つまりは梅雨ちゃんの顔を掴むヴィランの個性が元に戻ったということ。

 

ㅤようやくこの状況に身体が反応できた俺は、水難エリアの水を全て使う勢いで文字通りの大波を発生させた。梅雨ちゃんからこのヴィランの手を離すためだ。

 

 

「───SMASHッ!!」

 

 

ㅤ俺が背後に大波を発生させたのとほぼ同時に、緑谷が個性を使いヴィランを強く殴った。轟音と風圧が体重の軽い峰田を吹き飛ばしかけたが、彼は俺の腰を掴んでなんとな持ち堪える。

 

ㅤ実技試験といい、戦闘訓練といい、緑谷のあの威力をマトモに食らったらひとたまりもないだろう。手男ヴィランがどんな奴かは知らないが、間違いなくダメージを与えたはずだ。

 

ㅤ続けて俺も大波をヤツに向けたが、土煙が晴れて見えたその光景に思わず息を飲んだ。

 

 

「え……」

 

 

ㅤ緑谷が、呆然としたように目の前のソレを見る。イレイザーをボコボコにしていたあの脳ミソ野郎が、緑谷の強烈なパンチを受け止めていた。しかも一切の傷もなく。

 

ㅤオールマイトを殺すって、この襲撃の本命は手男やワープ野郎じゃなくてコイツか!

 

 

「ケロっ!」

 

 

ㅤ梅雨ちゃんが長い舌を伸ばして、脳ミソ野郎に腕を掴まれた緑谷を助けようとしたが、彼女に向かって手男ヴィランは再度手を伸ばす。もうイレイザーはこちらを見れない、個性を使えない。

 

 

「ぐ、なんだっ!? 津波かよ..! ふざけんじゃ──」

 

「テメェは失せろッッ!!」

 

 

ㅤしかしすんでのところで大波がヴィランに到達した。

ㅤ何十トンもあるであろう膨大な量の水の奔流を前に、奴は為す術なく水と共に遠くへ流されていく。イレイザーの近くで待機していたワープ野郎も一緒にだ。イレイザーには水が行かないように制御してあるため、先生は流されていない。

 

ㅤこれで梅雨ちゃんとイレイザーの危険は回避したが──、

 

 

「緑谷ぁ!」

 

 

ㅤ脳ミソ野郎はまだそこに立っている。

ㅤ緑谷の腕を引っ張って、もう片方の腕で彼に殴りかかろうとしていた。やっぱりあいつが一番やばい。

 

ㅤこのままだと緑谷が危ない!

ㅤ数秒先の未来を幻視した俺は、個性を使うよりも先に身体が動いていた。

 

ㅤ梅雨ちゃんの舌が緑谷の腹に巻かれて引っ張られる。俺の指先もあと少しで彼に届こうとしていたその時───、

 

 

ㅤ出入口の扉がバァンと吹き飛ばされた。

ㅤ俺達もヴィランも、広場の全員の視線がそちらに向いた。

 

 

「もう大丈夫だ、みんな……何故って?」

 

 

ㅤそこに、居たのは──誰しもが憧れ、誰しもがその強さを認める現代日本が誇る真の英雄。

 

「ようやくお出ましか……あー、コンテニューだな」

 

「オールマイト───!!!」

 

 

私が来た!!

 

 

ㅤヴィランたちへの怒りにその形相を歪めた、平和の象徴オールマイトが遅ばせながらも馳せ参じる。

ㅤUSJ襲撃という前代未聞の事件に、ようやく解決の兆しが見えた瞬間だった。

 

 

 






一話限りの名無しオリ敵

マスキュラーのおじいちゃんで、個性も同じ。
75という年齢的にマスキュラーよりは弱いけど、入学間もないヒーローの卵が戦えるレベルの相手では無い。これまでに26人の一般人、5人のプロヒーローを殺害しているシリアルキラーで、孫共々全国指名手配されている、という設定。

口調がめんどくさいのでもうこいつは出しません。
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