水で征せよアカデミア 作:わこうど。
予約投稿の日付をミスっていたのと、私生活がちょっと忙しかったのもあってハーメルンを開ける暇がなく、投稿期間くそ空きました……。
ミスっているの気づいてさっさと投稿しようと思ったんですが、寝ぼけてその話を削除してしまったた上に、コピーも取っていなかったので、仕方なく似たような話を書きました。
久々過ぎてあんまり覚えてなかったので、なんか文章おかしいかも。ぴえんの巻。
Reflects on himself
「千重波、無事だったか!!」
「倒れたって聞いてヒヤヒヤしたよ〜!」
「おう、見ての通りピンピンしとるわ」
ㅤいつものようにお茶子と登校してきて教室に入ると、まず出迎えてくれたのは切島と芦戸だった。二人とも笑顔を浮かべて、俺の身体をペタペタと触りまくる。怪我がないかの確認なのだろうけど、ちょっとやめて欲しかった。
ㅤそんな二人の声につられて、他の奴らも続々と集まってくる。いや、席に座らせて欲しいんだけど。
「ん、尾白やん。検査問題なかったか?」
「ああ、千重波のおかげでね。軽い脳震盪と打撲くらいだったよ」
「そりゃ良かった」
ㅤ昨日はリカバリーガールの治療とか、警察からの事情聴取とかで忙しく連絡をしている暇がなかったのだ。こうして尾白を目の前にすると、安堵のため息が漏れる。頭から血を流して気を失うなんてヒヤヒヤしたものだが、こうして無事に登校してきているのなら本人の言う通り問題ないのだろう。
「そうだ、千重波。良かったらこれ食うか?」
「おお砂藤……なんやこれ、クッキーか?」
「休校中暇だったから作ったんだけど、余っちゃってよ。みんなに配ってるとこだったんだ」
「そういうことなら貰うわ」
ㅤしかし筋骨隆々な砂藤がお菓子作りをするなんて意外だ。人は見かけによらぬものというが、正しくその通りだろう。何を持って来たのかと思えばそれはチョコチップクッキーで、俺は丁寧に包装された可愛らしいその小袋を受け取った。
「砂藤くん、私にも頂戴ー!」
「もちろん! 持ってけ持ってけ」
「わーい! ありがと!」
ㅤまるでガキみたいにはしゃいで佐藤からクッキーを貰うお茶子を他所に、俺は自分の席に座った。
ㅤUSJで負った火傷などの傷は、リカバリーガールのお陰で完治している。もし彼女が居なかったら何週間はあのままだっただろうから、ほんとリカバリーガールには頭が上がらない。
「千重波くーん、おはよう!」
「おはよ、葉隠」
ㅤ教科書類を机の中にしまっていると、やってきたのは葉隠だ。先の事件以降、クラスメイトの中でも連絡のやり取りが増えたのがこいつだった。
ㅤといっても話題は雑談と言うよりも事件や俺の容態についてが大半を占めていたが、今までより仲良くなったのではなかろうか。
ㅤ
「これで相澤先生以外は復帰かー。みんな無事で良かったね」
「そういや先生はどんなんなってんの。命に別状ないとかしか聞いてないんやけど」
「刑事さんの話じゃ、両腕粉砕骨折と眼底骨折……みたいな感じだったらしいよ。後遺症は残るかもーって。あと13号先生は背中から上腕にかけて裂傷があるみたい」
ㅤえげつない。その一言に尽きる。
ㅤしかし先生方が身を呈してくれたおかげで主犯格をあの場に釘付けに出来たわけだし、やはりというかプロヒーローは本当に凄かった。もしも生徒たちだけしか居なかったらと思うと冷や汗が出る。
ㅤ咄嗟に冷静な判断ができるほど経験は無いし、そもそもオールマイトと途中まで真正面から殴りあってたあの脳無とやらに鏖殺されていたかもしれない。誰も死なずに乗り越えた今回は運が良かっただけ。
ㅤヴィランの襲撃を乗り越えたからと言って驕ることはせずに、実力をつけないといけない。
「葉隠は大丈夫なん?」
「私? うん、大丈夫だよ。少しかすり傷があったくらいだし」
「そっか」
ㅤというか、真っ裸であんな場所で戦えてた葉隠は何気にすごいと思う。いくら身を潜めていたとはいえ、着の身着のままどころか紙一枚の防御力もない状況で、最後のあの場面で奇襲しようと考えたのも中々驚くべきところだ。
ㅤそんな彼女の素顔が気になるところではあるが、そもそも任意で解除できるのだろうか。出会ってから日が浅いのでよく分からないが、まさか顔見せてとせがむ訳にもいかないので、これまで通り接するけれど。
ㅤあのUSJ事件から休校日を挟んで顔を合わせたクラスメイトたちは、互いが無事に登校できたことに安心しているようで、普段よりもガヤガヤと教室内は騒がしかった。
ㅤ先生方を案じる声の中には、緑谷の奮闘を称える声も聞こえてきた。緑谷がオールマイトのところへ飛び出して行ったところは多くのやつが目にしているし、結果ボロボロになったとはいえ、オールマイトを助けることに成功している。
ㅤやっぱり緑谷はすごい。まさか同級生を尊敬する日が来るとは思いもよらなかったが、それはともかく、彼もリカバリーガールによって全回復しているようで何よりである。
「みんなー!! 席に着け!! 朝のホームルームが始まるぞ!!」
「着いてるよ、おめぇだよ着いてないの」
「ンー、様式美」
ㅤ個性がエンジンだからなのだろうか、先日のUSJではオールマイトを始めとした教師陣を引き連れて戻ってきた我らが学級委員長は、相も変わらず朝っぱらから元気である。
ㅤとはいえ瀬呂の言う通り、飯田に言われるまでもなく全員既に着席しているので、バスの座席決め然り今回も空回りにしていた。
ㅤそんな茶番劇が繰り広げられている中、それに横入りするかのように教室に入ってきたのは、全身を包帯で巻かれたミイラ男──ではなく……、
「おはよう」
ㅤなんと重傷で入院していたはずの相澤であった。
ㅤ”相澤先生復帰はぇぇぇ”と皆が驚いたように叫ぶが、本当になんでこの人学校来れてるんだろう。葉隠の話じゃ、後遺症残るかもしれないくらいだったらしいのに、相澤はヨロヨロと普段よりも覇気のない様子で教壇に上がっている。
ㅤ雄英の教師ともなれば、重傷だろうが何だろうが仕事しないといけないのだろうか。俺の将来から雄英教師という選択肢が消えてゆく。どうやら相澤という男は俺が思うよりも仕事熱心な教師だったようだ。
「先生、無事だったんですね!」
「アレ無事言うてええんかな……」
「婆さんの処置が大袈裟過ぎるんだよ。そもそも俺の安否はどうでもいい──なぜなら戦いはまだ終わってないからな」
ㅤ教室に緊張が走った。
ㅤあんな事件があった後だ。みんな顔には出していないが、相澤の言葉に多少ナーバスな反応を見せるのは仕方がない。ピリっとした空気の中、嫌な想像が湧いて出てくる。
ㅤ戦いは終わっていない。
ㅤそれを聞いた緑谷は「まさか……」と呟いて、その後ろに座る峰田が今にも泣き出しそうな雰囲気で「またヴィランがー!?」と頭を抱えた。
ㅤ俺は相澤の言わんとしていることが何となく分かる。ヴィランどうこうというよりも、今の時期的に十中八九”アレ”についての話だろう。
「──雄英体育祭が迫っている」
「「「クソ学校っぽいの来たァァァァ!!」」」
ㅤ元気だね、君たち。
ㅤまあ入学初日からして普通の学校とはかけ離れていたし、体育祭というワードに興奮する感情はよく分かる。
ㅤなにせ雄英の体育祭は、ただの体育祭にあらず。
ㅤ
ㅤ日本で毎年行われるビッグイベントの一つとして、全国津々浦々の注目を大いに集める行事だ。
ㅤかつてはスポーツの祭典と呼ばれたオリンピックがその地位にあったが、超常黎明期以後の現代においては形骸化し、規模も人口も縮小している。開催国にオリンピック特需がもたらされる時代は、世界的な注目度を喪失してしまったことで既に通り去った。
ㅤ
ㅤそんな時代にある我が国においては、雄英体育祭がかつてのオリンピックと同等以上の熱狂が見られる。
ㅤ日本最高峰のヒーロー科を設置する学術機関であり、オールマイトやエンデヴァー、ベストジーニストなどの今を駆け抜けるトップヒーローたちを数多く輩出してきた雄英の体育祭は、一般人だけではなく全国のプロヒーローたちも大勢観戦する。
ㅤプロ資格を修得して卒業してからは、プロヒーローの事務所に入ってサイドキックとして経験を積んでいくのが定石だ。中には独立を逃して万年サイドキックをやっている俺の母のような者も結構いるが、それは置いておいて。
ㅤ重要なのは、入りたいからと言って何処にでも入れるわけではないということ。
ㅤいかにトップクラスの雄英卒業生といえど──ど田舎のローカルヒーローくらいならともかく──ビルボードチャートで二桁にランクインするような第一線で活躍する事務所を選り好み出来る立場には無いのだ。
ㅤもちろん、名のある事務所に入った方が得れる経験値も話題性も段違いだろう。だがそう簡単にはいかない。
ㅤ要するに、雄英体育祭とはプロたちに現時点での自分の市場価値を判断してもらう場である。ヒーロー科のみならずサポート科や普通科も入り交じる戦場で、いかに自分をプロに売り込むかが肝となる。
ㅤプロに見込まれれば、その場でチャンスが開かれる。
「だが、時間は有限。雄英体育祭は年に一度、つまり君たちには計三度のチャンスしかない。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ」
ㅤ小さい頃からテレビで見てきたあの輝かしい舞台に自分も参加するのだと思うと、心中に歓喜が広がる。雄英入試の合否が人生の分水嶺ならば、雄英体育祭は人生で必ず越えなくてはならないハードルというべきか。
ㅤ轟を、爆豪を、八百万を、そして何よりも憧れを抱いてしまった緑谷という並み居る高く堅牢なハードルを越え、雄英体育祭を優勝する──そうして表彰台に立った自分の姿を妄想して、俺は武者震いが止まらなかった。
「千重波。おまえ昼休み職員室来い。話がある」
「……っす」
ㅤ別の意味で体が震えた。
ㅤ
「──あんなことあったけどよぉ、テンション上がるなあおい!」
ㅤセメントス先生の現代文の授業を終えて早々、切島が声を上げた。その隣には佐藤と瀬呂、そして常闇の三人が居て、今朝のホームルームで話された雄英体育祭についてハイテンションで語り合っている姿が目に入る。
ㅤいつもなら俺もあそこに参加して、そのまま食堂へ行く流れなのだが、生憎今日は相澤からの呼び出しをくらっている。おそらくUSJでの命令無視について説教されるのだろう。ようやく四限が終わったというのに俺の気持ちは憂鬱だ。
ㅤまあ昼メシは相澤が食堂から事前に持ってきてくれるそうなので、午後からの授業の心配は要らないだろう。
「活躍して目立てばプロへのドデカい1歩を踏み出せる!」
「みんな凄いノリノリだ……」
ㅤそんな様子を見て、緑谷はそう呟いた。どうやら彼は飯田とお茶子といういつものメンバーと食堂に向かうらしく、お茶子の席の近くに集まっているようだった。
「む、君は違うのか? ヒーローになるために在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」
「飯田ちゃん独特な燃え方ね。変」
ㅤグッ、と妙なポーズをとって燃える飯田の背を弁当箱を持った梅雨ちゃんと芦戸が通り過ぎて言った。うん、あれは確かに変なノリ方である。まるでロボットのようだ。
ㅤノート類を机の中にしまいながら、なぜかイマイチ乗り気ではなさそうな緑谷の様子を横目で窺う。
「僕もそりゃそうだよ、でもなんか……、」
「デクくん、飯田くん……」
ㅤ黙りこくっていたお茶子がワナワナと震えながら二人を呼んだ。頭上にハテナマークを浮かべた緑谷と飯田は、彼女のその様子を訝しげに見た。
「頑張ろうね、体育祭」
「顔がアレだよ麗日さん!?」
ㅤ顔がアレってなんだよ、と思ってお茶子の顔を見ると確かにアレとしか言いようがない表情をしていた。
「どうした? 全然麗らかじゃないよ、麗日」
「生──ゴハァ!?」
「油断も隙もねぇなぁ葡萄頭」
ㅤ余計なことを口走ろうとした峰田の額に強めにデコピンするのと同時に、近くに居た梅雨ちゃんもその長い舌で彼の頬をスラップした。俺は一応、梅雨ちゃんに向かってガッツポーズしておいた。
ㅤそしてそんな峰田のことには気にも止めずに、『みんな私頑張る!』と天高く拳を突き上げたお茶子に、切島たちは困惑しつつも同じようにする。
ㅤやはりA組のクラスメイトたちはノリがいいようだ。
「切島ぁ、俺職員室行ってくるわ」
「ん? ああ、そういや朝先生に呼び出されてたな。おう! 説教頑張れよ!」
「頑張るようなもんやないやろ……」
ㅤ説教を頑張って受けるやつなんてこの世に居るのか。というか職員室に俺の昼飯が用意されているということは、先生方に囲まれながら食べろということだろうか。考えるだけで気が沈むが、サボタージュしたらしたであとが怖いので、大人しく従う他あるまい。
ㅤ賑やかな教室を一人出て、騒がしい廊下を歩く。
ㅤ行くは職員室という名の死刑執行場である。
◆◆◆◆
「千重波じゃねぇーか、どうした? 誰か用か?」
「っす、お疲れ様です。相澤先生はいらっしゃいますか」
「相澤? あーなるほどな。オーケイ、Hang on !!」
ㅤ職員室に着くと、ちょうど中から出てきたプレゼントマイクと鉢合わせた。要件を訪ねてきたので俺は相澤が居るか聞くと、ちょっと待ってなと肩を叩かれる。
ㅤ『相澤ー! 千重波来てるぞー!!』と職員室からプレゼントマイクの大声が聞こえてきた。職員室で叫ぶ教師なんて雄英といえど彼くらいしか居ないだろう。迷惑そうに顔を顰める相澤の表情が目に浮かんできて、俺は苦笑いした。
ㅤすると、一分もしないうちに相澤が現れた。やはりというか、プレゼントマイクの大声に呆れた様子だったが、思っていたよりも機嫌は悪そうではない。まあ機嫌の良さげな相澤なんて想像もつかないので、それはそれで良い。
ㅤこれから説教をするとは思えないほど普段通りの彼がそこに居る。
「千重波、着いてこい」
「うす」
ㅤそうして彼の丸まった背中を追うと、職員室の奥に通された。応接間か何かだろうか。品の良さげなソファが置いてあり、その中央にはガラスのテーブルがある。相澤に一言いって下座に腰掛けると、俺の対面に彼も座った。
「さて、なんで呼び出されたか分かっているな」
「USJでの事ですよね」
「そうだが、別に説教する為に呼んだわけじゃない。そう身構えるな」
ㅤなんだ、そうならそうと早く言って欲しかった。何を言われるのかと恐々としていたのが馬鹿らしくなる。後で説教とか言われたからきっとそうするのだろうと思っていたが、どうやら違うようだ。
「ただまァ……残念ながら”終わりよければすべてよし”、とはいかないのが大人の社会だ。プロヒーローを志すなら尚のこと。なんで俺の言うことを聞かなかったか、なんて非合理的なことを言うつもりはない。時間の無駄だからな」
「……」
「だが、俺も曲がりなりにも教師なんでね。あえて言わせてもらう──現場で上の者の指示に従えないやつを、いったい誰が信頼する?」
「それは……、」
ㅤ俺はUSJのとき、相澤の一箇所に固まって動くなという命令に背いてヴィランへ攻撃を行った。あの男は逃してはならないと本能が強く訴えかけ、俺は自分の感覚に従った。
ㅤそれについて後悔はないが、自分の行動を振り返った時に、仮に俺がプロヒーローだった場合、果たしてそれは正しかったのかと断言できるかと問われれば考えざるを得ない。
ㅤその後に爆豪と切島もワープ野郎に攻撃していたけれど、俺はあの場でちゃんと指示があった上で攻撃をしてしまっている。これでは傍から見ればプロの指示に従わない無資格のガキでしかない。
ㅤ俺たちはまだ独自に行動するほどの裁量は持っていないのだ。だからあのような緊急事態では教師──プロの指示に従うのが当たり前のことで、事実俺以外の皆はそうしていた。
ㅤ
ㅤにも関わらず指示に従わなかったことを、相澤は咎めているのだろうと察する。転移させられたあとの戦闘については指示を受けれる状況ではなかったから、他の皆には何も言わなかったのだろう。
ㅤ
「……そんなやつは、誰も信頼しません」
「そうだ。俺もそんなやつを信頼しないし、世間もそうだろう。プロヒーローなんて持て囃されてはいるが、俺たちは公務員と何ら変わらん。それ相応の規則があるし、破れば罰則もある。給与の削減くらいならまだマシだろうが、最悪プロ資格の取り消しなんてこともある。そんな事になって夢を潰す
「……はい」
「お前の行動の責任を取るのは、何もお前だけじゃない。周りの大人もお前の責任を背負っているんだ。それを忘れるなよ」
ㅤそう言う相澤だったが、その声音は怒っている表現するには酷く優しい。厳しいことを真正面から言われて、正直テンションだだ下がりであるが、相澤の言葉は不思議と胸の内にすっぽりとハマった。
ㅤああなるほど、確かにこれは説教ではない。どちらかと言うとヒーロー基礎学だ。ヒーローの資格を取る素地すらない卵を、プロとして大人として教師として、その殻を自ら破らせるために暖めているように俺は感じた。
「実はまだ言っていないが、雄英体育祭のあと、お前らには職場体験をしてもらうことになっている。プロから指名を受けた生徒も、受けなかった生徒も全員だ。職場体験に限らず今後もプロヒーローと現場に出る機会は与えられるが、もしその時もまた同じことをするなら──みなまで言わずとも分かるな、千重波」
「はい」
ㅤ除籍処分にする、ということだ。
ㅤプロヒーローになるためと雄英に入ったはいいものの、規則を破ってプロヒーローに迷惑をかけるような事をするなんて本末転倒もいいところ。
ㅤ一度は許しても二度は無いと言外に語る相澤の眼差しに、俺はしっかりと頷いた。
「さて、話はこれで終わりだ。午後はヒーロー情報学がある。メシ持ってくるからしっかり食べて英気を養え」
「っす。ありがとうございました」
ㅤあまり元気は出ないが、クヨクヨしても仕方がない。相澤に言われたことをしっかり心に留めておいて、とりあえず昼食をとって気分転換しよう。
ㅤ今朝相澤に頼んだのは俺がいつも食べている天丼である。旬の野菜を揚げたかき揚げやサクサクのエビフライがたまらない。毎日食べてて飽きないのかと瀬呂からよく言われるが、好きな物はいくら食べても飽きないものだ。
ㅤ職員室を通った際にチラッと相澤の席の上に岡持ちが見えた。きっと四限辺りにランチラッシュか食堂の調理スタッフが持ってきてくれたのだろう。話し始めて五分も経っていないので、おそらくまだ全然暖かい。
ㅤとはいえ昼休みはそこまで長くないので、予鈴が鳴る前には教室に着いていたい。パパっと食べて片付けてしまおう。
「ほれ。食べ終わったら俺の所まで持ってこい。食堂には俺が運ぶ」
「分かりました……あれ、なんでミッドナイト先生まで一緒に居るんすか」
ㅤ何から何まで相澤には頭が上がらない。苦手とか思っていた自分が恥ずかしい。この人めっちゃ優しいやん……と、俺が感銘を受けていると相澤の背中からひょっこりと見慣れた女性が現れた。
ㅤミッドナイトだ。雄英においては近代ヒーロー美術史を担当している教師だが、近代ヒーロー美術史は後期からの選択科目なので、まだ彼女の授業を受けたことは無かった。
ㅤとはいえ、その名前はよく知っている。
ㅤなにせ、デビュー時にはその過激なコスチュームによって世間に賛否両論を湧き起こし、遂には国に『コスチュームの露出における規定法』という名の法律を施行させるに至った人物だからだ。
ㅤ歴戦のプロヒーローが数多く務める雄英においても、特に名の知れたヒーローといえるだろう。メディアへの露出も多く、主に世の男性からは熱烈な支持を得ている。
ㅤだが、俺と彼女に直接的な関わりは無い。
ㅤ話したことはおろか、しっかりと顔を合わせたのも今が初めてなくらいだ。なぜそんな人が相澤と一緒に俺の元へやってきたのか分からず、首を傾げた。
「聞いたわよ、千重波くん。ここでご飯食べるんだって?」
「まぁ、そうですけど」
「貴方さえ良かったら私と一緒にご飯どうかしら。 こんな陰気な所で一人で食べるのも寂しいでしょう?」
「あー……まあそっすね。是非お願いします」
「じゃあミッドナイト、あとは頼みました」
「ええ、任せて」
ㅤこれは役得と言えるのではなかろうか。
ㅤ面のいい美人教師と机を挟んで昼食なんて、峰田や上鳴辺りにいえばそれはもう大層な反応を見せるだろう。
ㅤ俺は別にミッドナイト先生のファンというわけではないが、一人で食べるよりかは余程良い。彼女の申し出を受け入れると、ミッドナイト先生はその手に持つ弁当箱を机に置いた。
ㅤいただきます、と俺たちは手を合わせて目の前の昼食を食べ始めた。
「イレイザーから叱られたそうね」
「お恥ずかしながら」
「……無愛想だけど、どうか悪く思わないで。あの人もあの人なりに生徒のこと考えてるの」
「そりゃもちろん。俺が至らなかっただけの事なんで」
ㅤ先日聞いたところによると、相澤はこれまでに何名もの生徒を除籍処分にしてきたらしい。どのような理由による処分なのかはよく知らないが、何も知らない生徒からしてみれば取っ付きにくい教師のひとりだろう。
ㅤしかしそれでも俺は、先程のやり取りで相澤は生徒思いの良い先生であると分かったので、もう苦手意識は消えている。むしろ尊敬の念を強めているだろう。
ㅤ
「そう……それなら良かった」
ㅤそんな俺の態度にミッドナイト先生は安堵のため息を漏らした。同僚として相澤先生には思うところがあるのだろう、心配が杞憂に終わったことにホッとしているようだった。
「そういや気になってたんすけど、先生のその弁当って手作りですか?」
「そうよ。忙しいからあんまり凝ったものは作れないけど」
ㅤと言いつつも、彼女の弁当箱の中は白米の他、しっかりと肉や野菜も入っていてバランスの良さそうな構成だった。色とりどりで結構美味そうだなと思っていると、その様子を見たミッドナイト先生が「食べる?」と聞いてきた。
「良いんすか?」
「構わないけど、その代わりひとつ聞きたいことがあるの。良いかしら?」
「そりゃ俺に答えれるものならいくらでも」
ㅤ打って変わって真剣な表情を浮かべた彼女に、俺はたじろぎつつもそう答えた。あのミッドナイト先生が俺に聞きたいことなんてあるだろうかと疑問に思う。
ㅤヒーローとはかくあるべしを体現する雄英教師陣の中でも、特に秀でた活躍と知名度を誇るミッドナイト。
ㅤ個性だけ見れば派手なのは客観的に見ても俺だろうが、彼女の『眠り香』はほとんどのヴィランを無傷で無力化できる個性である。経験も豊富で、これまでに多くの事件を解決してきたであろう彼女が、果たして俺に聞きたいことは一体何なのか。
ㅤお言葉に甘えてミッドナイト先生の弁当箱から適当にタコさんウィンナーを摘む。ていうか意外と可愛らしいものを食べているんだな、とちょっと驚いた。
ㅤ大人の艶やかな色気を漂わせるミッドナイトは毎日オシャレなものを食べているのかと思っていたが、タコさんウィンナーに思わずギャップを感じる。
「その……彼女と同棲しているというのは本当なの?」
ㅤモジモジと身体をくねらせながら、期待するかのように頬を赤らめるミッドナイト先生の姿にちょっとドキっとしたのも束の間、彼女の言葉に俺は冷や水を浴びせられた。
ㅤなんで知ってんのアンタ、とタメ口で返しそうになり、すんでのところで抑え込む。
ㅤ冷静になれ、千重波一水。
ㅤいくら教師とはいえ、担当外の生徒の個人情報を知ろうとするほどミッドナイト先生は浅慮な人間ではないだろう。そもそもあの相澤が、自分が受け持つ生徒のパーソナルデータを同僚に聞かせるとは到底思えない。
ㅤ特に今の時代は個人情報の取り扱いには厳重な体制が敷かれている。マスコミの不法侵入に乗じたカリキュラムの盗難が、USJ事件に繋がってしまったから尚のこと、先生はそんなことはしないはずだ。
ㅤしかし、なぜ俺がお茶子と同居していることを彼女は知っているのだろうか。
ㅤ気になるところであるが、今の口ぶりからして俺の同居人がお茶子であるということは知らない様子。
ㅤならば俺の返事は決まっている。
「何のことです?」
ㅤそれはシラを切ることだ。”なぜ知っているのか”と馬鹿正直に聞けば、必然的に彼女の問いに肯定してしまうことになってしまうだろうから、これ以外の返答はない。
「実は、普通科であなたの事が噂になっているのよ。”1-Aの千重波は彼女と同棲していて、そしてその相手は同じ雄英生”だっていう。もしもそれが嘘だったらとても良くないことだし、話していた生徒を注意するつもりだったんだけど」
「えぇ……マジすか」
ㅤミッドナイトは別に俺の個人情報を調べたわけではなくて、ただそういう噂があるのを偶然聞いただけらしい。そうじゃなかったら俺は雄英の情報セキュリティ担当者に中指を立てる気満々だったのだが、そうならなかったことに安心する。
ㅤしかし、噂か──。
ㅤ普通科との接点が皆無なので、あちらでどのような噂が立っているかなんて俺が知るところではない。
ㅤそもそも、同じヒーロー科クラスであるB組のヤツらと話したことすらもないのだ。コースの違う一般課程の生徒たちにまで、自ら進んで関わろうとする余裕は生憎ない。
ㅤだが、その噂の対象が自分ともなれば話は変わってくる。
ㅤもしかしたらウチの近所に雄英生が住んでいて、俺とお茶子が同じ部屋に入って行くところを目撃されたのかもしれない。だが仮にそうだとしても、本人の預り知らぬところで空言を吐かれるのは存外気分が悪いものらしい。
ㅤそもそも俺に彼女が出来たことなどないのだ。
ㅤ今は自分のことで精一杯だから上鳴のように彼女作りに励むつもりは毛頭ないが、かといって俺だって年頃の男子としてのプライドがある。彼女が居ないことを再認識させられているようで、むかっ腹が立った。
「ちなみに、誰が言ってたとかは分かりますか?」
「ごめんなさい。まだ普通科の方までは名前を覚えてなくて……ということは別にそういう訳じゃないのね。なら、次からはそういう生徒を見かけたら私から注意をしておくわ」
「すいません、お願いします」
ㅤ予想だにしない事実を知らされて微妙な雰囲気になってしまったが、とりあえずお茶子の名前が広まっているわけではなさそうなのは良かった。
ㅤあいつも俺もこれから色んな方面で交友関係を広げていくというのに、そんなくだらない噂のせいで台無しになるのは最悪だ。お茶子だっていずれは意中の相手が出来るかもしれないのに、そこでこんな噂が邪魔立てしてしまったら、実る恋も実らないだろう。
ㅤ個性制御然り、肉弾戦然り、ヒーローとしての在り方然り、解決しなくてはならない課題を多く抱えているというのに、馬鹿な連中の馬鹿な噂の対処まで抱えることになるとは思いもよらなかった。
ㅤだが、人の噂も七十五日なんて楽観視して放置も出来ないので、今後しばらくは周囲に気を付けるべきか────と思い耽っていると、「ん?」と頭に疑問符が浮かんだ。
ㅤ噂の真偽を確かめたい。
ㅤ根も葉もない噂ならそれを広める生徒を注意をする。
ㅤそれはそれで被害者側となってしまった俺にとっては大変喜ばしいことだが、しかしなぜミッドナイト先生は最初あんなに興奮気味に聞いてきたのだろうか?
ㅤ大人の色気と驚愕に惑わされてそこまで気が回らなかったが、冷静になってみるとあの表情がよく分からない。
ㅤちら、とミッドナイト先生の方を見ても特に変わった様子は見受けられなかった。だがそれが逆に、先程のあの表情への懐疑心を強める。
ㅤ
ㅤ思い切って聞いてみようか。
ㅤミッドナイト先生と一緒にご飯を食べるなんて機会、今後二度もなさそうだし。
「先生。もし噂が本当だったら、先生はどうしてましたか」
「千重波くんには悪いけど、根掘り葉掘り聞いちゃうかも。その歳で彼女と同棲なんて中々あるものじゃないし──そもそも私そういう青春っぽいの凄い好みなのよ!!」
「声デカ……」
「”高校生カップル”! ああ、なんて色んな想像を掻き立てる響きなのかしら。考えるだけでゾクゾクしちゃう」
ㅤあれ、この人もしかして結構やばい人?
ㅤ自らの身体を抱きしめて、キャーキャーと甲高い声で騒ぐミッドナイト先生に、自分でも分かるくらい冷たい眼差しを向ける。しかしその視線に気付いた様子はなく、彼女は自分の世界に入り込んでじっていた。
ㅤもう色々面倒くさくなったので、俺はすっかり冷めてしまった天丼を食べ進めた。
ㅤそれからしばらくして、話題はミッドナイト先生の担当している科目である近代ヒーロー美術史に移る。
ㅤ得意でもなければあまり興味もないヒーロー美術の知識を頑張って引き出して、素のモードに入っているミッドナイト先生の意識を無理やり仕事モードに切り替えさせたのである。
ㅤおかげで彼女の奇っ怪な言動は鳴りを潜め、その上ヒーロー美術に関する興味深い小話を色々聞けたので、もうこれ以上は何も言うまい。
ㅤ後期選択科目の俺の候補に近代ヒーロー美術史が増えた瞬間であったが、それと同時に俺はミッドナイト先生に対する別の意味での警戒心を抱いていた。
ㅤ美術史を楽しげに語る彼女の姿はまさしく先生であったが、青春っぽいことに並々ならぬ熱意を感じさせる彼女に、俺の身辺を話すのは憚られる。
ㅤそんなこんなありつつも、校舎内に鳴り響くチャイムが昼休みの終わりを告げた。
「っす、ご馳走でした」
「あら、米粒ひとつ残ってない。綺麗に食べたわね」
「結構腹減ってたんで……」
ㅤ朝は時間が無くて適当にシリアルで済ませたので、もう二限・三限の辺りから腹が空いて仕方がなかったのである。
ㅤその後、相澤のところに空になったどんぶりを持っていき、彼とミッドナイト先生に挨拶をして教室に戻った。
ㅤちなみに余談であるが、「お勤めご苦労様!!」などと笑いながら肩を組んできた瀬呂と上鳴はちゃんとシバいておいた。
「やめないか千重波くん! 暴力沙汰は御法度だぞ!!」
「待てや委員長。こりゃ暴力じゃなくてただのスキンシップや、勘違いすんな。ほら見ろよ、こいつらも笑ってるやろ?」
「いや、俺には二人が苦しんでいるように見えるのだが……」
「ぐええっ、千重波ギブギブギブ!!」
「ギャァァァァ助けて委員長っ!!」
「断末魔を上げているじゃないか!」
「ん? なんやって? なんも聞こえんわ」
ㅤ一応弁明しておくが、俺は別に首を絞めている訳じゃない。こいつらが肩を組んできたので、こちらも強めに肩を組んでいるだけだ。まさかこんなじゃれ合いで意識を落とすわけにもいかないだろう。
ㅤとはいえ右の瀬呂と左の上鳴に耳元で叫び続けられるのも、いい加減やかましくなってきた。ため息をつき、しぶしぶ離してやると、二人はまるで息絶えたかのように床に倒れる。そんな彼らに慌てたように声をかける切島を横目に、飯田のそばに居たお茶子が俺の方に駆け寄ってきた。
「一水くんはお昼食べれたの?」
「おう。天丼とタコさんウィンナー食ってきた」
「なんやのそのチョイス……」ㅤ
ㅤ食堂のメニューにそんなのあったけ、と訝しげな目を向けてくるお茶子にミッドナイト先生にもらったと返すと、『待て待て待て!!』と大声を上げて一人の男が割り込んできた。
ㅤ誰だって? もちろん峰田である。
「なんであのミッドナイトからウィンナーなんか貰うんだよ! まさか千重波お前、ミッドナイトとメシ食べてたのか!?」
「うん」
「───ッッッッ!!!???!?」
ㅤもはや彼の言語は成立していなかった。血涙を流す峰田の姿はまさに俺が想像した通りである。どこからともなく取り出したハンカチをキリキリと噛み締めている峰田だが、そんなコイツには欠片の興味もなさそうに、お茶子はふーんと普通に相槌をした。
「まぁ、ちゃんと食べたなら良いや。まだ怪我治して貰ったばかりなんやからその辺り気を付けなよ?」
「お前は俺の母親か」
ㅤこいつは俺の事を何だと思っているのだろうか。
ㅤ家を空けることが多く会話の少ない俺の母親よりも母親っぽいことを宣うお茶子に、俺は即座に突っ込んだ。