水で征せよアカデミア   作:わこうど。

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ヴィジランテ見てたら久々にヒロアカ熱が高まったので続きを投下です。なんと前回投稿日は2023年……。


Declaration

 

 

ㅤ峰田に睨まれながらも、眠気を誘うヒーロー情報学の二時間を俺は乗り切ることができた。

ㅤ今回の内容は以前と同じ法律関係の話が中心だったが、俺以外にも眠気を堪えているやつは何人かいたようだ。かくん、かくんと頬杖をつく頭が揺れているのが後ろから見えた。

 

ㅤそして恙無く帰りのホームルームを終えて、さて帰ろうかと鞄を片付けていたら、ぞろぞろとA組の前に人集りが出来ていた。

 

 

「なんなんだよぉ〜!? 出れねぇじゃんか!!」

 

 

ㅤいの一番に用意を終えた峰田がそう叫び、クラスメイトたちの注目が集まる。俺もそちらに視線を向けると、廊下を埋めつくさんとばかりに生徒たちが集まっていたのが見えた。

 

 

「なんなんやろうね……?」

 

「さあ?」

 

 

ㅤたしかに峰田の言う通り、この状態では出れなさそうだ。予期せぬ出来事にたじろく俺たちを他所に、ポケットに手を突っ込んで峰田の隣を通り過ぎて行った奴が居た。

ㅤ爆豪である。背を曲げて、彼はいかにも不機嫌そうに顔を顰めていた。

 

 

「敵情視察だろ、雑魚が」

 

 

ㅤ目も向けずにそう言った彼に、峰田が指を指してワナワナと震える。俺でも峰田にはもうちょっとマトモな反応をしてあげるのに、生憎爆豪は彼をただの雑魚としか認識していないらしい。あの様子だと名前を覚えているのかも怪しいところだ。未だに俺のことを「水野郎」とかいうやつだし。

 

ㅤかっちゃんはあれがニュートラルだから、とフォローだか何だか分からないことを言って苦笑いを浮かべる緑谷を他所に、開かれた扉の前に陣取る大勢の生徒たちを前に、爆豪は彼らを睨みつけた。

 

 

「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんなぁ、体育祭の前に見ておきたいんだろ」

 

「あー……そういう」

 

 

ㅤ言われてみたら確かにそうだ。連日マスコミを賑わせているUSJ襲撃事件は多くの雄英生が耳にしていることだろう。

ㅤただ単に施設へ襲撃をかけられただけではなく、生徒たちが授業を受けている最中での出来事であったから話題としては十二分だ。しかも雄英体育祭でやり合うであろうライバルともあれば、敵情視察をする気持ちは分かる。

 

ㅤ爆豪は『けどよぉ』と続けた。

 

 

「そんな事しても意味ねェから。どけ、モブ共」

 

 

ㅤ彼はその低い声で唸るように吐き捨てた。嫌悪感……というよりも敵愾心が丸出しである。悪態をつく爆豪に、こちらから見える外の数名が眉を顰めるのが見えたが、とはいえ、今回ばかりは俺も爆豪と同じ気持ちである。

 

ㅤ眉を顰めたいのはこちらの方だ。さっさと帰りたいのに、敵情視察という名の様子見なんて意味もないことに時間を費やすような連中に構っていられる暇はないのだ。

 

 

「どいつもこいつもアホみてぇに群れやがって。んな事やってる暇あんなら自主訓練でもしたらどうや、あぁ? 」

 

「知らない人のことモブって言うのやめなよ! 千重波くんもその言い方は些か失礼ではないか!?」

 

「チッ、俺の横に並んでんじゃねえ水野郎。てめぇからぶっ殺してやろうか」

「やってみぃや」

 

 

ㅤ俺は今回の体育祭で、爆豪に勝ちたいと心の底から思っている。A組でもトップクラスに強いであろうこいつを倒すのは骨が折れるだろうが、爆豪を倒すことが出来たならば俺はもう一段階先に進めるという確信があった。

 

ㅤだからこそ色々やりたいことがあるのに、こんなことで時間を取られたら溜まったものではない。

ㅤ似たようなことをコイツも考えていたのか、俺たちはそんな苛立ちをお互いぶつけるように至近距離でメンチを切り、バチバチと火花を散らした。

 

 

「──どんなものかと思って見に来たら、随分と偉そうな奴らだなあ。ヒーロー科に在籍する人ってみんなこんななのかい?」

 

「「あぁ!?」」

 

 

ㅤ廊下を埋め尽くす人の波をかき分けて、先頭に現れたのは一人の男子生徒だった。立ち上げた紫の髪と相澤のように深い目の隈が特徴的なその生徒は、気だるそうに俺と爆豪の前に立った。

 

 

ㅤそれにしてもこいつ……どこかで見た覚えがある。

ㅤその男子生徒の顔立ちに既視感を覚えて、俺はジィっと彼を見つめた。

 

 

 

「こういうの見ちゃうと、ちょっと幻滅しちゃうな……知ってる? 普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたヤツが結構居るんだよ」

 

 

ㅤ当然、知っている。雄英高校ヒーロー科の倍率は例年300倍を超える。しかも推薦入試4名と一般入試36名を合わせて合計40名の定員が定められており、非常に狭き門であることに疑いは無い。日本最高峰の高校という通り名は決して伊達ではないのである。

ㅤ俺だってもしもの場合を考えて、普通科の方も受けていたくらいだ。ヒーロー科に無事合格出来たのでその必要はなかったが、入試の日には36人どころか百人単位の受験者が居たことは記憶にも新しい。

 

ㅤあの日大勢詰めかけた何百人かのうち36名しか受からなかったということは、つまるところその分だけ”あぶれた”奴がいるという事だ。彼らは、そんなことになっても何とか雄英に入ろうとしがみつき入学してきたエリートである。

 

ㅤ普通科にしたって最高峰の偏差値であることに違いは無いのだから優秀ではあるのだろう。しかしそれにしても見世物にされるのは気分が悪い。

 

「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科への編入も検討してくれるんだ。その逆も然りらしいよ……」

 

 

ㅤ背後の緑谷がごくりと唾を飲んだが、俺としてはさしたる驚きはない。もう慣れたとまではいわないが、入学式初日から在籍をかけたテストをさせるくらいだ。体育祭の成績次第でへ他の科へ転籍させるくらい雄英なら普通にしてくるだろう。

 

ㅤ俺は、個性把握テストのときの相澤の言葉を思い出した。”これから三年間、雄英は理不尽な苦難を与え続ける”と言った相澤の言葉に偽りなし。

 

ㅤであるならば、俺たちはただそれを乗り越えて行けばいいだけだ。相澤ですら予期せなかったであろうUSJ襲撃事件も乗り越えたのだ。体育祭程度で躓くわけにもいかないだろう。

 

 

「敵情視察? 勘違いするなよ。少なくとも普通科は──俺は、調子乗ってると足元ゴッソリ掬っちゃうぞって宣戦布告に来たつもり」

 

「……」

 

 

ㅤ爆豪は何も言わない。かくいう俺も、彼の大胆不敵な発言に特に何を返すつもりもなかった。なぜならここで罵詈雑言の応酬をした所で意味がないからである。

ㅤ今から二週間後の体育祭で実力差は否応なしにハッキリする。普通科の彼が俺を含めたヒーロー科の連中を倒すつもりなら、こちらはそれを上からねじ伏せてやるつもりだ。

 

 

「隣のB組のもんだけどよォ! ヴィランと戦ったっていうから話聞こうと思ったんだけどよォ! えらく調子づいてんなオイ!」

 

「誰やねんぶっ殺すぞ」

 

「なにぃ? 本番で恥ずかしいことになっても知らねぇからな!」

 

 

ㅤA組はともかく隣のB組の連中の顔や名前まで把握していない。そんなふうに割り込まれても、だからなんだと思う他なかった。そもそも恥ずかしいことにならないように鍛錬をしたいのに、邪魔立てしているのは彼らの方である。文句を言われる筋合いはない。

 

ㅤ今度はB組のその生徒との睨み合いになるが、爆豪は我関せずと人波をかき分けて教室を出ようとしていた。

ㅤそんな彼に待ったをかけたのは切島だ。

 

 

「待てコラどうしてくれんだ! オメェのせいでヘイト集まりまくりじゃんか!」

 

「関係ねぇよ」

 

「はぁ──!?」

 

上に上がりゃ関係ねぇ

 

「……!」

 

 

ㅤ慌てふためく切島に、爆豪はそう言った。

ㅤそれにしても一体なんなんだろう、今日だけはとても彼と気が合う。槍でも降ってくるのだろうか。ただまぁ仲良しこよしと表現するには殺伐としたものだったが、いつもよりマシと思えば何ともない。

 

 

「くっ……男らしいじゃねぇか!」

 

 

ㅤ感銘を覚えたように身体を震わせる切島もいつも通りの光景だ。偏執的なまでに男らしさに拘る彼であるが、今回は爆豪の強気な発言が琴線に触れたらしい。心做しか、彼の背後に神奈川沖浪裏を照らす旭日が見えた気がしたが、それに関してはおそらく気のせいということにしておく。

 

ㅤその隣にいる常闇も砂糖も、爆豪に同意するように神妙に唸った。

 

 

「上、か……たしかにその通りだ」

 

「言うなぁ……」

 

「え!? は!? お前ら騙されんなって! 無駄に敵増やしただけだぞ!」

 

 

ㅤただ、上鳴はそんな二人に突っ込んでいた。俺はむしろ気合いがさらに入ったのだが、どうやら上鳴はそうではなかったようだ。だが無駄に敵を増やしただけ、というのは正しくないだろう。

 

ㅤ元々自分以外は全員敵なのだ。

 

ㅤヒーロー科以外の生徒たちだけじゃない。同じクラスの奴らだって今でこそ仲良くやっているが、体育祭本番になれば鎬を削るライバルとなる。それを改めて自覚させてくれた爆豪には、内心で感謝を伝えておいた。

 

 

 

「……そういや誰かと思ったらお前、あの時の怪我人野郎やん。元気? まァ元気だよな、俺らに宣戦布告なんてしてくるくらいやし」

 

「その呼び方やめてくれないか……」

 

 

ㅤ爆豪の背を見送るその男子生徒を見て、俺はふと気付いた。こいつ、入試の時に怪我して動けなかった怪我人野郎だ。彼を見た時に覚えた既視感の正体はどうやらこれらしい。俺が話しかけると、彼は気まずそうに目を逸らした。

 

 

「千重波。あの時助けてくれたことは感謝してる。おかげで大した怪我はしなかった……けど、俺は倒そうと思ってる敵と仲良しこよしするつもりはないよ」

 

「好きにしろ」

 

 

ㅤあの時助けたのは、そうすべきだと思ったから。

ㅤヒーローとはかくあるべしという俺の理想に沿って、オールマイトならそうするだろうと思ったから助けたに過ぎない。感謝が欲しくて助けたわけではないし、体育祭でやり合う相手だ。仲良くするつもりは無いという彼の言葉は一理ある。

 

ㅤただ、それでも名前くらいは聞いておこうと思った。

ㅤ俺の、俺たちの足元を掬うという宣戦布告をしてくるためにわざわざ教室にやってきてくれたのだ。

ㅤこちらもそれ相応の態度ってものを示さなくてはならない。だから、こいつの名前くらいは聞いておこうと俺は思った。

 

 

「お前、名前は?」

 

「C組、心操人使」

 

「そっか……覚えとくわ」

 

 

ㅤ怪我人野郎もとい、心操人使。実技入試に落ちたからといって、実力がないわけではないはずだ。こうして大胆不敵な宣戦布告を、大勢の前でするくらいだ。この状況こそが、自分の力に確固たる自信を持っているという何よりの証拠。

 

ㅤ個性が戦闘向きでななかったのか、あるいはあの日不調をきたしてきたのか。彼の入試の時の行動を全て見ていた訳では無いので、どのような動きをしていたのか、どのような個性の持ち主かは分からないが、警戒しておくに越したことはないだろう。

 

 

「じゃ、みんなバイバイ」

 

「お、おう。じゃあな千重波」

 

 

ㅤ切島たちに後ろ手で手を振り、まだ大勢残っている生徒たちの間をかき分けて教室から離れた。どうせお茶子は緑谷たちと帰るだろうし、俺は俺でやることがある。

 

ㅤ向かう先は職員室は相澤のところだ。

ㅤ未だ封鎖中のUSJ火災エリアの使用許可を申請しに、俺は人っ気のない廊下に歩を進めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「USJの使用申請?」

 

「はい。体育祭のためにトレーニングしたくて……」

 

 

 本日二度目の職員室だった。入学してからというもの、気がつけば何度もこの場所を訪れている。どうやら俺は他の生徒よりも、この部屋と縁があるらしい。用件のほとんどは相澤関連だ。今回も例に漏れず、俺は彼のもとを訪ねていた。

 

 目的は、USJの火災エリアを使わせてもらうための申請である。

 

 USJは例の襲撃事件以来、封鎖されている。警察による現場検証が続き、さらにA組生徒たちとヴィランの戦闘で損壊した施設の修繕も必要とあって、現状は一般の訓練使用が許可されていない状況だった。

 

 とはいえ、現場検証自体はもう終わっている。残るは施設の修繕のみであり、しかもセメントス先生が手を貸してくれているという話を耳にしていた。それならば、近々使用可能になるだろうという予測は立つ。

 

 俺の説明を聞き終えた相澤は、無言で考え込むように視線を落とした。眉間に寄せられた皺を見て、これはダメかもしれないと少しの不安がよぎる。しかし、返ってきた言葉は思ったよりも悪くなかった。

 

 

「……今日はダメだ。明後日以降なら良いが」

 

「ならそれでお願いします」

 

 

 思わず頬が緩むのを自覚しつつ、小さく頭を下げる。相澤は「わかった」と短く言うと、書類棚の中から一枚の紙を取り出した。差し出されたそれは申請書で、使用場所や目的、参加者の人数などを記入する欄が設けられている。

 

 

「明日の朝、ホームルーム終わったあとに提出しろ。他は俺が準備しておく」

 

「あざっす」

 

 

 これでUSJの使用許可は得られそうだ。火災エリアの建物は例の“ジジイ”が派手に破壊していたため、もしかしたら使用不能かもしれないと危惧していたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。

 

 記入事項もそれほど多くはない。明後日までには余裕をもって提出できるだろう。むしろ問題は、その日までにトレーニング内容を具体的に固めておくことだ。

 

 

「……向上心があるのはいい事だが、あんまり根を詰め過ぎるなよ。特にお前は火傷治してもらったばかりだろう」

 

「? ピンピンしてますよ俺。リカバリーガールのおかげで」

 

「阿呆。目に見えない疲労ってものは意外と溜まっているもんだ。今日明日は大人しくしてろ」

 

「うす」

 

 

 有難い助言とも、小言とも取れる言葉を受けながら、プリントを丁寧にカバンへとしまい込む。折れないようにファイルへ入れ、チャックをしっかりと閉じる動作は、ある種の儀式めいていた。

 

 肩にカバンを掛け直し、再び相澤へと一礼をする。

 

 

「失礼しましたー」

 

「ん」

 

「じゃあな千重波! 気をつけて帰れよ」

 

「っす」

 

 

 軽く手を振るプレゼントマイクに応じつつ、俺は職員室をあとにした。

 

 

 

 

 ︎︎扉のすぐ外には、見慣れぬ女子生徒が立っていた。

 

 水色の髪が陽光を淡く反射し、長く流れるように揺れている。大きな瞳には無邪気な好奇心が宿っており、柔らかな笑みを浮かべて、まっすぐ俺の方へと歩み寄ってきた。

 

 職員室に入りたかったのだろうか。

 ︎︎俺はその場から素早く身を引き、扉の邪魔にならない位置まで下がる。帰ろう。相澤から釘を刺されたばかりだし、言われてみれば確かに、体の芯にじんわりとした疲労を感じる気がしなくもない。思い切って今日は早めに休むとしよう。

 

 夕飯には昨夜の残りがある。

 ︎︎あとは米を炊けば、空腹も満たせるだろう。そんな現実的な思考に浸っていたそのとき、肩をちょんちょんと突かれた。

 

 反射的に振り返ると、そこには先ほどの女子生徒が、再び間近に立っていた。

 

 

「ねぇねぇ! 君、一年生の子でしょ? どこのクラス?」

 

「は?」

 

 

 人懐っこいその態度は、まるでお茶子のような距離感で俺に迫ってくる。近すぎる顔。近すぎる瞳。だが、こちらとしてはまったく面識がない。

 

 思わず言いかけた「誰だよお前」という言葉を飲み込む。態度と言葉遣いから察するに、どうやらこの人は上級生のようだ。仮に一年生同士であれば遠慮なく突っぱねたところだが、相手が年上となればそうもいかない。

 

 

「そうっすけど……どなたですか?」

 

「私、3-Aの波動ねじれ!! 1年生がヴィランと戦ったって聞いたから、気になって1-Aの教室に行こうと思ってたんだけど、さっきまで先生に呼び出されちゃっててね〜」

 

「はぁ……なるほど」

 

 

 なるほど、ではあるが……それで俺に何の用なのか。

 

 どうやら先日のUSJでの出来事を知って、興味を持ってくれたらしい。それはそれでありがたい話なのだが、なるべく早く帰宅したいというのが本音だ。

 

 だが、相手は3年生。つまり、ヒーロー科の先輩である可能性が高い。今後の学園生活で顔を合わせる機会もきっとある。下手な態度で印象を悪くするのは得策ではない。

 ここは、我慢するしかないか。

 

 

「それで、何の御用ですか。ジブン、もう帰るところなんですけど……」

 

「ごめんね、1-Aの子とお話してみたかったの! 良ければ校門まで一緒に行かない?」

 

「いいスっよ」

 

 

 ︎︎これといって断る理由が思い浮かばず、俺は頷いて答える。

 

 ︎︎

「そういえば君、名前なんて言うの?」

 

「千重波です。千重波一水」

 

 

 波動先輩は、俺の名前を繰り返すように口にした。

 この人は、きっと3年間を通してヒーローとは何かを学び続けてきた人なのだろう。まだ入学して間もない俺とは比べものにならない経験と知識があるはずだ。……だからこそ、ほんのわずかに興味が湧いた。

 

 もちろん、峰田でもあるまいし、それはあくまでヒーロー候補としての意味であり、全くの他意はない。とはいえその興味よりも、今は布団の方に強く引かれているが。

 

 

「じゃあ一水くんだね!」

 

「え? ……ああ、はい。好きに呼んでください、先輩」

 

 

 やけに近すぎる彼女と少しばかり距離をとりながら、波動先輩と並んで歩き出す。彼女はどうやらかなりの有名人らしく、すれ違う生徒たちの視線を一身に集めていた。

 

 

「それで初めてヴィランと戦ってどう思った? 怖かった?」

 

「……いや、怖くはなかったっすね。ほとんどチンピラばっかだったんで」

 

 

 正直に言えば、恐怖という感情は特に覚えていない。

 ︎︎むしろ冷静に対処できた方だと思っている。怖さを感じたのは、あの炎の男と、妙にタフだったジジイ──それと、あの脳ミソむき出しのマッチョマンくらいだ。あとは場末の喧嘩屋の延長線上といった印象しかなかった。

 

 先輩は「ふーん」とだけ呟くと、何かを思案するように視線を落とした。

 

 

「一水くんの個性は?」

 

「水、生み出す。水、操る。そんだけです」

 

 

 どうにも質疑応答のような形になっているが、それでも彼女の問いには誠実に答えておく。先輩として、あるいはプロの卵としての関心なのだろうか。

 こちらをまっすぐに見つめるその眼差しには、何かを見極めようとする真剣さがあった。問いかけのひとつひとつに、彼女なりの意図と関心が込められているように思えた。

 

 

「体育祭の説明ってもうあった? 楽しみだよね〜、一年生の部が見れないのは残念だけど」

 

「詳しくはまだ。一応、職場体験については耳に挟んでますが」

 

「そっか! なら良かった。実は私、今ヒーローの事務所にインターン行ってるんだけど、そこでもUSJ事件は話題になっててるの。知ってる子いない?って聞かれたから『作ってくる!』って話したんだ〜。だから良かったよ、君を見つけられて!」

 

「そっすか」

 

 

 楽しそうに話す波動先輩の姿に、少し気圧される。表情豊かに動く手と声色。身振り手振りで感情を表現するその様は、どこか幼さを残す無垢な子供のようであったが、不思議と嫌味はなかった。それどころか、純粋な好意をもって接してくれているのが伝わってくる。

 

 だが、対して俺はというと、口から出るのは当たり障りのない返事ばかり。相手の熱量と釣り合わず、申し訳ない気もしたが、今の頭の中は別のことでいっぱいだった。

 

 美人の先輩と話すというのは、傍目から見れば役得だろう。実際、峰田や上鳴あたりにこの状況を話したなら、喧しい反応を見せるに違いない。

 

 

 ︎︎だが俺の関心は、もっと現実的で、切迫したところにある。

 相澤に出す予定の使用許可の申請が通れば、USJでの個性訓練が可能になる。火災エリアは水分が少なく、『大波』の発動にはかなり不向きな環境だ。

 ︎︎だからこそ、あの環境で自在に力を使えるようになれば、自分の個性に対する理解と制御はもう一段階上の領域へと踏み出せるはずだった。

 

 だが問題はそれだけではない。

 ︎︎USJ事件で痛感したもう一つの弱点──それは肉弾戦の脆さ。これまでのように個性に頼り切った戦闘では、接近戦に持ち込まれた瞬間に押し負ける。あの筋肉ジジイの打撃は今でも体に染みついている。

 ︎︎対処法を確立しなければ、また同じ轍を踏むだけだ。

 

 ならば、近接戦闘に優れた者と拳を交え、己を鍛えるほかに道はない。尾白、切島、砂藤──彼らのような体躯と技量を併せ持つ生徒に付き合ってもらうことも、またひとつの手段ではあるだろうが、近く行われる体育祭で鎬を削る相手に教えを乞うというのは、何とも心情的なハードルがあった。

 

 

「何か悩み事?」

 

 

 思考に沈みがちになっていたせいか、横を歩く波動先輩が覗き込むように顔を近づけてきた。突然視界の大半を占めた先輩の顔に、思わず肩が跳ねて、一歩後ずさる。

 

 その動作があまりに素っ気なく、無礼に映ったかもしれない──と、若干の反省を込めて、静かに呟く。

 

 

「すいません。ちょっと体育祭のことで……どう訓練しようかと考えてました」

 

 

 返事としてはありきたりかもしれないが、それが今の自分のすべてだった。

 勝ちたい。負けたくない。

 ︎︎ただ、それだけの思いで頭が埋め尽くされている。

 

 心操の宣戦布告。そして爆豪の、あの絶対的な自信に満ちた態度。自分でも気付かぬうちに、そんな連中の影響を受けているのだろうか。胸の奥に湧きあがる熱を、我が事ながら少し可笑しく思い、内心で自嘲気味に笑った。

 

 

 ふと、そんな俺の横顔を静かに眺めていた波動先輩が、まるで何でもないような口調で呟く。

 

 

「──ちょっとだけ付き合ってあげようか?」

 

「え?」

 

「訓練。私も今年が最後だし、そろそろ優勝目指して頑張るつもりだからね! 実戦経験のある有望な後輩と戦うっていうのも中々出来ることじゃないし、私の為になると思うんだ。どうかな?」

 

 

 冗談めかした軽やかな口ぶり。だがその奥にある意志は、間違いなく本物だった。

 ︎︎ニコリと笑みを浮かべながら語る彼女の表情には、強い熱と覚悟が滲んでいる。

 

 俺は思わず目を見開いた。

 波動ねじれ。ヒーロー科三年生。プロヒーローの元でインターンシップを行い、経験と実力を兼ね備えているであろう先輩。

 

 そんな相手が、俺の訓練に付き合うと言った。しかもこちらが頼んだ訳でもなく、自ら申し出てくれたのだ。

 理解が追いつかず、咄嗟には何も言葉が出てこなかった。

 

 

 ︎︎けれど、これは冗談でも気まぐれでもない。そのことは、彼女の双眸に宿る真剣な色が、何より雄弁に物語っていた。

 好奇心と闘志。

 その両方が、曇りなく真っ直ぐに、俺に向けられている。

 

 

「せ、先輩が宜しければ……」

 

 

 口をついて出たのは、情けないほどの低姿勢な返答だったが、それでも俺は心からそう思っていた。

 ︎︎願ってもない申し出だ。

 先輩の厚意に応えるためにも、今の自分の全力をぶつけるしかないだろう。

 

 

「オッケー! じゃあ、連絡先交換しよっか」

 

「うす」

 

 

 どこか当然という風に振る舞うその様子は、まるで俺の返答が分かっていたかのようだった。

 波動先輩はカバンの中からスマホを取り出すと、画面をこちらに向けて見せる。表示されたのは、メッセージアプリの友達追加画面だった。

 

 少し遅れて、こちらも慌ててスマホを取り出す。

 先輩のQRコードをカメラで読み取り、表示されたアカウント名――“ネジレチャン”という文字列に、俺は一瞬手を止める。

 恐る恐る追加ボタンを押すと、すぐに承認の通知が届く。

 

 

「これ、私のヒーロー名なんだ〜」

 

「ネジレチャン、ですか。分かりやすくて良い名前ですね」

 

「でしょ? 一水くんも気軽に呼んでいいからね」

 

「や、先輩なんで……」

 

 

 気安くはできない、という思いが反射的に口をついて出るが、先輩は気にする素振りも見せず、ニコニコと笑っている。

 年上というより、無邪気な子供のような雰囲気すらあった。

 

 

「えー、気にしなくていいのに。……あっ、そういえば一水くんはヒーロー名、もう決まっているの?」

 

「決まってないです。何となく考えているものはあるんですけど、イマイチ決めきれなくて」

 

「まあ悩むよね〜。私たちの時もそうだったな」

 

 

 名は体をあらわす──その言葉は、ヒーローという職業においても例外ではない。

 むしろ社会的に注目されやすい分、なおさらだ。

 

 ︎︎メディア露出の機会が多い分、ヒーロー名ひとつで視聴者の印象が大きく変わる。市民の安心感、支持率、果てはスポンサー企業との契約にも影響を及ぼすことがあると、以前あった授業で相澤が言っていた。

 

 その筆頭はやはり“オールマイト”だ。

 “全能”を意味するその名は、彼の強さと屈託のない笑顔、そして揺るぎない信念をそのまま表す象徴であり、誰もが自然と口にし、心からの敬意を抱く。

 

 あれほどの名前が成立するのは、彼がそれを背負うに足る存在だからだ──名に相応しい実力と意志があって、初めて成り立つもの。

 

 ︎︎とはいえ、名前に拘らないヒーローも少なくはないだろうが。

 

 

 果たして自分はどうか。

 ︎︎どんな名を掲げて、何を示すべきなのか。

 未だその問いには、明確な答えを持てずにいる。

 

 

 

 

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