水で征せよアカデミア   作:わこうど。

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U.A. Sports Festival 1

 

 

──本番当日。

 

 楕円形に広がる屋外型スタジアム。その三層構造のスタンドには、巨大なスクリーンと音響設備が備えつけられており、テレビ中継を意識した造りになっている。

 ︎︎ここは雄英高校が保有する複数の大規模施設のうちのひとつであり、今日この日、一年生の体育祭はこの会場で開催されることとなっていた。

 

 校内の一角とは思えないほどの規模と雰囲気に、さすがの俺もいささか気圧されたが──それも一瞬のこと。準備はとうに終わっている。あとは、やるだけだ。

 

 その内部、A組の控え室としてあてがわれた部屋には、パイプ椅子と折りたたみ式のテーブルがいくつか並べられ、各々が思い思いに時間を潰していた。

 ︎︎着替えは既に済ませており、俺含め全員が体操服姿だ。コスチュームの着用が禁じられているのは、ヒーロー科以外──普通科やサポート科の生徒にも公平を期すための措置だという。

 

 何度もテレビ越しに観てきた、あの「雄英体育祭」という晴れ舞台に、今、自分自身が立とうとしている。それがどれほどのことか、胸の奥ではちゃんと分かっているはずなのに、今の自分はいたって静かだった。

 

 ︎︎そのような緊張感よりも、勝ちたいという気持ちのほうが勝っているのだ。

 

 開催の告知がなされてから、もう二週間。ここまで出来る限りのことは積み重ねてきた。手を抜いたことは一度たりともないし、その積み重ねが、確かに今の自分を支えてくれている。

 

 勝ちにいく。そう決めてここまで来たのだ。負けるつもりなど、最初から一度もなかった。

 

 相手は一人や二人どころではない。

 ︎︎爆豪や轟といった突出した実力者に加え、緑谷、八百万、常闇──それに他のクラスメイトも侮れない力を持っている。それに、同じヒーロー科のB組の存在も忘れてはならない。

 

 

 ︎︎油断はない。驕りもない。

 そう改めて認識し、控え室の空きスペースで静かにストレッチをしていると、椅子に座っていた切島が、気負いのない声で話しかけてきた。

 

 

「千重波、いよいよだな!」

 

「ああ。お前は調子どうなん?」

 

「バッチリだぜ!」

 

 

 元気よく親指を立てて見せる切島に、隣の峰田がうなだれた声を上げる。

 

 

「すげぇなお前ら……俺、今になって緊張してきたわ」

 

「それ効果あんの? 峰田」

 

 

 ちらりと見やると、峰田は緊張の面持ちで手のひらに“人”の字を三度書き、それを舐めるようにして飲み込んでいた。昔からあるおまじないの一種だが、俺は今までそれを本気でやっている人間を目の前で見たことがなかった。

 

 馬鹿にするつもりはないが──効果は果たしてあるのか。

 

 気になったので、峰田を真似て俺も同じ動作を繰り返してみる。文字を書く手つきは自然とぎこちなくなるが、意識を内側に向けることで、少しだけ呼吸が整う気がする。

 

 そのときだった。張りのある大声が控え室に響き渡る。

 

 

「皆、準備はできているか! もうじき入場だ!!」

 

 

 飯田の声だった。やたらと元気な立ち上がりに、クラスの空気がぴりりと締まった。

 

 

「はいよー、委員長」

 

「僕も準備満タン☆」

 

 

 上鳴が頭を掻きながら立ち上がり、青山がウィンクとともに答える。二人の軽妙なやり取りに吊られるように、他の生徒たちも椅子から腰を上げ、各々で最後の確認を始めていく。

 

 手のひらに書いた“人”の字──効果があったかどうかは分からない。ただ、あまり緊張していなかった自分には、期待していたような効き目はなかったらしい。ふう、と一息ついて俺も立ち上がろうとした、そのときだった。

 

 視界の端で、ひときわ目立つ紅白の髪が動く。

 

 

「緑谷」

 

 

 呼び止めたその声に、緑谷が振り返った。

 

 

「轟くん……何?」

 

 

 静かに発せられたその名。普段ほとんどクラスメイトと関わらない轟が、よりによってこのタイミングで誰かに話しかけた。それだけでも珍しいことだが、さらに意外だったのは──その相手が緑谷であったということだった。

 

 轟焦凍。推薦組のひとりであり、入学時からずば抜けた実力を見せつけてきた存在。冷静沈着で、感情をあまり表に出すこともない。一言でいえば、無駄がない。俺を含め、A組の大半が彼を“クラス最強”と目しているだろう。

 

 その彼が、今、緑谷に何かを伝えようとしている。控え室に居たA組生徒の視線と意識は二人に向かった。

 

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う。……でもお前、オールマイトに目をかけられてるよな」

 

「へっ!?」

 

「別にそこを詮索するつもりはねえが──」

 

 

 一拍、間を置いて。

 

 

「お前には勝つ」

 

 

 それは何時もより低い声だった。だが、そこに込められた意志の強さは、控え室の空気を一瞬で変えてしまうほどの熱を帯びている。

 

 

「おおっ、クラス最強が宣戦布告かよ!」

 

「急にケンカ腰でどうした!? 直前にやめろって……」

 

「仲良しごっこじゃねえんだ、何だっていいだろ」

 

 

 上鳴が面白がるように囃し立て、切島が慌ててその熱をなだめようとする。しかし轟は、それらの声に応じることもせず、切島の制止の手を軽く払いのけた。

 

 言葉は少なかったが、そのまなざしは、まっすぐに前を見据えている。

 

 

──あの轟が、緑谷に宣戦布告をした。

 

 その事実に、わずかな驚きとともに、胸の奥底がざらりと波立つような悔しさがこみ上げてくるのを感じた。

 

 俺はこれまでずっと、轟焦凍という生徒を越えるべき壁として見据えてきた。推薦組という肩書きもそうだが、何よりも他を寄せつけぬ圧倒的な戦闘技術。その実力に追いつくために、足りないものをひとつひとつ埋めるように、時間を惜しまず鍛錬を重ねてきたつもりだ。

 

 けれど今、そんな彼の視線は──緑谷ただひとりに注がれている。まるで、俺など最初から眼中にないかのように。

 

 何が気に入らないというわけではない。ただ、それが覆しようのない“事実”としてまじまじと突きつけられたことが、どうしようもなく腹立たしかったのだ。

 

 USJでは肩を貸してもらったこともある。彼を敵視する理由はないし、決して悪い奴ではないのだろう。けれど、あの時の心操の言葉を借りるなら──「油断してると足元掬われるぞ」と言ってやりたい気分だった。

 

 だが、言葉で返すつもりはない。

 どうせこのあと、すべて結果として現れるのだ。口で語るよりも、行動で示す。

 

 A組B組も、普通科もサポート科も立ちはだかる壁すべてを超えて、俺が頂点を獲る──そう、心に静かに火を灯しながら。

 

 

 轟と緑谷のやり取りは続いていたが、その内容はもはや耳に入ってこなかった。煮えたぎるような闘志に背を押されるように、俺はひと足早く控え室の扉へと向かった。

 

 扉に手をかける。

 ︎︎深く吸い込んだ息を一つ吐いて、気持ちを整える。

 そのまま後ろ手で扉を閉めかけた、そのとき──ふと、爆豪と視線が交差した。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 睨み合うでも、言葉を交わすでもない。ただ静かに視線が交わった一瞬。

 だがその瞳に宿るものは、きっと今の俺と同じだった。

 

 勝ちたい。誰よりも、何よりも。

 その想いだけが、胸の内で静かに、しかし確かに燃えていた。

 

 

 

 

──スタジアム中央、白く整備された競技フィールドの上空を、複数の無人カメラが旋回している。巨大なスクリーンには生中継の映像が映し出され、観客席を埋め尽くす熱狂の歓声が、まるで波のようにうねりを上げていた。

 

 

『雄英体育祭! ヒーローの卵たちが我こそはと鎬を削る、年に一度の大バトル!! どーせてめーらアレだろ、 コイツらを見に来たんだろ!?』

 

 

 そこは、これまでテレビ越しにしか知らなかった“舞台”だった。だが今日、その中心に立つのは俺たちだ。

 

 

『ヴィランの襲撃を受け、しかし! 鋼の精神で危機を乗り越えた期待の新星!! ──ヒーロー科、1年A組の入場だぁ!!』

 

 

 待機通路へと出た瞬間、観客の熱気が一気に肌を打ち抜く。歓声も空気もすべてが現実離れしていて、足元がふわりと浮くような感覚に陥る。

 

 けれど、その浮ついた感覚はすぐに地へと返った。

 靴底がしっかりと踏みしめる地面の感触が、体の隅々に現実を思い出させ、全身がこれから始まる戦いへと研ぎ澄まされていく。

 

 

「わーっ! すごい歓声だね」

 

「やね」

 

 

 隣を歩く葉隠の声に、軽く相槌を打ちながら中央へと歩みを進める。

 別の出入口からは、B組やサポート科の生徒たちが姿を現し、それぞれ持ち場へと向かっていった。

 

 やがて全員が集まり、俺たちは自然と、台の上に立つミッドナイトの方へと視線を向ける。どうやら、彼女が一年の部の主審を務めるらしい。

 

 

「──選手宣誓!」

 

 

 『十八禁ヒーローが学内行事に出てていいのか』──そんな囁きに過敏に反応した峰田が、興奮した顔で”イイ!”と叫んだが、ミッドナイトの持つ鞭が鋭く空を裂き、すぐさま静かにと一喝された。

 ︎︎控え室での緊張感がどこかへ消し飛ぶような、峰田のいつもの光景だ。つい数分前まで手が震えていた奴と同じとは思えないほどの平常運転である。

 

 

「選手代表──1-A、爆豪勝己!」

 

「……」

 

 

 ミッドナイトに名を呼ばれた爆豪は、何の感慨も無さそうに、両手をポケットに突っ込んだまま、生徒たちの間を無造作にかき分け、前へと歩を進めていく。

 

 その傍若無人な態度すら、爆豪勝己という男にとっては“いつものこと”でしかないのだろう。

 

 ヒーロー科の入試を首位で突破した実力者──俺たちクラスメイトにとっては納得のいく代表抜擢だ。だが、同じフィールドに集まった他クラスの生徒たちからは、不満げな視線や、あからさまなざわめきが聞こえてくる。

 

……そもそも、これらの火種は二週間前だった。

 体育祭の開催が知らされたあと、A組の教室前にUSJ事件を理由に野次馬の如く他クラスの生徒たちが集まってきたとき、爆豪は平然と「モブ共」呼ばわりしてのけた。その一言やあの時の態度が、今に至るまで連中に燻り続けているのだろう。

 

 ︎︎

「せんせー」

 

 

──そんな静寂の中、爆豪が一言、マイクに声を乗せる。

 

 

「俺が一位になる」

 

 

 一瞬、時が止まったかのような静けさが辺りを包み。

 ︎︎次の瞬間には、一年生たちの間で爆音のような罵声が沸き起こった。

 

 

「調子乗んなよA組コラァ!」

 

「ヘドロヤロー!」

 

「なぜ品位を貶めるような真似をするんだ!」

 

 

 怒声、やっかみ、苛立ち──鬱積した感情が、一気に弾け飛んだような大量のヤジ。

 だが爆豪は怯むでもなく、顔色を変えるでもなく、首を掻っ切るようなジェスチャーで群衆を挑発しながら、さらなる一言を俺たちに向けて叩きつける。

 

 

「──せめて跳ねのいい踏み台になってくれ」

 

 

……コイツなら絶対やると思った。

 逆に、ありきたりな宣誓台詞なんか口にしたら、俺は本気で爆豪の体調を疑ったかもしれない。

 

 不遜と紙一重の自信。だがそれは、空虚な虚勢ではない。彼のこの短い言葉の裏には、実力と覚悟と、圧倒的な闘争心がはっきりと宿っている。

 

 爆豪勝己という人間の、まさしく真骨頂だ。

 ︎先ほどと変わらぬ様子で台を降りてきた彼に視線をやる。不敵な笑みは見当たらず、代わりにあったのはただ一心に、これから始まる競技へと向けられた鋭い集中だった。

 

 

「素晴らしい選手宣誓をありがとう、爆豪くん! さっそく予選第一種目へ行きましょう!」

 

 

 爆豪らしさは全開だったとはいえ、教師が素晴らしいと褒めるような内容だったかどうかは疑問だ。しかしミッドナイトはそんなことを気にも留めず、明るく宣言しながら次の説明へと移る。

 

 

 ︎︎雄英体育祭。一年の部の予選第一種目は、「障害物競走」。

 いかにも体育祭らしい競技ではあるが、だがしかし、ここは天下の雄英高校。単なる仲良しレースで終わるはずもなく、設置される障害物も並大抵の代物ではないことは明らかだ。

 

 ルールはシンプル。ヒーロー科を含めた一年生11クラス、総勢およそ150名による一斉競走。

 コースはこのスタジアムの外周約4km。コース内であれば何をしても構わないという言葉通り、妨害行為も許容されるらしい。

 

 つまり、自分の順位を押し上げるためだけでなく、他の生徒を足止めする戦略も立てねばならないということだ。

 

 

「さあ、さあ! 位置につきまくりなさい、一年生!」

 

 

 彼女の言葉とともに、生徒たちはスタジアム外周へ続く専用ゲートへと雪崩れ込む。

 ラインの内側、出走を待つ生徒たちがひしめき合い、押し合いへし合いの様相を呈している。

 

 俺は中団の後方に位置していた。ベストポジションとは言えないが、抜けばいいだけの話だ。

 スタートを知らせるシグナルが壁の装置に点灯表示され──、

 

 

「スタート!」

 

 

 ミッドナイトの号令と同時に、一斉に駆け出す。

 

 ……が、出だしから壁にぶつかる。

 ゲートの幅は思いのほか狭く、生徒たちはまるでラッシュアワーの電車のように押し込められ、俺は中々前に進めずもがいていた。

 

 

「チッ、邪魔くせぇ……っ、!」

 

 

 前方に、見覚えのある紅白の頭が目に映る──俺は咄嗟に、反射的に、足元へ水を噴射した。持続飛行のためではなく、勢いよく跳躍するためのロケットのように。

 

 俺の足元で、突如として肌に刺すような冷気が炸裂した。

 

 

「っえー! なんだこれ、動けん!!」

 

 

 轟だ。コースを一面凍らせ、後続の生徒たちの動きを一気に封じたのだ──だが、それを読んでいたのは俺だけじゃない。

 一足先に空中へ飛び出した俺のすぐ後ろを、爆豪や八百万らがそれぞれの個性を駆使して跳び越えていく。見たところ、A組は全員が上手く抜け出せたようだった。

 

 

「甘いですわ、轟さん!」

 

「そう上手くいかせねぇよ、半分野郎!」

 

 

 俺の現在位置は轟に続く二位。だが、爆豪の個性による瞬発力にはさすがに及ばず、あの二人の背を追いかける形になる。まだ序盤とはいえ、距離が開けば巻き返しは難しい。障害物の内容次第ではあるが、今は現状を維持することを優先すべきだ。

 

 

「(水で跳び続けるのもええけど、また轟に妨害されたら厄介や)」

 

 

 彼の“半冷半燃”と、俺の“大波”の相性は最悪。水で加速すれば、足元ごと凍らされて無力化されかねない。

 だからこそ、爆豪のように連続で跳ぶのは得策ではない。ここは脚力で走り続けつつ、後続への妨害に集中する方が安全だろう。

 

 そうして進み続けた先、視界が開けた。

 そして、その向こう側──立ちふさがるのは巨大な壁のようなロボット群。しかも一機ではない。何体ものロボットがひしめき合い、道を塞いでいる。

 

 

「入試の仮想ヴィラン……!」

 

『さぁ、いきなり障害物だ! まずは手始め、第一関門──ロボ・インフェルノォ!』

 

 

 入試で登場した、0ポイントのあいつら。あのときでも厄介だったというのに、今回は複数体が同時に出現している。しかもそれぞれが自律して動いていた。

 

 俺はすかさず視線を走らせ、轟と爆豪の動きを確認する。生徒たちが一瞬ひるむ中、最初に動いたのはやはり轟だった。

 

 立ち止まった彼は、向かってきたロボットに狙いを定め、手を滑らせるように凍気を放つ。

 ︎︎瞬時に複数のロボットが氷漬けにされ、その隙間を彼は軽やかに走り抜けた。さらにロボの倒壊によって、後続にいた生徒たちへの妨害までも成功させる。

 

 

 やはり凄い、が──地上でチンタラ戦ってる場合じゃない。飛び越えた方が早いだろう。

 右斜め前にいた爆豪と、ほぼ同時のタイミングで個性を発動。俺は水圧を足元に噴射し、大きく跳躍した。

 

 

『1-A、爆豪と千重波! 下がダメなら頭上かよ、クレバー!』

 

「お前ら、こーいうの正面突破しそうな性格してるのに避けんのかね! へへ」

 

「便乗させてもらう」

 

「(瀬呂と常闇……厄介やな)」

 

 

 後方から飛び出してきた瀬呂と常闇も、個性で空中ルートを選んできた。

 その二人を抑え込むべく、俺は空中で体勢を調整しつつ、後ろ手に牽制の流水を数発放つ。抜かせるつもりはない。

 

 

「邪魔だ、水野郎!」

 

「邪魔はお前じゃ!」

 

 

 ロボット群を越えての大跳躍──着地の瞬間、爆豪が俺の足元に向けて小規模な爆破を放ってきた。閃光と爆音による目くらまし、加えて着地時の体勢を崩させようという狙いだろう。

 ︎︎だが、視線の端で読んでいた俺は、一瞬早く着地の角度を調整し、爆風を最小限に抑えると、反撃として濃く収束させた水流を爆豪の手元へ向けて叩きつける。

 

 

『一足先に行く連中、A組が多いなやっぱ! そんで先頭では爆豪・千重波の悪人面コンビが早速やり合う! 足の引っ張り合いだ!』

 

 

 スタジアムに実況が響くなか、前方に構えていた大型ロボット群を越えた俺たちを、次なる障害が待ち受けていた。

 ︎︎目の前には深々とした谷が広がり、切り立った岩場のような島々が点々と浮かんでいる。各島を繋ぐのは細いロープのみ──落ちれば即アウトの、高低差とスリル満点の空間がそこにはあった。

 

 だが、その光景に足を止める余裕などない。

 

 

「しゃらくせぇ!」

 

 

 爆豪がそう吐き捨てると同時に、手のひらの爆破を利用して宙へ跳び上がる。勢いよく跳躍したその軌道を追うように、俺も足元に水を噴射して空へと浮かび上がった。

 

 

『第一関門は余裕ってか!? んじゃ第二関門、落ちれば即失格の”ザ・フォール”!』

 

「待てや!」

 

 

 空中から視界を巡らせれば、すでに一本のロープ上を渡っている轟の姿が見える。抜群のバランスと慎重な足運びで、彼は確実に距離を稼いでいた。

 

 爆豪は空中を爆破で強引に突っ切る。反面、俺の移動は繊細だ。噴射の推進力で浮遊しつつも、着地点の狙いを定めて、確実に、無駄なく──まるで水面を渡るような精度で島から島へと移動する。

 

 第二関門を抜けたあたりで、爆豪との差はわずかに開いた。やはり奴の瞬発力は並ではない。だが、距離としては射程圏内。焦らず、立ち回り次第で十分に挽回できる。また、前方では轟が依然として一位を維持していた。

 

 ︎︎勝負の行方はまだ誰にもわからない。

 

 

 ︎︎俺は視線を真っすぐに前方へ定めた。

 ︎︎空気の振動、近くから聞こえる爆音、全身を吹き抜ける風。そのすべてを研ぎ澄まされた感覚で捉えながら、足は止まることなく地を蹴る。

 

 レースは終盤戦へと差し掛かっているようだ。

 第一関門のロボット群よりはやや狭いエリアだが、地形の様子は一目で“ただの通路”ではないと告げている。明らかに何かが潜んでいる。

 

 ︎︎砂埃の下、表面には不自然な隆起、わずかに色の違う箇所、そして──緊張感。

 

 

『先頭が一足早く抜けて下は団子状態! 上位何名が通過するかは非公表につき、中位も下位も安心せず進め!──っと、ここでトップ三人が早くも第三関門へ到着だぁ!』

 

 

 プレゼント・マイクの実況が、空間を揺らすように響いた。

 

 第三関門──曰く、“怒りのアフガン”。

 

 ゴールまでのカーブへ続く、数十メートルの直線コース。

 ︎︎その全域にわたって地雷が敷設されているというのが、この最後の障害の正体だった。

 ︎︎もちろん殺傷能力のあるものではないだろうが、演出用の閃光と爆風、そして激しい音響は、視覚も聴覚も混乱させるに十分だ。しかも地雷は地中に隠されており、注意深く観察していなければ容易に踏んでしまう、ということなのだろう。

 

 

──ただまあ、そんなものは。

 

 

「「俺には関係ねぇっ!!!」」

 

 

 思い思いに吠えながら、両足に水を噴射する。ちょうど地雷のある位置だったのか、背後で派手な爆発音とともに土煙が舞い上がる。

 

 それと同時に、俺のすぐ隣からも、聞き慣れた爆音が耳をつんざいた。そう、爆豪だ。間違いない。あいつは地雷を避ける気など最初からなかった。

 

 ラストスパート──水を推進力に変え、俺は水流を地面に撃ち込みながら、一気に加速する。狙いはそのまま、轟の前方を捉えること。だが、爆豪もほぼ同時に個性を爆発させて加速してきた。違う性質の個性を使っているはずなのに、気が付けば、立ち回りの軌道が妙に重なる。

 

 ︎︎……いい加減、こいつの爆発音がうるさい。しかもずっと隣に張り付いてきて──そのつもりはないだろうが──まるでデッドヒートを望んでいるような動きだ。

 

 

「だぁーっ! さっきから執拗いんだよ、水野郎! さっさと死ねや!」

 

「んなもん、こっちのセリフじゃボケ!」

 

「ちっ、お前ら……!」

 

 

 荒い息と怒声が交錯する。轟がわずかに振り返った。

 

 

「──あと宣戦布告する相手間違えんじゃねぇよ、半分野郎!!」

 

「──余所見ばっかしてんなや、轟!」

 

 

 爆豪と俺が牽制し合いながら、轟の背中を抜き去る。おそらく彼は、後続の通行ルートを荒らさないためか、個性をあえて使わずに自力で走っていたのだろう。

 ︎︎だが、地雷原を躱すのに遠慮している暇などない。

 

 俺は水圧の推力を一段階上げ、爆風をものともせず、次々と地雷を跳び越えていく。爆豪も爆豪で、空気を叩きつけるように爆破を使い、自らを宙へと吹き飛ばして進んでいる。

 

 

『ここで漸く先頭が変わったー! A組、爆豪・千重波が轟を抜く! 喜べマスメディア! お前ら好みの展開だろ!?──後続もスパートをかける! 足を引っ張り合いながらも先頭三人がリードを保っているぞ!! さーて後ろは追いつけるか!?』

 

 

 プレゼント・マイクの実況が、さらに熱を帯びて場を煽る。スピーカー越しの声が震動となって耳を打ち、同時に観客席から沸き起こる歓声がスタジアムを包み込む。どこかで床が揺れているような錯覚さえ覚えるほどだ。

 

──だが、そんな熱狂のなかで立ち止まっている余裕など俺にはない。

 

 ここはまだ予選だ。本番の勝負は、この先にある。

 この通過点での一位など、ただの通行証にすぎない。だが、その一枚がなければ夢の舞台には立てない。

 ︎︎ならば──この手で掴み取るしかない。

 

 目を細めて先を見据え、全身に力を籠める。

 ︎︎流水の軌道を変え、地面に圧をかけるように水を噴き出す。個性を制御しながら、周囲の爆風と障害を利用して、前へ──ほんの一歩でも先へ。

 

 

「────?」

 

 

 その瞬間、言葉にはならない何かが、背筋を走り抜けた。

 

 直後、轟音が空気を割く。それは耳が一瞬、音を失うほどの爆発だった。勢いよく振り返れば、背後には土煙が激しく舞い上がり、その中心──空高く跳ね上がった緑の影が見えた。

 

 

「緑谷……!?」

 

『後方で大爆笑!? なんだあの威力! 偶然か故意か、A組緑谷が爆風で猛追!!──抜いたぁぁ!!』

 

「デクぁ!! 俺の前に行くんじゃねぇっ!!!」

 

 

 爆豪の怒号が響く。俺も即座に反応した。轟と爆豪への妨害を切り替え、前方へと手を伸ばす。空中に飛び出した緑谷を捉え、流水を放つ──が、金属音が弾け、攻撃は宙で打ち消された。

 

 ︎︎……防がれた? しかも──まさかあれは……ロボットの残骸か?

 

 目を凝らせば、緑谷が掲げているのは確かに第一関門で使われていた大型ロボの装甲板の一部。あの混乱の最中、こんなものまで持ち出してきたというのか。

 再び耳を裂くような爆音。爆豪が爆発とともに跳び上がり、ようやく轟も氷で加速をかけ始める。

 

 

『元先頭の三人、足の引っ張り合いを止め緑谷を追う! 共通の敵が現れれば人は争いをやめる! 争いは無くならないがな! HAHA!』

 

『何言ってんだお前』

 

「(──抜かせ、抜かせ……!!)」

 

 

 視界の端に、ゆっくりと落下してくる緑谷の姿が映る。空中での着地に備え、体勢を整えている。だが俺の視線はすでに、次の行動に向いていた。

 

 水を足元から噴き上げ、一気に横へ跳ぶ。

 ︎︎爆風を避け、巻き込まれないように距離を取るため──だったが、それすらも一手遅かった。

 

 緑谷の体が俺たちの上空を通過する。次の瞬間、彼は轟と爆豪の肩を踏み台にし、さらに跳躍。そして手にしていた金属板を、一直線に地面へ叩きつけた。

 

──爆発。

 

 俺の進行方向、わずか数十センチ先で地面が盛大に跳ね上がる。炎と砂が混じった風が、顔に直接ぶつかってきた。

 

 

『なんと緑谷、間髪入れずに後続妨害! まさかの地雷原即クリアだ! すげぇな、イレイザー! お前のクラスどうなってんだ!?』

 

「チッ!」

 

 

 目を細め、爆風の中へ無理やり飛び込む。迷っている暇などない。ここで止まれば、緑谷に一気に引き離される。

 もう爆豪も轟も関係ない。今この瞬間だけを切り取り、全ての意識を前方──緑谷の背中へと集中させる。

 

 風を切る音、爆音、そして心臓の高鳴り。俺はただ、それらを貫くように、前へ、前へと進んだ。

 

 

『さァさァ、序盤の展開から誰が予想できた!?今一番にスタジアムに帰ってきたこの男──緑谷出久の存在を!!』

 

「くそがァァっ!!」

 

 

 ︎︎薄暗いゲートの向こう側から聞こえる大歓声に、爆豪が強く吠えた。

 

 

「はぁ…はぁ………4位、か」

 

 

 ︎︎緑谷、轟、爆豪、俺の順でのゴール。予選通過は間違いないだろうが、それでも不満の残る結果だ。もっと上手くやれたのではないか、という自身への疑念がふつふつと沸く。

 ︎︎息を整えながら、観客席の方を向いていた緑谷の横顔を見た。

 ︎︎彼なら何かしてくるとは思っていたが、予想外にも程がある。後の競技を考えたらフルパワーは出せなかったが、こんなことならもっと後続へ妨害したら良かった。……いや、それだと爆豪や轟に並べず、もっと順位を落としていたか。

 

 ︎︎悔しい。

 ︎︎緑谷相手なら普段は出るはずの素直な賞賛の言葉が、口から出てこない。まだ体育祭は終わった訳ではないし、単なる予選だ。しかしそれでも4位という事実には、悔しさしかなかった。

 

 

『さあ、続々とゴールインだ。順位は後でまとめるから、とりあえずお疲れ!』

 

「デクくん……! すごいね!」

 

「この個性で遅れをとるとは……!」

 

 

 プレゼント・マイクの軽快なアナウンスと共に、荒れた息をつく緑谷のもとへと駆け寄る二人──麗日と飯田の顔には、驚きと称賛が入り混じっていた。緑谷は肩で息をしながらも、誇らしげに笑っている。

 

 その姿を、俺は少し離れた場所から見つめていた。激しい戦いの余韻が体の芯にまだ残っている。呼吸を整えながらも、先程までの爆風や水飛沫が脳裏から離れない。

 

 ふと、ゲートの方に目を向けると、ひどく息を乱した八百万がふらふらと出てきた。

 

 

「く、こんなはずじゃあ……」

 

「八百万?」

 

「最っ低ですわ……! 峰田さん!」

 

 

 その直後、八百万の背中にしがみついている峰田が、勝ち誇ったように叫ぶ。

 

 

「一石二鳥よ! どうだ千重波、オイラの作戦まじ天才だろ?! うひょぉぉぉ!!」

 

「天才」

 

「千重波さん!?」

 

 

 八百万が思わず声を上げる。驚きと戸惑いの入り混じった表情で、こちらを凝視していた。

 

──しかし、女子の背中にへばりつくというとんでもない絵面を除けば、峰田の作戦は割とアリではなかろうか。

 ︎︎八百万ほどの実力者ならば予選落ちは低確率と踏んで、自らの個性で吸着・同行……寄生とも言えるが。

 

 ︎︎いや、あの顔を見るに流石にそこまで計算してのことではないだろう。そうに違いない。

 

 

「うそうそ。災難やったな、八百万」

 

「えぇ、ほんとに……」

 

 

 峰田の頭を軽くはたき、八百万の背から引きはがしてやる。八百万は大きく一息つき、肩を落とした。品格ある彼女にとって、あの状況は相当なストレスだったに違いない。

 

 

 ︎︎ともあれ、こうして第一種目・障害物競走は終了を迎えた。

 

 ひとまずの休息を挟み、俺たちは再びグラウンド中央に整列させられる。ステージ上にはミッドナイトが立ち、華やかに手を掲げていた。

 

 

「予選通過は上位42名! でも、残念ながら落ちちゃった人も安心してね! 何故ならまだ見せ場は用意されてるわ!──次の第二種目、競技は“騎馬戦”よ!!」

 

 

 言葉と同時に、場内からどよめきが起こる。先程までの熱気がさらに増し、スタジアム全体が新たな興奮に包まれていくのが肌で感じられる。

 

 

 第二種目は騎馬戦。

 

 制限時間は十五分。

 ︎︎障害物競走の順位をもとに個人ごとにポイントが与えられ、四人一組で騎馬を作り、その合計ポイントを記したハチマキを奪い合うというルールだ。

 

 最終的な保有ポイントの合計で順位が決まる。

 ︎︎さらに、意図的な騎馬崩しや危険行為はペナルティとしてレッドカード、一発退場とのこと。細かい判定は、すべて主審であるミッドナイトの裁量に委ねられる。

 

 

「ポイントは下から5ポイントずつ! 42位は5ポイント、41位は10ポイント、といった具合にね! そして1位に与えられるポイントは……」

 

 

 ミッドナイトが色っぽく声を張り上げる。

 

 

──1000万ポイント!

 

 

 その瞬間──場の空気が、まるで凍りついたように静まり返った。緊張というより、ある種の“狩り場”の静けさ。

 ︎︎ざわめく直前の、全員の息を呑む気配。

 

 そして俺含む全ての視線が──緑谷に、集中する。

 静寂のなか、誰かの唾を呑む音すら聞こえそうな瞬間だった。

 

 

 

「上位のヤツほど狙われる、下克上サバイバルよ!」

 

 

 

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