水で征せよアカデミア   作:わこうど。

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個性把握テストは1話で終わらせたかったので今回は文字数多め。描写下手くそでごめんね……


Quirk Apprehension Test

 

 

 

 

「お前のせいで遅れるとこやったやんかァ……!」

 

「ごめんって〜!」

 

 

ㅤ春、始まりの季節。

ㅤ真新しい制服身見に包む俺とお茶子は、雄英高校の廊下を早歩きで駆けていた。

 

ㅤというのも入学式初日だというのに、前夜「いよいよ高校生だー」などと興奮して寝付けなかったらしいお茶子が寝坊をかましたからである。

 

ㅤ俺だけ先に行っていても良かったのだが、同じ所に住んでいて行き先も同じなのに置いていくのも何だかなあ、と思って親切にも彼女を待っていた。

 

 

──そう、俺とお茶子は同居することになったのだ。

 

 

ㅤまさか三重から毎日静岡に来る訳にもいかないので、適当なアパートを借りること自体は前々から決まっていたのだが、お互いの両親が話し合った結果、麗日家と千重波家で家賃を折半して俺たちを一緒に住まわせることになったらしい。

 

ㅤ幼い頃から麗日家の経済事情を知っている身としては、家賃を折半するというのがあちらにとってどれだけ助かることかは察しがつくが、それにしても血縁関係もない年頃の男女を一緒に住まわせるとは親としてはどうなのだろう。

 

ㅤ兎にも角にも、そこら辺のことは信頼されていると受け止めても良さそうだ。

 

ㅤそんなこんなで一緒に住むことになったのは別に構わないが、一緒に住むようになって生まれる不満もある。そのひとつが、どちらかが寝坊してももう片方は待たざるを得ないということ。

 

ㅤ最悪の場合は置いていくが、今回は微妙にギリギリの時間にお茶子の用意が終わったので、結局俺も初日から遅刻しそうになってしまった。慌てて家を飛び出し、電車に乗りこんで雄英に辿り着いたときには既に他の生徒の姿は見えなかったので、二人して顔面蒼白である。

 

 

「1-A、1-A……どこやねん、無駄に広いな雄英」

 

 

ㅤ地元の中学校とは比較にならないほど長い廊下、それに加えて先程から気になっているバカでかい教室の扉。異形系個性の生徒にも配慮してのバリアフリーだろう。さすがは天下の雄英、といったところか。

 

 

ㅤしばらく駆け足気味で進んでいると、とある教室の扉の前に一人の生徒の姿が見えた。

 

ㅤ緑の縮毛とオドオドした彼の雰囲気に、どこか見覚えがある……と思って見ていると、お茶子が「あっ!」と声を上げて駆け寄っていった。

 

 

「そのモサモサ頭は……!! 」

 

 

ㅤモサモサて。

ㅤ呆れつつ俺も彼女の方に向かった。どうやらここが俺たちの新しいクラスらしい。1-Aと表記された学級表札を見ながらお茶子の元に行くと、モサモサ頭くんと目が合った。

 

 

ㅤ道理で見覚えがあるはずだ、とその顔を見て納得する。

 

ㅤ彼はたしか、受験の日の朝にお茶子に助けられていた少年だ。あとプレゼントマイクによる実技試験の説明で真面目くんに注意を受けていたやつ。

 

ㅤ最初の挨拶は大事。これから一年間よろしくするクラスメイトに、俺は「よっ」と軽く手を挙げて挨拶した。すると彼は吃りながらどうも、と返してくる。

 

 

「受かってたんだね! プレゼントマイクの言ってた通り! そりゃそうだ、パンチ凄かったもん!」

 

「いや……っ、あの! 本っ当あなたの直談判のおかげで……ぼくは…………その」

 

 

ㅤブンブンと腕を振り回すお茶子に、彼は照れたように顔を赤く染めていた。腕や手で顔を隠すモサモサくんだが、それをお茶子の横で聞いていた俺は内心驚いていた。

 

ㅤプレゼントマイクの言っていた通りということは、実技試験のときにお茶子を助けた、0Pヴィランを拳ひとつで退けたという受験生がこの少年ということになる。

 

ㅤしかし、とてもそんなことを成した人間には俺は見えなかった。体付きはそれなりにガッチリしているようだが、お茶子相手に照れている内気な姿は、俺が抱いていたイメージ像とはかけ離れている。

ㅤてっきりパワーに秀でた異形系の人かと思っていたが、まさかこんなナードみたいな奴とは予想外だ。増強系の個性の持ち主なのだろうか、と彼の体をジィっと眺める。

 

ㅤ俺の視線には気付かず、彼は顔を近づけてフランクに話しかけるお茶子への対処に精一杯のようだった。

 

 

「今日って式とかガイダンスだけかな? 先生ってどんな人なんだろ? 緊張するよね〜……!」

 

「おい、そこまでにしてさっさと席着こうや。時間的にもうじき先生来るやろ。仲良しこよしは後にしろ」

 

 

「──そいつの言う通り、お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」

 

 

ㅤそんなこと言ってませんが。

ㅤていうか誰だよ、と思って後ろを振り向くが、そこに人の姿は無い。だが視界に変な寝袋を着た人間の姿が見えたので、慌てて下を見るといかにも不健康そうな無精髭を生やした男が居た。

 

 

「……ここはヒーロー科だぞ」

 

 

ㅤなんか居る!?──名前も何も分からないクラスメイトたちの思考が一致した瞬間である。

 

ㅤ男はゼリー飲料を物凄い勢いで吸い出すと、おもむろに立ち上がるった。くるまっていた寝袋のジッパーを外し、彼は教室内に視線を向ける。

 

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、キミ達は合理性に欠くね」

 

「……寝袋で来るのも非合理的だと思うんすけど」

 

 

ㅤ主に第一印象的な意味で。

 

 

「なにか?」

 

「いえ何にも」

 

 

ㅤボソッと呟いた言葉が聞こえてしまっていたらしい。ジロ、とその無感情の双眸を向けられたが、初っ端から目をつけられるのも嫌だったのでシラを切った。

 

ㅤ幸いにもそれ以上は特に何も言われることはなく、男は未だ呆然とする教室の生徒たちに向かって端的に自己紹介をした。

 

 

「担任の相澤消太だ。よろしく」

 

「(こいつが担任かよ)」

 

 

ㅤ何とも気難しそうな男が担任になってしまった。

ㅤ雄英高校ヒーロー科の教師はみな現役のプロヒーローのはずだが、生憎彼の姿に見覚えはない。ヒーローの中にはメディアへの露出を嫌う者も居るそうなので、その質だろうか。

 

ㅤ置いてけぼりな俺たちを他所に彼は寝袋の中から青い服を取り出すや否や、それを見せつけた。

 

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 

ㅤさすがは日本最高峰のヒーロー科の生徒というべきか、戸惑いながらも各々自分のカバンから体操服を取りだし始めた。そんな様子を見やることも無く、相澤と名乗った担任の先生はゆっくりとした足取りで教室を出ていく。

 

 

「なんやあいつ」

 

「コラ。先生に向かってあいつなんて言わんとき」

 

 

ㅤその態度に悪態をつくと、お茶子にえい、と頭を軽くはたかれた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「──個性把握……テストォ!?」

 

 

ㅤ雄英高校の保有するいくつかのグラウンドのひとつに集められた1-Aの生徒たちは、担任だという相澤消太に告げられた言葉の内容に驚いたようにオウム返しした。

 

 

「でも、入学式は!? ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」

 

ㅤたまらずお茶子が抗議の声を挙げるが、そんなものは時間の無駄だと言わんばかりに一蹴されていた。まあ入学式なんてかったるいモノに出るのは俺も億劫だったので、それに関しては何も言うまい。

 

ㅤ雄英は”自由”な校風が売り文句。西にある士傑高校と比較すると様々な面で生徒の融通は効くらしいが、相澤の口ぶりから察するに、教師側もまた然りということだろう。

 

 

ㅤ相澤は続けて、個性把握テストの概要を説明した。

ㅤソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、立ち幅跳び、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈──この個性社会が始まって長らく経つが、文部科学省は”個性”を禁止した体力テストを全国の子供たちに課して、画一的な記録を取り続けている。

 

ㅤ相澤は、それを非合理的でナンセンスだと切り捨てた。『まァ文部科学省の怠慢だね』と彼は呟いていたが、曲がりなりにも教師である彼が言っていい類の発言なのだろうか、と疑問に思う。

 

 

「爆豪。中学のとき、ソフトボール投げ何メートルだった?」

 

 

ㅤ俺たちの中から、一人だけ名前を呼ばれた。その生徒に目を向けると、いかにも不良然とした気性の荒そうな男がポケットに手を突っ込んだまま答える。

 

 

「……67メートル」

 

「よし、じゃあ”個性”使ってもいいから投げてみろ。円の外に出なけりゃ何やってもいい。はよ」

 

 

ㅤ爆豪とやらが相澤の言う通り、ボールを受け取って白線の円の中に立った。どうやら、個性把握テストは個性を使っての体力テストらしい。

 

ㅤ彼は「死ねぇぇぇ!」と叫びながら腕を振りかぶった。ボールを離した瞬間に個性を発動したらしく、BOOM! と爆発が轟いて、ボールは瞬く間に吹っ飛んでいった。

 

 

──”爆発”の個性か、強そうだ。

 

ㅤ爆豪と呼ばれた彼の能力に興味を抱き、次いで相澤が手に持っていた計測機器の表示を見て驚いた。

 

ㅤ彼のソフトボール投げの記録は、〈705.2メートル〉。

 

 

「まずは自分の最大限を知る。それが、ヒーローの意地を形成する合理的手段だ」

 

 

ㅤ個性を使わないとそんな数値はまずお目にかかれないだろう。お茶子や、周りのクラスメイトたちも興奮気味に騒ぎ始めた。

 

 

「700って、マジかよ……」

 

「なんだこれ!? スゲー()()()()!!」

 

「個性思いっきり使えんだ! さっすがヒーロー科!」

 

 

ㅤ瞬間、相澤の纏う空気が一変したのを俺は感じ取った。今日初めて会ったばかりの相手だが、これまでの態度から彼の為人は察しがつく。

 

ㅤ余計なことを言いやがって、と俺は舌打ちをした。

ㅤそれにお茶子が戸惑い混じりの視線を向けてきたが、今は変なことは言わない方が吉だろう。

 

ㅤ相澤の様子を伺っていると、彼はニヒルな笑みを浮かべて俺たちに言った。

 

 

「”面白そう”……か。お前ら、ヒーローになるための三年間をそんな腹積もりで過ごすつもりか?」

 

 

ㅤ冷や水を浴びせられたように、静まり返る1-A。

ㅤああやっぱりな、と俺は諦めの境地に達していた。嫌な予想があったときほど嬉しくない時は無い。

 

 

「よし、総合(トータル)成績最下位の者は見込み無しと判断し──除籍処分としよう」

 

「「はぁぁぁぁ!?」」

 

 

ㅤクラスメイトたちは、あんぐりと口を開いた。特に酷い反応をしていたのはあのモサモサくんで、今にも泣きそうな顔で相澤を見ていた。

 

ㅤお茶子の話では個性の制御が出来ていないらしいし、たしかにそんな状態でいきなり除籍の可能性が出てきたらそんな表情にもなるか。

 

 

「生徒の如何は先生(オレたち)の自由。ようこそ、ここが雄英高校ヒーロー科だ。放課後マックで談笑したかったら生憎、これから三年間、雄英は理不尽な苦難を与え続ける」

 

 

ㅤ曰く、地震や台風などの自然災害、大事件、身勝手なヴィランによる犯罪を始め、日本は数々の理不尽に溢れている。

ㅤそういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーローである、と相澤は語る。

 

ㅤヒーロー候補生としては、彼の言葉は一切の反論の余地がないほど正しかった。相澤消太という男の言葉には、1-Aのクラスメイトたちの浮ついた雰囲気を一変させるだけのプロヒーローとしての重みがある。

 

 

Plus ultra(更に向こうへ)さ。全力で乗り越えて来い」

 

「……上等」

 

 

ㅤ拳に力を込めた。

ㅤこの個性把握テストは、雄英在籍の権利を維持するのと同時に、クラス内の人間を格付けする重要な意味を持つ。

 

ㅤこんなことを入学初日に敢行するような男ならば、順位など関係なしに見込み無しと判断すれば即除籍するだろう。ならば相澤にポテンシャルを見せつけつつ、クラスメイトたちの個性や動きを観察し、これからに繋げる糧とするべきか。

 

ㅤこんな所で落ちるようなら俺にヒーローの素質はなかった、と諦める他ない。だがハナから落ちるつもりは無いし、どうせならこのテストの総合成績ではトップに立ちたい。

 

 

「さて、デモンストレーションは終わり。ここからが本番だ」

 

 

 

──個性把握テスト、第一種目は50m走。

 

 

ㅤ何人かのクラスメイトが走っている光景を眺めていると、あっという間に俺の番が来た。二人一組で走るようで、俺の隣にいるのはアッパークラスな雰囲気を漂わせる背の高めの少女だった。

ㅤ彼女と目が合ったが、互いに会釈する程度で会話はない。

 

 

「START!」

 

 

ㅤ入試の時にも見たよく分からないロボットがスタートの合図を出す。俺は一目散に走り出した。中学時代、ほとんど毎日ランニングをしていたのだ。走るのは得意とまではいかないが、苦手でもない。

 

ㅤ余裕だな、と思っていると横から気の抜けるようなエンジン音が聞こえてきた。

 

ㅤチラッと見ると、隣のレーンを走るはずだったあの少女がなぜか原付バイクに乗って俺を追い越していった。しかもご丁寧にヘルメットまで被っていやがる。

 

ㅤ思わず「は?」と口からこぼれる。

 

 

ㅤ第一種目の俺の記録は6秒23。個性を使わずこれならば良い方だ。中学時代のそれよりも早くなっている。しかしそれよりも気になるのが、原付バイクに乗っていた彼女だ。

 

ㅤ俺たちを見物していたクラスメイトも、「ありなのかよ!?」と騒いでいた。全くもって同じ気持ちであるが、相澤は個性を使って生み出したものだからオーケーとの判断を下した。

 

ㅤ言い知れぬ敗北感に苛まれていると、相澤が話しかけてきた。

 

 

「千重波。なぜ個性を使わなかった?」

 

「……俺の個性だとグラウンド水浸しになっちゃうんすよ。まだ他の人も走るでしょ」

 

 

ㅤ実を言うと、使おうと思えば全然使えた。

ㅤ実技試験のときに水の噴射を利用してビルの屋上に飛び乗ったように、スピードを上乗せすることが俺は出来る。

 

ㅤしかしそれをしなかったのは、まだ後に走る奴らが控えていたからだ。どんな個性の持ち主なのかは分からないが、濡れた砂の上を走りたがる物好きはいないはず。

 

ㅤ俺があっけらかんとそう言うと相澤は少し考え込むような素振りをしたあと、「お前の順番は最後にする。次からは個性を使え」と言ってきた。

ㅤ一応、今の50m走の計測は記録に含むらしい。

 

 

 

ㅤ第二種目は握力だった。

ㅤこれに関しては、俺の個性は使いようが無いので純粋な身体能力のみで記録を出さないといけなかった。ぐ、と思い切り力を込めると表示は65kgぴったり。

ㅤ記憶が確かなら全国平均よりも上だった。

 

ㅤ計測の際に一部の生徒が騒がしかったので、そちらを見やると異形系個性だと思われる大柄な男子が”540kg”とかいうトンデモ記録を叩き出していた。羨ましい限りである。

 

 

 

ㅤ第三種目は立ち幅跳び。

ㅤ相澤の言う通り最後尾に並んでいた俺は、個性を用いて宙を飛んだ。やっていることは実技試験の時と同じだ。フライボードのように足から水を噴射して砂場を容易く飛び越え、相澤に確認を取るように見やると「よし」と呟いていたで、結果オーライである。

 

ㅤこのとき面白かったのが、お茶子が立ち幅跳びで自分の体を無重力で浮かせて飛び越えた際に、解除をするのが遅れて地面に顔をぶつけてしまっていたハプニングだ。

ㅤ記録自体は申し分ないが、あまりのダサさにニヤニヤと笑っていたら恨めしげに見られた。

 

 

ㅤ第四種目の反復横跳びは、左右交互に勢いよく水を噴射することでそれなりの記録を出せた。

ㅤただ、一人だけ小柄なブドウ頭の男子が異次元の横飛びを見せていたのが印象に残っている。まるでギャグ漫画のような素早い動きに、クラスメイト全員がなんとも言えない視線を彼に送っていた。

 

 

ㅤそして迎えた第五種目。

ㅤ爆豪なんちゃらが最初のデモンストレーションでやった、ソフトボール投げだ。それぞれが個性を使って様々な記録を残す中、特に目立っていたのはお茶子だ。

 

ㅤ彼女はボールに個性を使って、軽く投げた。その時点で俺はソフトボール投げではアイツに勝てないと察した。

 

ㅤ物理法則に喧嘩を売るような個性は今の時代いくつもあるが、お茶子の無重力はその最たる例といっていい。なにがどうなって物体に働くはずの重力を無効化しているのか皆目見当もつかないが、俺の読み通り、お茶子の投げたボールはその力を維持したままどこかへ飛んでいった。

 

ㅤ解除しない限りはずっとあのままだろう。実際、相澤が表示した記録は計測不能を意味する”∞”だった。

 

 

「ムゲン!? ムゲンが出た!」

 

「ふふん」

 

 

ㅤ得意げに胸を張るお茶子に腹が立ったので、俺はやれる限りやってやろうと奮起する。円から出なければ何をやってもいいらしいし、どうせ俺の順番は最後なので盛大に噴射しよう。

 

 

ㅤどうやってボールを吹き飛ばそうか考えていると、あのモサモサくんの番になった。

ㅤこれまで目立った記録を出していないのはあいつだけだ。入試であの0Pヴィランを倒したらしいが、それにしてもおかしい。増強系なら個性を使える場面はいくつもあったが、彼は一切使っている様子は見られなかった。

 

ㅤ自分の身体を壊すほどの増強系……と考えれば辻褄合うが、現状最も除籍の危機に瀕しているのは彼だろう。

 

 

「緑谷くんはこのままだとマズイぞ……?」

 

 

ㅤあのモサモサくんの名前は緑谷というらしい。説明会の時にプレゼントマイクに質問をしていたあのメガネくんがそう言っているのが聞こえた。

 

 

「ったりめーだろ、無個性のザコだぞ!!」

 

 

ㅤそれに対して爆豪がモサモサくん改め緑谷を指さして、怒りながら答える。

 

ㅤしかしそれはいくら何でもおかしいだろう。無個性の人間があの危険極まりない実技試験を突破できるとは到底思えない。百歩譲ってただ突破しただけならともかく、彼はあの0Pヴィランを倒していると聞く。

 

ㅤアレを個性も使わずに倒せる人間がいるなら逆にお目にかかりたいくらいだ。

 

ㅤメガネも「無個性!? 彼が入試で何をやったのか知らないのか!?」と驚いたように爆豪なんちゃらへ詰め寄った。どうやらあいつもお茶子や緑谷も同じ会場だったようだ。

 

 

ㅤもうあとは無い。

ㅤいよいよもって緑谷の除籍が現実味を帯びてきた。

 

 

「───っ!!」

 

 

ㅤあの巨大ヴィランを一撃で倒したという緑谷の個性は、一体どんな個性なのかと内心楽しみに彼を見る。

ㅤしかし予想に反して彼の最初の記録は”46m”と、増強系個性の持ち主とは思えないほど平凡だった。

 

ㅤこりゃ除籍かな、と期待外れの動きを見せた彼にため息をつくと、緑谷が相澤の方を見てワナワナと震え出した。

 

 

「思い出した……! そのゴーグルに、見ただけで個性を抹消する個性──貴方は抹消ヒーロー〈イレイザーヘッド〉ッ!!」

 

 

ㅤ誰やねん、と思った俺は悪くないと思う。

ㅤいやどこかでイレイザーヘッドという名前を耳にした覚えはあるが、クラスメイトの大半は俺と同じように相澤のヒーロー名に心当たりがなかったようで「誰だっけ?」とザワついていた。

 

 

ㅤ個性を使っているのだろうか、相澤の髪は逆立って首に巻いていた布がフワフワと浮いて緑谷の身体を捕まえていた。

ㅤ俺たちが待機している所とはそれなりに距離があるため、緑谷と相澤の会話内容はよく聞こえないが……緑谷の表情を見る限り、あまり良好な会話ではなさそうだ。

 

 

「指導を受けていたようだが……」

 

「ハッ、除籍勧告だろ」

 

 

ㅤそれにしても、なんでこの爆豪とやらはそんなに緑谷に対して当たりが強いんだ。初対面ではなさそうだし、同じ中学の出身とかだろうが、一々突っかかるあたり不良という第一印象は間違ってなさそうだった。

 

 

ㅤ……ああ、そういえば爆豪ってあの”ヘドロ事件”の奴か。

 

ㅤ去年オールマイトが解決した事件だった。

ㅤ中学生が一人、ヘドロの個性を持った異形系ヴィランに捕まってたものの、オールマイトに助けられるまで最後まで必死に抵抗していたという記事やニュースを見た覚えがある。

 

ㅤその記事の一文に、友達らしき中学生が現場のヒーローたちの静止を振り切って助けに入った──なんてものがあったのを俺は思い出した。

 

ㅤやけに抵抗していた中学生がヒーローたちの賞賛のコメントを集めていたので印象に残っていたが、その助けに入った奴とはまさか緑谷なのだろうか。

 

ㅤもしもそうであるなら、俺は彼への評価を改めなくてはならない。ヒーローたちが為す術なく手をこまねいていた中、助けに行く選択を取れるような奴が、この雄英高校ヒーロー科に入れないわけが無いのだ。

 

 

ㅤがんばれ、と俺は心の中で緑谷を応援する。

 

 

「───ぐおおッッッ!」

 

 

ㅤ緑谷、2回目の計測。今度はしっかりと個性を使ったらしい彼が投げたボールは、物凄い風圧と共に投げられた。よくよく見れば、緑谷の指は変色していて血が流れている。

 

ㅤあれが、大型ヴィランを倒したという個性。

 

ㅤなるほど確かに、それが出来るだけの力はありそうだ。痛みなど感じぬと主張するように、緑谷は拳を握りしめて「まだ動けます」と笑った。その目に涙を堪えているのは、指摘するだけ野暮なことだろう。それを受けた相澤も、明らかに緑谷に向けていた視線の色が変わった。

 

 

「やっとヒーローらしい記録出したよー!」

 

 

ㅤお茶子が嬉しそうに彼を称えた。

ㅤやはり入試で助けてもらった手前、こんな最初期に除籍でお別れは嫌なようだ。

 

ㅤかくいう俺も彼の個性を見て──というよりも、腫れ上がった指をものともせずに笑った彼の精神性に対して強い興味を抱いた。

ㅤ俺の目指すヒーローの形の一端を、今まさにこの瞬間、名前も性格もよく分からないクラスメイトが見せたのだ。これに興味を抱かない方が無理がある。

 

 

「──どういう事だ、訳を言え”デク”てめぇ!!」

 

 

ㅤようやく出た記録らしい記録にどよめくクラスメイトの群の中から、爆豪が飛び出した。

ㅤボボボッと手のひらに小さな爆発を起こして緑谷に殴りかろうとした瞬間、爆豪の動きが急停止する。

 

 

「なッ……んだ、この布……! 固っ……!!!」

 

 

ㅤギギギとすごい形相でもがく爆豪を捕まえたのは、相澤だった。先ほど緑谷の身体に巻き付けていたように、今度は爆豪の顔や身体に巻きついて動きを止めていた。

 

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ〈捕縛武器〉だ。ったく……何度も個性を使わせるな」

 

 

ㅤ俺はドライアイなんだ、と相澤は真っ赤な目で言い放った。個性はすごいのに勿体ない性質である。

ㅤスルスルと布が爆豪の身体から離れた。

ㅤ強く舌打ちをした爆豪は渋々といった風だったが、緑谷に突っかかるのはやめたようだ。

 

 

ㅤ指を抑えて爆豪から離れた緑谷に、お茶子が近付いた。

 

 

「指ダイジョーブ?」

 

「あ……うん」

 

 

「──時間は有限。ボール投げの最後は千重波だ、準備しろ」

 

「うす」

 

 

ㅤ緑谷の様子も気になったが、今は自分の番だ。気合い入れて残りの種目も済ませよう。

 

ㅤ俺は腕をぐるぐると回しながら、円の中に立った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「んじゃ、パパっと結果発表」

 

 

──特に何事もなく全ての種目を終えた。

 

 

ㅤ緑谷のあの〈705.3m〉とかいう爆豪をも越した特大記録の後だと見劣りしただろうが、噴射に噴射を続けた結果、俺のソフトボール投げの記録は506mだった。

ㅤおかげでグラウンドは水浸しだが、相澤からのお咎めはなかったので良しとする。

 

ㅤお茶子はというと、得意分野ともいえるソフトボール投げ以外の種目もかなり頑張っていたので、除籍の心配はしていない。

 

ㅤ心配なのは緑谷だ。

ㅤあれ以降、彼はやはり指が痛んでいたのか平凡な記録を連発していた。それでも泣き言は一切言わずに黙々とこなしていたし、見た目に反して根性がある奴である。

 

 

ㅤ全種目を終えて集められたクラスメイトたちは、相澤の結果発表をドキドキしながら待っているようだった。俺はというと相澤の言う通りに個性を使って、全種目平均して良い記録を出していたので緊張も何も無い。

 

 

ㅤ個性把握テスト、トータル成績最下位が除籍処分。相澤は集計したデータを全員に見せた。

 

ㅤ一位が八百万、二位が轟、三位が爆豪で四位が俺────初っ端の50m走の時点で分かってはいたが、このクラスには思っていたよりも実力者が多いようだ。

ㅤ一位の女子は創造系の個性なのか、様々な物を生み出してテストに挑んでいた。二位の轟という男子は強力な氷系個性に加えて純粋な身体能力も高かった。そして三位の爆豪は機動力・攻撃力に長けた爆発の個性を上手く使って、好成績を残している。

 

ㅤ少なくとも現時点で俺よりも実力のある者が三人も居るという事実は、自分でも気付かないうちに抱えていた驕りを見事なまでに打ち砕き、そして代わりに芽生えてきた対抗心を燃え上がらせた。

 

ㅤ八百万に、轟に、爆豪。

ㅤとりあえずこの三人の名前は俺の胸に刻んだ。近いうちに必ず倒してやると決めつつ、最終順位を見ていくと、その最下位に緑谷の名前があった。

 

 

ㅤ結局、あいつは除籍か──そう思って落ち込みかけた矢先に、相澤が突然なんてこともないように言い放った。

 

 

「──ちなみに除籍はウソな」

 

 

ㅤまるで時が止まったかの如くクラスメイトたちが固まる。そんな俺たちの様子を見て相澤はハッと笑った。

 

 

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽ってやつ」

 

「「「はぁぁぁぁっ!!?」」」

 

 

ㅤ緑谷、お茶子、メガネくんを筆頭に大半の生徒たちが驚いていた。俺も流石にびっくりしていたが、自分よりも驚いている連中がいると逆に冷静になる。

 

ㅤ大袈裟なリアクションをとるクラスメイトたちから少し後退ると、原付バイクに乗っていたあの少女──八百万が呆れたように彼らを見ていた。

 

 

「あんなのウソに決まってるじゃない。少し考えれば分かりますわ」

 

「(どうだか……)」

 

 

ㅤ緑谷のソフトボール投げで一回目の計測の際、彼は相澤に何かを言われていた。なんの根拠もない推測でしかないが、もしも二回目の計測で緑谷が個性を多少なりとも制御していなかったら、彼は見込み無しで除籍になっていたはずだと俺は思う。

 

ㅤとにかく、最下位除籍という話が流れたのは良かった。

 

ㅤおれはあの瞬間、緑谷に形容し難い”何か”を感じた。その感情の正体を確かめたいと思っていたので、最下位の緑谷が除籍されないというのであれば、これからそれを確かめる機会はいくらでもあるだろう。

 

「……そゆこと。これにて個性把握テストは終わりだ。教室にカリキュラム等の書類が置いてあるから目ぇ通しとけ」

 

 

ㅤ相澤は未だ騒がしい生徒たちを一瞥すると、こちらに背を向けて踵を返した。置いてけぼりの俺たちを他所に、相澤は一旦立ち止まると緑谷に保健室の利用許可証を渡し、今度こそ校舎の影に消えていった。

 

 

「やっぱりなんやあいつ」

 

「……あはは」

 

 

ㅤやっぱりお茶子も同じことを思ったのか、今朝とは違って頭を叩かれることはない。曖昧に苦笑いを浮かべる彼女の手を引っ張り、俺たちは教室に戻った。

 

 

 

 





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