地面から細く伸びた街灯がぽつぽつと照らす夜道を青年が歩いている。右耳にスマホを近付けていた。通話先は大学の友達。彼は緩い笑みを浮かべていて、その表情は穏やかである。
「それなら仕事は順調なんだね」
『そうだな。先輩も優しい人多いし仕事もやりがいあるし、良い職場だわ』
「そりゃ良かった」
『そっちは? お前一人だけ遠いとこに就職しちゃったし連絡してこないしで全然はなし聞かないんだよ』
「別に普通だよ。仕事もまあまあって感じかな」
『そっか。まぁ、お前器用だしな。仕事も上手いことやってんだろ』
「相変らず適当な事言うなぁ」
『ははっ。あ、そろそろ晩飯出来るから切るわ』
「うん」
『またな』
「うん、また」
ぴろんっという甲高い音と共に通話が切れた。青年はスマホの画面を見てそれを確認すると、電源を落としてポケットに入れた。
星の見えない夜空を見上げながら友人の事を思う。
久々に友人の声を聞いた。大学卒業以来で実に一年半ぶりだった。社会人になっても元気そうだった。
良いことだ。
気付けば、自宅のアパートの玄関前に着いていた。
扉を開けた。
暗闇が広がっていた。床に無造作に散らばった物どもが、暗闇の中でも色濃く影を落していた。青年に現実を突きつける。
仕事を辞めていた。
無職だった。
社会の落ちこぼれであった。
新卒で就職した会社。
仕事は楽しいと感じたことは一度たりともなかった。ポジティブな感情を感じたことが無かった。常に緊張とストレスがあって、謝罪の言葉ばかりを口にした。毎日消えたいと思っていた。自分が仕事に慣れていないからなのだろうとも思っていたが、一年経ってもネガティブな気持ちがほぼほぼ変わっていなかったのでやめた。
転職はしなかった。気力が無かった。
青年は電気を付けて部屋に上がり台所に片手に提げていたレジ袋を置いて、ヤカンでお湯を沸かす。着替えてまた台所に行って袋の中からカップ麺を取り出し、丁度よく湧いた熱湯を注いだ。
蓋をして待つ。ぼんやりと考える。
友人と生きる場所が変わってしまった。
自分は社会のレールから早々に外れてしまったのだ。
友人の話も自分とはどこか違う世界の話として聞いていた。友人と自分との間には何か大きな隔たりがあると思えた。それはこの先決して埋まる事のない巨大な隔たり。
カップ麺を食べて、スマホで動画を見ていたら日付は明日に変わりかけていた。
でも青年は寝ない。早く起きる必要が無いから。友人は寝ている事だろう。翌日も仕事だから。
友人にとっては、今日と明日は違う。今日は今日で明日は明日で。そうして一日が明確に区切られ、過ぎていく。だが青年にとっては、明日は今日の延長でしかない。もっと言えば仕事を辞めた翌日からの延長でしかない。変化はない。
幸せがどこにあるのか分からない。
先を考えると絶望する。
ストレスだった仕事を辞めたはずなのに、仕事をしていた時よりも消えたい気持ちが日々増している気がする。
青年は眠くもないのに電気を消してじっと暗闇を見つめる。
緩やかな自殺が続いている。