ベル、子兎になる   作:キタムー

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本編
第一部 幼児ノ兎


 

 

「どうしよう……」

 

迷宮都市(オラリオ)の市壁の上で、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは、ほんの少しだけ困ったような表情を浮かべていた。

視線の先にいるのは、大きな黒いシャツで膝下まで体を隠し、市壁の垣根の隙間からオラリオを覗き見ている小さな男の子。

髪は処女雪のように白く、深紅(ルベライト)の瞳は驚嘆と感激をごちゃ混ぜにしたように見開かれ、輝いている。

 

「どうしよう……ベルがちっちゃくなっちゃった……」

 

再度呟き、視線をそっと遠くへ投げやる。

早い話、彼女も混乱の極みにいた。

冒険者ならば、どんな異常事態(イレギュラー)にも即座に対処をしなければならない。ならないのだが、子供になるだなんて異常事態(イレギュラー)はダンジョンでも聞いたことがない。

とりあえず状況を整理しよう、とアイズはことの顛末を小さく呟き始める。

 

「修行してて……気絶させちゃって……膝枕して……」

 

そしていつものように跳ね起きたベルは、赤くなりながらポーションを飲み干して……

 

「……あのポーションのせい?」

 

今思い返してみると、なんとなく一般のものと比べて色が薄かったような気がする。

少年はさして気にしていなかったが……慌てていて気づかなかったのかもしれない。

 

「とりあえず、アミッドに診てもらおう」

 

都市随一の治癒師(ヒーラー)である友人の顔を思い浮かべながら、アイズはいまだに市街を眺め続ける少年のもとへ近寄り、頭の高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「あの……ベル?」

 

「へ?」

 

おずおずと声をかけたアイズに対し、今のいままでオラリオにしか目がいっていなかった少年は、素っ頓狂な声を上げながら振り向き……固まった。

 

「……?私の顔、何かついてる?」

 

呆けた顔で顔を見つめられ、はてと首を傾げたアイズの言葉に、少年は頬を朱色に染め上げながら無言で首をふる。

 

「ならよかった……とりあえず、治癒院に行こっか」

 

「う、うん……?」

 

「……どうしたの?」

 

「……だれ?」

 

「……アイズだよ?」

 

首を傾けあう二人。そこで、アイズはとある可能性に思い至った。

 

「ベル。今日のこと、覚えてる?」

 

「きょう?……えっと、むらのおじさんのおてつだいして……そのあと絵本よんでたら、ここにいて……そうだ!オラリオ!」

 

「!?」

 

突然の大声量にビクッと肩を震わせたアイズをよそに、少年は目を輝かせながら、その小さな指をオラリオの中心地にそびえ立つ摩天楼へ向ける。

 

「あれ、オラリオのとうでしょ!?ここってオラリオなの!?」

 

「う、うん。そうだよ?」

 

「やっぱり!」

 

やったぁ!と、全身で喜びを表現する少年にたじたじになりながら立ち上がり、アイズは確信した。

 

(やっぱり、記憶も戻っちゃってる……)

 

さてどうしよう、とアイズは思案する。

とりあえずアミッドの所へ連れて行けばいいのだろうが、もしそこで治らなければ、困ったことになる。

 

(ベル、鍛錬のことは、他の眷属の人たちにも内緒にしてるって言ってたし……)

 

万が一でもヘスティアに鍛錬の事が伝わってしまうと、店番(バイト)を休んでまで着いてこようとするのだそうだ。

アイズもフィン達に内緒にしているし、もしヘスティアが来てしまうとベルに膝枕できないため、この鍛錬を二人だけの秘密にするのは全面的に賛成だったのだが……

 

(私がベルを連れていったら、鍛錬してたこと、バレちゃう……)

 

ここに来て、それが裏目に出てしまった。

 

(どうしよう……他の人に頼んで送ってもらう?怪しまれちゃうよね……)

 

嘘をつくというのは論外だ。

なにせ、全知零能である神々は、簡単に嘘を看破してしまう。

それに、アイズは嘘をついたり誤魔化したりするというのが、極端に苦手なのだ。

 

(とりあえず、アミッドのところに——)

 

そこで、ハッと。

アイズは気づいてしまった。

 

「アミッドにバレちゃうのも、ダメ……」

 

そう、アイズも鍛錬の事は秘密にしなければいけないのだ。

さらにいえば、友人といえどもアミッドは他派閥の眷属であるため、下手に世界最速兎(レコード・ホルダー)と密会していた、などという弱み(ゴシップ)を握らせるわけにはいかない。

彼女ならその情報を使って脅してきたり、周りに吹聴したりはしないだろうが……フィン達に伝わってしまう可能性は非常に高い。

 

(でも、アミッドがダメならどこに行けばいいんだろ……)

 

そう悩みながら、目の前で飛び跳ねている純白の髪に手を伸ばすと、ゆっくりと撫でるように押さえつけた。

 

「そこ、登ったら危ないよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

どうにかして市壁の垣根の上に登ろうとしていた少年は、まるで母親に怒られた子兎のようにしょぼんと小さくなる。

それを見て、何かがアイズの胸をノックするように叩いた。

 

(……?なに、今の……?)

 

次いでほわほわと心地の良い温かさを感じ始めたアイズは、首を傾げながら再び膝を抱えて、しゃがみ込む。

 

「……街に、行ってみたい?」

 

「う、うん!いいの?」

 

少しだけ悩み、頷く。

特に打開策も思いつかないし、今のベルを見てベル・クラネル本人だと気づく者も少ないだろう。ダメ押しで彼が滅多に行かない地区に行けば、気付かれる可能性はほとんどないはずだ。

それに、今日は朝食を食べてこなかったため、アイズのお腹は今にも鳴りそうだった。

 

「……うん、いいよ。でも、ちゃんと言うことは、聞いてね?」

 

深紅の眼が大きく見開かれる。

そして、満面の笑みを浮かべたベルは、興奮を抑えるように何度も飛び跳ねながら何度も頷いた。

 

「わかった!ありがとう!アイズおねえちゃん(・・・・・・・・・)!」

 

瞬間、ドゴォンッと。

アイズの胸を、何かが貫いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「で?こんな夜遅くにこそこそと帰ってきたと思ったら……その子はどうした」

 

「えっと……迷子?」

 

「なぜ疑問形……いや、そうではない。迷子なら、家族のもとへ届けてやるのが筋だろう?なぜ連れ帰ってきた?」

 

「……私が、お姉ちゃん」

 

「……お前は何を言っている?」

 

【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)である『黄昏の館』の入り口で、リヴェリアはひたすら困惑していた。

視線の先にいるのは、アイズと仲良く手を繋ぎ、こちらを不思議そうに見上げてくる幼い少年だ。

 

「アイズ、お前に弟などいないだろう?」

 

「血がつながってなくても、心がつながってれば、家族……!」

 

「いや、確かにそれはそうかもしれないが……」

 

なにやらゾーンに入っているようで、普段からは考えられないほど意識の高い事を言い始めたアイズに、リヴェリアは思わず眉間を押さえる。

 

「だからといって、連れ帰ってきてどうする。今ごろ親御さんが心配しているだろうに」

 

「……僕、お父さんもお母さんもいません」

 

地雷が爆発した。

 

「そ、そうか……誰か身寄りはいないのか?」

 

「みより?」

 

「共に暮らす家族の事だ」

 

「……おじいちゃんがいたけど……このまえ、谷におちて死んじゃったって……」

 

「うっ……すまない……」

 

当時の事を思い出したのか、涙目になるベル。

更に地雷を踏んでしまったリヴェリアは、罪悪感に苦しみながらも大体の事情を把握した。

 

(孤児を拾った、という事だな?)

 

(……そ、そうだよ?)

 

(……何故目を逸らす?)

 

念のため目だけで確認を取り、若干の不安を覚えながらも納得したリヴェリアは、ため息を吐きながら思考を巡らせる。

流石にロキ・ファミリアで面倒を見るのは厳しい。

オラリオでも屈指のファミリアではあるが、それ故に柵も多いのだ。

だが、アイズの様子からして……

 

(うちで世話をしたいのか?)

 

(う、うん)

 

リヴェリアから、更にため息が漏れた。

 

「……今日は泊まっていくといい。主神(ロキ)団長(フィン)には私から話しておいてやる」

 

「……いいの?」

 

「良くはないが……子どもをこの時間に外へ放り出すほど、人の心を捨てたつもりはないからな」

 

「ん……ありがとう、リヴェリア」

 

「あ、ありがとうございます」

 

仄かに笑みを浮かべるアイズと、礼儀正しく頭を下げる少年(ベル)に、リヴェリアは眉尻を下げて、困ったような微笑を浮かべるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「というわけで、今夜この人間(ヒューマン)の子どもを泊める事になった。まあ、礼儀正しい子っぽいし、優しくしてあげて欲しい」

 

「ベルっていいます。よろしくおねがいします!」

 

上座に立つフィンの横で頭を下げるベル。

空気を察した数人の団員から、まばらな拍手が贈られた。

 

 

そんなこんなで、変な空気の中で始まる夕食の時間。

団員達の話はやはり、アイズが連れてきたという少年についてだった。

 

「な、なんかリトル……じゃなかった、【白兎の脚(ラビット・フット)】に似てるっすよね……」

 

「名前もベルだし……」

 

「遠い親戚……だったりするのかもね?」

 

周囲のなんとも言えない反応に首を傾げるベルは、周囲のざわめきに耳を澄ませ、頻繁に聞こえる単語を口の上で転がす。

 

「らびっとふっと……?」

 

世界最速兎(レコード・ホルダー)の事さ。リトルルーキーのほうが伝わるかな?」

 

フィンの説明に、更に首を傾げるベル。

 

「れこーどほるだー……りとる、るーきー……?」

 

「おや、ベル・クラネルの事を知らないのかい?オラリオどころか、世界中で有名なはずなんだけどね」

 

「へ?べるくらねる?それって——」

 

意外そうなフィンの言葉に目をパチクリとさせる少年。

次いで事の核心迫る質問をしようとして——椅子の後ろからニュッと、褐色の腕が伸びてきた。

そのまま抱きつかれる。

 

「すごーい!ほんとにアルゴノゥト君みたーい!」

 

「こら、あんたまだ食べ終わってないじゃない!」

 

「ラウルに全部あげるー!」

 

「いやいやいやっ!?こんなに貰っても食べきれないっすよ!?」

 

ラウルと呼ばれた男団員の悲鳴をさらっと無視しながら椅子の横に回り込んだアマゾネスの少女は、少年の顔を覗き込むと、快活な笑顔を浮かべた。

 

「私ティオナ!よろしくねー!」

 

「よ、よろしくおねがいします?」

 

椅子ごと抱きつかれているベルは、困惑しながらも軽く会釈した。

それに対して、ティオナは更に笑みを深める。

 

「やっぱり!雰囲気とか声もアルゴノゥト君に似てる!」

 

「あ、あるごのーとって、絵本の……?」

 

「そこの馬鹿(ばか)が言ってるのは、さっき団長が言ってたラビットフットの事よ」

 

「……ええっと」

 

「ああ、私?そこの馬鹿のお姉さんで、ティオネっていうの」

 

「てぃおねさん……よろしくおねがいします」

 

礼儀正しく頭を下げるベルに、ティオネは落ち着いた笑みを浮かべながら小さく頷いた。

 

「ティオネー、ばかばかって、言い過ぎじゃなーい?確かに私はバカだけどさー」

 

「馬鹿なこと言ってるからよ。ほら、ラウルが困ってるじゃない」

 

「いつものことじゃーん」

 

「いつものこと……」

 

雑すぎる扱いに一筋の涙を流すラウルを放置し、ティオナは嬉しそうに体を左右に揺らす。

 

「アルゴノゥト君はすごいんだよー!レベル1でミノタウロスを倒しちゃうし、【アポロンファミリア】もぶっ飛ばしちゃうし!」

 

「ちょ、まっ、ゆれっ!?」

 

興奮の度合い(ボルテージ)に比例して揺れの勢いが増し、抱きつかれているベルの椅子もつられてゴットンゴットンと揺れはじめる。

 

「まあ、この前うちと色々あったけど……それも解決したし!とにかく、凄いんだよー!」

 

「アバババババッ!?」

 

ゴトトトトトッと超高速で前後左右に揺れる椅子とベル。

それは神の眷属ではない(・・・・・・・・)只人の子どもには、あまりに刺激が強すぎて——

 

「あっこれむり……」

 

「えっ、ちょっ、子アルゴノゥトくん!?」

 

「あんた何やってるのよ!?」

 

「べ、ベル!?」

 

ベルの意識は、あっさりと何処かへ消えてしまうのだった。





pixiv様の方と並行して投稿させていただいております。
軽い気持ちで始めたら思わぬ強敵(ルビの仕様)が現れて絶賛撃沈中です。
大変申し訳ありませんが、次話投稿は今しばらくお待ちください。
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