ベル、子兎になる   作:キタムー

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第二部 母親妖精

翌日

 

窓から暖かな朝日が差し込む部屋で、ベルは目を覚ました。

 

「……ここは?」

 

「……起きたか」

 

ゆっくりと上体を起こすと、分厚い本を閉じたハイエルフと目が合う。

 

「えっと……リヴェリア、さん?」

 

「そうだ。……うちの者がすまなかったな」

 

「い、いえ……」

 

苦笑しながら頬を人差し指で掻くベルに、リヴェリアは気遣わしげな目を向けた。

 

「調子はどうだ?軽い脳震盪が発端とはいえ、今まで眠っていたのは疲労が原因のようだったが……」

 

「だいじょうぶ、です」

 

軽く頭を振って眠気を飛ばしたベルは、柔らかい笑みを浮かべる。

そんな少年の様子をじっくり観察したリヴェリアは、本を椅子の上に置き、立ち上がった。

 

「……そうか。では朝食でもとりにいくとしよう。アイズ達も心配していたからな」

 

「わかりました」

 

ベルも寝台(ベッド)から抜け出し、靴を履く。

そして立ち上がり——

 

「おっと」

 

「す、すみません」

 

顔から床へ倒れそうになったところを、間一髪でリヴェリアが受け止めた。

 

「まだ気分がすぐれないようだな」

 

「い、いえ、もうだいじょうぶです」

 

「……目が泳いでるぞ?」

 

「うっ」

 

深緑の瞳に目を覗き込まれ、そっと顔を背ける正直者(ベル)

その分かりやすすぎる反応に呆れながら、リヴェリアは少年を持ち上げ、寝台(ベッド)に座らせた。

 

「もうしばらく休んでいるといい。食事は後で持ってこよう」

 

「でも……」

 

今日もオラリオを散策しようと思っていたベルは、なんとか食い下がろうとする。

そんな子兎の悪あがきに、リヴェリアは不穏な笑みを浮かべた。

 

「それか、私の故郷から取り寄せた薬湯を飲みたいか?その程度の目眩ならすぐに治るが……苦いぞ?」

 

「……どれくらい苦いんですか?」

 

「子どもの頃のアイズは数秒気絶したな」

 

「やすんで おきます!」

 

顔を若干青ざめさせた少年は、ささっと靴を脱ぎ、横になる。

その上に薄手の毛布をかけたリヴェリアは、先ほどとは正反対の優しい笑みを浮かべながら、ベルの頭を撫でた。

 

「それと、無理に敬語は使わなくていい」

 

「え?」

 

「目上に対して礼儀を正すのは良いことだ。だが、今は礼儀に固執する必要はない。……お前はまだ、子どもだからな」

 

「は、はい」

 

「ほら、まだ敬語だぞ?」

 

「えっと……うん?」

 

「それでいい。では、食事を取ってくるとしよう」

 

笑みを深めて豊かな白髪をポンポンッと軽く叩いたリヴェリアは、静かに部屋を出ていった。

 

 

◇◇◇

 

 

数分後

 

「あちち……おいしい!」

 

「そうか。……しかし、もう少し冷ましながら食べろ。私がフーフーしてやろうか?」

 

「けっこう です!」

 

からかいの混ざったリヴェリアの申し出をキッパリ断りながら、ベルはたまご粥をかき込んでいく。

 

「ほら、こぼしているじゃないか」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「まったく……スプーンの使い方から教えないといけないな」

 

「むぐっ……いちおう おじいちゃんにならったんですけど……おかゆがおいしくて、つい」

 

さらにたまご粥を頬張りながら、きまりが悪そうに目を泳がせるベル。

そんな少年に、リヴェリアは呆れた目を向けた。

 

「……口元が米粒だらけだぞ?」

 

「わ、ほんとだ——んむ?」

 

「おとなしくしていろ」

 

布巾で口元を少し強めに拭う。

呆けた顔でされるがままになっていたベルは、綺麗になった口元をゆっくり触ると、少し照れたような笑みを浮かべた。

 

「どうした?」

 

「いや……お母さんがいたら、こんなかんじだったのかなって」

 

「……母親を知らないのか?」

 

「僕があかちゃんのときに死んじゃったって、おじいちゃんが言ってました」

 

「……そうか」

 

不用意な事をしてしまったか、とリヴェリアは申し訳なさげに視線を下げる。

 

「すまない。私では、母親代わりにはなれない」

 

「い、いえ、だいじょうぶです!僕にはおじいちゃんが——」

 

そこで、ベルは言葉を詰まらせた。

リヴェリアは察してしまう。

おそらく、今言おうとした台詞(セリフ)は、周囲から両親がいないことを同情されたときに返す定型分(テンプレート)だったのだろう。

それも、ベルの祖父が存命していた時の、だ。

 

「……お、おかゆおいしいな〜」

 

「……おかわりは欲しいか?」

 

「食べたいです!」

 

まだ家族を喪った悲しみを乗り越えていないだろうに、気丈に振る舞い、笑ってみせている。

 

「では少し待っていろ。すぐに持ってきてやる」

 

「やったー!」

 

(芯のある強い子だ。……少し、考えてみるか)

 

一目見た時に感じた『気弱そう』という評価を撤回したリヴェリアは、昨夜の事を思い出しながら、部屋を後にした。

 

 

 

 

『仮入団、だと?』

 

『そそ!どうかな!』

 

『うちの団に入れるのは、あの子どもにとっても酷だろう』

 

『えーそうかなー?子アルゴノゥトくん、強くなるとおもうけどなー?』

 

『根拠は?』

 

『私の勘!』

 

『……そうだね。じゃあ、リヴェリアにあの子を見定めてもらおうか』

 

『……フィン、悪ふざけはよせ』

 

『いやいや、大真面目さ。ティオナの勘も割と馬鹿にはならないし、そもそもうちの団には、子どもの扱いに慣れてる者が君ぐらいしかいないんだ』

 

『……見定める云々(うんぬん)は建前で、ただ世話をして欲しいということか……仕方がない。了解した』

 

『よろしく頼むよ。……あとアイズ』

 

『……なに?』

 

『話がある。後で団長室に来てくれ』

 

『……ハイ』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

部屋を出たリヴェリアは、後ろ手に扉を閉めると、食堂とは反対方向へ歩みを進める。

そして、突き当たりの物置部屋の扉を開け、部屋の隅の箪笥を睨みつけた。

 

「ロキ、盗み聞きは趣味が悪いぞ」

 

「……やっぱバレとった?」

 

箪笥の影から姿を現したのは、道化の神ロキ。

この【ロキファミリア】の主神でもある彼女は、ヘラヘラと笑いながら頭を掻く。

 

「用があったのなら、入ってくればよかっただろうに」

 

「いやなぁ?寝とって会えんかった噂のショタっ子くんを拝みに行ったんやけど……ママと子どもの会話に割って入るのも悪いと思うてな」

 

いつものように揶揄われたリヴェリアは、大きくため息を吐きながら腕を組むと、女神を睨んだ。

 

「誰がママだ。私はまだ未婚だぞ」

 

「血がつながってのうても、心がつながってれば家族なんやで?」

 

「……ロキの受け売りか」

 

「うん?うちの受け売り?何の話や?」

 

「気にするな、こっちの話だ」

 

もう一度ため息を吐き、気分を切り替えるリヴェリア。

そして、ロキに真剣な目を向ける。

 

「ロキ、少し相談があるのだが——」

 

その時、ゴオォッ!と。

豪風が吹き荒れる音が、館中に響き渡った。

 

「……今の、魔法か?」

 

「いや、詠唱中の魔力を感じなかった。おそらく魔剣だな。それもこの感覚……まさか、『クロッゾの魔剣』か?」

 

「クロッゾ、か……どっから聞こえた?」

 

「正門のほうからだ」

 

「そか。んー、フィンはどっかに行っとるらしいからなぁ……」

 

妖精の血をざわつかせた音の方向へ、鋭い視線を向けるリヴェリア。

そんな眷属とは裏腹に、面倒くさそうに頭を掻いたロキは、ため息と共に脱力すると、ポケットに手を突っ込んで歩き始めた。

 

「しゃーない、様子見に行ってくるわ。相談(ハナシ)は後でな」

 

「私も行こう」

 

「ん?あの子にご飯届けてやらんでええの?」

 

「辛抱強い子だ。少しくらいなら待てるだろう」

 

断言し、主神に付き従うハイエルフ。

そんな眷属(こども)に、ロキは何やら含みのある目を向ける。

 

「……まさかな」

 

「どうした?」

 

「いや……んじゃあウチのお()り、頼んだで?」

 

「分かっている」

 

リヴェリアの少年に対する信頼の仕方に、なんとなーく母性(ナニカ)を感じ取ったロキは、一抹の不安を覚えながらも扉の取っ手に手をかけるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『黄昏の館』の正門前で、景気良く風の魔剣を空に向けてぶっ放したヘスティアは、文字通り髪を荒ぶらせていた。

 

「ローキィー!!出てこーい!!この誘拐神めぇー!!!」

 

「ヘスティア様、ストップ!ストーップ!?リリ達みたいな弱小派閥が都市最強派閥(ロキファミリア)に殴り込みなんかしたら、簡単に潰されちゃいますぅ!?」

 

「止めてくれるなサポーターくん!ボクにも、負けられない戦いってものがあるんだぁー!」

 

「な、なんでこんなに力強いんですか!?ちょ、ほんとにやめてくださーい!?」

 

対応に困る門番の前で、小人族(パルゥム)の物理的な制止もなんのその、と門扉にしがみつく小さな女神のもとへ、ロキが呆れ顔でやってきた。

 

「やっぱりドチビやったか……何の用や?」

 

「やっと出てきたかロキぃ!さっさとベルくんを返せぇ!!」

 

「はぁ〜?んなもん知らんわ!」

 

「いーや、誤魔化したって無駄だぜ!もうネタは割れてるんだ!君のとこのヴァレン何某が、ベル君に似た白髪の男の子をお持ち帰りしてたってね!」

 

勝ち誇るヘスティアに、ロキは更に呆れた顔になる。

 

「……ジブンとこの眷属()って、歳はいくつやったっけ?」

 

「何の話だよ!今は関係ないだろう!?」

 

「いいから答えんかい。いくつや?」

 

「十四歳だよ!」

 

「ウチはまだ会っとらんけど、アイズたんが連れてきたっちゅう子は六歳くらいやったって話やで?」

 

「……へ?」

 

想定外の答えに、ドヤ顔のまま硬直するヘスティア。

 

「……だ、騙されないぜ!神同士だからって、嘘をついてもバレバレ——」

 

「んじゃあ眷属(こども)に聞こか。リヴェリア、何歳に見えた?」

 

「六、七歳くらいだな。とても十四には見えなかった」

 

「……えっと」

 

「そもそも【白兎の脚(ラビット・フット)】だったら、泊まらせてなどいない」

 

リヴェリアの何一つ嘘が混ざっていない言葉に、嘘発見器()であるヘスティアは、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「……そ、そりゃそうだよね!いやー、ボクの早とちりだったのかー。あっはっは……じ、じゃあ誤解は解けたってことで、ボク達はこの辺で——」

 

「いや逃がさへんで?」

 

回れ右したヘスティアの頭をガシッと鷲掴みにしたロキは、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。

 

「ドチビ〜、今日は特別に(うち)に上がらせたるわ。茶菓子はいらんよな?」

 

「あ、あははは……ハイ」

 

「終わりました……」

 

前面には笑顔の道化の神、背後にはいつの間にか回り込んでいた都市最強魔導士(リヴェリア)

左右も門番たちに塞がれたことで、完全に逃げられなくなった女神とその眷属は、ただ肩を落とすしかなかった。

 

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