「勇気と無謀を履き違えるとは、己が未熟者であることは自覚していたハズなのだがなぁ。いやぁ~失敗、失敗! あっはっはッ! ……はぁ、我ながら見事なまでに進退窮まったモノだな」
世界最大の迷宮都市『グランマガザン』の路地裏にて。
極東の島国である『白舞皇国』から武術の高みを目指すためやってきたサムライの男が、ボロ布ひとつだけを身にまとった哀れな姿で座り込んでいた。
何故そんなことになっているのか、その理由は単純明快。ダンジョン攻略が順調に進んだことで調子に乗って身の丈に合わない深度のエリアに意気揚々と乗り込んだ結果、レベルの高いモンスターに包囲されてあっという間にボコボコにされたのだ。
1匹1匹が格上という質に加えての数の暴力である、これで敗北を受け入れられないような頭の持ち主は永遠に冒険者として成長することはないだろう。
せめてもの救いはダンジョン内部で命を落としても身ぐるみ剥がれて吐き出されるだけで済むことだろうか。それも全裸ではなく、こうして申し訳程度に恥部隠しを恵んでくれるだけ賊の追い剥ぎよりは有情というものかもしれないが。
もっとも、正真正銘の裸一貫であるため危機的状況であることには変わりはない。食うもの住むとこ寝るところ、どれもこれも生きるために必要であり、それを得るためには先立つものが無ければ──素寒貧となったこのサムライの男にとっては最早望んでもそうそう手に入るモノではなくなってしまっている。
冒険者ギルドに所属していれば多少の援助を受けることもできた。だがギルド側も慈善事業で冒険者の面倒を見ているワケではなく、組織の一員となるならそれぞれのギルドで定められたルールを守り成果をあげて貢献しなければならない。
腕試し目的で迷宮都市グランマガザンまでやってきただけあってサムライの男はレベルもスキルもステータスもそれなりにある。
故に、その気になれば何れかの冒険者ギルドに登録することもできたのだが……あくまで己を高めるためにダンジョンに挑む男にとって、余計な
「さて、困ったな。窃盗や強盗に手を染めるぐらいならこのまま餓死したほうがマシではあるが、できるならまだまだ生きていたいところだ。しかし、下手な組織に金を借りれば一生を飼い殺しで終えることになるやもしれん。う~む」
「もし、そこのおサムライ様」
「取り敢えず雑草でもかじって餓えを凌ぐ──うん?」
あれこれ考え事をしていたので気付くのに遅れたか、目の前には男と同じ白舞皇国のヒューマンらしき黒髪黒目の青年が立っていた。
「初対面の方に対する態度ではありませんが、腹の探り合いは不得手でして。単刀直入に申し上げます。おサムライ様、お困りのようでしたら私の料理屋を手伝ってはいただけませんか?」
「ふむ。その潔さはワシの好みであるので構わんが、しかし料理屋とな? ワシが包丁仕事ができる男ではないことぐらいはお主にもわかると思うが」
「おサムライ様にお願いしたいのはダンジョンでの食材の確保でございます。あとはまぁ、食事と寝床と風呂を提供する代わりに、お店の用心棒なども引き受けて下さると助かるのですが」
「なるほど、それならば納得だ。よし! 承ったッ! と、いうよりな? その条件であれば、むしろワシのほうから宜しく頼みたいぐらいだ」
「はぁ……。あの、頼んでおいてなんですが、そのように即決なされて大丈夫ですか?」
「まぁな。なにせ、ご覧の通りの有り様であるからな。真っ当な手段で衣食住を得られるのであれば、多少こき使われることになったとしても構わんよ」
「そうですか。話が早いのは私としても助かります。私は『タナカ』と申します。ダンジョン探索に関する知識はサッパリですが、どんなモンスターの素材でも美味しく調理できる料理人です」
「拙者は『ヒシオ』と申す。本調子が戻るまではタナカ殿の施しに甘えるばかりの立場になるやもしれんが、受けた恩義は必ず返す。山ほどの素材、いや食材を持ち帰ってみせると約束しよう」
◇◆◇◆
「これは……なんというか、料理屋を営むには少々外観に問題があるように思えるが」
「元々は冒険者ギルドだったと聞いています。なので設備そのものはなかなか充実していますよ? まぁ、それらの投資を活かすことができなかったからこうなったのでしょうが。私が来たときにはゴースト系のモンスターが発生していましたからね」
「それほどにか。いや、待てタナカ殿。そのゴースト系のモンスターとやらはどうやって追い払ったのだ?」
「これを使いました」
「それは……生のコメか。そんなもので──いや、生のコメには魔を払う力があると神職の者から聞いたことがある」
「私は料理人ですから。食材を使いこなせなければ料理人は務まりません」
「ハッハッハッ! なるほどそれは道理だなッ!」
料理屋として営業するにしては薄汚れた建物に案内されたときには早まったかと思いもしたが、タナカの説明を聞けばそんなものかと納得できる程度の事情である。
ギルドの運営本部とも建物を利用することに関しては話がついているらしい。なんでも取り壊しはもちろんゴースト系モンスターの対処も必要だと把握してはいたが、既存の冒険者ギルドに処理させると所有権について必ずトラブルが起きるだろうと困っていたのだとか。
資金援助を含めた支援は一切しない代わりに経営方針等には口出ししない。儲けの一部を本部に納める必要があるが、それは商売が安定してからでもよい。なんとも融通の利いた条件であるが、案外ギルド運営本部もそれぞれのギルド同士の衝突には参っているのかもしれないとヒシオは納得することにした。
故郷を離れてからは久しぶりとなる蒸気を利用した蒸し風呂で汗と汚れをすっかり流し、タナカから渡された従業員用の服に着替えて身だしなみを整える。
着物と袴を愛用していたヒシオの好みにはどうにも合わない仕立てだが、いまの自分はサムライではなく料理屋の食材仕入れ担当であるのだと言い聞かせることにした。
これだけ世話になって文句をつけるなど言語道断。でもそれはそれとして現金が手に入ったらまずはフンドシを確保せねば。
「えっと、ヒシオさん? 今日ぐらいは休んでいてくださっても大丈夫ですよ? ダンジョンで倒れて復活した後は体力とかも消耗してるんですよね?」
「うむ。確かにレベルもステータスも全部『1』まで戻っているし、身に付けたスキルも綺麗サッパリ消えている。だが鍛えた筋肉まで萎んだワケでもないし、掃除を手伝えんほどの消耗ではない。それに、これぐらいの仕事でもしないことにはメシも喉を通りにくいというものでなぁ」
「あぁ、そういうことですか。わかりました、私は夕食の用意をしますので、簡単な片付けはお願いしますね」
「承知!」
◇◆◇◆
ヒシオの故郷である白舞皇国の主食はコメである。
そして店主たるタナカも黒髪黒目であることから白舞皇国のヒューマンである可能性が高く、掃除の途中からグランマガザンでは口にする機会の無かった味噌汁の香りが漂ってきたとなれば──。
「おぉ……。これはこれは、実に食事らしい食事でごさるな。いや、パンも麺も嫌いではないのだが、やはりこの茶碗に盛られた白飯には勝てんのよなぁ……ッ!」
輸送の間に色が悪くなったモノとは違う真っ白なご飯に、豆腐とネギとホウレン草の入った味噌汁。それにタマゴの巻き焼きとキノコを醤油で煮付けた小鉢。
ほんの2時間ほど前には雑草でも残飯でもなんでも生きるために食わねばならんと覚悟していたのが、これほど豪華な夕食にありつけるのだから人生とはどこで救いがあるかわからないものである。
「様々な種族の冒険者を抱える前提だったのか、鍋釜も良い物が残されていたんですよ。食材が集まれば炊き込みご飯なんかも作ってみたいところですね」
「それはまた夢の広がる話だな。そう言われるとワシも張り切って食材を集めねばならんと気合いも入る。とはいえ、いまは最弱のグリーンゼリーすら苦戦するだろうから無理はできんが」
「どのみち当分の間は営業なんてできませんから、気楽に準備を進めましょう。少なくとも雨風を凌げる寝床があって、飢え死にの心配だけはないんですから焦る必要なんてありませんよ」
「そうだなぁ、結局のところ食って寝ることさえできれば生きていけるのだよなぁ。おっとイカン、こういう面倒な哲学は学者の仕事であってワシのような冒険者の役目ではない。ではタナカ殿、ありがたく頂戴いたす」
「はい、どうぞ。ご飯もお味噌汁も遠慮なく食べてください」
◇◆◇◆
翌朝。
綺麗なシーツのベッドで目覚め、食堂にたどり着けば昨晩のご馳走に見劣りしない朝食が用意されていた。
魚の焼き物が半身と、柚子の黄色が散らしてある白菜とキュウリの小皿は一夜漬けだろうか。よろしくお願いしますと書かれたメモが挟まった背負いカゴが残されているところを見るに、店主のタナカはなにかしら別の仕事を進めているのだろう。
なんとも恵まれた環境で再出発できるものだ。この幸運を恵んでくれた神と、この絶品の朝食を恵んでくれたタナカに感謝をしながらヒシオは黙々と箸を動かし続けた。
「……ふぅ。美味かった。タナカ殿の腕ならば、1度でも客を入れてしまえば商売繁盛は確実だな。あとはどれだけワシが食材を集められるかだが、レベル1ではせいぜい木の実でも集めるのが精一杯──んんッ!?」
己を戒める意味でステータスを確認したヒシオは危うく口に含んだ水を盛大に吐き出すほどの驚きに襲われていた。
レベルは間違いなく『1』に戻っている。
それに伴って、各種ステータスも全て1まで下がっているのだが……何故か腕力に『+2』の、俊敏に『+3』の上昇効果が発生しているのだ。
いや、それだけではない。ステータス画面をスクロールしてみれば、武器レベルの拳にも『+5』の補正がかかっており、空欄だったスキルの項目には『スマッシュ』と『コークスクリュー』という攻撃スキルが追加されていた。
「どういうことだ……? 魔法薬の類いなど飲んだ覚えは──まさか」
ちらり、と。空になった朝食の器を見る。そんな話は聞いたことがないが、ほかに心当たりは考えられない。
「もしやタナカ殿は『ギフテッド』なのか? 稀ではあるが、治癒魔法や補助魔法に特化した者もいると聞くし、それらに近いモノと思えばあり得ない話ではないが……」
基本的にスキルはレベルを上げてステータスや武器レベルに恩恵ポイントを振り分けて習得するか、あるいはダンジョンのモンスターからレアドロップしたアイテムを使用することで覚えることができる。
だが、稀にレベルとは関係なく特殊なスキルを身に付けている者がいるのだ。神の気紛れで与えられると言われている『ギフトスキル』の所有者は『ギフテッド』と呼ばれ、ギフテッドがひとり所属しているだけでその冒険者ギルドは確実に栄光を掴むことができるとまで言われていた。
「無自覚、はあり得んだろう。となれば、タナカ殿にとっては当たり前のことであるが故に説明を忘れたか? ……まぁ、あとで確認すれば済むことだな」
タナカが何者であろうと、衣食住を世話してもらった恩義には報いなければならない。まずは与えられた仕事をこなすべきだとヒシオは背負いカゴを掴んでダンジョンへ向かうことにした。
◇◆◇◆
「うぅん? キサマ、ここのダンジョンの適正レベルは7だぞ? レベル1の冒険者では表層ですら死にに行くようなものだ、大人しく引き返すことだな」
「いやいや、ホレこの通り。この背負いカゴを見てもらえばわかると思うが、拙者は冒険にきたワケではござらん。餓えを凌ぐためにタダで手に入る食材を集めたら、素直に尻尾を巻いて逃げる所存でござるよ」
「ふんッ! 冒険者のクセになんとも情けないことを言う男だ。だがまぁ、そういう事情なら仕方あるまい。好きにするがいい。もっとも? レベル1ならダンジョンで死んだところで失うものなど何も無いだろうから気楽に探索できるだろうがな! ハッハッハッ!」
ダンジョン入り口の見張り役だけではない、周囲の冒険者たちからも蔑むような視線を向けられていることにヒシオはしっかりと気が付いていた。
不愉快ではあるが反論するつもりなどない。何故なら、かつての自分も彼らと同じような態度を見せた可能性があるからだ。冒険者にとって、迷宮都市で暮らす者にとって、レベルとはそれだけの意味と価値を持つ数値なのだ。
自分自身に身に覚えがなかったとしても、嗤われた側は簡単には忘れない。過去の行いの因果が廻って自分に返ってきていると思えば耐えられないほどのことではない。増長して伸びきった鼻をへし折る良い機会と思えば安いものだろう。
「なるほど、なるほど? 視点が変われば見えるものも変わるものだなぁ。これだけ豊富な食料を見逃して飢え死にの心配をしていたと思うと、なんとも情けないというか滑稽というか」
甘い香りのするリンゴらしき果実をもぎ取って背中のカゴに放り込みながら、ヒシオはモンスターを倒してレベルを上げることばかり考えて視野が狭くなっていた過去の自分を恥じていた。
それなりの規模の冒険者ギルドに所属していなければ、ダンジョンで落命しレベル1に戻された冒険者が再び返り咲くのは難しい。
それだけが事実だと思い込んでいたが、こうした自然系ダンジョンで腹を満たしながら弱いモンスターを地道に狩り続ければ這い上がるためのチャンスはまだまだ残されているではないか。
「よし、この果実はこんなもので良いだろう。タナカ殿が言うには、とにかくなんでも集めて帰ってこいとのことだったが……さて、こっちの赤い斑模様のキノコも一応収穫しておくか」
食べられるかどうか、どうすれば美味しく食べられるかを考えるのは料理人の仕事である。普通に食せば毒にしかならないような素材だったとしても、簡単な軟膏やポーションなら調合できるので捨てずに持ち帰って欲しい。
なにも難しいことは考えずに集めるだけという指示は、食に関する知識の乏しいヒシオにとってはありがたいモノであった。が、さすがに素人目にも確実に毒性がありそうだとわかるキノコを収穫するのは気持ち的に難しいところがあるらしい。
「まぁ……生ゴメを使ってゴーストを倒せるような料理人だからな。毒キノコのひとつやふたつ、扱うのも難しくないことなのかもしれん。──むッ!?」
「ブル……ッ! ブボォッ!!」
「ゴフッ!! ゴフッ!!」
「スマートボアかッ! そうか、いまのワシはレベル1だからな。手頃な獲物の気配を察知して出てきたワケだな……ッ!」
「おぉ~い、オッサンッ!! オレたちが助けてやろうかァッ!? もちろん払うもんは払ってもらうがよォッ!」
(うん……? ずいぶんとまぁヒマな連中が多いことだな。さすがのワシでもほかの冒険者が喰われる様を娯楽にしようなどとは考えなかったがなぁ)
食材集めに夢中になっている中年冒険者の姿がよほど愉快だったのか。いつの間にかそこそこの人数の野次馬が集まり、スマートボアに襲われそうになっているヒシオのことを遠巻きに眺めている。
ダンジョン探索が順調だったときにはまったく気に留めなかったが、冒険者という連中は自己中心的で助け合いの精神とは無縁の者が多いのかもしれない。
なんとも薄情なことだと思いつつ……そういえば自分も積極的に人助けなどしてこなかったことを思い出し、これも自業自得のようなものかと苦笑いするしかなかった。
「いや結構ッ!! たかが猪の2匹程度、素手だろうとどうにでもなるッ!!」
「ハッ! そうかよッ! せいぜい無駄に足掻いて後悔するんだな、オッサンよォッ!!」
「あ~ヤダヤダ、年寄りってのは見栄っ張りでイヤだねぇ~。ホント、あぁはなりたくねぇなぁ~」
「愚かな。駆け出しの若い冒険者ならまだしも、レベルが上の相手になんと無謀な。お前たち、よく見ておけ。ダンジョンで、格上のモンスター相手にバカな真似をする冒険者がどうなるのか」
「いや、あの、助けなくていいんですか?」
「バカね。ダンジョン探索は自己責任ってのは基本中の基本でしょ?」
「そうそう。助けてくれって頼まれたんならまだしも、自分から死にたがってるようなヤツなんかほっとけよ」
(う~む。ああも好き勝手に言われると、逆に申し訳なく思えてくるな。タナカ殿の料理のおかげでいまのワシは実質レベル11相当のステータスだから、スマートボア程度なら本当にどうにかなるのだが)
「ブヒィィッ!!」
突進してきたスマートボアを相手に拳を構える。
紙一重の回避は狙わない。実際のステータスと、まだレベルが高かった頃の感覚とのズレがある状態では失敗する可能性が高いからだ。
なので、しっかりと余裕を持って突進を避け──。
「スマッシュッ!!」
「ブゲェッ!?」
スキルを発動し、下から掬い上げる強烈な一撃でスマートボアを仕留めたッ!
「お、スマートボアのHPを削りきれたか。やはり拳レベル5の恩恵は大きいな。さて」
「ピギィッ!?」
スマートボアの突進は防具を揃えた適正レベルの冒険者でも致命傷となるほど強力な攻撃である。それこそ
「コークスクリューッ!!」
「ボギャッ!?」
「ぐッ!? ぬぅ……さすがに正面から拳で受けるのは蛮勇が過ぎたか。腕どころか背中の筋肉まで痛みで痺れておる。そして……ふぅ~む。スマートボア2匹倒しただけでレベルアップとは、つくづく弱くなったものだなぁ」
モンスターを倒して得られる経験値はレベルとステータスの影響を受けて増減する。10レベルぶんの恩恵が加算されているにも関わらずレベルアップしたことで、ヒシオはいよいよ自分が振り出しに戻されたことを突き付けられて若干ヘコんでいた。
それでも再出発できる環境にいるだけマシか……と思考を切り替えて、レベルアップで得られた恩恵ポイントの振り分けをどうするか考え始める。
以前であれば迷わず刀の武器レベルに加算するところだが──仕留めた2匹のスマートボアを一瞥すると、道具や装備の持ち運べる総重量に影響する『体力』に振り分けた。
いまの己はサムライに非ず。料理屋の従業員として、食材の仕入れ担当としては運搬のキャパシティを増やすほうが優先順位として上である。
それにダンジョン探索において道具を持ち運べる量はそのまま攻略の成否に直結する要素なのでどのみち無駄にはならない。敵に囲まれたときに火炎ポーションや煙幕ポーションがひとつあるだけでも生存率はグッと上がるのだ。
「どれ──むぅ。さすがに体力2だと担いで運ぶのも難儀だな。レベルも上がったことだし、今日は素直に帰るとするか」
欲張りダメ、ゼッタイ。スマートボアを両肩に担いだヒシオは大人しく帰路に着くことにした。動揺したまま固まっている野次馬たちを気にすることもなく。
◇◆◇◆
「魔石が心臓の代わりなおかげで血が出ないのは解体が楽で助かる……な、と。ヒシオさん、魔石は貴方が持っていてください」
「良いのか? タナカ殿とて魔石の使いどころはあるのだろう? 保冷庫だとか、薪の代わりとか」
「いまは自前のMPだけで賄えるので問題ありません。それに現金でお給料を渡せないんですから、それぐらいは譲らないといつまでたってもヒシオさんが装備を買えないでしょう?」
「心遣い感謝いたす。そう言えばタナカ殿、ひとつ確認したいことがあるのだがな? タナカ殿は──ギフテッド、なのか?」
「……? あれ? 言ってませんでしたっけ? そうですよ、私は料理に関する特殊スキル持ちです。食事の用意したときに説明を……説明……してない、かも。いや、申し訳ありません。なにせ産まれてから20年も付き合いのあるスキルなもので、私にとっては当たり前のことでして」
「アッハッハッ! すでに己の一部であり、わざわざ説明するという発想に至らなんだか! ま、そういうこともあるだろう。ならばタナカ殿、ご自身の作る食事にステータス上昇の効果があることは?」
「もちろん知ってますよ。素材の組み合わせや調理法である程度コントロールできることも。自分自身で色々試しましたから」
「なるほどなぁ。しかしタナカ殿、それだけのギフトスキルであればプラチナ級やブラック級の冒険者ギルドでも重宝されただろうに、何故こうして料理屋など?」
「え? だって面倒じゃないですか」
「ほぉ」
「私が料理を作るのは、なによりもまず自分が美味しいものを食べたいからです。誰かに料理を振る舞うのは、反応を見るのが面白いからです。命令されて料理を強要されるような生活なんてお断りですね」
「なるほど、わかりやすい」
「でしょう? つまりは自分勝手なんですよ、私は。ガッカリしましたか?」
「いや、むしろますます気に入った。名誉より自由を望むその姿勢は、いかにも冒険者の集う迷宮都市の料理人らしくて良いではないか!」
「それはどうも。まぁ、恩恵アリの料理もそれはそれで上手く使っていきたいところですけどね。従業員用の賄いはもちろんとして、信用できる常連さんへ特別メニューとして出すとか」
「宣伝効果は高かろうなぁ。美味い料理でステータスの上昇効果が得られるとなれば冒険者どもが殺到するだろう。そうした効果のある魔法薬は何度か飲んだことがあるが、効き目の高い物ほど舌を千切りたくなるほどマズいのだ」
「あー、そんな感じなんですね。……となると、丁寧に加減しないと自分の首を絞めることになるか? 後先考えないチート無双は面倒開始のテンプレみたいなもんだし」
「うん? なんだって?」
「いえ? 別になにも?」
◇◆◇◆
数日後。
「パワーショットッ!」
「ギギッ!?」
「槍イカ戦士、撃ち取ったり! 食わず嫌いをしていたが、投擲も使ってみれば便利なものだな。投げるものが石礫ではシノビの真似事ではなく子どもの喧嘩のほうがしっくりくるが」
この日は海の見えるエリアにて、ヒシオは魚介類に近しい種族のモンスターを積極的に狩っていた。
大陸の中央に位置する迷宮都市グランマガザンで海産物を楽しむためには、こうして水属性のダンジョンを徘徊するモンスターの素材を持ち帰るのが一番手っ取り早い。
たったいま仕留めた槍イカ戦士も金属のように変質した足以外はだいたい食べることができる。醤油を塗って適当に火で炙るだけでも充分美味いが、料理関係のギフトスキルを持つタナカが調理すればどれほどのご馳走になるのか……想像するだけでヒシオの胃袋からは催促の音が聞こえてきた。
「どうしたものかなぁ。ここはやはり鮮度を優先して帰るべきだろうか? 犬猫ほどもある大ぶりの貝もいくつか拾えたことだし。……もう少し『理力』のステータスと『指輪』の武器レベルに恩恵ポイントを割り振れば『アイテムボックス』のスキルが使えるようになるのだが」
本来であれば予備の武器や戦闘補助アイテムを収納して
サムライとしての誇りを、剣の道を極めんとする生き方を忘れたワケではない。ただ料理人に雇われた身分であることに忠実に、そして真面目に働いているだけのこと。
決して「せっかく美味いメシを腹一杯食える環境に恵まれたんだし、普段は食材集めをメインにして空き時間でダンジョン制覇を目指せばいいかな~」などという考えに支配され始めたのではない。
「イカ刺し、イカ焼き、もう少し涼しい季節になれば鍋物も……いや、醤油の煮付けなら季節も関係ないか? ハラワタの塩漬けなども頼んだら作って貰えるだろうか。天日干しならワシでも手伝えることはあるかもしれんな。冷え込んで乾燥する季節になればカチカチの乾物なども──」
…………たぶん。
「どれ、せっかくの海の幸だからな。日にさらされて劣化する前に急ぎ戻らねば──おっふ」
「……あぁん? なんだよオッサン。アタシは見世物じゃねぇぞコラァ」
ボロ布1枚だけを身に付けて路地裏でグッタリとしている獣人の、耳の形状からしてハウンドテールの少女と目が合う。
あまりにも身に覚えがありすぎるその光景を素通りできるほどヒシオの人間性は薄くない。助けてもらった身分でありながら同類を見捨てるのは、それこそ屑の所業であると後ろ指を指されても文句は言えまい。
「そう邪険にするな。単刀直入に言おう。お主、料理屋に雇われる気はないか?」
「はぁ? 料理屋だぁ?」
「うむ。実は斯々然々ということがあってだな」
「ほぉ~ん? あくまで労働力として雇うって話で、施しってワケじゃねぇんだな?」
「同情がまったく無いかと言えば嘘になる。もしもダンジョンで
「だろうな。アタシもアンタの立場なら自己責任だろっつって無視しただろうさ。いいぜ、そういうことなら遠慮なく世話にならぁ」
「ワシも人のことは言えんが、即決だなぁ」
「そりゃそうだろ。ここでオッサンの提案を断ってよ、やべぇヤツが経営してる娼館になんて捕まってみろ? 冒険者どころか2度と人間扱いなんてされねぇだろうさ」
「だろうな。というか……ワシがその手のスカウトである可能性は考えなかったのか?」
「アンタいま自分がどんな格好してるかわかってねぇのかよ」
「おぉッ! なるほど、それもそうか。では早速店まで案内するとしよう。そうそう、拙者の名はヒシオと申す。これからよろしく頼むぞ」
「アタシは『ビスキュイ』だ。こっちこそよろしく頼む、っていうかアンタが決めちまっていいのかよ」
「問題ない。なにせ店主のタナカ殿と食材集めのワシ以外に誰も従業員がおらんからな。このままでは開店がいつになるかもわからんレベルで人手不足なのだ」
「えぇ……? 大丈夫なのかよソレ……?」
「少なくとも食材が尽きぬ限りは心配はいらんよ。そのためにワシやお主が働くのだからな。素材さえ持ち帰っていれば、食事と寝床とついでに風呂が用意された状態で何度でもダンジョンに挑める。わかるだろう? お主にも、この意味が」
「そりゃ、お前、なぁ?」
冒険者の出費の大半は生活費である。どれだけタフな種族の人間でも食事と睡眠は必要不可欠、たとえレベル100超え200超えの冒険者であろうと不眠不休で戦い続けることはできない。
と、いうよりも。冒険者という職業はレベルが上がりステータスが上がるほど燃費が悪化して、レベル10の壁を越えた時点で食事の量は一般人の2倍になる。種族的に食の細いエルフでさえ、レベルが100まで上がれば山盛りにした削りチーズのパスタを8皿はペロリと食べきってしまう。もちろんそれは1日の食事……ではなく、一回の食事でだ。
宿の値段など簡単に増減するものではない。
装備は支払いは高くても何度も繰り返し使うことができる。
しかし食費ばかりはひたすら増える一方なワケで。
「これ以上言葉を尽くしたところで意味はなかろう。まずは腹を満たしてからだ。なぁに、仮に今日明日がタダメシ食らいになろうとも、スマートボアやらミニタウロスやらの1匹でも狩れるようになれば気分も変わるというものよ」
「ケッ。レベル1のアタシ相手に気楽に言いやがって。まぁいいさ。ガンガン戦ってガンガンレベル上げて、すぐに山ほどモンスターを狩れるようになってやらぁ!」
「うむ、その意気だ!」
実際にはギフト料理の効果ですぐにでも戦えるようになるのだが、ここで説明したところで簡単に信じられる話ではない。
間違いなくこのハウンドテールの娘も従業員として長い付き合いになるだろう。そんな未来をヒシオは確信していた。
頭の中にポンッ! と浮かんだネタを整理するために作品にして消化してみました。
もしかしたら複数パターンで似たような話を続けて投稿するかもしれません。どうにも思い付いたネタは作品にして吐き出さないと、いつまでも頭の中に居座って困ってしまうものでして。
この設定を使って執筆してみたいという方がいれば、遠慮なくどうぞ。