料理チート系の試作短編。   作:はめるん用

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料理を作る上で重要なこと? そんなもの『美味しくて食べやすいこと』に決まっている。


めし。

(これが蒸し風呂か……。湯気なんか浴びてなんの意味があるんだと思ってたけど、こりゃいいや……。こいつを好きなだけ使わせてもらえるってだけでも、オッサンの誘いを受けて正解だったな……)

 

 汗と一緒に身体に染み込んでいた疲労が流れ出る感覚を存分に味わい、清潔な作業服に着替えたビスキュイは上機嫌で廊下を歩いていた。

 風呂といえばぬるま湯と布で全身を拭いて最後に頭からザッと流して終わりというのが当たり前だったが、こうして蒸し風呂の良さを知ってしまった以上、最早そんな生活には戻ることはできないだろう。

 

 それに。

 

(風呂から出た瞬間からイイ匂いが漂ってきやがる。少しぐらい好みに合わなくても、腹一杯食わせてくれるならそれでいいと思っていたが……)

 

 ヒシオが背負っていた槍イカ戦士を調理している匂いなのはわかる。だが自分で焼いて食べるときや普段利用していた料理屋では嗅いだことのない、正体はわからないがとにかく食欲をそそる匂いがするのだ。

 種族が違えども同じ人間、味の好みに差はあっても美味しいの基準はそこまで大きく変わらない。お世辞にも綺麗とは言えない外観の建物を見せられたときには疑いもしたが、こうも食欲を刺激されてはビスキュイは期待が大きくなるのを我慢できそうになかった。

 

 

 

 

「きたか。そろそろ出てくる頃合いだろうとな、タナカ殿が本命の料理ができるまでのツマミを作ってくれたぞ」

 

「焼いた貝柱か。醤油が使われてんのはアタシにもわかるが、この匂いはなんだ? 美味そうな匂いだが嗅いだことがねぇ匂いだ」

 

「あぁ、それは『バター』の匂いだろう。この貝柱の醤油焼きにはバターが使われているからな」

 

「へぇ~バターか。そりゃ知らねぇ匂いなのも当たり前で──バタァァッ!? おま、え? いや、え? ちょ、オッサンッ!! バターってお前、菓子に使う高級食材のバターのことかよッ!?」

 

「さぁ、どうだろうなぁ? なにせワシもバターを使った菓子など食ったことがないからな。まぁタナカ殿も市販されているバターと同じモノである保証は無いと言っていたが」

 

「市販……つまり手作りってことか?」

 

 高級食材であるバターの製法は商人ギルドの秘伝であり、外部に情報を持ち出そうとした者は例外なく厳罰に処され2度と商売の世界では生きていくことができなくなる。

 が、各々が勝手に試行錯誤を繰り返しバターらしき何物かを作ることまでは禁じていない。あまりに厳しく規制するとバターを巡ってトラブルが起きる可能性が高くなり、そのときに商人ギルドの責任はどうなるのかと世論が動いてしまうと困るからだ。

 

「こう、術式が刻印されたビンにミルクと塩などをいれて力任せに振り回すだけの簡単な作業であったよ。それが正解なのかどうかはワシにはわからんが、食って美味ければそれが正解だと言われれば納得するしかあるまい」

 

「まぁ……高いカネ払ってもマズかったら意味ねぇワケだし、言ってることはアタシにもわかっけど」

 

「アッハッハッ! それで良いではないか! 美味い不味いの理屈を考えるのは料理人の領分だ、ワシらは出されたモノをまず食えばそれでいい。ホレ、せっかくの焼きたてが冷めたのではもったいないぞ」

 

 それもそうだとビスキュイは席に着いてフォークを手に取り、大きく切り分けられた貝柱の醤油焼きをひとつ突き刺して、まずは香りを確かめることにした。

 

(醤油の匂いに混じって、ほんのりと甘い……冬場にミルクを温めて飲んだときのヤツに近いような、そうでもないような。……よくわかんねぇし、とりあえず食ってみるか! こんだけイイ匂いしてんだ、さすがにマズいってこたぁねぇだろ)

 

 臆病でなければ冒険者は生き残れない。

 

 ダンジョンで全ロストして人生が終わるという意味で。

 

 が、ときには未知なるモノを恐れず進む勇気が求められるのもまた事実。そしていま目の前にある未知なる料理は恐れず口にしたところでマイナス的な現象が起きる確率は限りなくゼロに近い。

 槍イカ戦士の肉は何度も食べたことがある。醤油の味も幼い頃から慣れ親しんでいる。保存の利く堅焼きパンをミルクに浸して食べたことが無い冒険者などいないぐらいだ。

 

 

 つまり、知らない食材の匂いはしない。これは安全に食べることができる料理である。

 

 そう結論を出したところで、まずはひと口。

 

 

「──ッ! うわ、うっまッ! なんだコレッ!? 貝柱を醤油で焼いただけで……なんだコレッ!」

 

 味が濃い。醤油の香りをそれほど強く感じなかったことから、食事よりはおやつとして出されたぐらいのつもりで食べたが、予想に反してパンやライスのおかずとして食べられるぐらいにはしっかりと塩気がある。

 そこに貝柱と醤油の組み合わせでは決して感じることの無い、獣の白身肉に近い脂の旨味が足されている。恐らくはこれがバターの味なのか、口の中にしっかりと味が残るわりに肉の脂と比べて軽くて食べやすい。

 

 だが、それ以上に。

 

「これが、貝柱の味ってヤツなのか。かさ増しのための食材だし、どんな味付けしたって変わらねぇと思っていたが」

 

「我ら冒険者だけではない。料理の世界でもそれは常識なのだろう。ただ、タナカ殿にとってはそうではないというだけの話だ。いや、偉そうなことを言ってもワシとて驚いておるのだがな」

 

「いやぁ……。コイツはちょっと、アレだな。水属性のダンジョンを攻略するときとかによ、途中に落ちてる貝のモンスター全部拾いたくなっちまうかも」

 

「良いのではないか? 表層の貝系モンスターは倒しても経験値も魔石もあまり期待できんから放置している冒険者も多い。獲物の取り合いにはならんし、タナカ殿が求める食材ではあるから契約的には問題ない」

 

「だよな……食材集める仕事をさせるってんだからよ、食って美味いモン集めりゃいいんだもんな……」

 

 世界規模で見ればダンジョンで食材を集める冒険者は珍しくない。ただ、様々な大規模迷宮を抱えるグランマガザンでは冒険者の能力をレベルや戦闘力によって評価する風潮がかなり強いのだ。

 そのためレベルが低くても比較的簡単にこなせる食材集めの依頼を引き受ける冒険者は“まともにモンスターを倒して稼ぐだけの能力が無い未熟者”と見下されることが多い。

 

 

 故に、以前のビスキュイであれば食材集めになど興味すら示さなかったことだろう。

 

 だがいまの彼女はそうではない。ある意味、冒険者にとって財宝や名声よりも切り離せないモノ──好奇心を刺激されてしまったからだ。

 

 

 いままで大した価値など無いと思っていた貝柱でこれだけ美味しいモノが作れるのなら、レベルの高いモンスターの素材で同じような料理を作ったらどれだけ旨味が違うのだろうか? 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「貝柱のバター醤油焼き、お気に召したようでなによりです。と、いうワケでお次は本命の『海鮮パスタ・黒ソース炒め』になります」

 

 

「見た目は醤油で焼いた色みたいな……いや、違うな。なんつーか、もっとこう()()というか。それに醤油よりもいろんなモノが混ざったような匂いがする。あ、いや、別にイヤとかそういう意味じゃなくてよ? うん……美味そうな、匂いだ」

 

「良い鼻をしておる。さすがはハウンドテールだな。ワシには食って美味いということしか判別できん」

 

「私としては料理を楽しんでくれるなら別になんでもいいですけどね。なにか分析されて困るようなこと、なんてありませんし。逆に細かいことなんて気にせずガツガツ食べてもらっても構いませんよ」

 

「ワリィな。さっきの貝柱も美味かったし、アンタの料理を疑うワケじゃないんだが。……で、これがオッサンの背負ってた槍イカ戦士の肉を使ったパスタか。イカといやぁ塩や醤油で焼くか、スープの具材にするぐらいしか知らねぇが、どれ──」

 

 普段であればパスタなど、それも麺料理であれば乱雑にフォークで絡め取って口に放り込むところである。だが今日はそんな気分ではない、まずはこの『黒ソース』とやらで味付けされたイカの肉がどんな味なのか確かめてみなければならないからだ。

 

 口に含んだ瞬間に感じるのは強い塩味。だがすぐに野菜や果実らしき味が追いかけてきて、塩や醤油だけで味付けしたものほど鋭くは感じない。

 そこに微かな香りの刺激──ビスキュイの知る香辛料であるレッドペッパーとも違う、辛みは感じるものの口の中にヒリヒリとした熱っぽい広がりは残らない。

 

 これだけでも充分過ぎるほど美味い。この黒ソース、塗って焼くだけで大抵の食材はご馳走になるに違いない。これがランクがひとつ上の槍イカ兵士の肉だったらどれだけ──。

 

 いや、考え事はあとでいい。このパスタを前にして時間を無駄にするような馬鹿は冒険者に向いてない。戦いには攻めるタイミングがあるように、食べ物も熱いものは熱いうちに食べなければもったいないではないか。

 今度はいつものようにフォークで乱暴に麺と具材を絡め取る。イカの肉、貝柱、キャベツとニンジン。それらも含めていい具合にまとまったところで大きく口をあけて一気に頬張った。

 

(……こりゃ、すげぇや。イカも貝柱も腹が膨れやすい食い物ぐらいにしか思ってなかったけど、料理の仕方でこんなに変わるもんなのか。さっきの貝柱のときには感じなかった、正体がわからねぇコレがイカの味なんだろうな)

 

 それだけではない。このパスタもビスキュイの知るものとは作り方が違っている。これは麦の粉に塩と水を加えて練り上げ、乾燥させた保存食などではない。鮮度の良い小麦の香りにタマゴの匂いが混ざっている、いま食べるために作られたパスタだ。

 歯応えもいい。さすがにイカの肉や貝柱ほどではないが、噛んだときに歯で感じる弾力がなんとも“美味いものを食べている”という実感に繋がるのだ。そこにキャベツとニンジンのシャクシャクとした感触が加わることで、いくらでも何十皿でも食べ続けることができそうな気がしてくる。

 

 

 決定。アタシはこのタナカって男の下で働く。だってよ、このレベルの料理をいつでも食わせてくれるって言うんだぜ? 悩む必要なんてねぇだろどう考えてもよ。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「オッサン」

 

「なんだ?」

 

「朝起きたらパンにバター塗って食える生活があるって、それがタダなんだって言ってよ……信じるヤツいるかな?」

 

「こっちのトマトと挽肉のソースが入った『オムレツ』とかいうタマゴ焼きにも使われているがな。まぁ……ワシなら信じないなぁ」

 

「だよなぁ。あ、店長。パンのカゴ盛りおかわり。あとミルクも」

 

「はい、どうぞ」

 

 ドン、とビスキュイの目の前に置かれたのは色や形の違う様々なパンがまとめて盛られたカゴであった。食べなれたはずの黒麦パンですら格別に美味しく、それにたっぷりと好きなだけバターと果実の砂糖煮を乗せて食べることができる。

 冒険者としてダンジョンに潜りモンスターに殺されて素寒貧になって料理人に雇われて寝て起きたら貴族のような朝食が普通に用意されていた。正直まったく意味がわからないが、昨日の夜と同じように今夜もバター作りを手伝うべきということだけはビスキュイにも理解できた。

 

 

「ビスキュイさんの分の背負いカゴも用意しましたが、無理だけはしないよう気をつけてください。別にカゴや制服をロストしたとしても働く意志があるなら追い出したりはしませんが、砕けた自尊心だけはどうにもなりませんので」

 

「心配すんなって! そりゃ一回失敗してるけどよ? さすがに学習するよ、マジで目の前が真っ暗になるってヤツ体験したからな。ただ店長の料理でステータスも上がってるし、狩れるって確信した獲物は別に構わねぇだろ?」

 

「さすがに戦うな、とまでは言いませんよ。逃げてばかりではビスキュイさんもレベルが上がらないでしょうし、魔石がないと現金収入になりませんからね。ちなみにグリーンゼリーも立派な食材になりますので、その辺りから肩慣らしを始めてもらっても大丈夫ですよ?」

 

「……え? 店長それ本気で言ってんの? マジで? マジかぁ……あのブヨブヨ食えんのかぁ……」

 

 レベル1の冒険者は、まずグリーンゼリーを叩き潰すところから戦闘を覚えるべし。そう言われるぐらいには弱いモンスターであり、タナカの料理によるステータス強化が無くてもハウンドテールという種族そのものの身体能力で楽に倒せる相手である。

 手頃な敵ではあるが、さすがに食材にはならないだろうからもう少しわかりやすいモンスターを狩ろう。そう考えていたビスキュイであったが、いざ食べられると言われると迷いが生じる。あの全身プルプルの緑色の塊をタナカがどんな料理にするのかは気になるが、まさか作らせておいて気持ち悪いから食べたくないとは言えまい。

 

「大抵のモンスターは適した処理さえしてしまえば美味しく食べられます。色々と試しましたから。ですがまぁ、食べたくないものを無理して食べる必要はありませんよ。私は食わず嫌いもあっていいと思っていますので」

 

「料理人がソレ言っていいのか? あー、とりあえずアタシが食ってみたいと思えるヤツだけ集めてくることにするわ。慣れるまでは()()()()()()()で構わねぇんだろ?」

 

「もちろん。それではビスキュイさん、どうかお気をつけて」

 

「おうッ! 行ってくるぜッ!」

 

 

 

 

「待て。お前、まさか武器も持たずに迷宮に入るつもりか? いくら獣人とはいえ、さすがにそれは」

 

「なんだよ、素手だろうとレベル1のモンスターしか出ねぇようなダンジョンでなんか簡単に死なねぇよ」

 

「お前たちハウンドテールの身体能力でこの初心者向けダンジョンのモンスターに苦戦するとは思っていない。しかしだな、ろくに武器もないソロの冒険者を黙って送り出すワケには……」

 

「その武器を買うためにも地道に稼がなきゃいけねぇんだろうが。それにメシ屋でのアルバイトも同時にやってるからな、バカみてぇに無茶なんかしねぇさ」

 

 給料は出ないので結局モンスターとは積極的に戦う必要がある、とは言わない。

 

 冒険者なんて全員が自己責任でダンジョンに潜るんだからそれでいいだろうに……と、思いつつも。やはり駆け出し冒険者に紹介される迷宮のガードを任されているだけあって、お節介というか心配性な性格を評価されて配備されたのかもしれない。

 それを理解しているからこそビスキュイも無理やり通過するようなことは控え、できるだけ丁寧に問題ないと説明しているのだ。自分がレベル1の素手なのは事実であるし、真面目にこちらの身を案じてくれている相手に強気に出るような礼儀知らずでは料理屋の従業員など務まらないだろう。

 

「冒険でも依頼でもなく、店長から頼まれた仕事をこなしにいくだけさ。誰も彼もが冒険者ギルドに依頼を出せるほど金に余裕があるワケじゃねぇんだ、アンタに悪気がないのはわかるがこれ以上アタシを引き留めようってんなら……そうだな、アンタがアタシの代わりに食材の仕入れを引き受けてくれよ。それなら素直に引き返すぜ?」

 

「……はぁ。そこまで言われるとオレも反論できん。わかった、お前の事情も考えずに邪魔して悪かったな」

 

「別にいいさ。アンタみたいなのがいるからこそルーキーたちも成長できるってもんだろ。忠告を無視して痛い目を見るのも勉強のうち、ってな」

 

 

 ガードの説得を終えたビスキュイは、ようやく目的である地属性の洞窟系ダンジョンに侵入する。薄暗いのが難点だが、通路と小部屋の組み合わせで成り立つ洞窟系ダンジョンは警戒する方向が絞られるため不意打ちを防ぎやすい。

 駆け出しの冒険者でもパーティーさえ組めば死亡のリスクや不慮の事故に見舞われることが少なくて済むのが特徴だが、逆にソロで挑めば常に前後を同時に警戒する必要があるため集中力と精神力を大きく消耗することになる。それでも全方位からモンスターが襲ってくる平原や森林よりはマシなのだが。

 

(店長の料理でステータスは底上げされてるし、鼻も耳も調子も悪くねぇ。けど、食材を集めるのに夢中になっちまえば奇襲されても反応は遅れちまうだろう。なにかやる前に面倒でも常に周囲を警戒する、コレだな)

 

 ステータスの恩恵やスキルが無くても獣人系の人間は他の種族に比べて危険察知の基礎能力が高い。それでもビスキュイが慎重になっているのは、過去の失敗から──自分なら多少のトラブルなど余裕で対処できるという慢心から全てを失った経験が活かされているからだろう。

 レベル、装備、お金にアイテム。馴れ合いや他人に気を遣うのが面倒で冒険者ギルドを利用していなかった自己責任と言われればそれまでだが、積み重ねてきたモノが一瞬で全て失われたときの絶望感を思い出せばこうもなる。

 

「雑魚を相手にレベル3……いや、届きそうになっても食材カゴが満タンになったら帰ろう。どーせ帰り道でもモンスターとエンカウントするだろうし。グリーンゼリーの持ち帰りは……今度でいいかな。さすがにそこまでの勇気はアタシにもねぇや」

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「しいた剣士初段に、ドジッコウモリに、ころぶラディッシュに、1年岩ガメに……うん、おかしいな? アタシすっげー慎重に進んだハズなんだけど大量だな? 1匹ブッ倒すごとにかなり丁寧に周囲を警戒しながら探索してたつもりなんだけど。うぅ~ん、まだまだ意識の切り替えが足りてねぇのかなぁ……レベルも普通に3になっちまったし……」

 

 丁寧に戦えば消耗は抑えられる。

 

 余裕があれば探索範囲は広がる。

 

 探索範囲が広がれば稼ぎも増える。

 

 つまりはそういうことなのだが、レベル1の冒険者らしく欲張らず臆病であることを意識し過ぎているビスキュイには気付けない。

 次はもっと慎重に動こうと自身に言い聞かせ始めているが、索敵が丁寧であればそれに応じて獲物となるモンスターの気配を察知できるようになるワケで──おそらくこの堂々巡りは本人が充分に強くなったと自覚するその日まで続くことになるだろう。

 

「ま、いいや。今日の探索は終わったんだし、ラッキーと思って素直に帰ろ。岩ガメの肉とか煮ても焼いても土の臭いがなかなか消えねぇが、スキル持ちの店長ならイイ感じに美味い料理にしてくれんだろ。さぁて」

 

 

 

 

「あの、スミマセン。ちょっといいですか?」

 

 

 

 

「あん? 子どもがアタシになんの用で──いや。アンタ、スノウヘアか。ワリィ、耳が見えてなかったわ」

 

「あはは、慣れてるんで大丈夫です。それに、貴女がわざと言ったワケじゃないことぐらいわかりますから」

 

 頭の上にピョコンと伸びるウサギのような耳と、成人しても筋肉が膨らまず細身であり身長も低いままであること。それが北方デセール公国を故郷とするスノウヘアという種族の特徴である。

 それ故に、意図的に子ども扱いして笑い者にするようなことが起きることもビスキュイは知っていた。そういう手合いを不快に思っていたからこそすぐに頭を下げて謝罪をしたのだが、相手側のスノウヘアの少年(?)はどうやら悪意が無いことを察してくれたらしい。

 

「それで、アタシになんの用事だい? 急ぎの用事はないが食材を店に運んでる最中だからよ、遠くまでの道案内とかはできねぇぜ」

 

「えっとですね、この辺りに冒険者ギルドに所属していなくても安く泊まれる親切な宿があると教えてもらったんですけど、どうにも見つけられなくて困っていたんです。その、もし心当たりとかあれば……」

 

「宿、宿ねぇ……?」

 

 中央通りに近い位置で聞かれていれば答えようもあった。ギルド未所属の冒険者でも泊まれる安い宿(ただし店員の愛想と部屋の質もそれ相応)はビスキュイも利用していたからだ。

 しかし現在地は店長タナカの待つ仮店舗へと向かう裏道、それもこの先はギルド運営本部が管理する空き家や空き地ばかりで宿泊施設どころか人の気配すら乏しい区域である。

 

「アタシもつい最近この辺りを通るようになったばかりだけどよ、そういう店があるような場所じゃねぇぜココは。アンタ、グランマガザンに来たばかりかもしれねぇけど、それでもなんとなくわかるだろ?」

 

「それは……少し、その。で、でも! もしかしたら隠れ家的な感じで営業しているお店とか、儲けが少ない分を土地の安いところを選んで補っているとか、そういう宿屋さんもあるかもしれないですし……」

 

「ある、かなぁ……。つーか、そもそも店の名前とかは?」

 

「こっちに行けば簡単にわかるとしか」

 

「うーん……。一応、ウチの店も寝泊まりする場所はあるし、風呂もメシも用意できるけど、まだ開店してねぇんだよなぁ」

 

「え? お姉さんも宿屋とかで働いてる人で──あ、もしかして背中のカゴはお店で使う食材とかでしょうか?」

 

「おぅ。ついさっき仕入れてきたばっかの新鮮なヤツさ。コイツでウチの店長が美味いメシを作ってくれるって寸法なんだが……あ~、アンタ。せっかくだしウチの店に来るか? ぼちぼち暗くなるだろうし、名前も知らねぇあるかもわからねぇ宿を探すよりはそのほうがいいだろ」

 

「いや、その、そうしてくださるのは僕としても助かりますが、でもさっき開店はまだしてないって」

 

「ウチの店長ならたぶんダメとは言わねぇだろうから安心しな。その代わり、ダンジョンでの食材集めを手伝えとかは言われるかもしれねぇが」

 

「それぐらいならお安いご用ですよ! 僕たちはもともと迷宮に挑むためにグランマガザンまでやってきたんですから!」

 

「なるほど。それならむしろ丁度イイぐらいの──僕()()?」

 

「……向こうの、ボロボロの小屋の玄関のところで斧を抱えてバクスイしてる警戒心ゼロのアホがいますよね? アレ僕の妹です」

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「ウソでしょうね。絶対とは言わないけど、十中八九からかわれただけだと思いますよ。この辺りにお店が無いことは、店舗を譲り受けるときにギルド運営本部から説明されていますから」

 

「「え゛」」

 

「アッハッハ! どうやら無事洗礼を受けたようだな! ダンジョンには人間に擬態して襲ってくるモンスターもいるからな、見るからに迷宮慣れしていない新顔には“疑うこと”を教えてやるのも先人の務めというものだ。まぁ、中には純粋な悪意で人を騙すどうしようもないヤツもいるが」

 

「あー、そういう。アタシも道具屋でやられたっけ。ソロの冒険者用の値段だって言われて回復ポーションを倍の値段で買わされそうになってよ。渋々金を払おうとしたら店主から忠告されたわ」

 

 親切にしてもらったと思っていたら騙されていた、しかし詳しく話を聞けば自分たちが冒険者として油断しないようにと忠告の意味での嘘だった。

 なんとも言えない表情で肩を落とすスノウヘアの兄妹。部屋を用意してもらい、風呂を済ませ、これから夕食をごちそうしてもらえるとウキウキしてきたところに現実を教えられたのだ、気持ちはわかると言わんばかりにヒシオもビスキュイも苦笑いを浮かべている。

 

「ま、取り返しのつく失敗は良い経験になると思って割り切るしかないでしょう。あとショックを受けているからといって宿泊の条件は安くなりませんからね? サービスは明日の朝食まで、それ以降も引き続き利用なさるなら代金としてモンスターの素材を集めてもらいます」

 

「任せてください! どんなモンスターだってわたしの斧で粉砕してみせます!」

 

「グラース、粉砕しちゃったら料理に使えなくなっちゃうよ……」

 

「大丈夫ですよソルベ兄さん! 挽き肉だって立派な食材だし、むしろ持ち運びが楽になるじゃないですか!」

 

「そういう問題じゃないだろぉ……。なんでお前はスノウヘアなのにそんな力押しに全力なんだよぉ……」

 

(恩恵を筋力に注ぎ込んで、あとで物理に強いモンスター相手に苦労するタイプだな)

 

(武器ばっかに金使いすぎて、防具を買うための金が足りなくなって困るヤツだな)

 

(脳筋妹キャラか。お兄ちゃんが妹ちゃんの起こしたトラブルに巻き込まれるパターンだな)

 

 神とは筋肉そのもの。力こそパワー。モンスターを倒せなければ冒険者は商売にならないのは紛れもない真実であり、攻撃力に特化した者がひとりパーティーにいるだけで安定感は大きく増すのは常識である。

 

 

「その辺りの加減はお二人にお任せしましょう。挽き肉も使い道はたくさんありますし、食材さえしっかり持ち帰ってもらえるなら冒険者の流儀に口出しはしません。それでは私は夕食の準備をしますので、その間にヒシオさんとビスキュイさんから迷宮都市グランマガザンがどういう場所なのかしっかりと教わっておいてください」

 

「「はいッ!!」」

 

「さて、なにから話したものかなぁ」

 

「メシ屋と宿屋の情報はいらねぇだろ。となりゃあ……やっぱ魔法道具屋とかじゃねぇの?」

 

「それってアレですよね? 理力や精神が足りなくても魔法スキルが発動する使い捨ての──」

 

「その通りだ。ワシのオススメは裏通りでダークエルフの青年が営業している店があってだな──」

 

 

 基本的な知識はあっても経験が無い。そんな初心者ふたりにとって、経験者ふたりの話は聞いてるだけでも楽しいのかもしれない。あれこれと質問を繰り返しアドバイスを受けているうちに時間はどんどん進み。

 

 

 

 

「お待たせしました。海の幸と野菜のトマトスープです」

 

 

 

 

「──ッ!?!? 美味しいッ! すごく美味しいですッ! ソルベ兄さん、コレ村でいつも食べてたトマトスープとはぜんぜん別物ですよッ!!」

 

「うわぁ……ッ! スープひとつでもこんなに違いがあるなんて……ッ! やっぱり世界最大の迷宮都市はすごいんだなぁ……ッ!!」

 

「む、これは……ライスよりもパンを浸して食いたい味だな。タナカ殿、パンをカゴ盛りで頼む」

 

「はい、どうぞ」

 

「どれ、アタシも……ん~、わかっちゃいたが普通のトマトスープとは比べもんになんねぇわ……」

 

 イカの肉も貝柱も弾力はあるが固すぎない、ギュッと心地好い感触と同時にみじん切りにされた野菜たちの旨味と甘味がジワリと染み出てくる。

 

 そしてなによりも驚きなのが、1年岩ガメの肉から洞窟特有の湿ったような土の臭いがまったくしないことだ。

 ほかの店のように調味料で誤魔化したのではない、これが創意工夫によるものなのか料理のギフトスキルによるものなのかはわからないが──食べて、美味い。その事実だけは揺るがない。

 

 イカのような弾力は無い。柔らかい、なにか……とろけるような食感。完熟した果実を想像するが、肉の味らしい重みが舌の上に残る分こちらのほうが食事としての満足感は高い。優しい甘味としっかりした塩味のバランスがとれたトマトスープとの相性はもちろん最高である。

 

 

「えぇッ!? パンもスープもおかわりしていいんですかッ!? ソルベ兄さんッ!! 迷宮都市は想像よりずっとずっとすごいところですねッ!!」

 

「明日の朝食までね。そこから先はキミたちの頑張り次第かな。小麦粉ならフラウアボム系を狩れるぐらい強くなってくれると助かるんだけど、もちろん無理は禁物だよ」

 

「フラウアボム……レベル5、いや6ぐらいあれば僕とグラースのふたりなら充分倒せるな……ッ! ハイッ! 頑張って強くなりますッ!!」

 

 

(ありゃしばらくどころか開店したあともこの店に残ることになりそうだな? ま、アタシも人のこと言えねぇけど。それにしても岩ガメの肉マジで美味ぇな。今度は水属性のダンジョンでコーラルタートルでも……いや、10レベルの壁を越えねぇうちは無理だな)

 

 小麦粉の仕入れをスノウヘアの兄妹が頑張ってくれるようになれば、自分は肉として食べることができるモンスターを狩ることに専念できるかもしれない。味噌や醤油の材料となる豆、それとライスを炊くための米はヒシオが意地でもかき集めてくるだろう。

 人が集まり、それぞれのレベルが上がり強くなればタナカの作る料理のメニューも豊富になる。そうすればギフトスキルの恩恵を様々な形で得られるようになり、ダンジョン攻略もソロで活動していたときよりもずっと捗るに違いない。

 

 冒険者ギルドではないが……仲間と協力するというのも悪くない。そんなことを思いながらビスキュイは白麦パンに手を伸ばした。




頭の中のネタのざわめきが落ち着くまで、いましばらくお付き合い下さい。
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