エルフという種族がいる。
横に長い耳が特徴で、筋力や頑強などの恩恵の効果が低い代わりに理力や精神の恩恵の効果が高い魔法スキルを得意とする種族である。
理力に優れ肌がやや黒っぽいエルフを『ダークエルフ』と、そして精神に優れ肌がやや白っぽいエルフを『ライトエルフ』と言い、お互いをライバル視して──などということもなくそれぞれ得意分野の違いを理解し支え合って生活している。
しかしそれは故郷を離れ様々な種族と共に生きるエルフたちに限ったことであり、王族やら貴族やらといった大層な肩書きを持つ者たちは自分たちこそが正当なるエルフであると主張して憚らない。
もっとも、上流階級と平民とで意識がガッツリすれ違いを起こしているなどということはエルフに限った話ではない。偉い人たちは肌の色やら角の形やらで優劣を競いたがるほど生活に余裕があって羨ましい、といった愚痴はあらゆる種族の庶民にとっては娯楽のひとつであると言えるだろう。
さて、そんな特権意識とは縁を切り故郷から旅立つエルフたちであるが、ここ迷宮都市グランマガザンで活動する冒険者の中にもそんなエルフたちは大勢いる。
魔術使いとしてパーティーを組みダンジョン攻略に同行するのはもちろん、その知識を活かして魔法スキルの効果を持つ道具を作ることで探索に貢献する者も多い。ある程度の規模まで成長した冒険者ギルドでは、ダンジョンには潜らずマジックアイテム作りを専門とするエルフを抱えているところもあるぐらいだ。
それ以外にも、個人で商人ギルドから許可証を発行してもらい個人で製造と販売を行っているエルフもいる。個人らしくなるべくお金を節約しながら商売を始めるとなれば、当然店舗として利用できる建物の立地条件は高望みできないが……利用する冒険者側も心得たもので、少しぐらい不便な場所にあろうとも自分の戦闘スタイルにあったマジックアイテムを求め、裏通りの片隅まで新しい店が無いかウロウロしている姿は珍しくない。
ただ。
個人で魔法道具屋を営むエルフというのは、表向きは真っ当でも裏では問題を抱えていることが多いのだ。主に、生活能力という意味で。
◇◆◇◆
「いやぁ、助かりました。食事の用意をしなければと、適当に戸棚に残っていたモノを鍋に入れて煮込んでいたんですがね、寝惚けながら用意したせいか火炎ポーションの材料まで入れてしまいまして……」
「それでお店が火事になっちゃったんですか? ヒシオさんのオススメの魔法道具屋さんだからって連れていって貰ったら黒い煙が立ち上ってて……ビックリしましたよ」
「いや、その……。煮込むだけなら問題ないんだよ。そうじゃなくてね? 鍋を火にかけたまま魔法道具作りを始めたら、作業に集中し過ぎちゃって……」
「水分がすっかり無くなり、焦げ付いた拍子に燃え上がった……と。偶然ワシとソルベが立ち寄らねば工房に延焼しても気づかずに、そのまま蒸し焼きになっていたのではないか?」
「いやいやヒシオさん。いくら作業に集中してるからって、火事に気がつかないなんてことはさすがにないでしょう。そりゃ、エルフが集中力に優れた種族なのは知ってますけど、さすがに火事ですよ? いくらなんでも」
「ワシらが作業場に飛び込んだときの、こやつの反応を忘れたか?」
「……あぁ。いえ、はい」
「いやぁ、ははは。鍋のこと、頭からキレイさっぱり消えていたみたいでして。おふたりに『火事だッ!』と言われても火の気なんて心当たりがなかったものですから。いや、本当に助かりましたよ。こうして食事の世話までしてもらって、どれだけ感謝しても足りないぐらいです」
蒸し焼きとは比喩でもなければ冗談でもない。ヒシオとソルベによりアトリエから担ぎ出されるまで、このダークエルフの青年・クレッテは自分の家と店舗が燃えていることに気がついていなかった。
命こそ助かったものの、訳もわからず連れ出されたということはすなわち“なにも持ち出す暇が無かった”ということでもある。生活費も衣類も商売道具もなにもかも、全てが燃えた瓦礫の下敷きになっていることだろう。
ちなみに商人ギルドでは
なので借金を背負うようなことにはなっていないが……状態で言えばダンジョンで死亡し全部ロストしたソロ冒険者と同じようなものであり、となればヒシオとソルベとしてはそのまま見捨てるワケにもいかず。
「お待たせしました。白シチューのチーズ焼きです。中にご飯が入っていますので、食べ応えは保証します。白シチューだけならおかわりもたくさんありますので、パンと一緒に遠慮なく注文してください」
「白シチュー? ……なるほど、この香り。塩と水だけじゃなくて、ミルクと……このスプーンに溜まる粘り気は小麦粉が混ざってるのかな。それで白いシチューか、実に面白い発想だ。しかし表面を覆うほどのチーズとはなんとも贅沢な食べ方ですね」
バターがお菓子作りの高級食材であれば、チーズは食事作りの高級食材である。そしてバターがそれぞれに
商人ギルドが製法を独占しているという意味では、ある意味バターよりもレアリティの高い食べ物かもしれない。ただ値段そのものは嗜好品であるお菓子ほどではなく、ほかの食材に比べれば高価というだけである。
チーズそのものやチーズを使った料理を好きなときに食べられるようになれば駆け出し冒険者を卒業と言われる程度であり、庶民もたまの贅沢にチーズ料理を食べるぐらいには普及している食材であった。
「チーズは値段のわりに腹が膨れんからなぁ。ダンジョン攻略中の携帯食としては悪くないのだが」
「うわぁ、伸びる……本当にチーズがタップリと乗ってるし、美味しそうな匂いだし、ミルクを使ったシチューなんて初めてだし……ッ!」
「タマネギ、ニンジン、お肉は脂の匂いがそれほど感じないから鳥系のモンスターかな……しかし中にライスを入れる意味はいったい……普通にお皿に盛るのではダメな理由が……」
「おい、お主ら。せっかくタナカ殿がアツアツに仕上げてくれた料理だぞ? 感動するのも分析するのも結構だがな、熱いモノは熱いうちに食べるのが作ってくれた者への礼儀だろう」
「ハッ!? そ、そうですよねッ!!」
「いやぁ、申し訳ない。まともな食事そのものが久しぶりで、それで珍しい料理が出てきたものだからつい」
クラフト畑の人間として興味は尽きないが、ヒシオの言うことはもっともである。ご馳走になる側でありながら口も付けずに観察するばかりでは礼儀知らずの恩知らずと言われても仕方ないことぐらいはクレッテに想像できた。
まずはひと口──と、いきたいところなのだが、やはり気になるものは気になるのだ。無造作にパクリと食べたい気持ちは強いが、まずはこの“白いシチュー”を単体で味わってみるべきだろう。
表面の麦畑のように広がる香ばしいチーズの膜を惜しみつつ押し退け、白シチューを掬い上げて口に含む。
(見た目とは違い、味が濃いな。普通のシチューよりも塩味の輪郭がハッキリしているが、舌に刺さるような感覚は無い。これはどういう──そうか! そのための小麦粉か! 粘り気が強いぶん、口の中に味が残るから濃く感じるんだな! うん、うん……! ライスやパンを食べさせるために塩辛いだけのシチューとは違って、野菜の美味しさもちゃんとわかる)
冒険者向けの食事は塩味が強い。運動量が一般人とは桁違いであり、身体が味付けの濃い料理を求めているのだ。それはクレッテも十分理解しているのだが、ダンジョン探索よりも工房でアイテム作りをメインとする彼には味が濃い……というよりも塩味が強すぎて舌が痛くなるときがある。
だからと言って一般人をターゲットにした料理屋の食事を注文してみれば、今度は味が薄くて物足りない。アイテム作りだけに専念していれば違ったのかもしれないが、個人で魔法道具屋を営むクレッテには必要な材料全てを集めてくれるよう冒険者ギルドに依頼できるほどの資金は無いのだ。アイテム作りの素材を自分で集めるクレッテの舌は、やはり一般人よりはそれなりに濃い味を求めてしまう。
半分商人、半分冒険者。自分にとって丁度良い味付けの料理とはなかなか巡り会えずにいたクレッテにとって、しっかりと旨味を濃く感じながらも柔らかい味わいの白いシチューは絶品としか言い表しようがなかった。
(次は具材と一緒に……タマネギに歯応え? 煮込みが足りない、という雰囲気ではないな。これもなにか工夫がしてあるのだろうか。ニンジンは……ボクの知るスープの物と大きく違わないが、噛んだときに甘味を感じるのは塩加減によるものかな? ──しかし、タマネギやニンジンよりも)
スプーンの上にちょこんと乗せた鳥系モンスターの肉に鼻を近づけて匂いを確かめる。
クレッテに料理の心得は無い。が、モンスターの体液や乾燥させた内蔵などは軟膏、粉薬、ポーションと様々な使い道があり、特に攻撃に使うポーションはクレッテも調合するので“モンスターの肉の臭い”というものはよく知っている。
基本的にモンスターは心臓の代わりに魔石が核となり血液が流れていないが、その肉には肥育されている家畜のものと同じような臭みがあるのだ。そういうモノであると思って食べれば気にならない程度であり、少しでも臭いを消すためにしっかり焼いてじっくり煮込んで濃い目の味付けをするのが当たり前である。
だが、この白シチューとやらに使われている鳥肉からはそうしたイヤな臭いは全くと言っていいほど感じない。
(はむッ……う~ん、柔らかい。だけど弾力は損なわれていないからお腹にしっかりたまる満足感はそのままに──いや、美味しいという点でこの料理の鳥肉が圧倒的に上だね。しかしこのシチューの塩味とは違う、舌先に微かに痺れるのはもしかして香辛料の『コショウ』なのかな? 薬ではなく肉の臭みを取るために使う、そういうのもあるのか……)
改めて、白シチュー。見事な完成度である。これとパンがあれば食事として充分すぎるほどであり、もしかしたら貴族の集まりでも通用するかもしれない……そんなことを考えてしまうほどに美味しい。
だがクレッテに供されたのは白シチューではなく、ライス入りのチーズ焼きである。ならばそれぞれの要素と食い合わせがどのようなものか確かめなければ好奇心も腹のムシもおさまらない。
サクサクとチーズの蓋をスプーンで崩して白シチューと一緒に食べる。ミルクとミルクの加工品、味がぶつかってしまうのではと心配していたが食べてみれば相性は抜群である。
そして説明を受けたときから気になっていた、皿の底に沈んでいたライスの意味がここでようやく判明する。白シチューとチーズ、確かに一緒に食べると美味しいのだが塩味が重なって舌への刺激が強まってしまう。それがライスを同時に食べることで絶妙なバランスへと変化したのだ。
(そして、この一体感は別々に食べたのでは得られない効果なのだろう。白シチューの味がライスとよく馴染んでいる。スープにパスタの塊や保存用のカチカチのパンを入れて煮立てる料理があったけれど……アレと比べるのはこの料理に対して失礼かもしれないな)
◇◆◇◆
「さて、それでは料理の代金ですが──」
「あの……クレッテさんのお家は火事で燃えてしまって、お金とか、仕事に使う道具とかも無くなっちゃってるんですけど……」
「そうだね、大変だよね。でもそれはクレッテさんの不注意によるものだし、私には関係ないことだよ。それに、私は施しの料理は作らないと決めているんだ。誰彼にはタダで食べさせたのに、自分にはなんで食わせてくれないんだ~って騒がれると面倒だし」
「あり得るだろうなぁ。善意による行いは尊いものではあるが、それは相手側にも良心があって初めて成り立つものだ」
「それは、そうかもしれませんが」
「心配してくれてありがとうソルベ君。でもタナカさんの言うことは間違いなく正論なんだよ。マジックアイテムの販売も似たようなものでね……困っている新人の冒険者に良かれと思って無料で提供したりすると、それはもう大変なことになるんだ。宣伝目的なら話は別なんだけど」
「ご理解頂けているようでなによりです。とは言え、クレッテさんの都合や得意分野を無視して無茶な仕事を頼んだりはしません。それでは意味がありませんから。実はですね──」
「これは……ッ!? タナカさん、本当にこの工房をボクが使ってもいいんですかッ!?」
「はい、もちろん」
料理屋(仮)の店主であるタナカに案内されたのは、店舗の裏手にある魔法道具を作るための工房であった。
何故、料理屋の裏手にこんなものが……と思いもしたが、ここが以前冒険者ギルドとして利用されていたという説明を聞いてクレッテはすぐに納得した。
どの道具も使えるようになるまでは数日かけてメンテナンスが必要だが、それぞれの質そのものはかなり高い。それこそ火事で失ってしまった自前の道具よりは数ランク上の品々であり、これが冒険者ギルド付きの待遇なら必死になって地位にしがみつく気持ちもよくわかる。
「維持管理は時間も人手も知識もお金も必要です。しかし面倒だからと放置すればあっという間に空間ごと劣化してしまい、それは厨房や宿泊施設まで簡単に広がることになるでしょう」
「そうですね、工房は稼働しなければすぐに老朽化して死んでしまうことになります。あぁ、それでダンジョンに食材を獲りに行く従業員のための魔法道具作りですか」
「そういうことです。協力していただける間は宿泊施設と蒸し風呂、それと朝食と夕食を対価として提供させていただきます。もちろんほかの冒険者を相手に販売するのはクレッテさんの自由ですから口出しはしません。でないと、現金収入になりませんからね。それで──ご返答のほどは?」
タナカに問い掛けられたクレッテは静かに眼を閉じて数秒ほど沈黙し。
「よろしく、お世話になります……ッ!!」
両膝を、手の平を、そして額を地面に惜し気もなく投げ出して──つまり、それは手本として彫刻に残せるほどの素晴らしい土下座であった。
「切実なんでしょうけど僕の中でエルフのイメージがぁ……ッ! もっとこう、エルフって天才肌というか、なんでもスマートにこなせる種族だと思ってたのに……ッ!」
「ソルベ、残念だがそれは外向きの取り繕った姿だ。ライトエルフもダークエルフも興味の無いこと、というか生活能力は悲惨な連中が多い。パーティーを組むときも、食事当番をエルフに任せるのは手の込んだ自殺と言われるぐらいにな。正直、エルフの国がどうやって成立しているのか不思議なぐらいだ」
「き、聞きたくなかった……ッ!!」
◇◆◇◆
この日ひとりのスノウヘアの青年が抱いていたエルフ幻想が粉々に砕け散ることになったが、それはそれとして火事によりほぼ全てを失ったクレッテは無事に再起の道を歩み始めた。
当面は道具のメンテナンス、問題なく使えるようになれば従業員向けの魔法道具の作成。現金収入のための外での販売については店舗の確保が必要だが、それは露天販売でも補える。
従業員が持ち帰ってきた素材については料理が優先だが、開店して尚且つ適度にお客さんが来るようになるまでは気にせず欲しい素材は要求して構わない。
「となれば……唯一の懸念材料は魔石の確保ですね。ま、これに関してはほかの従業員のみなさんと相談するよりも、直接ダンジョンに狩りに行ったほうが無駄がなくて楽でしょう。あとは、どういった道具を作るのかですが……それがある意味一番の問題ですねぇ」
普通の冒険者ギルド付きの工房であれば迷う必要はほとんど無くて済んだことだろう。モンスターを倒す、ただそれだけを考えればよかったのだから。
だがクレッテの雇い主はあくまで料理人。モンスターは素材であり食材なのだ、ほかの冒険者たちのように魔石だけ回収して終わりとはならないワケで。
「雷撃の杖あたりはそのままでも──いや、これも実験して変化を確認しなければダメだな。ヒシオさんビスキュイさんソルベ君グラース君の4人全員が物理アタッカーだし、属性効果による影響で食材としてどれぐらい変質してしまうのか不明のままでは調理したときに──」
火炎ポーションで燃やしたり、炎撃の杖で火球をぶつけたりすれば肉質は加熱した物と同じような変化が起きるだろう。
通常のダンジョン攻略であれば気にするようなことではない。しかし料理するための食材として考えるのであれば、出鱈目に火が通ってしまった肉類の保存性や味への影響を無視するワケにはいかない。
ならば氷はどうか? 風だったら? 雷ではどうなる? 毒や麻痺の効果を発揮するポーションを使って倒した場合は食用として使えるのか? 相手のステータスを下げたら食感や味まで劣化してしまう可能性は?
1度こうして考え出すと止まらない。自由に、自分の好きなようにマジックアイテムを作製する生活も悪くなかったが……こうして明確な課題があり、実験を繰り返してデータを集めなければならない状況は知的好奇心が大いに刺激される。
しかも試作品の効果を確かめるにあたって協力者の心配はする必要がなく、最大の懸念材料である生活面での問題は考えるまでもなくタナカが解決してくれる。あまりにも食事を疎かにするようであれば工房で餓死するまで放置するとニコニコと微笑みながら言われたので、そこだけは絶対に気をつけなければならないが。アレは冗談などではない、本気で言っている。
「そうですね、まずはメンテナンスが必要なのはそれとして簡単な作業で新しい道具に慣れるところから始めましょうか。とりあえず朝食と夕食の時間帯を知らせてくれるアイテム作りが最優先ですかねぇ~?」
◇◆◇◆
数日後。
「白いお皿が普通に倒して普通に持ち帰ってきてもらったハネ跳びサーモン、そして赤い縁取りのお皿が氷撃の杖による凍結効果で倒し、氷漬けのまま持ち帰ってきてもらったハネ跳びサーモンです。味付けはどちらも果実油と塩だけになってます」
「わぁ……♪ 切り方と並べ方が違うだけで、お刺身ってこんなに綺麗に見えるんですね! なんだがお花みたいで可愛いですッ!」
「ふーん。刺し身なんてのは1枚がデカけりゃデカいほどイイもの、みたいなのが普通だと思ってたが……長方形に揃って並んでるほうが食いやすそうだな。当たり前のことだけどよ」
クレッテが最初に改良に取り掛かったのは氷の刃を飛ばしてモンスターを攻撃する氷撃の杖である。食材の中でも特に肉類や魚類は冷暗所で保管したほうが日持ちするのは常識であり、魔石で稼働する保冷庫を参考にして氷の実体化に関する術式を書き直したのだ。
刃を形成して飛ばすのではなく、魔力の塊を飛ばし命中したモンスターの表面を氷で覆うようにしてダメージを与えて倒す。これなら氷の魔法スキルがなくても新鮮な食材を持ち帰ることができるだろう。背負いカゴ全体が冷えて背中だけ風邪をひきそうだと言われてしまったが。
「匂いは……普通だな。良い意味でだが。少なくとも凍結させたことによる影響は悪い方向には働いておらんようだなぁ。どれ、さっそく一切れ……おぉ」
「あむ……あ、すごい。違うコレ。僕の知ってるサーモンとはかなり違いますよ。故郷で食べたときはもっとこう、噛んだときにネチネチするというか……。このサーモンみたいにサクッと気持ちよく噛みきれませんでした」
「いきなり凍結させたほうから食べたら検証の意味が……いやまぁ、ボクも普通のサーモンの味は想像できるので気持ちはわかりますけど……」
通常のモノから順番に食べ比べて欲しかった、と言いつつクレッテも凍結させて運搬したハネ跳びサーモンの刺し身をひとつ摘まんで食べてみる。
ダンジョンで得られる魚肉としてはありふれた食材であり、塩を馴染ませて水分と一緒に臭みを抜いた刺し身は何度も食べたことがある。
それが果実油を足すだけでここまで美味しく変化するとは──いやいや、分析すべき事象はそこではない。それは料理人であるタナカの創意工夫であって凍結による変質とは関係ない。
改めて、モグモグと刺し身の味を丁寧に確かめる。なるほどソルベの言うとおり、噛んだときにサクサクと切れる食感はいままで食べていたハネ跳びサーモンの肉では感じたことがない。
「水属性の迷宮が存在しない、あるいはダンジョンの入り口そのものが存在しない地域へ輸送するのならばともかく……輸送どころかお店を出て狩りを済ませ帰ってくるまで含めて半日とかかっていないのに差がでてしまうのか……モンスター由来の食材は日持ちするのが利点のひとつ……いや、日持ちと味の劣化は別ということか……?」
「クレッテさんの研究に関係あるかはわかりませんが……大抵の保存食は変質を抑えるために極端に味付けを濃くしたり、あるいは水分を徹底的に抜いたりします。仮にモンスターも同じような理屈で長期保存が可能なのだとすれば、もしかしたらHPをゼロにした瞬間から急速に劣化が始まっているのかもしれませんね」
「倒した瞬間から……? なるほど、一般的な食材を保存用に加工するときと似たような変化が起きてしまったものを普段食べていて、今回は凍結効果により変質そのものが起きていない、あるいは最小限に抑えられて──タナカさんッ! それに皆さんッ! ご協力ありがとうございましたッ! でもほかの属性では食材にどんな変化が起きるのかを試したいので引き続きご協力をお願いしますッ!」
「てぇと、とりあえず肉とかを中心に集めてくりゃいいのか? あー、でも違いを比べるってんなら、またハネ跳びサーモン狩ってくるほうがいいよな」
「どうしましょうソルベ兄さんッ!? 私たちのレベルじゃあ安定して狩ることはできませんよッ!?」
「別に普通にいつも通り食材を集めればいいと思うよぉ? クレッテさんの実験だけじゃなくて、僕たちの食べるぶんも集めないといけないんだからさぁ」
「ではワシは山岳系のダンジョンに岩塩でも拾いに行くとするか。試食をするにしても味無しでは盛り上がらんだろうし、タナカ殿にソースを作ってもらっては違いを確かめるどころではなくなるからなぁ」
「私としては、むしろソースとの相性の変化を知りたいところなんですけどね。まぁ、やる気に溢れているのは良いことです。食材の品質が高まれば料理の効果も強くなるかもしれませんし。ただ、さっそく工房へ走って行ってしまったのが少し気になるところですかね」
「うん? 何故だ? 食材集めに適した魔法道具の開発は、タナカ殿とて望むところであろう?」
「いや、生活能力が欠落した仕事人間がやりがいのある目標を見つけてしまったのがちょっと。一応、忠告はしたワケですが……」
「あぁ……それについてはなぁ。ま、皆でこまめに工房を覗きに行くしかあるまいよ」
「店長もオッサンも、そんな心配しなくても大丈夫だろ。どうせ毎日マジックアイテムを受け取るために工房に行かなきゃいけねぇ──ってよりアレだ、向こうのほうからコレ使ってくれ~って来るんじゃね?」
「だとしても! ベッドで寝るのはもちろんですが、お風呂だってちゃんと毎日使ってもらわないとダメですよ! ここはお料理屋さんなんですから、汚れたまま歩き回っちゃダメに決まってます!」
「だからと言って、気絶させて無理やり蒸し風呂に押し込もうなんて考えないでよ? ──いやそこで意外そうな顔するなよぉッ!! 当たり前だろぉッ!!」
◇◆◇◆
さらに数日後。
「やぁソルベ君、おはようッ! 早速だがこれを見てほしい、これはアイストーネードのスペルカードを改造したもので氷の刃を周囲に展開して攻撃するのではなく冷気そのものを高濃度で発生させることにより包囲してきたモンスターをまとめて倒すついでに冷凍保存できてしまうという画期的なスペルカードなんだけど気になる問題がひとつだけあって使用者も冷気に巻き込まれてしまう可能性が高いからどれくらいダメージを受けるのかもついでに確かめてほしい──」
「長ッ! 説明が長過ぎますよクレッテさんッ! あと自分もダメージ受けるかもって、そんなの危なくて使えませんからッ! その場を切り抜けられても帰り道でやられちゃうじゃないですかッ!」
「おや、お気に召さなかったかな? それならこっちはどうだろうか! これは毒霧の杖を改造したもので防御力の高い鱗や皮膚や毛皮が厄介なモンスターをより短時間で確実に瀕死に追い込めるよう毒の効果を高めて剥き出しになっている部分や眼球や鼻腔などの粘膜をドロドロに爛れさせることで瀕死に追い込めるハズなんだけどもしかしたら毒が強力過ぎて触れただけでグローブが腐食してしまったりそもそも食材として利用できるかも怪しいんだがそれを確かめるのも次の研究に必要なことで──」
「だからァッ! 説明が長いし喋ってる内容が物騒過ぎるんですってばッ! そりゃあ、毒を使って倒したモンスターが食材に使えるのか確かめるのは大事なことかもしれませんけど……グローブまで腐っちゃうような毒じゃ持ち帰れませんよッ!」
「そうかい? それならこっちの──」
そこには輝かんばかりの笑顔でマジックアイテム作りに励むダークエルフの青年がいた。ついでに疲れた表情のスノウヘアの青年もセットで。
まだまだつづく~よ。