「ヘッヘッへ……待ちな、スノウヘアのお嬢ちゃん。この先の森林迷宮はソロで潜るには厳しい場所だぜ? 冒険者ギルドか、そうでなければ広場かどこかでパーティーを組んでくれる仲間を探してから出直すんだなァ?」
「むぅッ! 私はこれでもレベル10の壁は越えていますし、マジックアイテムだってちゃんと準備してきたんですよ! 愛用の鉄の斧だってピカピカに手入れをしてありますし、直感でなんかヤバそうと感じたら脇目も降らずに逃げるので問題ありませんッ! 死んで全部ロストとかしたくありませんからッ!」
「うん、その意地や見栄より実益をちゃんと考えて逃げますってハッキリ言える潔さはオレ様としても認めてやるところだよ? でもさ、やっぱ森林系のダンジョンってのはそもそもひとりで挑むような場所じゃなくてだな」
「そんなにですかッ!?」
「ホレ、やっぱり周囲全部が森だからモンスターの不意打ちとか当たり前だし。休憩するにしてもひとりだと常に周囲を警戒しなきゃいけねぇからHPもMPも全然回復しねぇんだわ」
「つまり疲れを感じたら帰れば問題ないってことですねッ! いえ、疲れを感じるかもと思った時点で引き返せば完璧でしょうッ! 帰り道にエンカウントしたモンスターをブン殴って持ち帰れば一石二鳥ですッ! やはりモンスターを殲滅するときは慎重にやらないといけませんからねッ!」
「なぁお嬢ちゃん本当にスノウヘア? 見た目と違って中身だけオーガとかデモニカだったりしない? 慎重って言葉の意味とか本当に知ってるのかな?」
「もちろん知ってます! モンスターが倒れたら死んだフリを疑ってトマホークのスキルで首を叩き斬ってますし、怪しい人間が倒れていたら追い剥ぎと奇襲に備えてまずは頭に岩をブチ当てればいいんですよねッ!」
「ハハハ。お嬢ちゃん、あそこの物陰からコッチ見て『ルーキーとは思えないほどブッちぎりで頭ヤベェなアイツ……』みたいな顔してる連中いるだろ? アレね、闇ギルドの構成員。オレ様長いことグランマガザンにいるけどアイツらのあんな表情初めて見たよ?」
「つまり珍しいモノを見れたということですね! おめでとうございます!」
「ヤダこの子メンタルどうなってんの」
天真爛漫武闘派ウサ耳少女のグラースが裏の世界で『ジェノサイドホワイト』と呼ばれ危険人物として警戒されることになるのは当分先の話なのでひとまず横に置いておくとして。
ガードの男が引き留めているのは意地悪や嫌がらせではなく、自分の役目として真面目に心配しているが故のことである。
それはもちろんグラース自身のことも含めてのことだが、それ以上にダンジョンを闊歩するモンスターたちの厄介な特性のひとつである“冒険者を倒したモンスターはレベルアップする”という事象に対する警戒でもあった。
たとえこちら側がレベル1であったとしても関係なく、冒険者を倒したモンスターは必ずレベルアップして『進化』する。多少手強くなる程度の変化で済めばまだいいほうで、種族によっては1段階進化しただけで桁違いにパワーアップするモンスターも少なくない。
そしてダンジョン探索の適正レベルに到達したからと攻略に挑む冒険者たちを一方的に蹂躙し、さらにレベルアップして進化してパワーアップして……といった悪循環が発生すると、上位の冒険者ギルドがソレを討伐するまでダンジョンは封鎖され立ち入り禁止とされてしまう。
「むむ! 自己責任だけで済むならばともかく、ほかの冒険者の皆さんに迷惑をかけてしまうとなれば話は別ですね……! しかし困りました、食材がなければ店長にお料理を作ってもらえません!」
「いやお嬢ちゃんよう、食材としてモンスター狩るならもっと下のランクのダンジョンでも間に合うだろ。レベル10は超えてんだろ? そっちで思う存分モンスター倒して持ち帰ればいいだけの話じゃねぇか」
「なにを言ってるんですか! 弱すぎる相手では経験値が少なくてレベルアップできませんよ! それに、逃げるモンスターを追いかけるより襲ってくるモンスターを返り討ちにするほうが効率的にたくさんブッ飛ばせますッ!」
「なんかもうこのお嬢ちゃん通しちゃってもいいんじゃねぇかなぁ~。たぶん滅多なことじゃ死なねぇぞこのウサ耳」
グラースのいかにも冒険者らしい挑戦の心意気に感銘を受けたガードの男がどう判断すべきか迷っていると──。
「それなら、私がその子の護衛役を引き受けてやるよ」
「むむッ! お姉さんは……ルビースケイルの方ですか!」
「あぁそうさ。私は『セルベッサ』という、まぁ見ての通り特大剣を相棒にしてる者だよ」
肌の所々に深紅の鱗を持つルビースケイルは、遥か昔の──それこそ神話の時代と呼ばれるような頃、とある迷宮を制覇して火龍の加護を得た冒険者の末裔と言われている種族である。
その証拠、になるかはわからないがステータスの恩恵や装備の特殊効果とは別に火属性に耐性を持ち、恩恵ポイントの振り分け方に関係なく『ファイアブレス』のスキルを獲得できるという特徴を持つ。
「私は今朝方このグランマガザンに到着したばかりでね。戦いにはそれなりに自信はあるんだが、場所が変わればダンジョンの性格も変わるだろう? とりあえずお試しで適当に潜ってみようと思っていたところなんだが……どうだい? お嬢ちゃん。報酬の代わりに、アンタさえよければこの街を案内してくれると助かるんだが」
「わかりました! よろしくお願いしますッ!」
「うーん、判断が早いねぇ。私としては助かるけど、もう少し悩んでから決めても文句は言わないよ? 初対面の、それも余所者なんだからさ。私は」
「大丈夫です! お姉さんは良い人だと私の直感が告げていますので! 私たちスノウヘアは危険に対して敏感ですからね、特になにも感じないということはッ! 考えるだけ時間の無駄だということですッ! と、いうワケで早速ダンジョンにブッ込みましょうッ!!」
「なぁ、ガードのアンタ。グランマガザンの冒険者ってみんなこんな感じなのかい?」
「んなワケねぇだろ。そりゃ調子にのって態度がでかくなるルーキーはいるがよ、これはそういうのとは……なんかこう、方向性が違うだろ? だって死にそうな気配ぜんぜんしねぇもん」
◇◆◇◆
「大自然の恵みをありがとうございます飛べオラァァッ!!」
「ポジャーッ!?」
ゴースト系のモンスターの顔に似た模様のリンゴ頭に魔法使いのローブのような身体をもつ、アップルジャックと呼ばれる種族にグラースの振り回す斧が直撃して大木の幹に叩きつけられる。
なんともパワフルな戦い方であり、これならばソロでダンジョンに挑むのも納得できる──とは表面だけを見て評価した場合の話でしかない。レベル150を超える実力者であるセルベッサは、グラースがただの力任せではなく
(レベルの圧は本人の申告通り10になったばかり。武器は手入れこそしっかりされているけど、一般的な普通の鉄の斧。特殊効果の付与されているようなアクセサリーの魔力反応は感じないし、服装にいたっては料理屋のウェイターそのもの。ただ戦闘力だけがアンバランスに高い。こりゃ大当たりを引いちまったかな?)
グラースはタナカの料理によってステータスが上昇しており、特に今日は技量と俊敏に補正が働いていた。多少は乱暴な戦い方をしてもステータスの恩恵により無意識に最適な形で殴れる、そのことを感覚的に理解しているグラースの戦い方はセルベッサの興味を引くには充分なほど面白いらしい。
スケイル族が特殊な生い立ちであることが(もっとも、本人たちは血族だの龍神信仰だのには大多数の者が無関心なのだが)影響しているのか、神秘が関わるモノへの嗅覚はなかなか鋭い。さすがに料理のギフトスキルという正解にたどり着くほどではないが、通常の強化系ポーションの効果ではない……なんらかの未知がそこにある、そう確信していた。
まぁ、神秘が云々という話を別にしても。モンスターを丸ごと持ち帰って食材にする料理屋ではどんな料理が出てくるのか、単純に食べてみたいという気持ちもある。
「う~むむむ……。食材集めは順調ですが、どうにもイヤな気配がしますッ! 根拠はありませんが、なにか危険が近付いてきそうな雰囲気がバリバリですよッ!」
「危険を知らせるテンションとは思えない元気の良さだねぇ。けど、お嬢ちゃんの感じた嫌な気配ってのは私にもわかるよ。この迷宮の適正レベルに見合わないヒリヒリした感触を鱗に感じるね……」
グラースが斧を、セルベッサが特大剣をそれぞれ構える。
ダンジョンを徘徊するモンスターの中には、空間を引き裂くようにして突然現れるものがいる。これまでの長い歴史の中で冒険者の近くに出現したという記録は存在しないが、出現するモンスターのレベルが冒険者を大きく上回っている場合
理由は単純明快。自分より強い相手から逃げ切るのは不可能だから。もちろんスキル構成や所持アイテム、そして冒険者自身の機転が巧く噛み合えばその限りではない。
だが大抵の冒険者は攻略するダンジョンに合わせた装備やアイテムを選んで持ち歩いている。それが普通のことであり、わざわざイレギュラーに備えて強力で高価な装備やアイテムを持ち歩いたりはしないのだ。
「──ッ!? セルベッサさんッ! きますよッ!」
「さぁて、いったいどんなヤツが出てくるのかな?」
地面が揺れる衝撃。
木々が薙ぎ倒され音。
現れたのは、この森林ダンジョンに生息する『草ガエル』と呼ばれる背中に植物を背負った大型のカエルのような見た目のモンスターが“2回”進化した姿。
「セルベッサさん! あのカエルの背中、なんだかゾンビみたいなのがたくさん張り付いて呻き声をあげてますけどッ!?」
「コイツは驚いたな……。まさか『森ガエル』からさらに進化した『黄泉ガエル』が出てくるとは。グラースちゃん、ここは私に任せて下がってな。私にとっては武器無しでも倒せる程度の相手だが、アンタが戦いに巻き込まれたら1発でダンジョンの外に吐き出されることになるよ」
ガードの男は仕事で手抜きをするようなタイプには見えなかった。ならば草ガエルに、そして森ガエルに食われた冒険者が報告を怠ったのだろう。
別に珍しいことではないし、自分の恥をわざわざ喧伝するような真似をしたくないという気持ちも理解できる。あるいは、ロストしてレベルが1に戻されたショックでそれどころではなかったのかもしれない。
だとしても、1回目の進化を終えた森ガエルを発見した冒険者が報告していればこんなことには……と、考えたところでセルベッサはガードの言葉を思い出す。そうか、調子に乗ったルーキーが進化したところでザコだろうと油断したのか。で、こうなったと。
「仕方ないねぇ。どこの誰かは知らないが、私が尻拭いをしてやるとするか。さて、油断大敵って言葉もあるし、今日は護衛対象もいるからね。アンタには悪いが、初手から本気でいかせてもらうよッ!!」
愛用の特大剣を構え、ファイアブレスのスキルを使い炎を纏わせようとしたところで──。
「セルベッサさんッ! もし余裕があるならできるだけ大きな傷をつけないよう倒してくださいッ! まるっと持ち帰って店長にお料理にしてもらいましょうッ!」
「──えッ!?」
「──ビョッ!?」
食うの? コイツを? 下のカエルの部分だけでもブヨブヨして不味そうなのに、背中のアンデッドどもがみんなでワッショイしてる墓場の集会所みたいな部分も持ち帰るとか意味がわからないんだけど。なんなら黄泉ガエルも『えッ!? 本気でオレなんかを食べるつもりなんですかッ!? 絶対美味しくないですし、きっと確実にお腹壊しますよッ!?』みたいな顔してるんだけど。
「大丈夫ですッ! 店長が言ってましたッ! どんなモンスターでも美味しい料理にしてみせるし、見た目がゲテモノのほうが食べたらスゴく美味しかったりするんだそうですッ!! つまりこの見た目からして危険そのものな黄泉ガエルは食べれば相当な……じゅるり」
「えぇ……?」
「ビョビョォ……?」
セルベッサも、黄泉ガエルも、誤解する余地など全く存在しないレベルで理解した。このスノウヘアの少女は目の前に立ちはだかる化物を完全に食材として認識していると。
◇◆◇◆
「どうぞ。ご注文の白葡萄酒の水割りです」
「ありがとう店長さん。悪いね、まだ開店前だっていうのに注文を聞いてもらって」
「グラースさんがお世話になったようですし、これぐらいのことはお安いご用ですよ。よろしければこちらもお試しください。薄切りにしたジャガイモに削りチーズとコショウというスパイスをまぶして焼いたモノです」
「へぇ~、コイツはなかなか美味そうじゃないか。どれどれ……うん、いいね! これは葡萄酒のツマミにピッタリだねぇ!」
素手でも倒せるという言葉に偽りはなく、おそらく生まれて初めて食材扱いされて困惑していたのであろう黄泉ガエルは一撃で討伐された。
グラースがアイテムボックスのスキルを習得していたので運搬には困らなかったが、カウンターの先にある厨房に表面が凍ったままの黄泉ガエルが横たわっている光景はどう頑張ってもセルベッサの常識からは外れている。
出されたツマミの出来栄えからしてタナカという料理人の腕は悪くないのだろう。ジャガイモの素朴な味に濃い目のチーズの塩味と脂気の旨み、それをコショウとやらのピリッとした辛みが上手に引き締めている。
「気になりますか?」
「そりゃあ、ね。草ガエル種の粘液をポーションに、内臓を軟膏に使うってことぐらいは知っているけど、まさか食材にしようなんて酔狂な料理人がいるとは想像もしなかったよ」
「私もここまで個性的な獲物を持ち帰ってくるとは思いませんでしたけどね。ですがこれも立派な食材になりますよ。背中のアンデッドに見える部分も、皮膚の一部が変化して擬態の──いえ、この場合は威嚇が目的かもしれませんが──ともかく、犠牲者が中に入ってるとかではありませんから」
そう言いながらタナカと名乗った料理人は解体用の大きなナイフを手に取り、サクサクと黄泉ガエルの下拵えを開始した。
背中の変質した皮膚はマジックアイテムの研究に使うと言ってダークエルフの青年が全部まとめて持っていってしまった。聞こえてきた話から察するに、どうやらこの店の裏手に工房を構えているらしい。
冒険者のひとりとしてマジックアイテムには関心がある。食材集めの最中にグラースが使っていた魔法の杖やスペルカードは彼の作品だと聞かされていたし、了承を得ることができれば既存のアイテムを自分の戦闘スタイルに合わせて改造してもらえないだろうかとも考えていた。
だが、いまのセルベッサはそれどころではない。亡者の肥溜めのような皮膚の下から鮮やかなピンク色の肉が出てきたことに驚いているからだ。
それがタナカの流れるような動きで、まるで剣系のスキルを使った剣舞のように見事な動作でそれぞれの部位に切り分けられた物は……想像していたモノとはまるで違う、見るからに上質で美味しそうな肉の塊にしか見えなかった。
「本来ならばまだまだ手にすることが叶わない高級食材ですね。これをほぼ完璧な状態で仕留めてくれたセルベッサさんには感謝しかありません」
「そうかい。そんなに言ってくれるなら、ソイツを使った料理を食べてみたいってワガママも許されるのかな?」
「なんなら宿泊もセットで提供させていただきますよ。蒸し風呂と、それから明日の朝食まで、どうぞごゆっくりと御過ごしください。もちろんそこから先は有料になりますが」
「ここを拠点にするかどうかは……そうだね、アンタの料理を食べてから決めるとしよう。美味いメシってのは、冒険者にとって楽しみであり癒しでもあるからね」
試すような物言いであるが、セルベッサはタナカが美味しい料理を出してみせることを疑っていない。何故ならグラースから感じた神秘の残り香と同じ匂いをタナカから感じ取ったからだ。
それに、なによりも想像と違ってカエルの肉が普通に食欲をそそる綺麗な色合いなので興味津々なのである。タナカが少しだけ切り取った肉片を生のまま口に運んだときには驚きもしたが、上質な鳥肉のようであり淡白な味わいの中に甘味がある……といった評価を聞けば自分も食べてみたくなるというもので。
「お待たせしました。黄泉ガエルの醤油揚げです。醤油をベースにニンニクやショウガなどの薬味で下味を付けてありますので、まずはそのままお試しください」
揚げ物ならではの香ばしい匂いと、胃袋を鷲掴みにしてくる醤油とニンニクのコントラスト。これを差し出されて迷わず突っぱねることができる冒険者など存在するのだろうか? 少なくとも自分には無理であるとセルベッサは一口も試さないうちに敗北を受け入れていた。
グラースの言っていた“ゲテモノほど美味である”という言葉は真実なのだろう。いやいや、そうじゃない。人から聞いた話だけで満足するのは冒険者として正しくない。やはり自分自身で確かめて真実であると見極めなければならないに決まっているじゃないか。
初手。ザクリという衣の歯応えと、それが砕けた瞬間に口の中に広がるニンニクとショウガの風味。黄泉ガエルの見た目から想像していた生臭さや泥臭さなど全く感じることはなく、じわりと肉の脂に醤油が混ざった旨みのエキスが溢れてくる。
黙って出されれば、あるいは上質な鳥の肉であると言われればきっと誰もがそう信じるだろう。脂っぽさがそれほど主張してこないわりに醤油の味をそれほど鋭く感じないのは、味見をしたときにタナカが言っていた甘味によるものかもしれない。
そうだな。これは葡萄酒でなく、ライスかパンか。
もしくは──。
「こういった料理には、葡萄酒よりもこうした飲み物のほうが合うかもしれません。もちろん、その人の好みによるのでしょうが」
「これは……樽型じゃなくてガラス製のジョッキなんて初めて使うな。それで? この
タナカはなにも答えない。ただ穏やかに微笑んだまま、凍ったガラス製のジョッキに麦酒をゆっくりと注ぐだけである。
……いや、違う。これはただの麦酒ではない。泡の立ち方が普段飲んでいる麦酒の数倍はボリュームがあるし、パチパチとなにかが弾ける音がする。
わざわざ麦酒を冷やして飲む、というだけでも未知の体験だというのに、そもそも注がれた麦酒がセルベッサの知識や経験に存在しない代物なのだ。
いいだろう。この挑戦、真っ向から受けてやろうじゃないか。そうと決まればまずはカエル肉の醤油揚げをもったいぶらずに大きくガブリと口に含んで、口の中が肉と醤油と薬味でパンパンに満たされたところに──勢い任せに麦酒を流し込んでやる!
鼻に抜ける香りと苦味はセルベッサの知る麦酒とほぼ同じだが、口の中から喉の奥のほうまで酒精が弾けながら駆け抜けていく感覚は初めての経験である。強いて近いモノがなにかあるだろうかと考えてみるが、思い浮かぶものは料理の素人である自分でも食材には適さないと断言できるものばかりだ。
この不思議な麦酒の正体についてはサッパリわからないし想像もつかないが、食べ合わせとしてカエル肉の醤油揚げとのコンビネーションが最高に美味いことはよくわかる。いや、もしかしなくとも揚げ物料理であればどんな食材でもこの麦酒であれば分け隔て無く受け止めてくれるかもしれない。
ザクリ、と醤油揚げを食らい。
ゴクリ、と麦酒を傾ける。
セルベッサの人生において屈指の美味なる組み合わせ。しかし冒険者というものはどうしようもなく欲張りな性格の者が多いらしい。
「あ~、店長さん。その、図々しいとは自分でもわかっているんだけどさ。ライスとかそういった類いの食べ物と、なにかスープのような~こう塩味のものより~味噌が使われている汁物なんて~注文できたり、とか……なんて」
「どんぶりに山盛りでよろしいですか? いまならお味噌汁も一番大きな器で、口直しのための野菜の塩漬けもセットでお出しできますよ。もちろん、追加の醤油揚げもお皿を埋め尽くすほどたっぷりと」
数時間後。
「美味かったな……うん。いままでいろんな迷宮都市のメシ屋でいろんなモノ食ってきたけど、間違いなくここのメシが最強だね……はふぅ」
上澄みと呼ばれる冒険者たちと比べればまだまだ未熟者であるセルベッサも、冒険者全体で見れば充分上位に位置する実力者である。当然食欲もそれ相応に強いのだが、タナカは平然とした様子で彼女が満足するまで食事を途切れること無く提供してみせた。
カエル肉の醤油揚げの美味さにやられて追加で注文することを見透かされていたことを少しだけ悔しいと感じつつも、自分の料理であれば必ず虜にしてみせるという自信と予めおかわりをたっぷり用意してくれた気遣いはセルベッサも嫌いではない。
まだまだ外は明るい時間帯であるが、セルベッサは部屋を借りて身体を休めることにした。味見程度に楽しんだ麦酒の酒精は蒸し風呂を楽しむことを邪魔するほどではなく、むしろ心地好い浮遊感を与えてくれているので眠りに落ちるのは簡単だろう。
それに伴って判断力が低下している自覚ぐらいはあるので、荷物は部屋に備え付けてあった魔力感知式のロッカーにまとめて投げ込んでベッドに飛び込む。酒が効いているときにアイテムを整理すると翌日の朝に必ず困ることになるのを知っているからだ。
「まずは世界最大の迷宮都市にはどんなダンジョンがあるのか確認して、深層までの階層が少ないところから順番に踏破する感じでいこうかな。どうせ挑むなら適正レベルのところから始めようかと思っていたが……焦らずじっくり、店長さんの料理を楽しみながら攻略するのも悪くないね」
あのスノウヘアの少女、グラースがモンスターをなんでも食材扱いしているのもタナカの料理を食べたあとでは納得するしかない。煮ても焼いても食えない見た目の黄泉ガエルでさえ絶品の醤油揚げにしてしまうのだ、ほかのモンスターならどんな美味しい料理にしてくれるのだろうかと期待したくなるのは当然だろう。
そしてセルベッサにとっては、あの不思議な麦酒の存在がより料理を求めさせる理由となる。モンスターの肉に限らずとも、肥育され塩漬けで流通している牛肉や豚肉を焼いただけの簡単な食事ですらあの麦酒があれば楽しみと喜びが倍増するに違いない。いや、まぁ。麦酒に限定しなくとも、途中から食事に参加したグラースが飲んでいた果実と氷を一緒に砕いたという飲み物もそれはそれで美味しそうだったのだが。
「アイテムボックスには余裕があるし、どうせ難易度の低いダンジョンは実入りが少ないし、当面は丸ごと持ち帰って店長さんに食材として渡したほうがいいかもしれないねぇ……。現金の代わりに食材払いでも構わないって言ってたし……。あぁ……でも、カネがないとてんちょうさんもこまるだろうし……あした……ぎるどのうんえいほんぶにいって…………ぐぅ」
◇◆◇◆
朝食に肉料理やサラダと一緒に様々な種類のパンが詰められたカゴ盛りを6つほど平らげ、セルベッサはさっそく手持ちのアイテムの中から換金用に持ち歩いていたものを選んでギルド運営本部へと向かった。
儲けを考えるなら商人ギルドへ持ち込むか、あるいは買い取りを行っている商店で直接交渉したほうが高く売れるだろう。だがグランマガザンで活動するにあたり一番の懸念材料であった食事と睡眠は確保できている。ならば面倒な交渉や腹の探り合いが必要ない運営本部で売却したほうが気楽でいいと判断したのだ。
「店長さんに聞いたんだが、あの店はギルド運営本部の預かりなんだってね。確かに料理の腕前は見事なものだったけど、本人があれだけお人好しじゃあ収入源としては期待できないんじゃないかい?」
「別に誰でもよかったんですよ、特定のギルドに所属していない個人であれば。このことはタナカさんにも説明したことですが、あの辺りは土地だけは豊富に余っていましてね。ギルド運営本部としては今後のために、どうしても確保しておきたかったんです」
「ふぅん。土地が、ね。どうやら余所者が興味本位で聞き出すのには向いてなさそうなネタの臭いがプンプンするねぇ」
「そこまで厄介な事情ではありませんよ。グランマガザンの更なる発展のためには、冒険者ギルドや商人ギルドの支配下に無い、自由と独立を保ったエリアが必要だろうという話です。ギルド間の対立を煽り競争させるのは効果的な手段ではありますが……」
「メリットよりもデメリットが目立つようになってきた、と。それをどうにかしようって考えはわかるけど、冒険者ですらない料理人を楔に使うってのはどうなんだい?」
「だから意味があるんですよ。建物や土地はギルド運営本部の預かりですが、タナカさんはあくまで一般人でしかありません。
いかにも営業用といった笑顔を浮かべるフォックスネイルの女性の態度から、これ以上説明できることは無いのだろうと察したセルベッサは素直に報酬を受け取りギルド運営本部から立ち去ることにした。
嘘は言っていない。
だが真実でもない。
(だけど、悪意のようなものは感じなかったな。となると……店長さんを利用したい、のか? そりゃ店長さんの料理はとんでもない絶品だったけど、いくら美味い料理が作れるからといって──
もしも、グラースのレベルに見合わない不自然な戦闘力とタナカから感じた神秘の匂いが本当に関係しているのであれば。
「ハハッ! あの店を拠点にする理由がまたひとつ増えちまったねぇッ! 未知なる美味というヴェールを捲った裏側に秘匿されている神秘とはなにか……ステータスに干渉できるのはほぼ確実だとしても、まだまだ面白いモノが出てきそうな予感がしてワクワクしちゃうね」
作者は揚げ物にはジンジャーエール派。