商売を始める上で立地条件は決して無視できない重要な要素である。どれほど素晴らしい商品やサービスを用意したところで、お客さんとなる人々の目に触れなければ意味がないからだ。
「特に宣伝しているワケでもない、そもそもいつになれば開店できるかすらわからない。そんな料理屋にわざわざ足を運ぶ人がいるとは思いませんでしたね」
「アンタが想像するよりも、この店はいろんな連中の関心を集めてるのさ。どう見ても冒険者には見えないような格好したヤツがモンスターまるまる背負って往来を歩いてんだぜ? そりゃ気にするなってほうがムリだろ」
「そんなこと考えもしませんでした。迷宮都市の住人であれば見慣れた光景だとばかり。まぁそれはともかく、改めて……初めまして、この店舗の管理をギルド運営本部から任されていますタナカと申します」
「こりゃご丁寧にどうも。オレは露天商や移動屋台で商売をしている連中の面倒を見ている『ロブロイ』ってモンだ。正式なギルドじゃねぇが、ギルド運営本部には活動について報告している」
「うん? ココじゃ露天商は商人ギルドに所属しなくても商売ができるのかい?」
「アタシも詳しい契約がどうとか、そういうのは知らねぇけど話には聞いたことあるな。確か『ミグラントの追い風』って名前の組織で──」
冒険者ギルドと同様に、商人ギルドに所属する者にはそれぞれ契約内容に応じた義務が課せられる。悪どいやり方をしているところも無いワケではないが、大抵の商人ギルドは真っ当な契約を提案してそれに見合うだけのサポートを行っているのだ。
しかし人がふたり以上集まれば人間関係のトラブルとは無縁ではいられない。商人同士の競争や衝突というものは冒険者同士のソレよりも複雑で面倒なモノに発展しやすい。商人ギルドも面子のために、そして所属する商人たちの信頼を損なわないためにもできるだけのことはしてくれるのだが……。
「なんでもかんでも穏便に解決なんてできないし、場合によっちゃあ切り捨てる以外の選択は残されず~ってことかい。で、そういう連中が店を構えないで仕事ができるよう取り計らってくれるのがアンタたちってワケね」
「それだけではないよ鱗の美しいお嬢さん。ハナっから露店や屋台での商売を計画する者もいるし、そういう連中が縄張り絡みで困らなくてもいいように調整してやったりもしているのさ」
「たまに店の前に居座って揉め事起こしてるヤツいるけど、アレは?」
「それはウチの連中じゃねぇな。
「わざわざ私のところに挨拶にいらっしゃったのも、トラブルを未然に防ぐためですか?」
「その通り。露店にしろ屋台にしろ、店長さんトコの店の近くで出店したほうが客足に希望が持てるからな」
「私が言うのもなんですが、そもそもこの辺りは商売には向いていないと思いますよ。あまりにも立地条件が悪すぎる。それなら商人ギルドと相談したほうが安定した売り上げを見込めるんじゃないでしょうか」
「確かにこの辺りには何もない。だが自由はある。店長さんの商売さえ邪魔しなければ、当分の間はオレたちミグラントの追い風で好き勝手できるってワケだ。ま、本命は放置された建物を倉庫として再利用したいって部分なんだがね」
「商人ギルドに倉庫を借りればお金がかかる、冒険者ギルドに警備を頼めばお金がかかる。でも私の店の近くに確保すれば修理代さえどうにかすれば安く品物を保管できる……と」
「ご名答。別に積極的に防犯に協力してくれとは言わんよ。単純に人が生活している気配があれば、盗人は仕事をしにくくなるってだけの話だからな。そりゃ、いざというときは助けを求めるかもしれんが……やっぱり、自衛手段の確保も自由商人を志すならしっかり考えてもらわんとな」
「レベルの高い冒険者相手に自衛しろと言うのも酷な話のような気がしますが?」
「まぁな。だが商人から暴力で品物を巻き上げるようなヤツは闇ギルドがキツ~いオシオキをしてくれるから心配いらんさ。と、いうワケで……ご近所さんってコトでこれから仲良くしていきましょうってね」
ロブロイと名乗るデモニカの男が握手を求めて右手を差し出す。種族特有の黒い角と黒いスーツ、なにより本人の顔がワイルド系の美形ということもあり威圧感のようなものがあり普通の人間であれば躊躇いは隠せない絵面である。
ただ、万が一に備えて側に控えていたビスキュイや、面白そうだからといつでも相棒の特大剣をアイテムボックスから取り出せる状態で待機しているセルベッサにも、敵対の意志が無いのは事実であると感じ取れていた。
なので、このまま差し出された手を握り返せばそれで平和的に終わる話なのだが──タナカは穏やかな表情で腕を組んだまま、じっとロブロイに視線だけを返していた。
「おい、キサマッ! たかが料理人の分際でロブロイ様を──」
「まてまて、そう大声を出すなよ。なぁ店長さん? 自分で言うのもなんだけどよ、オレそんなに警戒されるような話はした覚えがねぇんだがなぁ」
「話の内容に関しては仰る通り、警戒するべき部分はありませんでしたよ。
ロブロイの護衛として付いてきた若い女剣士が腰に携えた剣に手を伸ばし、同時にビスキュイが拳を構え、セルベッサの視線が鋭くなり、一気に場の空気が緊張感によって支配されるが──それでもタナカには全く動じる気配が無かった。
いきり立つ護衛を宥めつつ、ロブロイはそんなタナカの反応を“面白い”と感じていた。疑っているのでもなく、侮っているのでもなく、こちらの腹を探ってきているのでもない。純粋に、何故ロブロイがわざわざ挨拶に来たのかを不思議に思っている。そんな印象を受けたからだ。
「誠意を見せるために頭はってる人間が挨拶に来た。それが不満かい? よろしく頼む側として当たり前のことをしたつもりなんだがなぁ」
「誠意と言うならトップの人間が来る前に事前連絡のひとつぐらいはして欲しいところですね。仮にも料理屋を名乗っておきながら、茶菓子のひとつも用意せずお客人をお迎えするのは褒められたものではないでしょう?」
「そりゃ悪かった。これは完全に言い訳でしかないが、オレもそれなりに忙しくてよ。今日みたいに1日ガッツリ時間が空くときもあれば、翌朝の日の出まで仕事がみっちり詰まってるときもある。で、まぁ、急に押し掛けたことについてはスマンとは思っているが……タイミングがな、どうしてもなぁ」
「だったら尚更のこと、連絡事項は部下に任せて身体を休めるべきだと思いますが。ですが事情は理解しました。余裕があるうちに早めの挨拶を、ということであれば納得です」
「ありがとうよ。じゃ、改めてよろしく頼むぜ」
「はい、こちらこそ。ところで」
「うん?」
「あくまで顔合わせが目的と言うことは、このあとに頼み事の類いが控えているようなことはありませんよね? これは交渉ではなく挨拶の場なのですから」
「……ほぉ」
今度はロブロイが握手を躊躇う番になる。
これもまた、駆け引きなどではない。タナカは純粋に会話を楽しみながらこちらの意図を見抜いている。洞察力と判断力に優れているのか、あるいは見た目の若さに似合わない経験則によるものか。少なくとも目の前の料理人は穏和ではあるが単なるお人好しではないらしい。
適当にとぼけたフリをしてタナカの引き出しがどんなものか見てみたいという気分でもあるが、あまり会話を引き延ばすとまた護衛の女剣士が余計なことを仕出かすかもしれないとロブロイは素直に両手を上げた。
「参った。降参だ。ちなみにどこで気づいた?」
「仲良くしましょうそうしましょうと手を取り合って、それじゃあ早速と頼み事をされれば、大概の人は断りにくいでしょう」
「はっはっは! しっかりバレてたか! う~ん、ちょいと相手が悪かったなこりゃ。冒険者ギルドや商人ギルドの連中なんかは、こっちを軽く見て気分よく言うことを聞いてくれたんだが」
「店内ではあらゆる身分は無効でございます。大帝国の皇帝も、下水道で雨風を凌いでいる孤児も、お客様であれば平等です」
「そいつはいいな。勘違いしてほしくないんだが、護衛を店の中まで連れてきたのは力を見せつけるためじゃねぇ。少しでも経験値ってヤツを稼がせてやるためだ」
「あぁ、確かに護衛の訓練なんて簡単にできるものではなさそうですね。それで、ロブロイさんは私になにを頼むおつもりなんですか?」
「ウチの連中に、まかないを少し融通してほしい」
縄張り争いで優位に立つために先手を打って荒れ果てた中立地帯へ乗り込んだ、それはいい。だがタナカが言っていた通り商売で儲けを意識するにはお世辞にも環境が良いとは言えない場所であるのも事実。
ミグラントの追い風に所属する者たちもそれを承知で賭けに出たのであり、当面はできるだけ出費を抑えつつ拠点となる建物の修理をしながら生活をすることになるのたが──どう頑張ったところで『食事』と『休息』だけはゼロになるまで削ることはできない。
「運営本部で店長さんのやり方は聞いてきた。稼ぎの悪い新米冒険者や、素寒貧の
「……結論から先に申し上げますと、そういうメニューはありますし安く提供するのは構いません」
「だがなにかしらの問題がある、と。オレでも協力できそうなことなら遠慮なく言ってくれ。メシ問題はマジで切実だからな」
「そう、ですね……。ではロブロイさん、まかないとして用意したメニューの味見をお願いできますか?」
「味見? いや、それぐらいお安い御用だが」
恥を承知で先立つモノが無いと告白した以上金銭関係の話にはならないだろうと構えていたが、さすがに味見を頼まれるとは思っていなかったのだろう。
流れで了承してしまったロブロイだが、味を確かめなければ解決しない問題とはいったいなんなのか想像もできず少しだけ困惑したような表情になっている。
「なぁ店長。まかないって『アレ』だよな?」
「えぇ、もちろん。そういうご注文ですから」
「いやぁ、そりゃあ、まぁそうなるのはわかっけどさ。安くて量もあって腹も膨れるし、なにより美味かったけどさぁ。でもアレは……アタシだって目の前で料理してんの見てたから食ったけど」
「なんだいビスキュイ、そんなに言うほど危なっかしい食材を使う料理なのかい?」
「危ねぇっつーか、普通は食わねぇっつーか、そもそも食材じゃねぇっつーか。大抵のモンは料理にできるって言ったって、まさかあんなモンまで美味い料理にするとは思わなかったっつーか」
「なんだか面白そうだねぇ! 店長さん、私にも同じのをおくれよ!」
(いいねぇいいねぇ! これでこそわざわざオレが出張った甲斐があるってもんよ! 謎の料理人が作る正体不明の美味いメシ、こんな面白ェこともったいなくて部下になんか任せてられるかっての)
人の上に立つ器があることと、心身に落ち着きがあることは別の話である。ロブロイは部下を信じて待つことができる男ではあるのだが、デモニカという種族らしさとしての自由な気風は失っていない。
それに振り回され困った事態に巻き込ませることもあるが、ミグラントの追い風に所属する者たちはそうした部分も含めて彼を慕っていた。豪快で、豪胆で、損得勘定で冷静な判断ができるが弱者を見捨てることもしないロブロイに付き従うことを心から楽しんでいる者は大勢いる。
「ビスキュイさん、お願いします」
「あいよ。──お待ちどうさん、こちら『ハチノスの塩レモン焼き』です」
「蜂の巣だとぉッ!? キサマ、ふざけているのかッ!!」
「待て待て、だからそう吠えるなって。変わった食材を使うって話も、これが美味い料理だって話も聞いてただろ?」
「ですがッ!?」
「それによ~く見てみろ。どう見ても蜂の巣そのものには見えねぇだろ? ちゃんと美味そうな肉の焼ける匂いもしてるだろうが」
「……ロブロイ様がそう仰るのであれば。──チッ」
護衛の女剣士の言動に対して組織の長として冷静な評価を下しつつ、ロブロイは差し出された皿を──四角い木の板と一回り小さい鉄板が組み合わされた、まかないに使うにしては手の込んだ皿の上に乗せられた料理に向き直る。
料理の最中から漂ってきていたモノと同じ焼けた肉の匂い。見た目は白っぽい、脂の白身肉にも似ているような気がしたがよくよく観察するとまるで別物であるとわかる。それもひとつの種類の肉ではなく、数種類の肉片がまとめて塩と……本来ならば料理人ではなく薬師の扱う品であるはずのコショウを粉末にしたものと、調香師の扱う品であるはずのレモンの輪切りが乗っていた。
(薬効成分と香りの組み合わせに意味があるのか? 底値で出す予定のまかないにしてはコストが高く──いや、商人ギルドを通さなければ話は別か)
モンスターの部位を必要に、受けた依頼に応じて持ち帰るのが普通の冒険者。しかしこのタナカという料理人に協力している者たちはそうではない、部位や魔石にこだわることなく丸ごと全て持ち帰っている。
とことん『食材の収集』という自分の役目に徹しているのであれば、もののついでに集める依頼品とは量も質も変わってくるだろう。レベルの低い冒険者では探索できないような表層よりも先のダンジョンであれば、自生している草花や野菜、果実もまた豊かなのかもしれない。
まぁ、その辺りの事情は自分が気にするところではなかろう。少なくともいまは。
(さて、香りはいいが酸味が強くて食えたもんじゃないレモンの役目とはなんじゃろな? 果肉を潰して汁をまぶせば果実酢の代わりにはなりそうだが。となれば……まずは肉だけ食ってみるか。どれどれ)
特に選ぶようなことはせず、最初にフォークが触れた肉片の味を確かめる。口に入れた瞬間に広がる香りと動物特有の力強い旨味は間違いなく肉であるが……見慣れた赤身肉よりも歯応えは柔らかいのになかなか噛みきれない。
だが食用に適さないと廃棄されているスジ肉の固さとは別物である。あちらは煮ても焼いてもひたすら固いだけで旨味の類いなど感じたことはないが、このハチノスなる謎の肉は噛むたびに肉と脂の旨味が含まれた汁がじんわりと染み出てくる。
塩の味は強め。コショウは薬用の物と比べると質が悪いのか舌の上に痺れるような刺激を感じる。湿度が高い地方で料理に使われている『紅い爪』という干からびて痩せ細ったピーマンのような香辛料も辛味の刺激があったが、それとはまた印象の違う刺激。
そして意外や意外、この低品質なコショウの刺激が肉の脂と良い具合に混ざり合ってあとを引く味わいとなっている。白身肉ほどベタベタとした感触はしないが、それでもこのコショウの刺激が無ければ腹を満たすよりも先に口が飽きてしまうだろう。
つまり、レモンの役目もそういうことか。納得したロブロイはフォークの背中で適当に果肉を潰し汁のかかった肉を食べた。
(うん、美味い。果実としては酸味ばかりで食い物にはならなかったレモンが、こうして肉にまぶして食うとサッパリしていくらでも食えそうだ。香料の材料ってイメージばかりが頭にあって、どうすれば食えるかなんて考えもしなかったな)
果実とは甘いものであり、手頃な値段のものは庶民が気軽に楽しみ、品質の高いものは菓子に使うか献上品や贈答品にする。それがロブロイにとっての常識であり、大陸に住む人々にとっての常識であったが──これは、こうした使い方は新しい商売に役立つかもしれない。例えば、串焼きの肉に塩と一緒にふりかければ他所との差別化で客を呼べる可能性だってある。
だが。
(美味いには美味いんだが、マジでコレなんの肉なんだ? ボア系やタウロス系の肉を食ったときに近いなにかを感じるんだが……オレの知らない新種のモンスターが出たのか? いや、それならとっくに話題になってるだろう。あぁ、だがアイテムボックスに収納して運搬してれば外からはわからんし……まてまて、まかないに出すぐらいなら安定して狩れるモンスターの肉じゃなきゃ割に合わないだろ。う~ん?)
悩みつつもフォークは止まらない。強いて言うなればライスか酒精が強めの酒が欲しいところ。肉の味と、脂の満足感と、コショウの刺激と、レモンの爽やかさがパーティーを組んで口の中で暴れているのを黙らせるにはそれらが必要なのだ。
というか、カウンター席にいるルビースケイルの女冒険者が同じメニューを食べながら麦酒らしき酒をガブガブ目の前で飲んでいるせいで口がすっかり酒を欲しがってる。しかもよく見れば凍って白くなっているガラスのジョッキなんて物を使って飲んでいるではないか。
なんだそれ。樽ジョッキじゃないし、麦酒を冷やすとかオレも知らねぇ飲み方しやがって。ってかメチャクチャ美味そうだなオイ。帰ったら絶対に真似して──あぁダメだ、麦酒だけあっても店長さんの料理がねぇよチクチョウ。
「ホラよ、追加だ。こちら『レバーのネギ醤油炒め』になりますってな」
「これまた酒に合いそうな匂いしてるもん出してきやがって。これもまかないの品なんだよな?」
「そういう注文を出したのはアンタのほうだろ。さっきのハチノスも、このレバーも、普通の料理屋じゃまず間違いなく出さない食材だ。というか、たぶん食べようって発想にならねぇと思うぜ。ウチは店長が丁寧に下拵えしてるからいいが、そうじゃなきゃ臭みが強くて食えねぇよ。たぶん」
「つまりその呼び名も店長さん独自の呼び方ってワケか。と、言うことは……名前を誤魔化す必要がある、そのままの呼び方じゃあ食うのを躊躇うような肉が使われているってことで──は? いや、まさか」
「だから言っただろ。そもそも食材として扱われてねぇって」
「そうきたかぁ~! なるほど、確かにまかない用の食材だなコレは。料理屋で料理人が扱うなら、少なくとも店長さん以外には価値が無いも同然ってのはオレにもわかったよ。そういうことなら安い値段で出されても、新米冒険者だって気兼ねなく食えるだろうさ」
ケラケラと笑いながら、ロブロイはタナカによってレバーと名付けられた『内臓』料理を臆することなく食べ始めた。
柔らかいのは先ほどのハチノスとやらと同じだが、このレバーという肉はサクサクとほぐれてだいぶ食べやすい。臭みを感じないのはタナカの下拵えが見事なのはもちろんのこと、ネギと醤油で炒めたことによる香ばしさも効果を発揮しているのだろう。
いや、それだけではない。やはりと言うべきか、コショウとは別にこちらにも薬師が調合に使う素材のひとつである『ゴマ』の香りを感じる。目で見る限りではゴマの1粒すら見当たらないが、おそらくすり潰したときに出る油分を下拵えにでも使ったのかもしれない。
(この食感は好みが分かれるところだな。客側が肉に求めるであろう食べ応えが感じられなくて肩透かしに思うヤツもいるかもしれん。あのルビースケイルの姉ちゃんは相変わらず美味そうに麦酒を飲んでるが)
臭みとは別に独特のクセを感じる、このレバーという食べ物には確実に酒が合う。これは予想ではなく確信と言ってもいい。味付けの濃いもの、風味の強いもの、あるいは脂の多いものと一緒に乱暴に
仕事として、ミグラントの追い風の責任者としてこの店に足を運んだ以上ライスや酒をねだるワケにはいかない。なんで自分はいま仕事中なんだと悔しい思いを募らせながら──冷静な部分でこの料理の“食材として認識されていない内臓が使われている”という問題点をどうするべきか考えていた。
後ろに控えているふたりの護衛のうち、老齢の男のほうは謎解きが終わっているらしき雰囲気である。純粋に感心している様子から察するに、もしかしたら餓えを凌ぐためにこうしたモノを死ぬ気で口にしたこともあるのかもしれない。ならばいろんな意味で苦い思いをしたであろう内臓肉を美味い料理にしてみせた店長の評価は好意的なものになっていることだろう。
「美味い! そして困った! ……開拓班のメンバーを再編成する必要がある。美味ければそれでいいと言う者、好奇心旺盛な者、商魂逞しいのは全員だがその中でも無謀な真似をして腹を壊さない程度には慎重な者を選ばんといかんぞ!」
「立ち食いの屋台で提供するならスープ料理が良いでしょう。香りの強い野菜をそれなりの量を必要とするので、値段の設定が難しいかもしれませんが」
「初心者向け迷宮の表層ぐらいなら歩ける連中はそれなりにいる。試行錯誤はもちろん、販売するにしてもやりようはあるさ。むしろ、固定観念に支配されて素材を残して帰ってきていたことを後悔することになるだろう」
「私にしてみればなんで丸ごと持ち帰らないのか不思議ですけれど。アイテムボックスという便利なスキルもありますし、安全な場所で解体したほうが楽で丁寧に処理できるのですが」
「常識や伝統なんてそんなものだろうよ。新しい手段を考えたり理由や由来を探るよりあるものそのまま使うほうが悩む必要がなくて楽なのさ」
「その意見には全面的に同意します。私も“どうして誰もコレを食べないのだろうか”なんて理由や由来には興味ありませんからね」
「ハハッ! いいねぇ、店長さん。アンタ冒険者よりよっぽど冒険者に向いてるよ」
◇◆◇◆
「ロブロイ様、本当に体調に変化はないのですか? いくらまかない用の料理とはいえ、正体のわからない物を食べさせるなど」
「心配いらんって。そんなことより、だ。急いで戻って開拓班の再編成について連絡を頼む。商売ってのは時間との勝負だ、そして準備を怠れば得られたはずの利益を大きく逃すことになる。わかるな? よし、行けッ!」
「ハッ!!」
「……どう思う?」
「適当な役目を与えてやるのがよろしいかと。ロブロイ様が重要な任務であるとそれらしく言い付ければ本人は満足することでしょう」
「簡単に言ってくれる。特別な任務を与えてやったヤツ同士で衝突したら面倒にしかならねぇだろうが」
「ならば最低限のルールすら守れそうにないバカどもの監視と護衛でも命じればよろしいかと。あとは知らぬ存ぜぬという態度さえ崩さなければ、奴隷ギルドの連中が綺麗サッパリ後始末をしてくれることでしょう。奈落まで墜ちればどうせ這い出ることなど叶いませんから」
「…………オイ」
「ほっほっほ。この老いぼれに殺気を向けたところで現実はなにも変わりませんぞ? まぁ……奈落云々は言い過ぎだとしても、アレでは交渉の場の護衛は不可能でございます。タナカ様が比較的善性の方でようございましたな」
「真面目だし、努力家ではあるんだよ。拾ってやった恩返しにとやる気マンマンなのは認めてやりたいが、堪え性が無いのはちょっと……なぁ」
これこそがロブロイがミグラントの追い風を正式な商人ギルドとして結成の申請をしない理由であった。恩義や忠義というスタンスを否定するつもりはないが、それで暴走されるのは普通に困る。しかも本人には悪気が無いので反省しないから余計に拗れてどんどん面倒なことになるパターンが多いのだ。
「タナカ様であれば多少のトラブルは許容してくださることでしょう。組織としては秩序を保つことすらできない無能を晒す失態以外の何物でもありませんが」
「せめて未然に防ぐための姿勢ぐらいは見せないとダメだよなぁ。……先日、部下が保護してきた娘がふたりほどいたな」
「差し出すのであれば監視役ぐらいが建前としては妥当でしょうな。もちろんタナカ様や当人たちへはしっかりと事情を説明しなければなりませんが」
「決まりだな。しかし、監視役として送り込むなら定期的な接触が必要になるな。下手に誰かを間に挟むとボロが出るだろうし、ここはやっぱりオレがやるしかねぇだろう」
「いえ、ロブロイ様が自ら動かれるほどのことではないでしょう。ここはこの老いぼれにお任せくだされ。様子見程度の仕事であれば、現役を退いた年寄りで充分でございましょう」
「いやいや、ここはやっぱりオレがしっかり現場を監督しないとダメだろ。いくら言葉で期待していると説明したところで、視察もしないで放置したんじゃあ組織の頭としての信用に関わる」
「いえいえ、ミグラントの追い風に所属する者たちであればロブロイ様が多忙であることは承知していますので問題などありません。むしろ、組織の長が軽々しく出歩くほうが部下たちの心労となりましょう」
「いやいやいや、だからこそオレ自ら動くことに価値があるワケで──」
「いえいえいえ、ここは組織の長として落ち着いた態度を見せたほうが──」
「…………」
「…………」
「…………オレだってよ、たまには自由に飯を食う権利とか、そういう時間があってもよくねぇ?」
「ほっほっほ。最初から素直にそう仰せになればよろしいのです。ですが、麦酒はほどほどにしてくださるようお願いします。酒で懐柔しようとしているなどと騒がれても面倒でございましょう?」
「ぐ……ッ!? せ、せめて4杯ぐらいは大目に」
「ダメです」
仕事で疲れた身体には味の濃い味噌味のもつ煮込みがよく染みる。