料理チート系の試作短編。   作:はめるん用

6 / 7
いつでも飢えることの無いようにと始まった保存食の文化が、いつでも美味しいものを食べられるように進化したこともまた、人間讃歌に含まれて良い。



あさめし。

 奴隷ギルドと聞いて好意的な感情を抱く者は一般人はもちろん冒険者であっても珍しいと言えるだろう。だが、奴隷『ギルド』と呼ばれているように、彼らはギルド運営本部が認めた真っ当な組織である。

 購入者が奴隷をどのように扱おうとギルドの人間たちは一切の口出しをしない。だが、奴隷を扱う『商人』として商品である奴隷の管理は決して怠らない。出来る限りまともな食事、可能な範囲で清潔な衣類と寝具、怪我や病気に備えて回復魔法系スキルの習得は奴隷ギルドに登録するための最低条件とされていた。

 

 人間を商品として扱う外道。なれど、商品であるが故に丁寧に扱う。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことも度々あるぐらいには。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「……よしッ! シーツの取り替えはこんな感じでオッケーだね! トルタ、拭き掃除は終わった?」

 

「ん。バッチリ。指でキュキュッと音が鳴るぐらい完璧。そういうパステールは……ふむふむ。まるで白夜石のテーブルのようにシワひとつ無い。なかなかやるではないか」

 

「いや、どんな視点で言ってんのよソレは。トルタだって最初はまっすぐシーツを伸ばせなかったクセに。それにしても……うん。我ながら完璧な掃除っぷりね! これならいつでも宿屋としてお客さんをお迎えすることができるわ!」

 

「ま、店長さんの本業はあくまで料理人らしいけど。昨日の夜ごはん……ミニタウルスのお肉とタマネギを醤油で味付けしたモノと、赤い酢漬けのショウガを乗せたライス……あぁ、思い出すだけでしっぽがソワソワする……」

 

 とある開店前の料理屋の2階にて、キティステップの少女たちがメイド服にも似たエプロン付きの作業着で朝から部屋の掃除を行なっていた。

 

 名目としてはギルド運営本部が管理している店舗との連絡要員を兼ねた社会復帰の訓練として、ミグラントの追い風から派遣された出稼ぎの少女たち。店舗の管理人を本部から『正式に』任されている料理人の提案により、一部業務を手伝うことを条件に生活を保障すること、損失についてギルド運営本部及びミグラントの追い風に請求しないことが決定している。

 書類上の契約だけで評価するなら明らかに料理人の負担が大きい、運営本部が関与しているとは思えない不公平な形での雇用。しかし料理人がギフテッドであれば話は全く違う。鼻が曲がり喉が痺れるほど不味い魔法薬よりも強力なステータス上昇効果を得られる美味しい料理など値千金どころではない価値があるのだから。

 

 ギルド運営本部はタナカのことを絶対に手放せない。完全中立的な立場から望んで本部側に立ってくれるギフテッドなどいないのだから当然だ。しかも、彼の要望を聞き入れることは“ギルド運営本部は迷宮都市グランマガザンにおいて何人たりとも特別扱いをしない”という姿勢を正しく実行しているという証明にもなる。

 

 内容の意味と合意に至るまでの経緯など関係ない、ギフテッドが優遇されていないという雰囲気さえ伝われば……受け取る側の勘違いや思い込みなど運営本部の知ったことではない。

 

 これに対して一喜一憂するハメになったのはミグラントの追い風を仕切るロブロイであった。タナカがギフテッドであることは幹部を含めある程度まで共有しなければ事故に繋がる、しかし情報が広まり過ぎれば派遣が決定しているトルタとパステールのことを良く思わないメンバーが出てくる可能性が極めて高いと予測できた。

 組織にとって害悪にしかならない者を切り捨てることに躊躇いはないのだが、その冷徹さは努力する者は決して見捨てないという彼の信念が後押しする合理性。金や名誉に目が眩んでラインを踏み越えたバカはともかく、やる気が空回りしているだけのメンバーはロブロイのことはもちろん仲間たちのことも大切にしている。そうした人員を使いこなしてこそ組織のトップを名乗れるのだと彼は本気で信じている。 

 

 全てが上手く纏まった日、ロブロイはタナカの料理をつまみに麦酒を13杯は飲んだ。いつもであれば諌める言葉のひとつふたつは出ているハズの老齢の護衛はなにも言わなかった。タナカの用意してくれた米酒を、ニンジンとゴボウを千切りにし薄切り肉で巻いて醤油で焼いた小鉢と合わせて静かに楽しんでいたという。

 

 

「おぅオマエら、掃除のほうは────なんだ、もう終わってんのか。よしよし。それじゃあサッサと朝メシ食って、そんで次の仕事の準備すっぞ。アタシらがメシを運ぶのを期待してる連中をあんまり待たせるワケにはいかねぇからな」

 

「はい!」

「うぃ」

 

 環境が変われば人は変わるし変われる。ソルベとグラースの面倒を見ているうちに姉御肌の部分が才能開花したビスキュイは積極的にふたりの面倒を見ていた。雇用主であるタナカに頼まれたのでもなければ、ほかの従業員との取り決めでそうなったのですらない。

 恩を売ろうとしているのではない、善人として振る舞いたいとも思っていない。単にビスキュイの人間性が、排他的と社交的という矛盾した性質を奇妙なバランスで兼ね備えたハウンドテールという種族らしさがそうしているだけ。それを誤解することなく理解したトルタとパステールが懐くようになるまで3日と必要ではなかった。

 

 

「ふたりとも、お疲れ様。悪いね、まだまだ営業は始まらないのに朝早くから働かせるようなことになってしまって。一応、本部には料理屋と宿屋を合わせたお店って形で登録することになったから、こういう朝一番の仕事にも慣れてもらわないと」

 

「いえいえ、とんでもないですよ! 私もトルタも前のギルドではこういう仕事を任されていましたし、慣れっこなんでどーんとこき使ってください!」

 

「フフン。高級娼婦(コルティジャーネ)の世話回りをしていた経験は伊達じゃない。ぶい」

 

「どんな経験が、どんな場面で役に立つかはわからない。そうですね、私も料理人を名乗るようになってから何度も実感することが多いかな。朝ごはん、もう少しで準備が終わるので、ほかの皆さんにも声をかけてきてください」

 

「じゃあ私はクレッテさん呼んできますね!」

 

「でわでわ、あたしはウサ耳ーずの部屋を激しくノックしてこよう」

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「……これを、お店として再建するのかぁ。建物そのものは頑丈そうだけど。うーん、お掃除ファイトだよ! 私ッ!」

 

 裏口の先にあるダークエルフの錬金工房に向かう途中、何気無しに振り返ったパステール。周囲の寂しさに苦笑いしたくなるほど馴染んでいるこの建物を料理屋に改造するのは簡単ではないと、人通りの少なさも含め素人でも簡単に想像ができた。

 どんなに素晴らしい商品を並べたところでお客さんが足を運んでくれなければ意味がない。そして客足というものはガラガラに空いているお店よりも人が沢山いて賑わっている店舗に引き寄せられる。混んでいれば混んでいると文句を言うクセに。

 

 それでも前向きな気持ちを胸に拳をグッ! と握り締めているのは、パステールが現状を正しく理解していないから────ではない。高級娼婦の世話回りとして生活していた彼女は下手な大人よりも知識・教養ともに優れている。

 パステール、そしてトルタも、ふたりに自覚はなかった。しかし彼女たちを仕入れた奴隷商人は長年の経験からふたりの素質を見抜いていた。ふたりにとって幸運だったのは、素晴らしい商品を粗雑に扱うことは商人としての矜持が許さないという考えを奴隷商人が持っていたことだろう。

 

 並みの客ではふたりの価値を理解できない、奈落の売春宿など論外。己の実績が通用する範囲で最も彼女たちの素質を活かしてくれる相手がたまたま高級娼婦を扱う特別接待ギルドだった。

 ちなみに王族や貴族とも繋がりを持っていたが、それらは奈落と同様に最初から選択肢に含まれていない。手放した奴隷の扱いなど好きにすればいいとは言うが、折角の値打ち物を価値も分からず安く買い叩き粗雑に扱うような連中になんて勿体ない。

 

 と、こんな具合にパステールは物知らずではない。しかし、だからこそ気力に満ちている。

 

 人に使われる立場という意味では同じ。だが既に完成しているコミュニティに後から入り込むのと、これから始まるコミュニティの一員として働くのではまるで気分が違う。人手不足という切実な部分はもちろんあるのだろうが、店長であるタナカに“頼りにされている”あるいは“期待されている”という実感はパステールのモチベーションに大きく作用していた。

 

「クレッテさーん! 朝ごはんの時間ですよー!」

 

「……ん、もうそんな時間か。わざわざ呼びに来てくれてありがとうパステール君。それからおはよう」

 

「おはようございます! 今日は昨日と違って早起きさんですね!」

 

「まぁ、ホラ。今日の朝食のメニューはボクの発明品を使った()()が出るって事前に知らされていたからね。料理屋の雇われ魔法道具屋としては、作業効率の向上だけでなく味のほうも確認しないと。もちろん、純粋に興味があるっていう部分が大きいけれど」

 

 食事は腹を満たして活動するためのエネルギーを補給するための手段と割り切って味など気にしない研究者気質のエルフはとても多い。そんなダークエルフの青年が、それもほかの人たちから寝食を忘れてマジックアイテム作りに没頭することがあるから気を掛けてやってほしいと言われていたクレッテが起こされる前から目を覚ましている。

 

 それだけの価値が、これから店長よりお出しされる朝食にはあるということで。

 

 

 

 

「お待たせしました。合挽き肉の腸詰めです。こちらがシンプルに茹でたもの、こちらがジャガイモと一緒に塩コショウで炒めたもの。ライスよりはパンのほうがオススメですが、お好みでどちらでもどうぞ」

 

 

 

 

「おぉ? 店主殿はこれが腸詰めと申されるか。仕込みの手伝いをしているときから拙者の想像通りの代物は出てこんのだろうなぁ、とは予測していたが……」

 

「兄さんッ! ソルベ兄さんッ!! この腸詰め、すっごくすごくテラテラでツヤツヤでピカピカでとっても美味しそうですよッ!! いったいどんな魔法なんでしょうッ!?」

 

 

「……うわぁ。これ本当に腸詰め? あんな、煙をガンガンに当てて乾燥させてたはずなのに」

 

 パステールの知る腸詰めとは老人の指のようにシワシワで石のようにカチカチに硬い保存食であった。そのまま簡単に調理できるという理由から動物やモンスターの内臓を革袋に見立て、中に詰める肉や魚は臭いを誤魔化すために香りの強い香草をタップリ混ぜて塩と一緒に捏ねたモノなのだ。

 その目的からクギが打てるほど硬い腸詰めこそが良品とされている。丁寧に乾燥されている物ほど保存期間が長く、使われている塩が多いのでスープの具材にすれば味付けの手間も省ける。一般家庭はもちろんのこと、行商人や冒険者、さらには各国の騎士や兵士だって同じ物を想像するだろう。

 

 比べて、目の前にお出しされた物体はなんだ? まず皿の上に積まれた姿からして腸詰めではない別物としか思えない。老人どころか赤子の腕のように瑞々しく張りのある膨らみと、丁寧に手入れされた年代物の調度品のような艶のある色合いが見える。

 上流階級の嗜好品である燻製の存在は知っているし、客からプレゼントされた品を娼婦たちから食べさせて貰ったことはあるものの、燻製がどのように作られているのかまでは知らないパステールにしてみれば意味が分からない。締め切った部屋で、木材を燃やした倉庫の中で一晩かけてガチガチに乾燥させていたはずなのに? と。

 

 もちろん違いは見た目だけではない。お肉の良い香りと、それに混ざって花のような、果実のような、あるいは森のような……そして、少しだけ、暖炉の前でぼんやりしているときのような香りが微かに漂ってくる。香草の香りが強過ぎることもなければ、乾燥が不十分な腸詰め特有の生臭い臭いも残っていない。

 

(すぐに食べるから、保冷庫があるから保存食じゃないって店長さんは言ってたけど……コレは、私にもわかる。ゼッタイ美味しいヤツ! おぉ、フォークが震えそう……落ち着け私、たくさんあるんだから慌てる必要はないからね、そう、もったいないんだから、ちゃんと味わってね……ごくり)

 

 木の彫刻どころか鉄から削り出したかのようにピンッ! とネコ耳を立てたまま、パステールは手前にある腸詰めに狙いを定めてフォークを────。

 

(ッ!? うわッ、弾力……え、マジで言ってる?)

 

 さくり、ではない。

 

 ふつり、ですらない。

 

 パツンッ! と表面の弾ける感触が手首にまで伝わってきた。柔らかくなるまで煮込んだ普通の腸詰めとは別物、とは説明されるまでもなく理解しているが、このフォークを弾き返そうとしてくる新鮮さ……という表現が正しいかどうかはわからないが、とにかくこれは“茹でたて新鮮な腸詰め”としか言いようがないのだ。この感触は。

 

 取り分けるための小皿に移すときでさえ、煮崩れしてスプーンを使わなければならないアレとは違い素直にフォークについてきた。

 

「んふ、んふふふ。それでは遠慮なく、いただきまーす! はむ────あふッ?!」

 

 噛み千切るよりもさきに、噛み切ろうとした瞬間に感じた熱に驚く。1度、口から離すことを女の子としてはしたないと思う、よりも早く食べたいという欲求が勝つ。

 冷ましすぎないように、でも待ちきれないからと息を吹きかける。破れた皮から滴る肉汁が匂い立つのを鼻先に近付けてしまったのだ、キティステップに限らず獣人であれば抗うことは難しい。

 

 慌てず騒がず待ちきれず、今度こそ。

 

(……おふ、おふぉあ〜ッ!! コレのどこが腸詰めって、いや、ナニコレ? うまっ、メチャクチャ美味しいッ!! なんだコレッ!?)

 

 上質な肉を細切れにするなんてもったいない、と思いながら手伝っていた。パステールの常識からすれば、腸詰めにする肉というものは焼いて食べるのが面倒なクズ肉を使うもの。そこにかさ増しとして魚のすり身を混ぜたりするのが一般的。

 農耕用の家畜をつぶした肉ではない、ダンジョン資源のモンスターの肉をわざわざ挽き肉にするなんて贅沢なことをする。そんな想いはひと口で全て吹き飛んだ。茹でることで溶け出した脂の旨味が一瞬で喉の奥まで広がり鼻から抜けていく。湯気を立てる腸詰めがパンパンに膨らんでいた謎が全て解決してしまった。

 

 塊を焼いて食べたときよりも圧倒的に肉を食べているという実感もそうだが、それにプラスして()()()()()()という未知の感覚。茹でたて新鮮という考え方に説得力を持たせてくれる、奥歯でグッと噛み締める美味しさ。どうして挽き肉を固めた腸詰めでこんな食感になるのか不思議で仕方がなかった。グラースの言っていた魔法という表現はあながち間違いではないのかもしれない。

 

 ひたすら肉が美味いと感動の山場を少し過ぎたあたりでようやく香草とコショウの存在を思い出す。そのまま空口でも美味しく食べられる塩味で調えられた腸詰めだからこそ、ほのかに感じるふたつの香りを楽しめる余裕があった。特にコショウの舌先に微かに感じるピリッとした辛味は、濃い脂の味を適度に引き締めてくれる。これなら何本でも、何十本でも口飽きすることなく食べられるかもしれない。

 

 

 さぁ、アツアツのうちにもう1本……とフォークを突き刺し取り皿まで引き寄せたところで、一緒に出てきた小鉢の存在を思い出したパステールが中を覗き込んだ。

 

 

(え〜と。黒ソースと赤ソース、だったかな? 赤いほうのソースは籠に山盛りのトマトを刻むのを手伝ったから味の想像はつくけど。腸詰めをトマトと一緒に煮込むのは定番だし。……うん! だったらここはよくわかんない黒ソースっていうのを食べてみよう!)

 

 赤ソースの味はなんとなく想像できる。きっと、トマトスープとドロドロになるまで煮込んだ定番のソースだろう。それでも店長さんの作るトマトソースなら間違いなく美味しいのかもしれないが。そんなことを考えながらパステールは黒ソースに手を伸ばした。

 スプーンですくい上げた黒い液体のトロトロとした感触は彼女のよく知る醤油に近い。だがタナカが用意する醤油は水のようにサラサラとしているし、興味本位で味見させてもらった感想としては透明感があってサッパリとしている印象だった。それこそ少し、スッキリし過ぎていて物足りないと思える程度に。

 

 腸詰めの上に、まずは控えめに垂らして匂いを確かめる。熱が加わり香り立つそれは、料理で使う香草よりも薬師が調合に使う薬草を連想させた。だが肉の匂いと混ざっても食欲の妨げとなるようなことはない不思議な香りでもあり────好奇心に後押しされて、パステールは恐れることなくガブリと腸詰めに噛み付いた。

 

(……う〜ん、これも美味しいなぁ〜。お肉の脂の味と、ちょっとクセのある酸っぱい感じ? それからコショウやトウガラシとも違うピリッとした感じ。この黒ソースなら店長さんが作ったのじゃない腸詰めでも美味しく食べられそう……いや、コレを食べたあとでほかの腸詰めはちょっと……かなり、遠慮したいかも。あはは……)

 

 考え事をしていても無意識のうちに空いた手が黒パンを掴む。適度な塩味の腸詰めはそのまま食べても困ることはなかったが、黒ソースの塩味が重なったことで口のほうが小麦粉の生地を求めているのだ。

 黒ソースと腸詰め、そこに黒パン。口の中の塩加減が最適解されるということは、もうひと口が止まらなくなるということ。腸詰め1本に丸い黒パンをふたつ、そして最後に従業員に使わせるにしては質の良いガラスのコップ1杯に注がれたミルクを流し込んだ。

 

 当然、うら若き乙女の食欲はこの程度では満たされない。作業の前に干した果物と一緒にミルクと砂糖が入った甘いコーヒーをご馳走になっているが、そんなものは全て消化してエネルギーを使い果たしているのだから。

 

 麦の味が強く密度がありずっしりとした食べ応えのある黒パン(それでもパステールの知る物より遥かに上質だったが)から、今度は甘く柔らかい白パンと一緒に腸詰めを食べる。もちろん黒ソースも腸詰めの味がわからなくなってしまわないよう加減しながらも多めにかけて。

 まぁ、当たり前のようにこちらとの相性も抜群なのだが。柔らかい白パンが腸詰めと一緒になったときの、肉汁と脂身と黒ソースとの一体感は黒パンよりも間違いなく優れている。白パンがもつ優しい甘みが、腸詰めの味と黒ソースの味を底上げしてくれているようにすら感じていた。

 

 腸詰め、白パン、ミルクのおかわり。

 

 腸詰め、黒パン、ミルクのおかわり。

 

(おっといけない。お腹がいっぱいになる前に、こっちのトマトを使った赤ソースもせっかくだから食べてみなくっちゃ!)

 

 黒ソースのときと同じように、小皿に乗せた腸詰めにタップリの赤ソースを纏わせる。昨日までの常識の中にあった、干からびたようにしか見えなくなった腸詰めでもトマトスープとの相性は良好だったことを思えば、どちらも料理上手のタナカのお手製であればきっと美味しいに違いない。

 

 気持ちを改めるつもりで2度目の“いただきます”を心の中で呟いてパクリとひと口。 

 

(〜〜〜〜ッ!? 思ってたのと全然違うッ! 私の食べてきたトマトソースじゃないよコレッ! 酸っぱいのと、甘み? それに口のなかでトロッと味が広がるような……うんうんッ! これも茹でた腸詰めにすっごく合うッ! 美味しいッ!)

 

 黒ソースとは違うトマトの酸味、確かに感じる。だがパステールの想像していたトマトソースより複雑で濃厚な旨味。そういえばタマネギも一緒にたくさん細かく刻んでいた、もしかしてアレも入っているのだろうか? そして、黒ソースで感じた香草の匂いとは違うなにか……入っている、ような気がする。トマトを塩で煮込むだけではきっとこの味にはならないと確信させるなにかの気配。

 想定と違うことばかりの中で、ひとつだけ想像通りのことがある。それは、この赤ソースと腸詰めの相性もまた抜群ということだ。なぜ腸詰めとトマトを一緒にスープとして煮込んで食べるのか、なにも疑問を持たずにそういうものと受け止めていたが、こうして形を変えて食べてみれば理由がよくわかる。肉の脂とトマトの酸味は合わせて食べるのが美味しいから。きっと最初にこの組み合わせを発見した人は鍋の前で大喜びしたハズだ。

 

 赤ソースの強い塩味と酸味が腸詰めから溢れてくる肉の脂で程よいバランスに中和される。パンやライスと一緒に食べることを前提としていると感じた黒ソースとは違い、赤ソースのほうはコレだけで腸詰めを思う存分に楽しめそうな気がした。ミルクを片手に腸詰めをガツガツ食べ進めていると、まるで気分は酒場にて麦酒の樽ジョッキを片手に骨付き肉にかぶり付く冒険者。彼らは英気を養いダンジョンへ、自分は活力で腹を満たしてお仕事へ。

 

 

(…………あ。そういえばジャガイモと一緒に料理したのもあるんだった。茹でた腸詰めに夢中になって、でも冷めちゃったらこの美味しさはもったいない……って、それはジャガイモも一緒だって)

 

 良く言えば冷静さを取り戻して、悪く言えば期待値は少しだけ下がっている状態に。確かに腸詰めは驚くほど別物であったが、今度の料理こそ想像を大きく超えるような食べ物ではないとパステールは考えていた。 

 腸詰めの美味しさはすでに体験している。そこにジャガイモを加えて炒めただけのシンプルな料理。味つけに使われている塩については言うまでもなく、本来ならば薬の素材であるコショウが調味料としても優秀だと知っている。

 

 しかし、まぁ。期待値あるいは物珍しさという意味ではともかく、好奇心まで萎えたワケではない。保存食の干物である腸詰めを炒めて食べたことなどない。ついでに、美味い肉は下手に料理するよりもただ焼いて食べるほうが美味いという考え方にはパステールも概ね同意している。ならば……茹でて美味しい腸詰めだって、焼いて食べても美味しいのではないだろうか? 

 

 まだまだお腹には余裕がある。もそっと小皿に取り分けて、まずは腸詰めの違いから。

 

(……うん、うん。美味しい。茹でたほうを食べたときみたいにビックリするほどじゃないけど、これも美味しい。パリパリ感はちょっと少ない? でもお肉の焼けた香ばしい感じは茹でたほうじゃ物足りなかったし、ソースが無くても濃い、濃く感じる感じが……うん、これも全然)

 

 皮の弾ける食感こそ控え目だが、その代わりにサクサクとした焦げ目の香ばしい歯応えと喉の奥まで届く満足感。これはどちらがより美味しいか、というよりも食べてどっちが好みに合うかの違いかもしれない。感動は茹でた腸詰めのほうが大きかったが、パステールが繰り返し食べたいと思うのは焼いたほうの腸詰めであった。

 これは是非ともトルタの意見も聞いてみたいところだ、それはそれとしてせっかくなのでジャガイモも食べておこう。空腹を満たすという分野において麦や米以上に金銀財宝よりも人類に貢献しているであろうジャガイモ、これを料理上手な店長が手を加えたらどうなるのか。なにをしたところでジャガイモはジャガイモではあるが……さて。

 

(……ジャガイモだ。私の知ってるジャガイモだ。でもボソボソとかはしないな。茹でたんじゃなくて焼いたわりにはそこまで粉っぽくもないし。うん、ジャガイモ。ちょっと脂っこいのを吸ってるのがなかなか、悪くない、うん、やっぱりジャガイモだなぁ)

 

 ヒョイ。

 

 ぱくり。

 

 肉の旨味が馴染んでいるかと言われると……まぁまぁ、ジャガイモらしい味のほうが強い。しかし茹でただけや焼いただけのものに比べれば何倍も食べやすい。

 

 ヒョイ。

 

 ぱくり。

 

 ヒョイ。

 

 ぱくり。

 

(そういえば……娼館の近くで呪い屋をやってたエルフのおじさんが、ジャガイモが大好きでお腹がパンパンになるまでいくらでも食べられるって言ってたっけ。どうせ食べるならお菓子とかのほうがいいのに、な〜んて思ってたけど……このジャガイモなら、まぁ)

 

 ヒョイヒョイヒョイ。

 

 ぱくぱくぱくり。

 

 ご馳走という感覚はあまりしない。上質な腸詰めと一緒に炒めたことで美味しい料理にはなっているが、これぐらいであれば自分でも作れそうな気がしていた。コショウを手に入れるのには難儀するかもしれないが、安物の肉とジャガイモを炒めるだけなら調理法としてはそこまで珍しいというワケでもないのだから。

 だがしかし。炒めるという“調理法”が珍しくなかったとしても、ここには珍しい“調味料”がある。一瞬の迷い。腸詰めの塩味と脂味に加えて塩とコショウで味を濃くしているコレに黒ソースでは強過ぎるが、それでも黒パンの麦の味であればバランスも取れそうな気もする。てもジャガイモ。主食と主食を合わせるのも……と、赤ソースを少し取り分ける。

 

(全然、いいかも。塩とコショウだけでも美味しく食べられるけど、ジャガイモと赤ソースも美味しい。パンやライスのおかず、って雰囲気じゃないけど、ジャガイモだし、このままでも別に……)

 

 口の中でほぐれたジャガイモ、そこにミルク。茹でた腸詰めを食べているときはサッパリと洗い流す役割だったが、今度はじんわりと広がる甘みがジャガイモと馴染んでとろりとした旨味に変わる。お酒の良さがわかるようになれば、ここがミルクではなく葡萄酒や麦酒になるのだろう。

 

 ヒョイぱく。

 ヒョイぱく。

 ヒョイぱく。

 ヒョイぱく。

 

 最初に皿の上を見たときは、ジャガイモに対してさすがに腸詰めの量は控え目なんだなと感じていたパステール。なのに自分でご馳走だと言っていた腸詰めよりも、飽きるほど食べ慣れているはずのジャガイモばかり拾って食べていた。そこに時々アクセントとして肉の味が混ざる程度。

 上手く言葉にすることは難しいが……頭ではなく胃袋が美味しいからもっとよこせと催促しているような気分、とでも言えばいいのだろうか。特別に美味しいものを食べたときに感じる幸せとは違う、普通に美味しいものでお腹が満たされていく満足感。1日の始まりとして、これから働く人にとってはこういうのがいいのかもしれない。

 

(これなら私でも作れるかな? でも火の加減とか塩の量とか間違えると台無しになりそうな気もするし、やるならちゃんと店長さんに許可を貰ってから……っていうか普通に教えて下さいってお願いすればいっか。まずは部屋の掃除と、露天商の人たちへの賄いの配達の仕事を覚えてから────)

 

 これからのことを考えながらもジャガイモを食べる手は止まらない。豪華な食事や華やかな菓子ばかりをご馳走と呼ぶのではないのだとパステールが学び始める日はそう遠くはないのだろう。




 新年1発目の投稿がソーセージとイモを食ってるだけの投稿者がいるらしい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。