キヴォトスの生徒達っていつから銃を使っているの?
どんなきっかけから銃を携帯するようになるの?
どうしてその銃を持つようになったの?
ある日ふと気になったそんなことを、形にしてみました。
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シャーレ居住区の一施設である射撃場で、私は今日も、耳に走るキンとした痛みに悶えていた。シャーレ備品の一つとして携帯しているハンドガンの衝撃に、まだ手がしびれている。屋内射撃場ということもあって防音用イヤーマフの着用が推奨されているが、射撃を止めてから三十秒ほど経ってもまだ耳鳴りがする。
日常的に銃弾の飛び交うキヴォトスで、護身用、あるいは明確な武器として銃を所持する女生徒たちは、難聴になる様子もない。何しろ、道端でケタケタ笑い転げていたと思ったら、次の瞬間には目の色を変えてライフルを構えていることも珍しくないのだ。神秘的な力に守られているのか、身体能力がそもそも違うのか、そのどちらかは分からないが、ともかく多少銃弾を浴びても命に別状のない彼女たちとは違い、私は一発撃たれれば即ち致命傷だ。「何があっても戦闘には参加しないように」とあらゆる生徒から強く言われているが、ただ守られているばかりというのもどうにも好ましくない。いざという時に相手を怯ませ、逃げる時間稼ぎをするぐらいのことはできなくては。
だからこうして業務の合間に居住区に下りては、数十分は射撃練習の時間を取るようにしているのだが……
「……はぁ、端っこに当たるだけまだマシなのかなぁ」
それほど遠くない距離に設定したターゲットをこちらまで引き寄せる。人間の上半身を想定した的の頭部は新品同様綺麗なもの。ヘッドショットもそれほど難しくないFPSのエイミングとは大違いだ。肩や背中が反動でズキズキする。溜息をつきながら「もう一ラウンドぐらいはするか」と弾丸を補充しに行こうとすると、射撃レーンから離れた所で、手を振る人影があった。ああ、今日の当番は彼女だったか。
「来てたんだ、ユウカ。お疲れ様」
「あっ、はい、お疲れ様です先生。オフィスにいらっしゃらないと思ったら……先生、こんな所で何を?」
ミレニアムサイエンススクール高等部の二年生、早瀬ユウカは、訝しげに眉をひそめていた。
「何って、射撃練習だよ」
「え……だっ、ダメですよ、先生が前線に出るなんて! 危険すぎます!」
「前線に立とうなんて思ってないよ。でも、銃を持つ生徒がいる地域を当たり前のように歩くんだし、いつでも守ってもらえるとは限らないからね」
権限だけは強いシャーレの肩書のおかげで、どこの学園自治区へも私は基本的に出入りが許されている。一人で遠くまで出かけることもよくある。幸い、当番でシャーレにやってくる生徒は(時に壁や天井を破壊することこそあれど)――きっと若さゆえなのだろう――好意的に接してくれる子が多いから、身の危険を感じることはまずなかった。出かける時に誰かを警護につけることだってできるはずだが、私用の外出、使い走り、あるいは気まぐれの放浪に青春の貴重なひと時を消費させるのも忍びなかった。
そんな事情をユウカに話してみると幾分か表情は和らいだが、それでも子供をたしなめる母親みたいな厳しい雰囲気が、視線に残っていた。もう一ラウンドやったらオフィスに戻るから、と告げて射撃レーンに戻ると、背後からトントンと肩をタップされた。
「先生、姿勢がなってませんよ」
「姿勢?」
「反動を恐れて背筋が伸びてます。少し前傾姿勢になって、両脚は肩幅に開いて」
「こ……こう?」
頭一つ分低い所から手が伸びてくる。肩を後ろから押す力は、体格からは想像もできないほど強い。ユウカが用いる銃器はサブマシンガンだったはずだけど、ハンドガンも扱えるのだろうか。
「そう。それで両腕を前方に押し出すんです。そのアイソセレススタンスを維持したまま狙ってみてください」
そんなことを考えている間に、姿勢だけなら合格点をもらえたようだ。そのまま撃つように言われ、ずらされたイヤーマフがかぶせ直された。なんだか前のめりだ、と思いつつ、トリガーを引く指に力を込める。
一発、続いて二発目、三発目。
射撃を一発で済ませるのはスナイパーぐらいだ。アサルトライフルやサブマシンガンにストッピングパワーでも攻撃速度でも劣るハンドガンでは、数発は続けざまに撃って少しでも確実に命中させないといけない。全身に衝撃が走る中、さっきとは違う場所に命中しているのが、遠目に見て取れた。
「……ふぅ」
姿勢を変えただけで、射撃を終えた後の負担が違う気がした。ターゲットを引き寄せてみると、さっきまでとは違って、胸、頭部、首に命中している。胸にささやかな熱がこみ上げたが、実際はこれを咄嗟にできないといけないわけで……頭が痛くなる。
「ちなみに、ユウカ。実際にハンドガンの弾が君たちに命中したら、どれぐらい
「うーん……頭部に当たったら気絶するかもしれません。そうでなくても、しばらくは眩暈が治まらないでしょうね……」
「…………」
この認識の差だ。ボディアーマーに身を包むこともなく学校の帰り道で銃撃戦が起こっても、彼女らは軽い怪我程度で済んでしまうことも少なくない。キヴォトス人は、私の常識で考えられる耐久力ではない。私が戦線に立たないよう強弁されてしまうのも納得である。
「……さて、そろそろ仕事に戻ろうかな。今日もよろしくね、ユウカ」
「あ~……それなんですけど、ちょっとお伝えしなきゃいけないことがあって」
スマートフォンの画面を指で撫で回してから、ユウカは気まずそうに眉尻を下げた。
* * * * *
「先生、わざわざすみません、私の急用に付き合わせてしまって」
シャーレからミレニアム自治区に向かうモノレールを途中下車して、徒歩十分ほど。ユウカが預けていた愛銃の修理が終わり、受け取りに行く所だった。まだ仕事が山積み状態のままデスクで放置されているのだが、生徒の銃器事情がどうなっているのか関心が高まり、ついつい同行を願い出てしまったのだ。
「できるだけ早く取りに行きたかったんです。銃を預けている間は丸腰になってしまうので」
「予備の武器とかは持ってないの?」
「その予備が、二挺目のサブマシンガンなんです。いつも両方持ってるから……」
思わず、辺りを見回してしまう。ガンショップ周辺は特に警備の行き渡った所だから心配ないそうだが、今誰かに襲われたら逃げるしかない、ということだ。腰のホルスターに下げた拳銃の位置を確かめずにはいられなかった。
「ところで、ユウカはハンドガンも扱えるんだね」
「キヴォトスの大部分の生徒は、一通りの銃を触るんです、授業の一環で。他の自治区は知りませんが、ミレニアムの学区内だとミドルスクールの一年次から、少しずつ色々な銃の扱い方を軽くさらうんです」
「授業で、銃を……」
「もちろん、実弾は使いませんよ。プラスチックの模擬弾です。変な当たり方をすると怪我しちゃいますけど」
すらすらと学校の授業を説明するユウカは口元を緩めていた。エンジニア部の豊見コトリほどではないが、嬉しそうだ。誰かに知識の伝達を行う行為を好むのは、どうもミレニアム生には特に顕著らしい。
「それで、二年次から卒業までの間に、ミドルスクール卒業後に自分の責任で所持する銃を決めるんです。チケットを支給されて、それと交換で一挺だけ貰えるんです」
「へぇ……ユニークなカリキュラムだね」
「まぁ、生活必需品の一つですからね。スマホみたいなものですし、義務教育の間に使い方を覚えておかないと困っちゃうから」
「ユウカは、どうしてサブマシンガンを選んだの?」
「携帯性の高い銃だからですね。フルオートで手数も出せます。それに……」
一瞬、ユウカが息を溜めた。
「……
白い頬が、ぽっと赤く染まる。
「……ふふっ」
「なっ、何ですか、笑わないでくださいよ! 二挺目だって買えるように、ちゃんと見積もり立てて、計画的にお金を貯めて買ったんですから! 分かりますか先生? お金はここぞという時にちゃんと使うために、普段使いはもっと……!」
照れを隠すようにユウカがまくしたてる。カッコいいから、だなんて、お得意の合理性や計算高さが見られないのが何とも可愛らしくて、と言いたかったけれど、それを言ったらますますお小言を言われてしまいそうで、胸の底にひとまずしまっておいた。男の心理として非常に共感できる理由ではあったのだけど。
* * * * *
おおよそガンショップという所には立ち入ったことが無かったけれど、何だかファンシーでキュートな、雑貨店のような雰囲気があった。顧客の多くを女生徒が占めるためだろう。銃に取り付けるキャラ物のアクセサリーも取り扱っており、ラックにズラリと並ぶ多種多様な銃器との違和感を覚えずにはいられなかった。
レジで名前を伝えると、バックヤードからすぐさま「ロジック&リーズン」が運ばれてきた。丁寧に手入れされた銃身がツヤツヤと光り、それを見たユウカはにっこりと目を細めている。ガンスミスの仕事ぶりをひとしきり眺めて満足すると、セミナー制服の白ジャケットの内側にユウカが愛銃をしまった。一見ただ肩から提げただけのように見えるが、脇の下に装備されており、戦闘になればすぐに取り出せる位置に固定されている。心なしか、身を守る備えをきちんと済ませた安心感が、余裕のある目元に表れているように見えた。
「ちょっと店内を見て回りたいんだ。いいかい?」
「ええ、いいですよ」
値札を見る限り、今の手持ちでは到底買えそうにないものばかりだ。本体に、弾薬に、維持費も。銃を持つだけでかかるコストは結構なものになりそうだ。掌に収まりそうなサイズの拳銃もあれば、私には違いのよく分からないアサルトライフルもあり、携帯には適さないミニガンまで置いてある。
「ん……んぐぐ……!」
試しにミニガンを構えてみようとしたが、私の腕力では地面から少し浮き上がらせるのが精一杯。腰だめで持つのもかなわなかった。
「ミニガンは玄人向けと言いますか、使ってる人が滅多にいないんです。本体重量もですけど、バッテリーと大量の弾薬も同時に持つことになるし、反動がすごいんです。持ちあげて撃つだけでも一苦労で、狙いを定めるなんてとても……」
「じゃあさ、これを持って走り回ってるコトリって、とんでもないんじゃ……」
「本体とバッテリーの重量を極限まで削ったカスタムって言ってましたよ、アレ。……アビドスのあの子は本当に何もいじってないらしいですけど」
――お仕置きの時間ですよ~♪
呑気な言葉とは裏腹の夥しい弾幕が脳裏に浮かんだ。
「ノノミか……力持ちだとは思ってたけど、そこまで……」
「先生に召集されて一緒に組んだことありますけど、斉射する時に体幹が全くぶれないんです。毎分1500~3000発の回転数が生み出す反動を受け止めてその場に留まるには、吹き飛ばされないだけの質量が必要なわけで、ええと……体重はおよそ」
続きを言いかけて、ユウカは強引に口を噤んだ。
「ま、まぁつまりは、ミニガンは扱うのがとても大変な銃だということで。統計データをキヴォトス全体で取れば判明すると思いますが、アサルトライフルを選ぶ生徒が多いみたいですよ。次に多いのが、ハンドガンかな、と」
「やっぱり、取り回しの良さ重視なのかな」
「それもありますけど、デザインの種類と、対応してるアクセサリが多いんですよ。カスタムもしやすいし、ほら、これなんか可愛くありません?」
おおよそ銃器には似つかわしくない形容詞と共に、ユウカがラックから白とピンクのライフルを下ろした。銃身に施された飾りも含めてファンシーな印象だが、きっと硝煙や埃を浴びる内にすぐ黒ずんでしまうであろうことが、容易に想像できる。部屋のインテリアとして飾っておくにはいいかもしれない……色合いだけは。銃器に頬を寄せてニコッと微笑んで見せるユウカの表情は、瑞々しくて爽やかな、年頃の女の子そのものだ。顔のすぐ横にあるのは、殺傷能力のある武器だけれども。
そんな風にしてスナイパーライフルやマシンガンのコーナーも見て回っていると、一人の女の子がキョロキョロと辺りを見回しながら店に入って来た。左手に、銀色に光る紙のようなものを握り締めている。ユウカも目ざとくそれに気づいた。
「あっ……アレですよ、銃のチケット」
高校生というにはまだ幼い。制服を着こなすというよりも制服に着られている。胴体よりも幅の広いスポーツバッグをたすき掛けにしたその子は、緊張した面持ちでショットガンの架かったラックへやってきた。構えてみたり、ライフルスリングを肩から提げてみたり。肩の上で切りそろえた黒髪がさらさらと揺れている。ユウカもそれを懐かしい目で眺めていた。
そこへ、二人の少女の意識の隙をつくように、銀色のチケットが、私の足の前へひらりと舞い落ちてきた。よほど大事に握られていたのだろう。皺だらけだ。ミドルスクールの名前から少女の学年や氏名まで記されていた。
「これ、落としてるよ。大事なものなんだろう?」
私が拾い上げてそれを渡してやると、店の一角に悲鳴が響いた。
「あああっ、すす、すみません! これが無いと銃を貰えないのにっ! ありがとうございます!」
溌剌とした声で頭を下げられる。物珍しそうに私の顔を見回したのは、その後だった。それから私の隣に立つユウカの制服につけた校章を見て、少女はハッと背筋を伸ばした。
「あの……ミレニアムサイエンススクールの人ですか?」
「ええ、そうよ」
「推薦通ったら、あたし、ミレニアムに進学するんです」
「あら、それなら来年会えるかもね。私は二年だから」
「はいっ、楽しみです……! と、ところで、高校生ならもう自分の銃を持ってますよね? ちょっと聞きたいんですけど……」
カタログを読んで決めてきたのに、いざ実物を見たらどの銃を買うべきか迷ってしまった。少女の持ち掛けてきた相談事を聞いて、ユウカが目配せした。時間に余裕があるのを知らせてやると、ユウカはほっと一息ついてから少女へ向き直った。
* * * * *
「良かったねユウカ。満足そうにしてたよ、あの子」
「え……えぇ、それはそうなんですけど……よかったのかなぁ」
「何が?」
さっきまでは天高くにあった太陽が、空を茜色に染め始めていた。
「自分の意思で決めるノイズになったりしてなかったかな、って。あの子、最初はショットガンを手に取ってたじゃないですか。習い事でもショットガンを使ってたからって。それが、レジに持って行ったのは私の同じ型のSMGになっちゃって」
「ユウカのプレゼンは確かに影響してたと思うけど、悩んだ末にあの子が自分で結論を出したんだ。きっと後悔はしないよ。それに――自費で後からもう一挺買うかもしれないし」
ユウカみたいにね、と付け足したら、夕焼け色の光の下に戸惑いが浮かんだ。
「ともかく、お疲れ様」
売り場で二人が話している間に購入したストラップを、ユウカに手渡す。
「えっ、何ですかコレ」
「ユウカの今日の報酬。射撃を教えてもらった分と、将来の後輩を導いてあげた分」
「そんな、お金が勿体ないですよ!」
「5,000円を下回る出費なら、ユウカを通さなくてもいいでしょ?」
「でも、衝動買いは禁止って……消費は計画的にしないと……」
「きちんと感謝の伝え方を計画してから買ったから、大丈夫」
「……もう……!」
深く息を吐いたユウカの頬が、ほんのりと色濃くなっていた。
「あ……ありがとう……ございます。だっ、大事に、しますから……!」
目を引く派手さもなければ、実用性もなさそうな、"よく似合う気がした"というだけの理由でレジに持っていった、その場でQ.E.D.と刻んでもらったレザーストラップ。袋を裂いて取り出すなり、ユウカはすぐにストラップを取り出し、射撃の邪魔にならないように右手持ちのサブマシンガンに取り付けた。服の内側を覗き込んでいた目がちらりと私の顔を窺う。潤んでキラキラした空色の瞳の中心で、鮮やかな赤が笑っていた。
「……ところで、先生」
「うん」
「私、射撃場に行く前に、見ちゃったんです。領収書、また溜め込んでましたね?」
「あ……あ、あ~……」
「お仕事も進んでないし、今日もたっぷり残業することになりそうですね?」
「はい……」
「さ、シャーレに帰りましょ、先生」
頭を現実に引き戻されてしまった。足が鉛のように重くなっていく。溜まった仕事の量を思うとげんなりしてしまいそうだ。でも――
腕を組んできたユウカは上機嫌だった。
終わり
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