【完結】銃で撃たれても痛いだけで済む神秘的存在 作:Leni
私が呼ばれたのは、トリニティ総合学園の派閥の一つ、フィリウス分派のところだ。
そこの生徒会長、
お嬢様校の派閥の長というからには、派閥所属の生徒達に取り囲まれてお茶会みたいな場に招待されるとばかり思っていた。
だが、予想に反して私が通されたのは校舎の応接室。私は二人用のソファーに座らされ、ガラスのテーブルをはさんでナギサ生徒会長も対面のソファーに座った。一対一での面談である。面談というか商談か。
そこで私は、何部も用意してきた資料から一部だけ彼女に渡し、その場でプレゼンを始めた。
「なるほど。ところでこのエーテル粒子なるものは、人体に害はないのでしょうか」
資料を読みこんでいたナギサ生徒会長は、そのような質問を投げかけてきた。
それに対し、私はハッキリと答える。
「一切ありませんね」
「濃度が上がっても?」
「人体には害はありません。……ですが、濃度が高まると、エーテル粒子は実体化します」
「実体化……?」
「はい。エーテルは情報を伝える性質を持つ粒子ですが、その情報には人の感情も含まれます。そして、エーテル濃度が濃い状態で強い感情を受けると、感情に応じたエーテル体が具現化します。正常に具現化すれば、たとえば人そっくりの意識を持つ存在『幻創体』になりますが、強い負の感情を受けると見境なしに暴れ回る怪物『幻創種』となります」
「危険ではないですか……!」
「でも、それはエーテル通信塔をトリニティ自治区に十本や二十本も建てないと、具現化に必要なエーテル濃度とはなりません*1。不要な心配です」
「……そうですか」
「『幻創種』はともかく、『幻創体』はなかなか面白おかしい存在なのですけどね。普段は真面目な人が、クリスマス衣装を着込んで具現化するとか」
「それは、その具現化のもとになった人にとっては、自分の姿で勝手に仮装をして動き回る、厄介な存在ということになるのでは……?」
「逆に考えましょう。気になるあの子が、普段はしない格好をして懐いてきてくれると」
「……!? それは……素敵ですね」
「まあ、具現化はしないんですけどね。エーテル濃度が絶対に足りないので」
いやあ、次元を超えてエーテルが地球から流れ込んできたオラクル船団のアークスシップは、著名人の幻創体が現れてなかなか笑える状況になっていたけどね。
しかしその結果、地球のマザー・クラスタと協力して、幻創体や幻創種の出現に必要なエーテル濃度が割り出せた。なので、エーテル通信塔を作ろうとしている今の私としては、万々歳だったわけだけど。
「今回建てることになるエーテル通信塔単独で、エーテルの具現化に至る可能性はありますか? たとえば、限界まで通信塔を酷使するなどした場合です」
ナギサ生徒会長は、重ねて確認するように問いかけてきた。
対する私は、自信を持って答える。
「ありませんね。塔の装置にリミッターをかけるなどといった手法で、濃度の上限を設けているわけではないので。塔のエーテル増幅装置を最大まで動かしても、具現化に必要なエーテル濃度の十パーセントにも至りません」
「たとえばミレニアムのエンジニア部の方が、その増幅装置を改造したとしても?」
「はい。増幅装置の効果を上げる資料は、私の頭の中にだけあるので。私と同じエンジニア部の部員達でも当分の間、エーテルの増幅技術の開発は不可能でしょう」
「なるほど、もしエーテルから何かが生まれることがあったら、それはあなたの仕業ということになるわけですね」
これは意地悪な問いかけだなぁ。
でもまあ、その通りだ。
「そう思っていただいて構いません」
ここで胸を張って主張してこそ、商談が上手くいくというものだ。
「なるほど。そこまで言うのでしたら、何かが生まれる危険性は考慮しないこととしましょう。では、エーテル通信塔の導入を前提として、土地の候補ですが――」
商談はどうやら成立したようで、その後はどこにどのようなデザインで塔を建てていくかについての話し合いを進めた。
そして、一通りの話は終わり、最後にナギサ生徒会長はこのように言葉を締めた。
「『エデン条約』が成立したあかつきには、両校を通信で繋げるエーテル通信塔は和平の象徴となるでしょう」
エデン条約、か。噂には聞いたことがある。
昔から争い続けていたトリニティ総合学園とゲヘナ学園。二つの学園の永きにわたる抗争を止めるため、二つの学園の上層部が手を取り合おうとしている。なんでも、二校間の争いに介入して止めにかかる抑止力として、新たな武装組織を作ろうとしているのだそうだ。その組織はトリニティとゲヘナの優秀な生徒達から、それぞれ選出される。
つまりは、二校間の問題を腕力で解決するための平和条約である。
「エデン条約に関係のない、第三者であるミレニアム生のあなたから見て、どうでしょう。条約は成立すると思いますか?」
ナギサ生徒会長がそのように問いかけてきたので、私は素直な感想を述べることにした。
「上手くいくんじゃないですかね。なにせ、トリニティとゲヘナには、シャーレが結んだ絆があります」
「……シャーレ、連邦捜査部ですか」
「ええ。アビドス高等学校の廃校を防ぐために、先生が旗印となってトリニティの正義実現委員会と自警団、ゲヘナの風紀委員会が互いに手を取り合いました。知ってます? あの人達、一緒にバーベキューをしたどころか、カラオケで一緒の部屋に入って打ち上げしていたんですよ」
締めにはラーメンも食べにいきました。
「……なるほど、報告通りですね。では、リク社長。あなたの目からみたエデン条約は、どのようなものに映りますか? 理想主義的と思うでしょうか。滑稽だと思うでしょうか。それとも素晴らしいものだと思うでしょうか」
……ふーん。なるほど、トリニティの生徒会長の彼女は、エデン条約の当事者だ。外から見た意見、第三者からの視点での話を聞きたいんだね。
「個人的にはありだと思いますよ。ただ……」
「ただ?」
「エデン……『楽園の条約』という名前は、ちょっと気負いすぎではないかと」
私がそんな素直な感想を述べると、ナギサ生徒会長は口元に手を当てて「フフフ」と笑い出した。ちょっとウケたみたいだ。
そして、少しの間、お嬢様っぽい優雅な笑い声を上げたあと、ナギサ生徒会長は居住まいを正して、再度言葉を投げかけてきた。
「リク社長は、外から来たとうかがいました」
ここでいう外は、トリニティの外という意味ではないだろう。キヴォトスの外という意味だ。私、自分の経歴を隠していないからね。外の宇宙文明の技術を持ちこんでいる。そう思ってもらえた方が、商機が近づくからだ。
「七つの古則はご存じですか?」
新たな問いかけに、私は「いいえ」と答える。初めて聞くワードだ。
「七つの古則とは、キヴォトスに古くから伝わる七つの問いかけ、禅問答のようなものなのですが……」
ふーん。キヴォトス独自の古典かな。
「古則の一つにあります。『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』。この世の楽園があったとして、そこに辿り着いた者は楽園を離れようとするでしょうか」
ナギサ生徒会長の説明を私は黙って聞く。
「つまり、楽園の外には楽園に辿り着いた者は存在せず、結果、楽園の存在を証明することはできないのです」
へえ……。
「そんな楽園の名前をトリニティとゲヘナの条約の名前に付けた連邦生徒会長は、何を思っていたのでしょう」
ああ、これ、遠回しに『楽園の条約』という名付けは、自分達トリニティじゃありませんよと言っているのか。そうかぁ。大業なネーミングは、行方不明になった連邦生徒会長の所業だったか。
「外の方から見て、エデン条約は楽園の名を冠するに相応しいものですか? トリニティとゲヘナが手を取り合って進むその先に、楽園は待っているでしょうか?」
そんな問いかけに私はしばし考え、そして思いついた端から答えを述べていく。
「外の世界、地球よりも遥か遠い次元の出身の私から見ると……倒すべき外敵のいないキヴォトスは、ある意味で楽園かもしれないですね」
「フフッ、そうなると、リクさんはキヴォトスから外に帰ることはないのでしょうね」
「どうでしょうねー。最近は、キヴォトスに永住してもいいかなと思い始めてきたところですけど」
そう言って、私達は向かい合って小さく笑みを交わしあった。
「……ああ、ちなみに先ほどの七つの古則ですけど、楽園の証明はできますよ」
私がついでのようにそう言うと、ナギサ生徒会長はピクリと眉を動かした。
そんな彼女に、私は軽く解説する。
「たとえ楽園が離れがたい場所だとしても、楽園から追放されれば本人の意思とは関係なく外に出られるんですよ」
「楽園からの追放、『失楽園』……古い経典にあるアダムとイヴ、ですか」
エデン条約と名が付いていることからも分かる通り、キヴォトスにも旧約聖書の内容はしっかりと伝わっている。
「ええ、ちなみに私は外の世界で、アダムとイヴに会ったことがありますよ」
私がそう告げると、ナギサ生徒会長は「えっ!?」と驚きの声を上げた。あ、今の驚き、多分、かなり素に近かったな。
「それぞれ、アーデムとファレグと名乗っていたんですけど……アーデム、アダムは外の世界を許しがたい絶望の世界と捉えていて……世界に楽園を作り出そうとしていましたよ」
アーデムは地球にあった秘密結社のボスで、エーテルとシオン模倣体マザーの力を使って、地球人類を異形の存在に進化させて楽園を作り出そうとした。そして、それをアークスの英雄、
そうそう、アーデムが進化させた異形の存在は天使に似ていて、頭の上にヘイローが存在していたね。キヴォトスの女子生徒達と何か関係あるのかな?
まあ、それも気になるが、今はアーデムの話だ。
「きっと、彼の心の中には、素晴らしい世界……楽園の思い出があって、追放先の世界は楽園と比べるまでもなくひどい場所で、そんな世界で生きるしかない事実に、絶望していたんでしょうね」
アークスと守護輝士がいなければ、地球人類は作り替えられるか、もしくは創造神の力で消滅していただろう。
それをPSO2というゲーム画面越しではなく、リアルで目の当たりにした私は……、世界に絶望して世界を滅ぼそうとするRPGのラスボスみたいな人って本当にいるんだなぁ、としみじみ思ったものだ。
「そういうことで、楽園に住んでいたけど追放された人がいれば、楽園の証明は可能です。発想の転換ですね。だから、私はその七つの古則とやらには、そんな無理難題が語られているわけではないと思いますよ」
私がそこまで語ると、ナギサ生徒会長は無言でこちらをじっと見つめてくる。そんな彼女に、私はさらに語る。
「ちなみに私の持論ですけれどね。楽園に居る人は、離れがたいんじゃなくて、そこが楽園だと気づいていないんですよ」
ふと思い出す。前世の私にとっての、ちっぽけな楽園を。
「学生であるうちは、学園に通うのってすごく面倒臭いんですけどね。卒業して学園を離れて社会に出て大人になると、学園は楽園だったと初めて気づくんですよ」
私がそう言うと、ナギサ生徒会長は私の言葉にウケたのか、口元に笑みを浮かべた。
いや、ジョークの類じゃなくて本気で言っているんだけどね。大人になるって大変なんだよ。
「ですので、学生達の楽園である学園、そのうちの二大校が絆で結ばれるのは……学園をより楽しくしてくれる、まさに『楽園の条約』なんじゃないかって思いますよ」
そこまで言って、私は一連の話の締めとした。
「なるほど、そうですか……」
ナギサ生徒会長もようやく口を開いて、簡潔に言葉を述べた。
そして、さらに彼女は言った。
「その意見、参考にさせてもらいます」
「あはは、なんの参考にするかは知らないですけど、了解です」
そして、私は頭の中で考える。
学校が楽園だとして……安藤先生が担当している補習授業の生徒が落第して退学になったとしたら。それは、楽園から追放されたアダムとイヴみたいな状況になるんだろうな。
追放されたアダムは遠い昔に経験した楽園を忘れられず、地上に楽園を作り出そうとした。
楽園からの追放は、彼にとってそれほど辛い事実だったのだ。そんな悲劇が、生徒に降りかかったら彼女達はどうなるか。
だから、安藤先生は生徒達を学園という名の楽園に留めるため、今、補習授業を頑張っている。
……おう、トリニティ上層部、私達の先生に無理難題押しつけているんじゃないぞ!
そう口に出して文句を言ってやりたいが、相手は大事なクライアントなので我慢しておく。そして、そんな私の内心を知らずに、ナギサ生徒会長は澄ました顔で言ってくる。
「……有意義な時間でした。では、エーテル通信塔の建設候補地への案内日などは、追って連絡します」
はてさて、私は順調に商談を終えたが、先生の方はいったいどうなるんだろうね。