【完結】銃で撃たれても痛いだけで済む神秘的存在 作:Leni
45.アトラ・ハシースの箱舟
私達は今、キヴォトスの上空、七五〇〇〇メートルにいる。
なぜこんな高空に来ているのかというと……敵の本拠地がここに存在すると判明したからだ。
では、なぜこんな高空まで来られているのかというと……すでに作ってあったからだよ、宇宙船を。エンジニア部が。
エンジニア部の三人は、私が入部する以前、宇宙戦艦の製造を目標にしようとしていたらしいが……私が提供した技術のおかげで、その目標は夢物語の類ではなくなった。
なので、私達は五月あたりからずっと、コツコツと宇宙船の作成を進めていたのだ。
そして、私がオラクル船団と通信を確立して技術を引っ張ってきてから、その作業の進捗は一気に進み……。最終的に、戦艦ではないが宇宙船が一基、見事に完成していたわけである。
いやあ、作戦本部で敵拠点がはるか高空にあると判明したときの皆の絶望顔と、そこでコトリが告げた「こんなこともあろうかと!」のセリフで変わった驚き顔は、見物だったね!
と、いうわけで、私は先遣隊として、宇宙船『ミレニアムスペースシップ』に乗って、敵拠点の偵察に来ているわけだ。
キヴォトスの上空七五〇〇〇メートル。地球で言うとオゾン層を越え、成層圏を越え、中間圏に位置する場所。宇宙と言うには語弊がある、しかし地上からははるかに遠い、そんな位置である。
そして、敵拠点が存在すると観測された場所には……巨大な黒い球体が存在していた。
「あれが『色彩』の拠点……?」
宇宙船の操縦桿をにぎるウタハ部長が、いぶかしげな声色でそう言った。
まあ、拠点と聞いて、あの球体があったらそんな声も出るだろう。
黒い球体。言うなれば、黒い太陽。
前世のトレーディングカードゲームに、こんな見た目のモンスターカードがあったなぁ。『邪神アバター』だっけ。
『やはり予想通りね。『アトラ・ハシースの箱舟』よ』
地上からのエーテル通信で、リオ会長がそんなことを言った。箱舟ねぇ。球体にしか見えないけど。
『『アトラ・ハシースの箱舟』は、『名もなき神』の技術の結晶。古代文明の遺産というやつね』
「ということは、『色彩』が『ゲマトリア』から奪った技術ってやつかな?」
私がそう問い返すと、リオ会長は『おそらくね』と返してきた。
あ、ちょっと待てよ。アトラ・ハシースって、聞き覚えがあるぞ。
「会長。確か、アリスの身体をスキャンしたときに、『ATRAHASIS』とかいう謎のプログラムがあったよね?」
『ええ、これがまさしくそうよ。キヴォトスを滅ぼしうる『災禍』の一つと見てもらっていいわ』
「そうきたかぁー……」
さて、敵拠点の前まで来たのなら、とりあえず試してみることがある。
それは、敵拠点を攻撃して落とせないか確かめることだ。先遣隊の役目じゃない? 知らないね、そんなこと。
「じゃあ、主砲撃ちますかー」
私がそう言うと、ウタハ部長は大喜びで操縦席のコンソールをいじり始めた。
「じゃあ、やろうか! 主砲発射用意!」
ウタハ部長のその声に、同乗していたエンジニア部のコトリとヒビキもノリノリで主砲の発射準備を始めた。
「フォトン集積機関、最大出力です! フォトンチャージ、開始しますよー!」
「フォトン充填、八〇パーセント……一〇〇パーセント……一二〇パーセント」
なんで一〇〇パーセントを超えてチャージしているのかって? ロマンだよ!
そして、私が主砲専用の照準器をにぎり、引き金に指をかける。
「六、五、四、三、二、一……発射!」
次の瞬間、ミレニアムスペースシップの前面に取り付けられている主砲《フォトン粒子砲》が、膨大な量のフォトンを吐き出す。攻撃性を与えられたフォトンの渦は、真っ直ぐ敵拠点へと進んでいき……そして霧散した。
黒い太陽は、主砲を受けても一切の傷を受けることなく、その場にたたずみ続けている。
「……効かない、か」
ウタハ部長が、心底残念そうに言う。
うーん、この結果はちょっと予想外。
「『色彩』相手ならフォトンを直接ぶつける《フォトン粒子砲》は、効くと思ったんだけどなぁ」
私がそう言うと、リオ会長が通信越しに言葉を伝えてくる。
『『アトラ・ハシースの箱舟』自体は、『色彩』とはなんの関わりもない技術だもの。念のため、地上からも巡航ミサイルを当ててみるから、少し距離を取ってちょうだい』
「了解ー」
その後、地上から巨大なミサイルが敵拠点に向けて飛んでいったが……そのミサイルは黒い球体の外側に触れると、そのまますり抜けて上空へ飛んでいった。
あー、ミサイルも駄目か。しかし、どうなっているんだ。フォトンを散らしたり、ミサイルを透過したり。
私達は疑問を抱えたまま、作戦会議を行なうために地上への帰還を余儀なくされたのだった。
◆◇◆◇◆
『あの黒い球体は『アトラ・ハシースの箱舟』の一機能、多世界解釈を利用した防衛兵器です』
シャーレビルで行なわれた会議の場には、ゲーム開発部のアリスの姿があった。
アリスの左肩にはエグに入ったケイもいて、そのケイが敵拠点の解説を担当してくれた。
しかし、多世界解釈か……。
『多世界解釈とは、可能性の数だけ宇宙が分岐するという考え方。要するに、並行世界のことです。多次元解釈と呼称してもよいでしょう』
「"並行世界……!"」
まさかのSF展開に、会議に参加している幾人かがポカーンとした顔をしている。
『あの空間は全ての可能性が、分岐しないまま混ざり合っています。並行世界を無数に重ねて、外部から干渉不可能な空間を作り出す。そのような無敵の防衛兵器です』
得意げにケイが語っているが、その無敵の防衛兵器を使っているのは敵サイドなんだよなぁ。
「攻略方法は?」
私がケイにそう尋ねるが、ケイの答えはあっさりしたものだった。
『ありません。無敵の防衛兵器ですから』
こいつ……!
だがしかし、そこで会議に出席していたリオ会長が発言する。
「攻略の手段はあるわ」
マジか。会長有能!
そうして、会長は攻略方法を説明していく。いや、それは、攻略方法というか攻略に必要なアイテムの説明だった。
「カイザーPMCがアビドス砂漠で古代文明の遺産を発掘したそうよ。古代文明の遺産、『名もなき神』が造り出した船。『ウトナピシュティムの
「『名もなき神』って、ケイとアリスももともとその勢力だったよね……? あるじゃん、攻略方法!」
私が突っ込みを入れると、ケイはその場でくるりと回ってから、音声を発する。
『『ウトナピシュティムの本船』は私達の敵対勢力が作り出した『アトラ・ハシースの箱舟』の攻略兵器です。そのようなものに頼るなど……』
「そのようなものだから頼るんだよ!」
まったく、このポンコツAIは……!
しかし、ウトナピシュティムか。前世でプレイしたゲームで聞き覚えがあるな。
ゲームに出てきたのは『ナピシュテムの
叙事詩に曰く、ある日、神々は大洪水で地上を一掃することに決めた。だが、生物を全滅させる気は神々にはなく、ウトナピシュティムという人物に神託を下ろし、生物のつがいを隔離して大洪水から生き延びさせるための船を造らせた、というものだ。
また別のゲームでギルガメシュが登場する作品をプレイしていたことがあるから、たまたま覚えていたよ。
そもそも大洪水で世界が滅んで、船で一部が生き残るという神話は、地球上にいくつもあるらしい。有名なのは『ノアの箱舟』だね。もしかしたら、『アトラハシースの箱舟』もその類型の神話に出てくる船の一つなのかもしれない。
そもそも、アークスのシエラが調べたところ、キヴォトスっていう言葉は、地球のギリシャ語で『箱舟』って意味らしい。うーん、意味深。
ちなみに、キヴォトスの首都D.U.は、『District of Utnapishtim』の略だ。ウトナピシュティム地区。意味深すぎる!
「では、その『ウトナピシュティムの本船』を手に入れるということでよろし?」
私がそう言うと、リオ会長も「そうするしかないでしょうね」と答えた。
しかし、船か……。
「"その本船って、空を飛べる?"」
と、そこで先生が重要なことを言った。うん、確かにそうだ。敵拠点は、はるか上空に存在するのだ。そんなところに、水の上にしか浮かない船を持っていくとしたら、時間がどれだけ必要なことか。
「問題ないわ。ちゃんと空を飛べる船だから」
リオ会長のその言葉に、先生は喜びをあらわにする。
「"空飛ぶ船か……ファンタジーだね"」
「飛空艇はロマンですよねー」
先生の言葉に私も思わずそんな合いの手を入れる。
「飛空艇! アリスの冒険も、とうとう中盤を過ぎたのですね!」
アリスがそう喜ぶが、ケイが不服そうに『『アトラ・ハシースの箱舟』の方がすごいですよ』と主張している。
でもアリス。この状況は多分、中盤どころか終盤だと思うよ! 『色彩』はラスボス枠だ。
「ちなみに、『ウトナピシュティムの本船』は、サンクトゥムタワーがなければ動かないはずよ。だからカイザーは『色彩』がサンクトゥムタワーを破壊してから、クーデターを完全に諦めてD.U.から逃げていった」
リオ会長が、そんな突っ込みを私達に入れた。
「動かないなら駄目じゃん!」
思わず私は、リオ会長に突っ込みを返していた。
「そこは『シッテムの箱』が代わりになると思うわ」
そんなリオ会長の言葉に、会議の参加者の目が先生に集まる。サンクトゥムタワーの権限を掌握することができる『シッテムの箱』。不思議で謎だらけのタブレットだが、そんなこともできるのか。
そりゃ、カイザーグループも先生をさらってタブレットを奪い取るわけだよ。
彼らが本当にやりたかったことは、古代の空飛ぶ船を使ってキヴォトスの制空権を確保して、キヴォトスの全権を手中に収めることだったんだろうねぇ。
「あの……カイザーから、その空飛ぶ船を強奪するんですか? 今更、法律がどうとか言っている場合ではないのは、分かっていますが……」
アビドス代表としてこの場にいるアヤネが、遠慮がちにそう言う。
だが、その弱腰な姿勢はいけない。
「そんな危険な古代の遺産を所持しているから、カイザーはクーデターなんか仕掛けたんだよね? じゃあ、もう二度とクーデターをしでかさないように、シャーレの権限で取り上げなくちゃ」
私がそう答えると、アヤネは苦笑して「そうですね」と返してきた。
うん、改めて考えても、さすがにキヴォトスの行政機関に対してクーデターをいち企業がしでかしたのは、罪が大きいよ。事態が収まったら、カイザーグループはもう潰れるしかない企業だ。だから失う資産を前借りするくらい、なんてことはないさ。
そんな結論に達し、『ウトナピシュティムの本船』は連邦生徒会の正式な手続きをもって接収することが決まった。
ちなみに、会議の終わりぎわにケイがこんなことを言った。
『『ウトナピシュティムの本船』が役に立たないゴミ兵器だった場合は、私をアリスの中に再インストールしてください。『アトラ・ハシースの箱舟』をこちらも作り出して、多次元解釈の防壁を中和しますので』
無敵の防衛兵器同士の対決に持ちこむわけか……。
ちなみに、そのケイの方針には、リオ会長がとても渋い顔をして反対していた。
うん、まあ、『色彩』から世界の終わりを防いでも、今度は『AL-1S』が世界の終わりをもたらそうとしたら、どうしようもなくなるからね。