便利屋JK   作:フライドレッグ

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観光案内 後日談

 

 

 

 その後、管理局に向かった。受付でレイの引き受けを申し出るとあっさりと承諾された。いくつか書類を書かされた後、約1週間ぶりにレイと会う。彼女は苛烈な取り調べを受けていたにしては調子が良さそうだった。

 

「華、来てくれたんですのね! ずっと心配してたんですのよ~」

「レイは元気そうだね」

「全然元気じゃありませんわ! 食事は不味いし、部屋は狭いしかび臭くて最悪でしたもの。越境の日までに解放されるかびくびくしてたんですのよ」

 

 レイをよほど腹を立てていたようで、合流した途端、堰を切ったように話し始めた。彼女を連れてきた職員が一礼をして退出する。拘束されている間もよほど騒がしかったのだろう、去っていく彼の顔からはようやく重荷から解放されたとでもいうような清々しさが垣間見えた。

 

「華は大丈夫なのですか。傷の具合は?」

「うん、もう跡形もないよ。レイのおかげ」

 

 着ていたシャツを捲って腹部を見せる。暁生命の医療技術によって他の場所となんら見分けのつかない綺麗な肌があるだけだった。

 

「まあ、本当ですわね。触ってみてもよろしくて?」

「い、いいけど」

 

 レイの指が腹部をなでる。彼女の真剣な表情に声を抑えていたが、何度も肌をなぜられ、思わず声を上げてしまった。

 

「ふふっ。レイ、もう良いでしょ」

 

 切り上げようと呼びかけるが返事がない。レイの顔を見ると餌を目の前にした犬のようによだれを垂らしている。恐怖を感じたため、手を無理やり引き剥がした。

 

「はっ、も、申し訳ありません。つい……」

「うーん、先に食事にしようか。お腹減ってるでしょ?」

「い、良いのですか!? あんなに嫌がってたのに……」

「そういう意味じゃないって」

 

 解放された喜びで頭の中がお花畑になっているらしい。

 

「はあ、それからこれ。ユライさんから返してもらったから」

 

 懐から小瓶を取り出してレイに渡す。彼女は受け取った小瓶を神妙な面持ちで見つめると、大事そうにポケットに仕舞った。こちらに向き直り、深々と頭を下げる。

 

「ありがとうございます。あなたのおかげで、お母様の形見を取り戻すことができました。もしかしたら、私が動かなくとも、いずれ返って来ていたのかもしれません。ですが、これで私はお父様に胸を張って向き合うことができます。本当にありがとうございました」

 

 あらためて礼を言われると居心地が悪かった。なんせ自分がやったことと言えば、ほぼ道案内だけである。しかしこうもかしこまって礼を言われたのに謙遜するのは逆に失礼な気がして、結局もごもごと要領を得ない答えを返した。

 

「ベ、別に私は依頼だからやっただけだし……。ほら、そんなことよりもごはん食べに行こう!」

 

 

 

×××

 

 

 

「やあ、精が出るね」

 

 人畜無害を絵にかいたような顔で話しかけてくる諸悪の根源に、私は無言でメニューを差し出す。所長はメニューをすこしの間眺めていたが、やがて紅茶を注文した。

 彼はオーダーを厨房へと通した私を手招きし、空いている椅子に座るよう勧める。

 

「いやあ、良く似合っているよ。やはり女性がおめかしする姿は良いものだねえ」

 

 仏頂面で睨みつける私の視線を物ともせず、涼しい顔でそう嘯いた。

 

「そう思うなら娘さんにも勧めれば良かったのに」

「かなえにはまだ早いよ。ただでさえ可愛いのに、これ以上着飾ったらぼくの心臓が止まってしまう」

 

 娘の晴れ姿を想像してにやける馬鹿親を尻目に、私は大きなため息をついた。現実逃避気味に目をそらした先ではレイや寧子がメイド服姿で接客している。軟派な格好だが今は自分も同じものを着ていると思うと素直に喜べなかった。

 

「済まないね、きみたち以外に頼める人がいなくてね」

「その割には如月先輩や吉田くんも暇そうに顔を出してきましたけど」

 

 事務所に依頼が来たのは私が退院してすぐのことだった。隔離地区にメイド喫茶を開店するというトチ狂った思考の持ち主はしかし、こんな危険な場所で働いてくれる命知らずな従業員までは用意できなかった。安全性を証明するために、まずはこの土地に慣れた人間を試金石にしようと、我々に依頼が来た次第である。私自身は気が進まなかったが、給仕をするという貴重な体験にレイに食い付き、仕方なく引き受けることにした。

 本当は異世界に帰るまでの数日で隔離地区以外の観光ができればよかったのだが、保護観察期間を明けていない状態では外出が許可されないため、このような暇つぶしに興じる羽目となった。

 

 当の本人はこの酔狂がよほどお気に召したようで、吉田くんが注文したオムライスにこれでもかとケチャップをぶちまけている。血のような赤い色が気に入ったらしい。ケチャップの海に沈んでいく卵を、吉田くんは戦々恐々と見つめている。

 

「ああしているとぼくたちと変わらないね。きみが絆されたのも多少は理解できるかな」

「……なんですか、それ。依頼を持ってきたのは所長じゃないですか」

 

 私の抗議には構わず、所長はマイペースにティーカップに口をつけて顔をゆがめた。好みに合わなかったのか、砂糖を大量に投入し始める。

 

「結局、彼女の首輪が作動しなかった理由も、管理局が彼女を処分しなかった理由も不明のままだ。大貴族の令嬢ということを加味しても、彼女のもたらしたリスクは看過できないはずなのにね」

 

 レイは吉田くんに頼まれてチェキを撮っている。あまりにも客がいないため、手持ち無沙汰にしていた寧子も加わって非常に姦しい事態になっている。あとで吉田くんに分けてもらうよう頼んでみようか。

 

「センセイが言っていました、吸血鬼を殺せるような人間はここにはいないって。手に負えないって判断しただけじゃないですか」

「そうだと良いんだけどね。どうも迎神教会の作為を感じる。あそこのトップが肩入れしているなら、管理局も暁生命も口出しはできないだろう」

「管理局も、ですか」

「うん、その辺がすこしややこしくてね。あまり知られていないんだけど、今の教会のトップは元々管理局全体を統括していた人間なんだ。言い換えれば都市の実権を握っていたということ。だから、末端はともかくとして組織だって教会に楯突くような団体はない。管理局、暁生命、商鋼連合、この街のどんな組織でもね」

 

 やかましい店内の音に惹かれたのか、徐々に客が入ってくる。どう見ても堅気には見えないがっしりとした男性が恥ずかしそうに注文を唱える姿は、この地区には甚だ不釣り合いだが、メルヘンチックな店内の雰囲気には不思議と似合っていた。

 

「ここ数年、教会のトップが表立って権力を振るったことはない。表舞台から完全に姿を消したんだ。おおよそ暗殺とはほど遠い位置にいた人だからね、病に侵されたんじゃないか、なんて噂されている。そういえば、レイモンド家から持ち込まれた魔道具はあらゆる病を治すとか言われていたらしいじゃないか」

「……教会は恩義に配慮した、ということですか」

「すくなくとも、薬を恵んでくれた医者が撃ち殺されることを黙って見過ごしはしないだろう。道徳は彼らの存在意義そのものだからね。多少の汚染は、教義や指導者と天秤にかける程のものではないと考えるはずだ」

「なんだかぴんと来ません。別の世界の話みたいです」

「……まあ、すべて憶測に過ぎないからね。話半分で聞いてくれ」

 

 腕時計に目をやった所長はわざとらしく驚いたふりをした。

 

「おっと、もうこんな時間じゃないか。ぼくは局に寄ってから事務所に戻るから、オーナーによろしく言っておいてくれ」

「なにか食べて行かれないんですか」

「そんなことしたら娘のお弁当が入らなくなってしまうじゃないか」

 

 

 

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