便利屋JK   作:フライドレッグ

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登場人物
センセイ
…暁生命の主席研究員。隔離地区で最も腕の立つ医者。
木崎 真琴(きさき まこと)
…南区の警官。几帳面で礼儀正しい。20代半ば。
白木 光里(しらき ひかり)
…華の姉。教会のシスター。
解体屋
…勤勉な殺人鬼。


目覚め

 

 

 

 白い天井が見える。ここ1年間で見慣れた景色。呆然とただ見つめる。以前にも同じようなことがあった。いつの間にか病院に運び込まれていて、目覚めた時にはすべてが終わっていた。今回はどうだろうか。

 

「目覚めたかい。気分はどうかね」

 

 聞きなれた声が耳朶を震わせた。声の方向を向くと、いつも通り捉えづらい表情をしたセンセイが座っていた。なにかを堪えるかのように口元が歪んでいる。

 

「あの、ここって……」

「覚えていないのかい? 向かいの住人が倒れているきみを見つけてここまで運び込んだんだ。次に会うとき礼を言っておくと良い」

 

 困惑する私を見て体調は問題ないと判断したのか、センセイはさっさと病室を出ていってしまった。それほど経たずに、今度は人を連れて戻ってきた。

 

「や、おまたせ。詳しい経緯はこちらの木崎警部と確認してくれたまえ。警部、私も同席させてもらうよ。目覚めたばかりだからね」

 

 センセイに続いて病室に入ってきた木崎さんが軽く頭を下げる。彼女はこれまで見たことがないくらい疲れているように見えた。

 

「目覚めたばかりのところ申し訳ありません。あなたがここに運ばれてくる前のことを確認させていただけませんか」

「病院に来る前、ですか?」

「ええ。あの晩あそこで何が起きたのかを知らなければなりません。あなたには辛いと思いますがどうか協力していただきたいのです」

 

 あの晩? 何を言っているのだろう? いやそれよりも重要なことがあったはずだ。必死で記憶を掘り起こす私の脳裏に徐々に鮮明な映像が浮かび上がってきた。

 

 

 ――実家、靴、バラバラの身体――

 

 

 そうだ、こんなことをしている場合ではない。いますぐ姉に会わなければ。あれがどれほど先かは分からないが、こうしている間にも予知された未来が迫っていることに変わりはない。

 

「――あの、姉さんは?」

 

 木崎さんが痛苦に塗れた悲しみを表に出した。センセイの口の端が大きくゆがむ。彼女らの反応に、私は途轍もなく嫌な予感がした。

 

「……警部、彼女は混乱しているようだ。例の新聞を見せることを提案する」

 

 頷いた木崎さんから新聞の切り抜きを渡される。そこには都市で起きた火災について書かれていた。

 都市南部の住宅地で火災が発生。建物は全焼し、焼け跡からは成人女性のものと思われる焼死体が発見された。住んでいた住民と連絡が取れないことから、警察は被害者が住民の女性とみて捜査をすすめている。また、焼死体は大きく損壊した状態で発見されたことから、火災が発生する前にすでに被害者は死亡していたとみられる。

 

 切り抜きにはおおまかにそういったことが書かれていた。

 

「これ、うち……」

 

 記載されていた地域と、載せられた写真の家には見覚えがあった。

 脳が理解を拒絶していた。この記事の書き方はまるで……

 

(……まるでお姉ちゃんが死んだみたい)

 

 必死で息をする。胸が苦しい。視界がグルグルと回っている。

 

「お姉ちゃんは無事なんですか」

 

 木崎が黙り込む。疲れ切った瞳にほの暗い感情の色が見えた。

 

「まだ何とも言えません。……ですが、状況からすると、発見された焼死体があなたの姉である確率は、極めて高い」

 

 その言葉はストン、と腹の中に落ちた。

 

(ああ、そうか。もうとっくに終わっていたのか)

 

 胸に詰まっていた大切ななにかが、ごっそりと抜け落ちた。これまで確かにあったものが、いまはどこにもない。姉と最後に交わした言葉はなんだったろうか。かつて見た姉の笑顔が、切り離されて穏やかに眠る表情と重なって消えた。

 

「……お姉ちゃんは、死んだんだ」

 

 からっぽになった心にどす黒い感情が湧き上がってきた。悲しみも後悔も塗りつぶすほど濃い感情。それは憤怒と憎悪、復讐の念だった。

 

「犯人はどうなったんですか」

 

 問いかけに木崎の目が泳いだ。情報を伝えるべきか迷うような仕草。だが、私の表情を見て諦めたように口を開いた。

 

「現在、警察局が総出で調査を行っています。ですが、事件発生から10日間、犯人特定の糸口は掴めていません」

「そんな、あなたたちは何をやっているんですかっ。こういう時のためにいるはずでしょう!」

「申し訳ありません」

「そもそもあなたたちはこういう事件を未然に防ぐためにいるはずでしょう! あなたたちがちゃんとしていれば、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは……」

 

 身体中を包み込んで動かしていた怒りの感情が、風船を針で突いたように一気に漏れ出してしぼんだ。どんなに怒ろうが姉は戻ってこないのだ。

 

「……申し訳、ありません」

 

 言葉を失った私に木崎がもう一度謝罪した。

 空虚な空間に温度のない声が響く。

 

「情報は不足なく与えられるべきだ。そこに私情が介入することは警察の本来の役割を考えれば許されることではない。たとえきみと被害者がどのような関係であれ、起きている事件の詳細を語らないのは職務怠慢と言わざるを得ないな。なによりそのような不公平な振舞いはきみの志す正義から最も遠いものではないかね」

「……なんのことを言っているんですか」

 

 センセイはそれには応えず、テレビをつけた。画面の中では緊迫した顔のニュースキャスターがアパートの前で報告をしている。

 

『――今朝未明に判明した件で『解体屋』の被害者はすでに24人にのぼっており、そのいずれも著しく遺体が損壊した状態で発見されています。警察局は調査員をさらに増やして――』

 

 プツン、と画面が真っ暗になった。木崎さんが怒りの目をセンセイに向けている。

 

「普通、患者に負担を与えるような行為はあなたが止めるべきではないのですか。なぜ、わざわざ医者であるあなたが――」

「きみに云えたことではないね。自分がどういった目的でここにいるのか、良く思い出してみることだ」

 

 木崎さんはその言葉に押し黙った。姉を殺した犯人は、どうやらまだ凶行を続けているらしい。

 

 病室に沈黙が降りる。センセイがコーヒーを飲む音だけが部屋の中に静かに響いた。

 仕方がなかったのだ。警察を責めることではない。身近にいた私自身、実家が襲撃される可能性など微塵も想像していなかった。赤の他人にどうして期待できようか。

 

 だが、まだできることがある。犯人を捕まえて復讐を果たすのだ。実家を襲撃した動機を調べ、罪を償わせる。姉を奪ったことを死ぬほど後悔させてやる。

 消えたはずの怒りの炎が沸々と燃え上がるのを感じた。

 

「木崎警部、ひとつお願いがあります」

「……なんでしょうか」

「私を捜査班に加えてください」

 

 木崎さんが顔を引きつらせた。それにかまわず私は続けた。

 

「私なら捜査の役に立てます。姉さんを殺したやつを探すのに協力させてください」

「――そんなこと、できるはずがないでしょう。役に立つかどうかではない、高校生に危険を冒させるのは道理に反します」

「道理なんて、姉さんを殺した奴が気にするんですか! 何の成果も挙げられていないあなた方が一番道理に反しているじゃないですか!」

「……それでも、あなたを捜査に加えることはできません。我々をなんと罵ろうと結構です」

 

 

 

×××

 

 

 

 一礼をして木崎さんが出て行く。取り残された私の胸にはやり場のない怒りが渦巻いていた。

 どうすれば捜査機関の助力なく犯人を追い詰められるか。私の頭にはそれしかなかった。

 

「――十全に異能を振るいたいのなら、抑制剤を絶つことをおすすめするよ。あれは魔力の生成を阻害する。服用を止めれば、きみは本来の力を取り戻せるだろう」

 

 私の考えを読んだかのような的確な忠告。都市最高の頭脳を持つ研究者は捉えどころの無い表情で私を見つめている。

 無意味な異能。これまでなにも救えていない。それは能力のせいではなく持ち主のせいか。宝の持ち腐れにしか思えない。それでも私に残された方法は少なかった。

 

「……もし、もっと早くそうしていれば、お姉ちゃんを助けられたでしょうか」

「その可能性は否定できないね」

 

 忌憚のない意見に心臓が鈍く痛んだ。このひとの遠慮のない性格が、今だけはありがたく感じた。下手に慰められれば自己嫌悪に押しつぶされていただろうから。

 

「きみは、どうしても姉の復讐をするつもりかい?」

 

 心配するような声色に驚く。このひとからこんな言葉を聞くとは思わなかった。

 

「はい。たったひとりの肉親ですから」

「……そうか。ならいい。木崎警部には言わないでくれよ」

 

 センセイが机のうえからひとつのファイルを取り上げた。分厚いそれを私に投げ寄こす。

 

「きみのために用意していたものだ。もっとも、それだけでは不足していると言わざるを得ないな」

 

 震える手で開くと、そこには何人もの解剖記録が記されていた。損壊の激しい遺体の状況を克明に記している。その記録がなにを示しているのか、鈍い自分にもはっきりとわかった。

 

「被害者たちの遺体は、みな一様に手足を切られ、激しい拷問を受けたような痕跡があった」

 

 残酷な情報の波は耳を塞ぎたくなるような激しい痛みを伴った。必死でこらえて飲みくだす。私には必要な情報だから。

 

「私見だがね、ただ殺すだけならあんな面倒なことはしない。解体屋は彼らを拷問するために殺しているように感じる」

「……なんでそんなひどいことを」

「バルバロイがなぜこちらを攻めてきたのか知っているかい?」

「……たしか、大陸制覇のために魔力を求めてだとか」

「そうだ。ではなぜ20年前、あの程度の死傷者で済んだのかは分かるかね」

「あの程度って……」

 

 この街の3割がそんな形容詞で片づけられるのだろうか。

 

「あの程度だよ。きみも吸血鬼の魔術を見たはずだろう。異邦人の戦闘能力はこちらの人間とはかけ離れている。彼らの目的が虐殺ならこの街は消滅していた」

「…………」

「人間の魂は魔力になる。だが、肉体は不要だ。ではどうすれば邪魔な肉体から魂を引き剥がせるか。より多くの苦痛を与えればいい。拷問は侵略者どもがこよなく愛する娯楽であると同時に目的を遂行するための最良の手段だった。戦争の被害者がことごとく悲惨な末路をたどったからこそ、20年たったいまでも異邦人への反感は消えていない」

 

 渡されたファイルを見る。添付された写真の中の被害者たちはみな一様に苦痛に満ちた表情を残していた。それらの写真にかすかな違和感を覚える。

 

「今回の件もそれと似たような気配を感じる。気のせいでなければ良いがね」

「解体屋が魔力を集めているってことですか」

「その可能性もあるということだ。トチ狂った殺人鬼が殺し回っているにしては被害の規模が大きすぎる」

 

 この人はなぜここまで私に肩入れをしてくれるのだろう。警察や管理局が捜査情報を一介の女子高生に漏らすとは思えない。この人自身の判断で情報を漏らしているのだ。

 

「……なんで、センセイは色々と教えてくれるんですか」

「きみには感謝してもし足りないくらいさ。はじめは単なる暇つぶしだったけどね。きみのおかげで私は耐えがたい苦痛と孤独から解放された」

 

 茶化すような雰囲気でもなく、本心からそう言っているようだった。遠い目は、私ではない別の誰かを見つめているようにも思えた。

 私はセンセイの振舞いに違和感を覚えながらも礼を言った。

 

 

 

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