誰かが助けてくれると思っていた。自分は便利屋として、この街の人々のために働いてきたのだから。でも、そんな考えは私ひとりの子供染みた妄想だった。
「なんでっ!」
誰ひとり、助けてはくれなかった。戸隠事務所の先輩も、便利屋も、そして警察や管理局も。だれひとり私の復讐に賛同してくれなかった。みな、口を揃えて言うのだ。『そんなことをしてもお姉さんは戻ってこない。殺人鬼を追うなんて馬鹿な真似はやめなさい』と。
そんなことはわかってる。人死になんて珍しくもない。いちいち心をすり減らしていたらどこにも行けなくなってしまう。私だって、もし友達が同じことをしようとしていたら止めてただろう。
ポツリ、と雨粒が頬に当たった。顔をあげる。私は失意の中で無意識に実家に帰っていたようだった。綺麗に焼き尽くされたあとは、否が応にも失われたものを思い起こさせた。おまえの帰る場所はどこにもない、そんな風に言われた気がした。
「華ちゃんかい?」
後ろから響く声に振り向く。向かいのおばさんが心配そうに私を見つめている。
×××
淹れたてのコーヒーは、病院のものとはまた違った香りがした。湯気の向こう側でおばさんが悲しげな顔をしている。私は両手でマグカップをかかえた。濡れそぼった指にじんわりと熱が伝わる。
「――そうかい。ちょっと待ってな」
おばさんは私の話を聞いて、席を外した。それほど経たずに戻ってきた彼女の手には封筒が1枚、抱えられていた。
「正直ね、あたしも同じことを思ってる。華ちゃんがやることじゃないさ。でも、昔から見てきてるからね。あんたは言っても聞かないだろう?」
無言で首肯する。おばさんはやれやれと首をふり、持ってきた封筒を渡した。
「……これは?」
「周りに誰もいないところで開けな。3ヶ月くらい前にね、なにかあったら妹に渡してくれって預かってたのさ」
「おねえちゃんが?」
「あんたが出て行ってから、あの人はどんどんやつれてった。あたしが休むように言っても聞きやしない。あんたたち2人は頑固なところがそっくりだよ。あの人にもきっとやるべきことがあったんだろう。夏に一度元気になったんだがね、最近はまた元通りで、いつ倒れるかひやひやしながら見てたんだ。それがまさかこんなことになるなんてね」
「……」
「いいかい、やけを起こすんじゃないよ。あたしもテレビで見たさ。あんたが見つけようとしている輩は相当なイカレ野郎だ。50人も殺してるくせに尻尾を掴ませないってのは、はっきり言って異常だ。だからこそ冷静さを保つんだ。あんた自身の手でとっ捕まえて天誅を下すためにね」
私はその言葉に黙って頷いた。なぜだか、涙が出てきた。
×××
『拝啓 白木 華 様
あなたがこれを読んでいる頃、私はもういないでしょう。あなたには昔から不便をかけてしまいました。色々と伝えたかった言葉はありますが、長くなってしまうので伝えなければいけないことから書いていきます。もしかしたらあなたはとても驚くかもしれませんが、あなたと私たちは本当の家族ではありません。こう書くと少し紛らわしいですね、つまり血の繋がりがないということです。私たちはあなたを、15年前の雨の日に道端で泣いているところを拾いました。母さんも父さんも、一目であなたに夢中になりました。それぐらいあなたは可愛かったのです。人攫いに拾われていなかったのが不思議なくらいでした。もしかしたら魔法使いにでも守ってもらっていたのかもしれませんね。でも私は――』
そこから先は字が滲んでしまって読めない。
×××
姉の死から1ヶ月が経った。解体屋の犠牲者は200人を超えた。管理局も警察も、いまだに殺人鬼の行方をつかめていないようだ。すくなくとも捜査に進展があったという報道はない。
私は進まない捜査機関の不出来とは別の部分で苛立ちを覚えてきていた。一向に捜査に介入できないのだ。便利屋という看板を剥奪されたひとりの女子高生に彼らが協力するはずがない。それでも、報道された現場に行くなどしてなんとか殺人鬼の調査をしようとしていたが、到着する頃にはとっくに現場は清められ、手がかりを探すことすらできなかった。
「華さー、異邦人の知り合いっているっけ?」
いつものように新聞記事とにらみあっているとき、同居人の寧子が訝しげな顔で声を掛けてきた。
「なんかさー、教会も警察も引き取り拒否ってるのが『白木華を呼べ』ってうるさいらしいんだけど」
「……なにそれ。私、知らない」
「だよねー。でもなんで華なんだろうね。フシギー」
寧子の普段通りの声に反射的に否定の言葉を返す。そんなことに関わっている暇はないのだ。
(でもこういう話、なんか聞き覚えがあるような……)
眠たげに癖っ毛を撫でながら職場へと向かう寧子に声を掛ける。
「その人、何て名前?」
「んー? レイモンドさんて言ったっけかな。あたしもよく知らないんだけどさー」
×××
「華! 待ってましたのよ!」
「レイ」
およそ2ヶ月ぶりに再会した友人は相変わらず真っ黒なコートを身に纏っていた。前回は暑苦しく感じたそれも、この季節ではそれほど違和感を覚えなかった。
呆気にとられている寧子にレイが気付き、ぶんぶんと手を振った。
「レイチェルって異邦人だったんだ。先に顔見とけば良かったなー。失敗失敗」
メイド喫茶のアルバイトの際、寧子にはレイが異邦人だということを伝えていなかった。寧子に限って偏見の目を向けることはないと分かっていたが、どういう関係かを説明するのがなんとなくくすぐったく感じたのだ。
じゃねー、と去っていく寧子に心の中で謝っておく。
駐屯地を追い出された私たちは、隔離地区でも比較的まともな中心部の喫茶店でお互いの近況を報告することにした。
「ずいぶん早かったね。もうすこしかかると思ってたよ」
「……まあ、そうですわね」
家宝を取り戻して帰還する際、次は観光で来ると約束した。早くても1年後くらいかと思っていたので何かしら事情があるのかと尋ねたが、彼女にしては珍しく、歯に物が詰まったような返答が返ってきた。
「でもゴメン。今はレイを案内している余裕がないんだ」
「なにかありましたのね」
「うん、実は――」
彼女になら何の気兼ねもなく話せる。私は今の自分が置かれている状況を説明した。
レイは私の話をただ黙って聞いてくれた。
「そんなことがありましたのね……」
「……レイも私を止める?」
「いいえ、わたくしだってきっと弟が殺されたら同じようにすると思います。だから、やめろだなんて言えませんわ」
「……ありがとう」
私は彼女の真摯な言葉に胸が熱くなった。
レイはかしこまって言った。
「ひとつお願いがありますの。わたくしも調査に連れていってくださらない?実はわたくしが来た目的も華と同じ人探しですの。詳細はつかめていないのですが、華と一緒ならきっと見つかるはずですわ」
「人探し? 誰を探してるの?」
彼女は言いにくそうに顔を歪めた。話しづらいと言うより、どう説明すれば良いのか迷っているようだった。
「……15歳くらいの女の子の異邦人ですの」
「それだけ? いずれにしろ、異邦人の人探しなら教会を頼ったほうが良いと思うけど……」
言葉にした後に気付いたが、教会は今回もレイの保護を拒否している。理由は不明だが、レイ自身は頼りづらいだろう。
「……まあ、いいや。そんなに急いでるわけじゃないんでしょう? それならしばらく一緒にいてくれたら心強いな」
「ええ、そうさせてください。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。正直、ひとりで行き詰まってたんだ。レイが来てくれて嬉しい」
「――華、ありがとう」
大したことを言ったつもりはないのだが、彼女はなぜだか涙ぐんでしまった。
「よし、そうと決まれば早速行こう!」
「どこにですの?」
「貸した借りは返してもらわなきゃ」
×××
「そんであっしのとこまで来たわけですかい」
「うん、迷惑だった?」
「とんでもない。恩人様方に恩返しする絶好の機会なら、あっしも頑張らせていただきやすよ」
ユライはいつものような飄々とした態度で嘯いた。
私たちの接し方が意外だったのか、目をパチパチとさせているレイに説明する。
「ユライさんとは何度か便利屋の仕事を一緒にやってるの。今回もそうすれば良かったんだけど、頭が固くなっちゃってて。レイの顔を見たら思い出した」
ユライはじろりとレイを見つめた。
「お嬢さん、妹さんに話しとくことは他にないんで?」
「なんです、それ」
「探し人の件ですよ。おそらく、お嬢さんが考えてる通りですぜ」
レイはユライの言葉に視線をさ迷わせたが、やがて意を決したようにじっと私の目を見つめて言った。
「――華、わたくしが探している人は現ザガロフ帝の娘ですの。そして……」
「……そしてわたくしはあなたがその人じゃないかと疑っておりますの」
レイの言葉は私の頭を右から左にすり抜けていった。
あまりにも突拍子のない話に意識がついていけなかった。
「なに言ってるの? そんなはずないじゃん……」
「いいえ、ザガロフの血統にはまれに特異な異能を発現する者がいますの。『未来予知』もそのうちのひとつですわ。当時幼子だったザガロフの姫は15年前、王宮から突如として姿を消した。当時の家臣がいくら探しても見つからなかったため、『災厄の魔法使いにさらわれた』なんて言われてましたけど、メイゼナウからこちらに渡っていたなら納得がいきますわ。そして、あなたの血は私たちと同じくらい魔力が濃かった。華、あなたがザガロフの姫ですわ」
薬臭い白い部屋、滔々と語られる独白、『未来予知』、以前に同じ経験をした。あの時は朦朧としていたから気にしなかったが、今になってようやく理解した。センセイが言っていたのはこのことだ。
同時に様々なことが腑に落ちた。獣憑きに比肩する身体能力、魔力汚染への耐性、進行することのない変異病。なんてことはない、すべて異邦人なら当たり前のことだ。
だが、この街には異邦人でないのにも関わらずそんな無茶苦茶な存在がいるとも聞いていた。大狼をはじめとする掃除屋たち。まだどちらが正しいのかは分からなかった。
「……もし、そうだったらどうするの?」
「それは……」
レイが言葉を詰まらせる。単なる人探しでわざわざ世界を渡ることはない。彼らは何らかの目的があって死んだはずの姫を探しているのだ。その次に何をするのか、容易に想像ができた。
ひどく胸が苦しい。親友だと思っていたのに。
「お二方、結論を急がないでくだせえ。まず、妹さんが異邦人だってんならひとつおかしなことがある」
見かねたユライが口を挟んだ。
「ザガロフの姫がこっちに来たのが15年前ってんならどうやって今まで隠してたんですか。異邦人の側にいるだけで変異病を発症するんだから、シスターさんはとっくにお陀仏になってるはずです。まあ、これに関しては最近になって覚醒したからっていえばそれまでなんですが……」
ユライはモゴモゴとどっちの味方をしたいのかわからないような論を並べる。
「それに、15年前なんてのはこの街でも反異邦人感情の高まってた時期だ。赤子だろうと関係なくぶっ殺されてたか、モルモットにでもされてたはずです。もし、姫さんが生きてるってんなら、ある程度でかい組織にでも匿われてなきゃ納得がいきやせん」
「それは、そうかも……」
この件に関しては結局先送りになった。