便利屋JK   作:フライドレッグ

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お化け屋敷 その2

 

 

 

 背後で軋んだ音を立てて扉が閉まった。外界と遮断された屋敷内に静寂が戻る。よどんだ空気から埃とプレハブ小屋で嗅いだのと同じお香の匂いが漂ってきたが、すぐに慣れて気にならなくなる。屋敷の中は暗く、埃まみれの窓から差し込む夕日が唯一の光源だった。

 渡された懐中電灯をつけると虫食いだらけのカーペットが照らし出された。

 私の隣で先輩が大きく息を吐いた。

 

「いやー。華ちゃん、よく普通に話せたね」

 

 どういうことだろうか。私は言葉の意図を理解できず、目を瞬かせた。

 時間も限られているからと、先輩は喋りながら歩き出した。

 

「さっきの人、たぶん掃除屋だよ」

「……掃除屋?」

「あれ、知らない?」

 

 黙って頷く。聞き覚えはあるが、具体的な知識はなかった。

 

「そっかー、なら良い機会かもね。掃除屋っていうのは荒事専門の便利屋だよ。このあいだ下水道でケダモノが大発生したことがあったでしょ? 排水溝とか伝ってボウフラがウジャウジャ出てきたやつ」

 

 あれは最悪だった。

 街中のいたるところに汚染で巨大化した線虫が湧いたのだ。駆除が終わるまでの数日間、南区のほとんどの地域が外出禁止となった。そういった事態はこれまでにも珍しくなかったが、線虫の生理的な気持ち悪さが外出禁止のストレスと相まって気分を一層沈めた。

 おまけにボウフラが逆流してくるからと水道も使用できなくなった。学生寮で鼻をつまみながら友人と生活するのは2度とごめんだ。

 

「元凶のでかいのが下水道に巣食ってたんだけどさ。結局、便利屋や執行部だけじゃ手が回らなくて、管理局専属の掃除屋が出張ってケダモノを殲滅したんだって。そういう、一般人じゃどうしようもないことを解決するのが掃除屋ってわけ」

「詳しいですね」

「タケさんからの又聞きだけどね。お、あれがチェックポイントじゃない?」

 

 話しているうちに目的地へと着いたらしい。

 古びたキッチンには蜘蛛の巣がいくつもかかっていた。私たちは埃と蜘蛛の巣にまみれながらキッチンを横切り、奥の机に置かれたスタンプを老人から渡された地図の端に押した。

 地図に記された次の目的地は2階の書斎だ。

 

「ずいぶん丁寧に作ってるね。この蜘蛛の巣とかすごいリアル」

 

 称賛するような内容にも関わらず先輩の顔色は冴えない。蜘蛛の巣が全身に絡みついているせいだろう。先輩の言う通り、とても作り物とは思えないほど精巧な出来だ。

 というよりも、

 

「服にくっつくってことは、これ本物だと思いますよ。たぶん何匹か放し飼いにしてるんじゃないですか」

 

 私の推測を聞いた先輩は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「うわ、やだなー。出てこないと良いけど」

 

 あまり虫が得意ではないようだ。そういえば線虫の騒動のときも元気がなかった。意外と繊細な性格なのだろうか。

 

「でさ。さっきの話に戻るんだけど、やっぱりあの人は掃除屋だよ」

「なんでですか?」

「いや、そこはほら。一流は一流を知るってやつだよ。このあたしの第六感にびびっときたんだよね」

「ふふ。なんですか、それ」

 

 この道3年の先輩が一流なら、20年選手の武田さんは神だろう。つまり、単なる当てずっぽうだ。

 

「……あ、」

 

 2階に上がる途中、廊下を横切る人影が目に映った。

 お化け屋敷らしく幽霊でも出たのかと思ったが、よく見ると先行していた仕事仲間のようだ。

 彼は辺りの様子を気にしながら近くの部屋へと入っていった。

 

「こっちには気付かなかったね。まあ、気付いても話すなって言われてるけど」

「けっこう怖がってましたね」

「だねー。ようやくお化け屋敷らしくなりそうだ」

 

 2人でこそこそと話しながら書斎へと入る。

 しかし、そこにも期待していたような仕掛けはなかった。あったのは大量の蜘蛛の巣、そして壁に飾られたいくつかの絵画だけだ。老人が手入れしているのか、それだけは埃も汚れも付着していない。

 額縁の中では青々と茂った広葉樹の下で青年がこちらに手を振っている。生気を感じさせない薄暗い屋敷にはすこし不釣り合いな気がした。

 

「うーん、参ったなあ。ぜんぜんお化け屋敷に来た気がしない。こんなんじゃお客さんも楽しめないぞ」

「まだ2箇所ありますし、後半に懸けてるんじゃないですか」

「いやいや。こういうのは来るかどうか分からないところから、ワッと来るから怖いんだよ。前半からなにかしら心に引っかかるものを置いといてくれないと。これじゃただの廃屋散策ツアーだよ」

 

 ぼやく先輩を宥めながら次の目的地を確認する。どうやらさきほど男性が入っていった部屋のようだ。

 あの時、彼は何に怯えていたのだろうか。たしかに先輩の言う通り、恐怖を感じるような要素は今のところひとつもない。

 

(こんなに大きな洋館をお化け屋敷に改装した依頼人が、仕掛けをおろそかにするなんて考えづらいけど……)

 

「おっと」

 

 書斎を出る時、先輩が何かにつまずいたようによろけた。

 

「大丈夫ですか」

「悪いね。いやー、ちょっと働き過ぎた反動が来ちゃったかな」

「一日中事務所でサボってたじゃないですか」

「休息も仕事の内だよ。万全な体調でこそ、完璧な仕事ができるというものだ」

「素晴らしい言葉ですね。吉田さんにも聞かせてあげたいです」

「華ちゃん、人には適性というものがあるんだよ。わたしはただ効率を考えて一星に仕事を振ったまでさ」

 

 話に上がった吉田一星は、事務所の男性職員だ。所内で最も若いため、頻繁に肉体労働に駆り出されている。数時間前に先輩がほっぽり出した清掃作業も、今頃は彼が受け持っていることだろう。

 

 益体もない話を続けながら目的地を目指して歩く。

 廊下に敷き詰められたカーペットは埃まみれ、虫食いだらけだ。

 

 

 しばらく歩いていると微かに物音が聞こえてきた。くちゃくちゃ、ぴちゃぴちゃという、なにかを食べるような異音。次の目的地である前方の部屋から聞こえてくる。

 先輩と目を合わせて頷いた。ようやくお化け屋敷らしさが出てきたようだ。

 

 ゆっくりと、音を立てないよう慎重に扉へと近付く。

 期待で高鳴る胸を抑えながら、半開きになった扉から部屋の中を覗き込んだ。

 

 

 そこには予想したものとは異なる光景が広がっていた。

 部屋の中にはさきほど見た便利屋の男性が力なく仰向けに横たわっている。

 そしてその手前にひざまずいたなにかが、こちらに背中を向けてくちゃくちゃと異音を立てていた。

 

 一見してそれは人間大の蜘蛛のように見えた。すなわち蜘蛛のケダモノが屋敷に迷い込んだのかと思ったが、おかしな点がひとつあった。

 頭部が人間の女のように見えたのである。

 

「へ……?」

 

 思わず出してしまった疑念の声に反応して、それがゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「っひ……!!」

 

 口元を真っ赤に染めたそれは老婆の顔をしていた。

 咥えていた肉片を落とし、しわだらけの顔をゆがめて大きく笑った。

 同時に陰に隠れていた男性の姿が露わになる。うつろな瞳の彼は、腹部にごっそりと大きな穴を開けていた。

 

 呆然としていた私は横から強い力で引っ張られた。

 

「華ちゃん、こっち!」

 

 先輩に手を引かれて来た道を全力で駆け戻る。

 さきほどの書斎にたどり着いたところでようやく息をついた。

 

 隣では先輩が座り込んでぜえぜえと荒い息を整えている。

 

「――なんですか、あれ」

「いやー、まさかこんなところで魔獣を飼っている輩がいるとはね。おみそれしたよ」

「魔獣?」

「そ。普通の動物が魔力で汚染されると巨大化してケダモノになるでしょ。人間の場合はサイズ感そのままに虫とか動物と混ざったような姿になるわけ」

「それって……」

「さっきのも依頼人の身内だったんじゃない? 推測に過ぎないけどさ」

 

 あの魔獣もケダモノ同様に人を喰らうのだろう。であれば私たちはその餌として集められたのだろうか。

 

「……そんなのひどい」

「ま、とにかくここを出ないとね。そんなに足が速そうにも見えなかったし、逃げるだけなら簡単でしょ。手ぇ貸してもらっても良い?」

 

 私は先輩が差し出した手を引っ張り、立ち上がらせようとした。しかし、立ち上がった先輩は姿勢が安定せず、よろよろとまた尻もちをついてしまった。

 

「あれ、おかしいな。なんだろ……」

 

 先輩の様子が変だ。息が整いきっていない。汗が止まらず、顔が赤い。まるで酒か毒でも飲んだように。

 

(ここもプレハブ小屋と同じ匂いがする。もしもこの依頼が魔獣に喰わせるための偽物なら、依頼人は餌が逃げられないような仕掛けを用意するはず……)

 

 同じような考えに至ったのだろうか、先輩は辛そうに息をつき額に手を当てて言った。

 

「この感じは毒かな。用意周到だね。これはちょっとキツイかも」

「私が助けを呼んできます。先輩はここで待っていてください。さっきの人が本当に掃除屋だったら何とかしてくれるはずです」

 

 助けを呼ぶのに玄関から出て10秒もかかるまい。まだ屋敷の外で煙草を吸っていればの話だが。私たちが助かるには薄い可能性に懸けるほかなかった。

 

(……煙草?)

 

 ふと、違和感を覚える。なぜ私はまだ歩けるのだろうか。

 先輩と一緒に行動していたのに、私だけが毒の影響を避けられているのはなぜなのか――

 

 その時、外の廊下から床の軋む音がした。

 音はゆっくりと私たちのいる部屋へ近付いてくる。重量物が木目を軋ませる音。あの化け物だ。

 

 

「…………」

 

 

 私たちは無言で顔を見合わせる。

 気付かれないように息をひそめ、何事もなく魔獣が通り過ぎてくれることを祈る。

 音はゆっくりと近付いてくる。

 

 わずかに開いた扉の隙間から、剛毛を纏った長い脚が見えた。血に濡れた腕が獲物を求めてふらふらと彷徨う。

 お香の匂いだけではごまかしようがないほどの濃い獣臭が部屋の中まで入り込んできた。

 

「……」

 

 そしてそのまま通り過ぎて行く。

 

(……ふう)

 

 充分に時間を置いてから、大きく息を吐いた。

 心臓はまだ高鳴っていた。屋敷は広いがいつ化け物が再びここを通るか分からない。今回はたまたま入って来なかっただけで次は探しに来るかもしれない。

 

「やっぱり先輩も行きましょう。ここにいても探しに来るかもしれません」

「うーん、ちょっと難しいかも。動けないや」

「私が抱えて行きます。玄関まではそんなに遠くないですし」

「……わかった。じゃあお願い。もし見つかったら置いて行って良いからね」

「そんなことしません」

 

 脱力した先輩を抱き上げる。先輩の体は汗でじっとりと湿っていたが、毒の影響か妙に冷たかった。

 

「華ちゃん、くすぐったいって。――えほっ、げほっ! 煙草くさっ!」

「先輩、静かに」

「ごめん……」

 

 叫び声で化物が寄ってこないことを祈りながら、部屋から出る。

 2人分の体重を受け止めた床が、足を踏みしめる度に悲鳴のような音を立てる。

 緊張と恐怖で心臓が痛いほどに脈を打つ。

 その音が自分のものか、先輩のものかすら判別がつかない。

 階段を降り、玄関へと到着する。

 まだ化け物は追ってきていない。

 

 ほっと息を吐いたが、そこには予想外の光景が広がっていた。

 

(なに、これ……)

 

 玄関の扉が巨大な蜘蛛の巣で覆われている。

 隙間という隙間、そしてドアノブの部分が蜘蛛糸で真っ白になるほど厳重に封をされていた。

 

 先輩を下ろして扉に近寄る。

 ドアノブを回そうとするが、まったく動かない。

 

「華ちゃん、急いで」

 

 先輩が囁く。

 物音を聞きつけて来たのだろう、背後から化物の足音が近付いて来る。

 

 私は脇目も振らずに夢中でドアを叩いた。

 

「掃除屋さん! 助けてください!」

 

 扉の向こう側からは何も反応がない。

 大声をあげる私に魔獣が苛立ったように威嚇の声を上げる。魔獣はすでに、振り向いた私から3歩の位置に迫っていた。

 いまにも飛び掛かりそうな姿勢を見せたその時、横から懐中電灯が投げつけられた。

 魔獣がそちらに目を向けると、座り込んだ如月先輩が苦しそうな笑みを浮かべていた。

 

「さきにあたしから喰いなよ、くそったれ」

「先輩……」

 

 頬が熱くなる。連れてきた後ろめたさがあるにしても、普段おちゃらけている先輩が自分を犠牲にしてまで私を守ろうとするなんて考えもしなかった。

 

 魔獣は活きの良い獲物を前にして舌なめずりをする。

 

 

 

 その時、なにか巨大なものがぶつかったような重苦しい音が扉から響いた。

 突然の異音に獲物に狙いを定めていた魔獣が警戒するように向き直る。

 

 続く轟音。

 

 100キログラムはある鉄製の扉が内側に弾け、私のすぐ横を吹っ飛んでいった。

 開け放たれた入口から外気が流れ込む。

 紫煙を纏った女が突き出していた右足をおろし、ゆっくりと屋敷の中へと入ってきた。

 

「やっぱくせえな」

 

 灰色の女は自身に向かって威嚇する魔獣を見て嘲笑った。

 凶悪なその顔は、顎を大きく開いた狼を思い起こさせた。

 

「なんだ。雑魚かよ」

 

 魔獣が大きく腹を膨らませ、大量の糸を吐き出した。彼女はそれらすべてを容易く避け、肩に担いでいた彫像を振り下ろした。

 

 

 生身の人間が出せるとは到底思えないような凄まじい破砕音。

 

 それで終わりだった。

 

 頭部を文字通り粉々に粉砕された魔獣が四肢を大きく痙攣させ、静かになる。

 女は床にめり込んだ彫像を持ち上げ、自分の仕事の成果を確認した。魔獣が完全に沈黙したのを見届けると、役割を果たした獲物を脇へと投げ捨てる。

 つまらなさそうにぼそりと「期待外れか」とつぶやき、私たちの方を向いた。

 

「よお、元気そうだな」

 

 彼女は短くなった煙草を吐き捨て、新しいものに火をつけて咥えた。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「さっさとここから出たほうが良いぜ。そのうち管理局が到着するからそれまで待ってな」

 

 命の危機に晒されていたせいか、手足がぶるぶると震えている。私は緊張で強張りながら彼女に礼を言い、先輩に肩を貸して外へと出た。

 

 ――外の空気が心地良い。

 

 と、そこで思い至り、屋敷の中を物色し始めた彼女に声を掛けた。

 

「あの、依頼人はどうなりましたか」

「あん? じいさんなら小屋で寝てるぜ。中には入んなよ、くっせえから」

「……わかりました」

 

 存外に強い彼女の口調に短く了承の返答をした。

 荷物も置いているし、依頼人とも話したかったが諦めた。

 釈然としないものを感じながらも、彼女の助言にしたがって芝生に腰をおろす。

 しばらく休むと毒が抜けたのか、先輩も動けるようになった。

 

「いやー、悪いね。面倒事に巻き込んじゃって」

「そんな、先輩のせいじゃないですよ。それよりも今は無理しないでください」

 

 しょんぼりと肩を落とす先輩に、慌てて慰めの言葉を掛けた。

 自分らしくないなと思った。お人好しの友人ならまだしも、自分は数週間の人間関係にやっきになる性質じゃなかったはずだ。それでもこの時はなぜか、これまでのやり方よりも目の前にいる人を慰めることのほうが大事なように思えた。

 

「それに私、先輩とならこういう経験もありかなって思いましたし」

「え、それって……」

 

 口に出してから後悔する。これでは私が先輩に懸想しているようだ。先輩も何とも言えない表情をしている。みょうちくりんになった雰囲気をどうにかするため、私は普段なら絶対に隠していた傲慢な本心をぶちまけていた。

 

「ま、この私がこの程度の木っ端依頼で手間取ることなんてあり得ませんしね。いい経験になりましたよ」

 

 言ったあとに猛烈に恥ずかしくなった。これなら黙っていたほうがましだ。私の言葉を聞いた先輩もすっぱいものでも食べたような顔になっている。

 

「華ちゃんさあ、あんまり人を勘違いさせるようなこと言わない方が良いよ」

 

 その後、到着した管理局の局員に2人仲良く病院へと運ばれて治療を受けることとなった。

 

 

 

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