便利屋JK   作:フライドレッグ

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賭博 その3

 

 

 

 激情のままに目の前の人食いに掴みかかる。男はそれを予期していたようにひらりと距離をとった。左手が強烈な痛みを発する。手錠が食い込んで動きが制限されていた。

 

「落ち着いてください。それは私が撮ったものではありません」

 

 男の表情からはその真意を窺えない。仮に本当だとしても、到底納得できるような言葉ではなかった。

 低く押し殺すような声で言った。

 

「なら、だれが撮ったか言え」

「ええ、もちろんですとも。ただし……」

 

 男が拳銃で自分の手を軽く叩いた。

 そのための条件だということだろう。

 どこまでも用意周到な男に殺意が芽生えた。

 

「さあ、賭けを続けましょうか。やる気は十分でしょう?」

 

 荒い息を落ち着けながら男を睨みつける。

 いますぐにこいつの手足を切り刻んで知っている情報を洗いざらい喋らせたかった。姉を殺した殺人鬼を、姉を追い詰めたこの街のクソったれどもを、すべて聞き出してその報いを受けさせたかった。だがそれには場所が悪い。今はおとなしく勝負に乗るほかない。

 

「一応警告しておきますが、力尽くで吐かせようとは考えないほうがいい。痛みには耐性がある。たとえ解体屋に拷問をされても吐きませんので」

「…………」

 

 つくづくひとを煽るのが上手い男だ。

 私はソファーに腰を落ち着ける。あらためて見た写真の中の姉はまだ悲惨な末路を迎える前の姿だった。本当に穏やかに、ただ眠っているだけに見える。私は飛び散った血が汚さぬようにそれを机の端に寄せた。

 

 

 痛みの塊となった左手に再度銃口が置かれる。

 対面する悪鬼が囁いた。

 

「さあ、もう一度。あなたが救えなかったひとを思い出してください。あなたの弱さゆえに死んだ彼女のことを」

 

 歯をかみしめる。深く息を吐いた。胸の中に潜んでいた怒りの炎は、いまや後悔や悲しみの念を焼きつくして全身を支配していた。そのくせ、思考は不思議なほどにクリアだった。

 

「……ああ、良い目だ。その目ですよ。あの日、私からすべてを奪ったあの人と同じ目。失われたひとに捧ぐ復讐の灯。もうすこしです」

 

 これまでよりも深く意識を落とす。頭の裏を覗き込むような感覚に埋没する。何かを守るようにまとわりつく靄を胸にくべられた炎で駆逐していく。

 核心に近付くほど強まる嫌悪感。警告のように私を引き留めるそれを意識的に無視した。復讐を果たすことが今の私のすべてだった。

 焼きごてを後頭部に突っ込まれたようなわけのわからない痛みが走る。これまで大事に抱えてきたなにかがごっそりと焼き切れたような気がした。

 

 

 記憶の回廊が扉を開ける――

 

 

 ――柔らかな体温、あまい香りと微かに混じる鉄錆の匂い、胸を支配する罪悪感、耳朶を震わせる悲し気な声音――

 

『約束して。お願いだから、もう2度と……』

 

 

 

 まぶたを開いた。視界は澄み渡っている。これまで頭の中を占めていた靄が影も形もない。今まで生きてきた中で1番身体の調子が良い。

 まるで掛けられていた透明な鎖がすべて取り払われたかのように、身体も頭も意のままに動いた。この上なく愉快な気分だった。すべてがクリアに感じられる。左手を蝕む痛みさえも私を祝福していた。

 

 目前の男を見る。笑みを深めた男はゆっくりと――

 

 

 発砲音。

 放たれた銃弾は机をへこませただけだった。

 

 

 ゆっくりと息を吐く。

 さきほどまで全身を支配していた全能感は跡形もなく消えていた。

 大量の鼻血が溢れだして机を汚す。酷く頭が重かった。浅瀬に打ち上げられた深海魚のように深呼吸を繰り返す。

 胸にぽっかりと空いた穴を、見覚えのない罪悪感が埋め尽くしていた。さきほどまで私を突き動かしていた怒りが混ざりあって心臓が内側から破裂しそうだった。

 

 私は得体のしれない感情に慄きながら、こちらを見て満足げに笑う男を無言で促した。

 

「……これは教会の知人から貰いました。シスター・ユルキナ。あなたも会っているはずだ。あなたが夏に教会を訪れた時、白木光里の隣にいたのが彼女です。ユルキナは代行者の1番の信奉者ですから」

「なぜ教会の修道女がこんな写真を?」

「さあ、そこまでは私も知りません。直接聞いてみてはいかがですか? 彼女は教会本部に勤めていますから」

 

 男の目を見る。そこからはなにも読み取れない。

 

「さて、最後のゲームを始めましょうか」

「――必要ない」

 

 私は男の手から最後の弾丸が装填された拳銃をもぎ取り、自分の側頭部に突きつけた。

 男の驚くような表情を見つめながら無感動に引き金を引く。

 

 発砲音とともに硝煙が上がる。

 

 それだけだった。

 6発目は空砲だった。この男は最初から私を殺す気がなかったのだ。

 

「……お見事」

 

 徐々に途切れていく意識をなんとかつなぎとめる。出血を放置していたことでひどい悪寒と眠気が私を襲っていた。

 私はソファーに身体を預け、静かに目を閉じた。

 

 

 

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