便利屋JK   作:フライドレッグ

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賭博 その4

 

 

 

 入ってきた2人は部屋の中の惨状を目の当たりにして絶句した。

 ところどころに飛び散る血の跡とちぎれた指から今までなにが行われていたのかを察したのだろう。レイは顔を真っ赤にしてオーナーを睨みつけた。

 

「なんですの、これは。一体どうしてこんな風に……」

「――レイ」

 

 私を振り返った彼女にコンパクトになってしまった左手を振る。

 

「ゴメン、治してもらってもいい?」

 

 彼女は何かをこらえるかのように身を震わせたが、すぐに私の隣に座り込んで治療を始める。柔らかな光が暖かく私の手とちぎれた指を包み込んだ。強烈な痛みが徐々に消えていく。数分も経つと、そこにはさきほどまでちぎれていたとは思えない綺麗な手と顔色の悪いレイが残った。

 

「便利なものですね、魔術とは」

 

 オーナーが呟いた。誰に聞かせる気もない、どこか感慨深い声だった。

 

「死にかけの人間があっという間に息を吹き返すのですから、まったく羨ましい限りです」

「素人があまり軽く考えないで欲しいですわ。これはそんなに単純じゃありませんの」

 

 憤慨して敵意をむき出しにするレイに向かって、彼は狂気的な瞳を向けた。

 

「いいえ。よく存じておりますよ」

 

 オーナーは静かに言った。

 その言葉に引っかかるものを感じたがあえて追求することはしなかった。今は1分1秒が惜しい。

 

 ユライはといえば、小娘の怪我なんてどこ吹く風とでも言うように、オーナーの持ち込んだ扇風機のような形をした汚染吸収装置を弄り回している。こちらの視線に気付き、飄々と声を上げた。

 

「ああ、終わりやしたか? じゃあさっそく見せてもらいやしょうかね」

 

 その言葉に頷き、オーナーはビデオテープを再生機器へと挿入した。

 荒い映像がブラウン管テレビに映し出される。

 

 映像はどこかの監視カメラから撮ったものらしい。画面奥の通路で掃除に勤しむカジノの従業員に手前から2人組が近付いていく。近づく人影に気づいた少年が親し気に手を上げた。それに構わず、手に持った鈍器を振り下ろす2人組。驚きの表情とともに床に引きずり倒される被害者。

 そこからしばらくは胸糞の悪くなるような拷問の光景が続いた。音声がないのにも関わらず、被害者の味わう苦痛と絶望がこちらに伝わってくる。加害者たちは念入りに少年を壊した後、最後に装飾の施された短剣をその心臓に突き立てた。仕事を終え、来た道を戻ってくる若い男女の顔が正面からはっきりと画面に映し出される。

 

「もう1件もお見せしましょう」

 

 画面が切り替わる。

 賭場の外に設置された喫煙場で煙草を吸っている従業員に、さきほどとは別の3人組が近付いていく。同じような拷問の後、さきほどとまったく同じ短剣で突き刺されて被害者は息の根を止めた。こちらの映像にも加害者の人相がはっきりと映っていた。

 

 画面が真っ暗になる。映像はここで終わりのようだ。

 

「……なんですの、これは。はっきり顔が映っているじゃありませんか! こんな明確な証拠があるのにどうして捜査機関は捕まえられませんの! この街の警察はそこまで無能ですの!?」

 

 吠えるレイの横で、私は捜査を始めてから感じていた違和感が徐々に輪郭を結ぶのを認めていた。

 吐き気を催すような推測。どっぷりと煮詰まったタールのような考えをそのまま口に出すことは憚られた。

 なぜ明白な証拠があるのにも関わらず犯人が捕まらないのか。なぜ捜査機関は事件の資料をすべて独り占めにして漏らそうとしないのか。なぜ解体屋は人々を殺し続けるのか。なぜ、なぜ、なぜ。すべての疑問がひとつの回答に帰結していた。

 

「――代行者は」

 

 確証を得ようとオーナーに問いかける声は知らずのうちに震えていた。

 

「代行者は、お元気ですか?」

「答える必要性を感じませんね」

 

 オーナーは拳銃を磨きながら答える。

 

「ですが、あなたの想像通りだと言っておきましょう」

「……っあぁ」

 

 ため息のように喘鳴が漏れていた。

 

 最悪の予想が裏付けられた。

 2ヶ月前の事件を思い出す。ユライの持ち込んだ魔道具。レイモンドの霊薬。瀕死の権力者。そして今回の事件で解体屋が集めた魔力は誰のために使われるのか。

 理解した。なぜいつまで経っても解決の糸口ひとつ掴めていないのか。当たり前だ、捜査機関は最初からこの事件をどうにかしようだなんて考えていない。

 そしてなぜ”姉が最初に殺された”のか。教会の権力者のために無辜の命が犠牲になると知った姉はどんな行動をとったのだろうか。遺書を残したということは自らの死を予想していたということにほかならない。

 

 わけのわからない感情がぐるぐると頭の中を廻っている。この街も、そこに住む人間も、その中の自分でさえ、ただひたすらに気持ちが悪かった。胸に溜まったどす黒い感情が、行き場を求めて心臓を殴りつけていた。

 

「そこまでして救わなければいけないんですか……?」

 

 オーナーの静かな目が私を見やる。

 

「たったひとりのために何人も何人も殺して、そんなのが正しいと思っているんですか」

 

 彼は磨き上げた拳銃を静かに机の上に置いた。指を組み、ゆっくりと口を開く。

 

「なぜ代行者が支持されてきたと思いますか」

「……」

「有用だからです。この都市にとって、他の誰よりも。掃除屋たちの手綱を取り、狼の夜を始めとした『災厄の魔法使い』のテロを何度も防ぎ、各組織の足並みをそろえ、他の都市からの刺客を退け続けた。自らの欲求や善悪すら捨てて、ただひたすらにこの街にその身を捧げた」

「……そんなの、管理局の局長に任せておけばいいじゃないですか」

 

 狂人の目に憤怒の火が灯った。初めて向けられる明確な敵意に肩を強張らせる。一呼吸のあと、幻のようにそれは消えていた。

 

「天下りしてきただけのお飾りに何が期待できると? 彼は自分自身のキャリアとこの街を高く売り飛ばすことしか考えていないのに」

 

 乾いた笑いとともに吐き捨てられた言葉は、修復不能な両者の関係性を端的に表していた。

 

「今のこの街は頭をつぶされたムカデです。それぞれの足がてんでバラバラな方向に向かっている。どんな犠牲を払ってでも早急に正さなければならない。外敵につけこまれる前に」

「そんなものっ……!」

 

 否定しようとする私の胸に幼い日の記憶がよみがえる。

 

『ごめんね、いつも遅くなっちゃって。でもお姉ちゃんはこの街をもっと良い場所にするお手伝いをしているの。いつかきっと、華ちゃんやみんなが笑顔で暮らせるように』

 

 姉に向かってどうしてもっと早く帰ってこないのかと不満を漏らした時のことだったと思う。幼心にも、申し訳なさそうにする彼女の言葉から強い意志を感じ、せめてもの抵抗にと口を大きく膨らませた。そうすると、彼女はいつものように私を抱きしめてくれた。

 

「…………」

 

 もはやどうすればいいのか分からなかった。姉の守ったこの街のために犠牲を見過ごすのか、怒りのままにただ復讐を果たすのか。

 様々な顔が浮かんでは消えていく。事務所の面々、個性の強い依頼人たち、便利屋仲間、同級生。みな必死で生きていた。それぞれの直面した問題を解決しようとあがいていた。

 

 そのなかで姉は代行者を止めようとした。みんなを守ろうとしたのだ。ならば私がするべきことは――

 

「――代行者を止めます。教会に行ってこれ以上の犠牲が出ないようにする。それがお姉ちゃんの最期の願いだから」

「……その結果、この街がどうなったとしても?」

「……はい」

 

 オーナーは焼き付くような瞳で私を見つめた。

 

「いいでしょう。ならば、あなたが代行者の後を継ぎなさい。それが本当にあなたの願いならば彼らも理解してくれるかもしれません」

 

 私はその言葉にただ黙って頷いた。

 オーナーは私の決定を見守ると、傍らに置いていた拳銃を渡してきた。

 

「これを持って行きなさい。それと最後にひとつ。どんな結果になっても自分の選択に責任を持って向き合ってください。彼女がそうしてきたように」

 

 受け取った拳銃は誰かの熱を保っているかのように温かかった。

 

 

 

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