便利屋JK   作:フライドレッグ

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先生

 

 

 

 病室の扉が開き、頭の軽そうな狼人がひょっこりと鼻っ面をのぞかせた。

 彼はこちらの姿を発見すると嬉しそうに部屋の中へと入ってきた。手には巨大な紙袋と私の小物入れが抱えられている。

 

「いや、どうもどうも。目を覚ましたって話を教会のお偉いさんから聞きやしてね。それでとんできたってわけでさあ」

「それ……」

 

 私の問いにユライは目を瞬かせたが、すぐに何を指しているのか分かったのだろう。何も着いていない首をさすって嬉しそうに笑った。

 

「ああ、これね。なんだか今回の功績ってことで外してもらえたんですわ。おかげで名実ともに教会とは縁が切れたんですがね。そうすると途端に条件の良い相手先に早変わりするわけでございまして。そんなわけで今はちょっとした雑用を頼まれてるとこなんですよ」

 

 

 

 教会での事件から2日が経っていた。

 あの後、北区の病院へと担ぎ込まれた私は昨日になって目を覚まし、事件がどのように世間で扱われているかを知った。

 『解体屋による自爆テロ』。それが管理局が公表した教会で起きた事件のあらましだ。

 世紀の殺人鬼が起こした爆発テロで教会本部にいた関係者300人が犠牲となった。幸いにもその中に教会幹部は含まれていなかったが、本部の機能回復まで一部の役割(感染遺体の回収など)は管理局へと戻されることとなったようだ。

 

「すげえ面の皮の厚さだなと思いましたね。まあどこもそんなもんなんでしょうが」

 

 ユライは紙袋から取り出したドーナツを私に向かって差し出してきた。

 私が首を横に振ると、待っていましたとばかりに食べ始めた。嬉しそうな仕草からは一辺の遠慮も感じられない。紙袋一杯の菓子は数分とたたずに彼の腹の中へと消えていった。

 にこにこと教会の内部情報を暴露していくユライの話を黙って聞く。健康そのもののユライが羨ましい。今の自分は蘇生の魔術に大量の血と魔力を捧げたせいでベッドの上から一歩も動けない有様だった。

 

「あともうひとつ、お耳に入れておきたいことが」

 

 先ほどまでとは打って変わって真剣そのものの表情でユライが声を潜めた。

 

「実はお嬢さんが戻ってないみたいなんですよ」

「レイが?」

 

 レイは今回の調査中ユライの家と私の学生寮を拠点としていた。

 私が入院している以上、ユライのところに身を寄せているものと思っていたのだが。

 

「ええ。まあ、あのお嬢さんをどうこうできるような人間なんざいないだろうとは思うんですが、あっしもすこし気になりやしてね。そこら中を嗅ぎまわっているところです。もしここに顔を出したら教えてくだせえ」

「……わかった」

「それとこれ。あの騒動の間に拾っときましたんで」

「ありがとう。助かる」

 

 差し出された小物入れを受け取る。多少すすけていたが、あの騒動を経験したとは思えないほど原型を保っていた。

 

 小物入れから取り出したポプリを首にかける。あるべきものがあるべき場所におさまり、ようやく気分が落ち着いた。

 私はあらためてユライに礼を言った。

 

「ありがとう、本当に」

「いえいえ、そこまで言ってもらうようなことじゃ――」

「そうじゃなくて。私ひとりだったら、お姉ちゃんをちゃんと送ってあげられなかったから」

「ああ……」

 

 彼はどこか居心地悪そうに頬をポリポリと掻いた。

 しばらくなにかを迷うような仕草を見せていたが、やがて意を決したように私に向き直った。

 

「あれは……儀式に使われた短剣はあっしが運んだ物です」

 

 大方、レイモンドの霊薬と一緒に教会に持ち込んだのだろう。だからどうということもないが。

 

「……それで?」

 

 続く言葉ががいつまでたっても出てこないので促すと、罰を待つようにうつむいていたユライは疑念の声をあげた。

 

「それでって。……なにか言うことはないんですかい? お前のせいでとかお前さえいなければお姉ちゃんは――」

「――ユライ」

 

 彼はピタリと押し黙った。

 目を見開き、ひどい顔で私を見つめている。まるで死人にでも会ったみたいな、ひどい顔だ。

 

「……お姉ちゃんは私が殺したの。他の誰でもない、私が」

 

 窓際に置かれた花瓶を見る。活けられた花の1本は枯れ落ちていた。

 

「それに、あなたが持ち込まなくたって教会は別の誰かに頼んでたよ。結末は変わらなかったと思う」

「……まあ、そりゃあそうでしょうが」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら私を見つめる瞳は眩しい物でも見るように細められている。

 

「なんだか変わりましたね。なんというか、以前より大人になったような気がしやす」

「……そうかな」

 

 褒められているのだろうが、あまりうれしくはなかった。

 

「そうだ。ひとつだけ頼みごとをしてもいい?」

「もちろんですぜ」

「じゃあ――」

 

 私の頼み事をユライはこころよく引き受けてくれた。

 

「それじゃあ、あっしはこれで。ゆっくり休んでくだせえ」

「うん。ありがと」

 

 事件は終わったが、私がこの街と向き合う時間はこれから始まるのだ。

 ようやく自分自身の進むべき道が見えてきた気がした。

 

 

 

×××

 

 

 

 陽光を浴びてきらめく針葉樹を窓からぼんやりと見ていると、病室の扉が規則正しく叩かれた。入ってきたのは思いもよらない人物だった。

 

「やあ。お邪魔させてもらうよ」

「センセイ……。どうしてこちらに?」

 

 ここは北区の富裕層向けの病院だ。隔離地区勤務のセンセイが訪ねてくるなんて、わざわざ仕事を抜け出して来たのだろうか。

 

「ここの知人に引き継ぐことがあってね。ついでに様子を見に来たのさ。事件のあらましは聞いていたしね」

 

 その言葉に納得する。大方、面白半分で首を突っ込みにきたのだろう。すくなくとも心配で見舞いに来たわけではないことが、皮肉気な表情から見て取れた。

 ちょうど良い機会だったので、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「センセイは姉さんと面識があったんですか」

「……代行者と関わりのない人間など、この街にはいないさ」

「そういうことではなくて……。直接顔を合わせていたんじゃないかと思ったんですけど」

 

 姉の死の直後、病院で話したとき、センセイは姉と木崎さんの関係について言及していた。

 そしてあのとき最後に私に放った、『きみのおかげで私は耐えがたい苦痛と孤独から解放された』という言葉。あれは私ではない別の誰かのことを言っていたように思えてならないのだ。

 

「……彼女とは10年におよぶ付き合いがあったことは確かだよ。お互い忙しい身の上だからね。仕事の話ばかりだったけど」

 

 珍しく迷うような表情を見せたセンセイは、やがて口の端を上げると話し始めた。

 

「彼女はいつも私が訪ねると珈琲を淹れてくれた。別に必要ないと言ったんだがね。先生のためじゃなくてお客様をもてなす機会を無駄にしたくないだけですと切って捨てられてしまったよ。実際あまり上手ではなかったな。豆の選定は良かったが喋りながら淹れるせいで蒸らしすぎてエグ味が出ていた。私も味にとやかく言う性分ではなかったから、彼女の中で珈琲は自分が作ったようなエグくて苦いものが普通だという認識が出来てしまっていたようだったよ。他の人間から何か言われないのかと聞いたらね、先生にしかこんなことする機会ありませんからと言っていたな。まあ、彼女の立場を考えれば当然だとは思ったがね。それを聞いて、なおさら指摘する気持ちはなくなってしまった。自分で淹れた珈琲の味に顔をしかめる彼女も愉快だったしね。最初のうちはお客様にだけ飲み物を出すのもおかしいと我慢して飲んでいたようだったが、数年も経てば澄ました顔で飲んでいたよ」

 

 思いがけないほど大量の言葉が滑り出てきた。普段とのギャップに、ある種狂気染みたものを感じる。言葉を紡ぐセンセイの瞳には見たことのない煌めきが宿っていた。

 

「そういえば彼女の持っていたチェス盤がどこにいったか知らないかい?」

「え? ……い、いいえ」

「そうか……教会にも管理局にもなかったから彼女が処分したのかもしれないな」

 

 自分で言って納得したようにうなずくと、また猛然と喋りだした。

 

「あれは私が送ったものなんだ。最初は彼女が用意したプラスチック製のものを使っていたんだが、どうも手に馴染まなくて気になっていてね。ある日、彼女が私のためにマグカップを用意してくれたんだ。それでちょうど良い機会だと思ってブルガリアからチェス盤を取り寄せたわけさ。なにせプレゼントだと言って渡しても受け取ってくれるかは疑問だったからね。なにかのお返しに仕事に使うものを送るのなら彼女も受け取りやすいだろう? 予想通り上手く行ったよ。木目の触り心地が気に入ったようだったな。やはり彼女の手にプラスチック製の安物は似合わない。内心ほっとしたものだよ」

 

 チェス盤。

 代行者である姉にこの街はどう見えていたのだろうか。姉と、テロを行ってきた『災厄の魔法使い』にとって。

 もしかすると彼女らはこの街をチェス盤に見立てていたのかもしれない。そんな益体もない考えが浮かんだ。

 

『やっこさんが気に入る何かがこの街にあるんでしょうかね』

 

 ユライの言葉を唐突に思い出した。異世界から襲来した最悪のテロリストが気に入るもの。そんなものはひとつしか思い浮かばなかった。

 ひどく寒気がする。それは身体の不調から来るものではない。

 私は首にかけたポプリを強く握りしめた。

 

「……センセイは、姉さんのことが好きだったんですか?」

 

 私の質問に対して、センセイは眉間にしわを寄せ、悩みながらゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「……気に入っていたかと問われるとなんとも言い難いな。どちらかといえば懐かしく感じていた気がする。……彼女の在り方は私の古い友人を思い出させたから」

 

 打って変わって冷ややかな視線が私を捉える。その中にはかすかな怒気が含まれていた。

 

「だからこそ今回の結末には納得がいかない。きみは彼女を蘇らせるべきではなかった。彼女自身がそう望まなかったのだから」

「――どうして、蘇らせたのが私だって知っているんですか」

 

 氷の塊でも飲み込んだような気分だった。

 魔術を起動したのが私たということはユライとユルキナしか知らないはずだ。それ以外の人間は死んだのだから。ユルキナがどこに行ったのかは知らないが、彼女が代行者の死の経緯を喧伝するはずがない。

 

 私の問いに、センセイは呆気にとられた顔で口元を抑えた。やがておかしさをこらえるように眦がゆがむ。

 

「ふふっ、やはり慣れないことをすべきではないな。つい口が滑ってしまった」

 

 ひとりだけ候補が思い浮かんだ。一連の騒動を演目のように俯瞰していた人物。伝説にうたわれる魔法使いなら知っていてもおかしくない。

 そもそもなぜ教会があれだけ大規模な魔術の行使に踏み切ったのか。その道に精通した誰かが手引きしたとしか考えられない。

 

 口の中が乾く。目が、サイドテーブルに置かれた荷物を探していた。

 

「……あなたが『災厄の魔法使い』ですか」

 

 センセイの口が三日月のように大きく吊り上がった。ゆっくりと椅子から立ち上がり、空になったマグカップを机に置く。

 

「きみをこちらに連れてきたのは単なる暇つぶしだった。だが同時に最良の選択だったと確信している。そのおかげで彼女と会えたのだから」

 

 コイツがいなければ姉さんは死ななかった。この街に住む人たちがわけのわからない化け物に殺されることもなかったし、両親も生きていた。

 

 憤る私を意に介さず、センセイが窓の外を見る。南区の方向、ちょうどワームホールのある方角を確認して笑った。

 

「この街も魅力的だったが、そろそろお互い故郷が恋しい頃合いだろう? 15年前と同じように連れて行ってあげようじゃないか。親子感動の再会というやつだ。もっとも、わたしのほうで多少スパイスは効かせるかもしれないがね」

 

 じわり、と白衣が黒く染まっていく。瞬く間にそれは黄金の装飾が施された宮廷服へと姿を変えた。

 

「そんなことは不可能です」

「いいや、できるさ。儀式で漏れ出た魔力が道を固めてくれた。もう月の満ち欠けを気にする必要はない」

「……それで、私がおとなしくついていくとでも思ったんですか」

「いやかい? きみにとっても悪い話ではないだろう。生まれ故郷に王族として戻れる。そしてなにより……きみの友人も助けられる」

 

 センセイが懐から取り出したものはテニスボール大のガラス玉だった。私に見えるように目の高さまで掲げる。

 ガラス玉には人形のようなものが入っていた。身体を守るように身を丸め、金色の髪をふわふわとさせながら無重力の中を漂っている。

 かすかにみえる寝顔は見慣れた彼女のもので、

 

「――レイッ!」

 

 私と別れたあの時のままだった。

 

 

 

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