便利屋JK   作:フライドレッグ

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登場人物
白木 華(しらき はな)
…主人公で高校1年生。インターン活動中。
如月 琉乃蒼(きさらぎ るのあ)
…戸隠便利屋事務所の自称サバサバ系。酒飲み。20代前半。
戸隠 雲仙(とがくし うんぜん)
…便利屋事務所の所長。メタボ気味。若者の教育に苦慮している。
大熊 寧子(おおくま ねこ)
…華の学友。獣憑き。


ペット探し

 

 

 

 3つの輝きが暗闇の中を高速で移動する。

 打ち捨てられた新聞の上から生ごみの匂いのするゴミ箱の後ろへと、物陰の隙間を縫ってしなやかな体躯が駆ける。

 それは裏通りの暗闇の中を必死で逃げていた。千載一遇の機会を掴んでようやくあの牢獄から抜け出したのだ。満足に腹を満たせず、自慢の黄金の体毛がくすんだとしても、愛玩動物として緩慢な死を迎えるよりはマシだ。忌々しい飼い主が放ったのろまな追跡者に捕まる気などさらさらない。

 背後からは女の悲鳴と男の呻き声が聞こえてくる。

 奴らに裏路地の道などわかるまい。ちらりと見た限りは食うのに困っていなさそうな連中だった。軟弱者め、貴様らなんぞに崇高なる私の夢を邪魔させるものか。

 あと少しで完全に振り切れる。そこの角からごみ処理場へと入れば、しつこい奴らも追っては来れないだろう。道を曲がったさきにはようやく――。

 

 理想郷を目前に、獣の四肢にバサリと巨大な網が被さった。

 

 

 ――馬鹿な、追手は2人だけのはず!

 

 

 目の前に立ち塞がった女は黄金の瞳を興味深そうに瞬かせた。

 

 

 

×××

 

 

 

「いやー、助かったよ。あたしらだけじゃどうやっても捕まらなくてさ」

 

 荒い息を吐きながら合流した如月先輩は、ケージの中でにゃあにゃあと抗議する獲物を見て安堵の笑みをこぼした。

 私が事務所で机仕事をしていた折、彼女の引き受けた依頼の期日が迫っていたため、助けを求められたのだ。

 最初はたまたま手の空いていた所長が手伝うことになったが、駆け回ってペットを捕まえる仕事はデスクワークを主戦場とする中年男性には酷だったようで、すぐに私にも話が回ってくることとなった。

 

「しっかし、見れば見るほど珍しい猫ちゃんだね。こんなの良く見つけてきたなー」

「すごいですね。額の宝石に背中の羽、おとぎ話に出てきそうです。依頼人は向こうから連れてきたんでしょうか?」

「流石に管理局から睨まれるようなことはしないでしょ。遺伝子組み換えかなにかじゃない? 最近、金持ちの間でそういう娯楽が流行っているらしいよ」

 

 捕獲対象は憮然とした表情でこちらを睨みつけている。

 彼にも苦労があるのかもしれない。金持ちの道楽に付き合わされているのは私たちも同じなのだ。諦めずにケージを噛む姿に、必死で日々を生きる自分たちの姿が重なって見えた。

 

「ペットなりに必死に生きてるんですね……」

「あー、まあそういう見方もあるかも」

「……なんですか、その言い方」

「いや、こいつ見つけたときにめっちゃ交尾してたじゃん。でもあれって意味ないんだよね。遺伝子いじられたのって生殖能力とられちゃうからさ」

「えぇ……」

 

 愛玩動物の悲痛な事情を聞かされて呆然とする。脱走する前から彼には未来がなかったのか。

 先輩と世の無常を嘆いていたところで、ようやく所長が合流した。

 

「ハア、ハア。フウ、白木さん、手伝い、ありがとね。如月くん、ハア、無事に依頼を達成できて、フウ、良かったよ」

「所長、そんなに急がなくて大丈夫ですってー」

 

 追いついてきた所長が息も絶え絶えにねぎらいの言葉をかけてくる。はちきれんばかりのワイシャツは汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「――何はともあれ、これで柳沢氏に報告できるよ。如月くんも控えてる仕事に専念できるし、ようやく一区切りだね」

「所長も事務所に戻れるし、みんなハッピーですね」

「ハハハ」

「じゃあ、あたしはこいつを届けてきますんで。華ちゃんも手伝ってくれてありがとねー」

 

 よほどギリギリだったのか、如月先輩は挨拶もおざなりにそそくさと立ち去っていった。

 

 彼女の姿が完全に見えなくなってから、所長はようやく収まってきた汗を拭いて立ち上がった。先ほどまで座り込んでいたコンクリートタイルには大きな染みができている。

 

「ペット探しにしては納期がだいぶ短かったからねえ。いつも通りなら、彼女が僕たちに助けを求める必要もなかったはずだけど」

 

 所長は先輩の去っていった方角を見ながら感慨深げに呟いた。

 彼女の教育をしてきたのは所長だそうだ。取引先を開拓できるようになった彼女に思うところがあるのだろう。

 

「でも、久しぶりに依頼の手伝いができて良かったです。最近は事務所の雑用しかしてなかったですし」

「……白木さんは机仕事は嫌いかい?」

 

 所長は太い指で眼鏡に落ちた雫を拭いている。

 私はどう答えるべきか迷ったが、胸の内を素直に吐き出すことにした。

 

「別に嫌ではないです。……でも、私は事務員をやりたくて来たわけじゃありません」

「気持ちは分かるけど、インターンで来てもらってるのにあまり危険なことをさせるわけにもいかないんだよねえ」

 

 所長は少しの間考え込んでいたが、やがて諦めたように首を振り、懐から財布を取り出した。

 

「とりあえず、これでお昼でも食べておいで。今の話はまた後でしよう」

「所長はいつも通りですか」

「うん。ぼくにはお弁当があるからね」

 

 戸隠所長が娘を溺愛しているのは周知の事実である。

 私は愛娘の手作り弁当に思いを馳せる所長をその場に残し、昼食へと向かった。

 

 

 

×××

 

 

 

 がやがやとにぎやかな店内はすでに多くの客で埋まっていた。店内へと入ったものの、空き場所を見つけられない私に奥のほうから声がかかる。

 

「おーい、こっちこっち!」

 

 見慣れた顔が手を振っている。私が近寄ると彼女は山積みになっていた食器を脇へとどけてスペースを作った。

 

「ごめん。待った?」

「んー? ぜんぜん。今来たところ」

 

 私が食器を下げに来た店員に注文をすると、向かいの友人は更にその倍の量を追加注文した。相変わらずの健啖家だ。

 すぐに料理が運ばれてくる。しばらくはそれぞれの食事に集中した。一通り食べ終わるころには店内の客もまばらになっていた。

 

「ふー、食べた食べた。ここは味はイマイチだけど量が多くて良いね」

「混んでるのが難点だけどね」

 

 向かい側に座っている友人は結局5人前を完食していた。満足そうに膨れた腹をさすり、頭頂部から生えた熊耳をぴこぴこと動かしている。

 

「めずらしいね。今日は訓練休みだったの?」

「まーね。弟の誕生日も近いし、久しぶりにここら辺をぶらぶらしてたとこ」

 

 彼女――大熊寧子は私の古くからの友人だ。私と同じタイミングで変異病を発症し、数ヶ月前から隔離地区で暮らしている。

 頭頂部の獣耳は感染者の中でも珍しい獣憑きの証だ。一般的な獣憑きの例に漏れず、極めて高い身体能力を持っている。都市でもなり手の少ない越境警備隊から内定を貰っており、今はその職場訓練を行っているらしい。

 内定の連絡を受けた時はもう一人の友人と一緒に祝ったものだが……。

 

「華は? 今日もインターン?」

 

 黙って頷いた。

 その様子から何かを察したのか、彼女は宥めるように言葉を紡いだ。

 

「そんなに焦らなくても良いじゃん。どうせまだ2年もあるんだしさ」

「でも、このまま決まらないと困る。お姉ちゃんだってこれくらいの年齢から働いてたし」

 

 友人は困ったように眉をひそめ、熊耳を触った。

 

「別に光里さんとムリに張り合わなくても良いと思うけどなぁ。そもそも時代が違うんだから比べられるものじゃないじゃん」

「それはそうだけど」

 

 その通りだと自分でも思う。だが、理屈ではないのだ。遅れて芽生えた姉への対抗心が私の心を酷く苛んでいた。

 

「サイアク、決まらなかったら教会に入れてもらえば? 光里さんがいるんだから余裕でしょ」

「それはヤダ。負けを認めるようなものじゃん」

「こじらせてるなぁ……」

 

 子供っぽい感情だと自覚しているし、変に意地を張るのが正解ではないと分かっている。それでも、私はちっぽけなプライドを譲れなかった。

 

 気まずさをごまかすようにテレビを見ると、思わぬ顔を見つけて声をあげていた。

 

「あ、あれ」

「んー?」

 

 インタビュー番組かなにかだろうか、司会者とでっぷりと太ったゲストが話している。

 問題はそのゲストが抱えている猫だ。特徴的な三眼に背中の羽、つい30分前に私たちが捕まえたものとまったく同じ個体だった。

 

「あー、商鋼連合の柳沢さんかぁ。あんまり良い噂聞かないよね」

「そうなの?」

「連合の売上を裏社会に横流ししてるんじゃないかとか、怪しい薬の流通に関わっているんじゃないかとか。まあ全部噂だけどね」

「ふーん……」

 

 怪しい薬のくだりで微かに声のトーンが下がる。私たちにとってそれは他人事ではなかった。

 寧子の言葉にあらためて画面を見る。得意げに成功談を話す彼は私たちとはまったく違う人種に思えた。勲章のようにゴテゴテとつけられた宝飾品が彼の人間性を示しているような気がした。

 

「それがどうかした?」

「じつは――」

 

 寧子に先ほどのあらましを話す。彼女は去勢のくだりで爆笑した。

 

「――はあはあ、でも、変なこと考えるもんだね、金持ちって。わざわざ可愛がるために作り出すより、そこらを駆け回っているの捕まえてくれば良いじゃんか」

「わかんないけど、娯楽って言ってたから、見せびらかして楽しむんじゃないかな」

「ふーん。あたしが金持ちになったらもっと面白いことするけどな。たとえばあたしらの学生寮に冷蔵庫をつけるとか、どう?」

 

 私はあっけらかんと楽しそうに未来図を語る親友に、強張っていた頬を緩めていた。

 

 

 

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