便利屋JK   作:フライドレッグ

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登場人物
戸隠 雲仙(とがくし うんぜん)
…便利屋事務所の所長。メタボ気味。現場にはあまり出ない。
木崎 真琴(きさき まこと)
…南区の警官。几帳面で礼儀正しい。20代半ば。


観光案内 その1

 

 

 

 昼食をとってから事務所に戻ると、珍しく来客があった。普段はもっぱら武田さんの昼寝場所になっている応接スペースに、何人かの人影が見える。

 誰か来る予定だっただろうか。

 仕事の依頼はこちらが管理局まで出向いて貰ってきたり、通信端末でやり取りしたりということが多いので、事務所まで依頼人が来るのは珍しい。

 コーヒーの匂いがしなかったため、飲み物の準備をしていると声がかかった。

 

「白木さん、ちょっといいかい?」

 

 所長に呼ばれるままに入っていくと、この数ヶ月で見知った顔が出迎えた。

 

「お久しぶりです、白木さん。お邪魔させていただいております」

「木崎さん、なぜこちらに?」

 

 教科書の手本のように綺麗な姿勢で座っていた彼女は、応接ソファーから立ち上がって私に挨拶をした。

 木崎さんは私と寧子が隔離地区に来る際に色々と手続きをしてくれた警官だ。私たち特別支援校の生徒の間では頼れるかっこいい警官、という評価だった。真面目で几帳面な彼女が便利屋事務所にいるのはミスマッチだった。

 

「すこし面倒な案件を上司に振られまして。こちらにはそのことで力を借りに来た次第です」

「まだ受けると決まったわけではありませんよ」

「承知しております」

 

 所長は彼女の言葉に釘をさすと、私に向かって言った。

 

「白木さんは面識があるみたいだね。木崎さんはウチに仕事を持ってきてくれたんだけど、少し訳ありなんだ」

 

 所長の言葉に曖昧に頷いた。

 警察が便利屋に頼る時点で面倒な仕事だということは分かるが、なぜそれを自分に話すのかが疑問だった。依頼人との交渉は所長や如月先輩の領分であり、インターン生でしかない自分が出る幕はない。私を巻き込むような所長の態度に違和感を覚えた。

 

 私の表情から説明不足だと思ったのか、所長がより詳しく説明してくれた。

 

「結論から言うとね、今回の依頼は白木さんにやってもらおうと思っている。もちろん受けるかどうかはきみ次第だ。無理だと思ったらきっぱり断ってくれていい」

「やります。やらせてください」

 

 待ちに待ったチャンスに、考えるより先に返事をしていた。

 所長からインターン生の自分に正式な依頼を振るということは、これができたら雇ってもいいという意思表示だろう。この考えが早とちりでも、単独での依頼達成実績は他の組織で評価に値するはずだ。

 

「……先走りすぎだよ。話は最後まで聞いてから決めなさい。まあ、やる気があるのは良いんだけどね」

 

 所長に窘められて我に返る。呆れたような声に、羞恥でカッと頬が熱くなった。

 私の動揺に気付かないふりをして、所長が木崎さんに向き直って言った。

 

「それでは、依頼内容をあらためて説明していただけますか」

 

 彼女が頷き、依頼について話し始めた。

 

「皆さまに頼みたいのは、隔離地区の観光案内のようなものと思っていただければ理解しやすいかと思われます。先日、越境警備隊から当警察署に異邦人の監視を頼まれたのですが、折り悪く人手を割けない状態でして」

「異邦人ですか……」

 

 所長が先輩方ではなく私に依頼を回したのはそれが原因なのだろうか。

 

 隔離地区だけでなく、この街の住民のほとんどが異邦人に対して否定的な印象を抱いている。戦争から20年が経過した今も、彼らがもたらした破壊の爪痕は私たちを苦しめているからだ。

 ケダモノ、変異病、進まない復興。あの戦争さえなければと、どれだけの人が考えただろう。

 迎神教会だけは異邦人との融和を広めているが、戦争を直に経験している世代からの理解は得られていない。武田さんはもちろんのこと、身寄りのない吉田くんや如月先輩も良い顔はしないだろう。

 

「正直な話、我々としても扱いかねているのです。すでにいくつか他の事務所には当たっているのですが、すべて断られてしまいました。こちらが断るのであれば、客人は越境日まで警備隊の駐屯地で過ごすことになるでしょう」

 

 彼女の隣で抗議をするように黒いフードの人影がうごめいた。

 私はその時になってはじめて、来客がもうひとりいたことに気付いた。あきらかに目立つ装いにも関わらず、その人物が動くまでまったく意識に入らなかったのだ。

 黒フードに何事か耳打ちをされた木崎警部は、かすかに眉をひそめて私たちにその人物の紹介を始めた。

 

「こちらが正式な依頼人です。我々はあくまで仲介ですので、細かい条件は彼女と決めていただくようお願いします」

「彼女?」

 

 木崎さんが軽く頷くとその人物はフードを下げ、高々と名乗りを挙げた。

 

「わたくしがレイモンド公爵家の次期当主、レイチェル・レイモンドですわ!」

 

 強烈な金髪ドリルに透き通るような肌、輝く宝石のような赤い瞳。控えめに見ても美少女と言っていいだろう。よく通る声質に高い声量、同世代にしか見えない少女の堂々とした姿に圧倒される。

 気圧されて言葉を失った私の横から、所長の助け船が入った。

 

「レイモンド家? なぜ帝国貴族が単身でこちらに来ているのですか」

「決まっていますわ! 2ヶ月前に盗み出された当家の秘宝、『純血のマドラー』を取り戻すためですの。そして『盗人ユライ』を見つけ出し、レイモンド家を愚弄した罰を与えてやるのでしてよ! 報酬なら好きなだけ払いますわ。こちらには時間がないんですの。頼みますわ。ただ付いて来てくれればいいんですのよ!」

 

 彼女は矢継ぎ早に依頼内容を喋ると、机に勢いよく両手をついて血走った目で懇願してきた。貴族としての威厳を微塵も感じさせない態度から、彼女がここに来るまでの苦労がしのばれた。

 

「レイモンド様、落ち着いてください。引かれています」

「あ、ごめんなさい。つい」

 

 私が新しく淹れたお茶を飲み、依頼人が幾ばくか落ち着きを取り戻した。それを横目に、木崎警部は話を再開する。

 

「レイモンド様は帝国貴族のご息女だそうです。今回の依頼では彼女が家宝を捜索するにあたり、目立たぬように南区を案内していただきたいのです」

「盗まれた家宝というのは?」

「『純血のマドラー』は掌に収まるくらいのガラス瓶ですわ。中に満たされた液体はあらゆる病を癒すと言われてますの」

「それが盗み出されたと」

「その通りですわ。追跡用の魔道具で痕跡を辿ったところ、この街のどこかにあるようですの」

 

 レイモンド嬢は懐から懐中時計のような物を取り出した。話からすると、それが探知機なのだろう。

 

「場所が分かるならすぐに取り戻せるんじゃないですか?」

 

 私が挟んだ疑問には所長が剃り残しのひげを撫でながら返答してくれた。

 

「この手の道具は魔力を使うからね。こちらで無制限に使うと条約に引っかかるんだ」

「魔道具の使用は汚染防止のために厳しく制限されています。条約に則った使用なら、精確な探知範囲はせいぜい数十メートルでしょう」

「……探すのに何日かかるんですか、それ」

 

 なぜ国家権力から零細組織の戸隠事務所まで話が回ってきたのか、徐々に分かってきた。憎悪の的となっている異邦人に達成困難な依頼、よほどの物好き以外は受けるはずがない。

 

「先ほども申し上げた通り、依頼内容は彼女の案内です。実際に探し出せるかは考慮に含まれません」

 

 仲介役を引き受けた木崎警部も実際に探し出せるとは思っていないのだろう。あるいはここに来るまでにハードルを下げたのか。

 

 木崎警部は依頼人に詳しい条件を話すよう促した。レイモンド嬢は顔をゆがませながら口を開いた。

 

「……依頼の期間は最長でも2週間ですわ」

「彼女は正式な手続きを取らずにこちらに来たようで、次回のワームホール開通時に強制送還されることが決まっています。成果がどうなろうと、越境警備隊が彼女を送り返すでしょう」

「た、たまたま、事務処理が間に合わなかっただけですの。この機会を逃せばまた1ヶ月も待たなくてはいけなくなっていたでしょうし」

 

 所長と私は堂々と密入国を告白した彼女に胡乱げな視線を向けた。彼女は恥ずかしそうに指を突き合わせている。木崎警部は重いためとともに最後の擁護を行った。

 

「怪しむのも無理はありませんが、一応身元の確認はとれています。依頼に関しても大きな問題は発生しないでしょう」

 

 所長はせかすこともなく、穏やかな目で私を見ている。

 依頼を受けるかの判断は私に委ねるということだろう。それなら、迷うことはひとつもなかった。

 私は血走った目を爛々と輝かせている依頼人と、疲れ切った木崎警部に向かって言った。

 

「私にやらせてください」

 

 

 

×××

 

 

 

「……深入りし過ぎないようにね。依頼の達成よりも身の安全を優先するんだ」

 

 来客が帰り、静かになった事務所に所長の声が響く。後片付けをしていた私はその声から強い警告の色を感じとり、手を止めて所長に向き直った。

 

「絶対に依頼人が異邦人だとバレないように。特に年配の方には用心して。彼らの世代は異邦人全体を敵視している。最悪の場合、彼女の身柄をめぐって紛争が起きるかもしれない。そうなったら依頼どころじゃなくなる」

 

 所長はいつになく真剣な顔で忠告する。

 私はその忠告に疑念の声を上げた。

 

「そんなに受け入れられないものなんでしょうか。侵略戦争を引き起こした向こうの国は、もうなくなったって聞きましたけど」

 

 20年前、こちらの世界に侵略したバルバロイ共和国は、異界へと帰還した直後に3つの国に攻め入られて滅亡した。異界との交信を担っている迎神教会曰く、バルバロイが持ち帰ったこちらの住民の魂が周辺諸国に危険視されたのだそうだ。

 理屈に関してはよく分かっていないが、あちらではこちらの人間の魂を膨大なエネルギーに変換できるらしい。それらを用いて大陸統一への道を踏み出そうとしたバルバロイだったが、その野望は永遠に潰えることとなった。

 

「元凶がなくなったからといって、失われたものが戻ってくるわけではないから。正直なところ、ぼくだって仲介が木崎さんじゃなければ断っていた」

「知り合いなんですか?」

「如月くんや吉田くんがここに入る時にね。南区では珍しいくらい情熱的だよ」

 

 所長は木崎さんに恩を感じ、高く評価しているようだった。彼女には私自身も何度も助けられている。きっと先輩方も同じように手を貸してもらったのだろう。

 

「それともうひとつ。依頼人に魔術を使わせないでくれ。まあ、これに関しては彼女自身が注意するだろうけどね」

 

 魔術――異界の技術は広範囲に魔力汚染をもたらす。そして汚染はケダモノや魔獣、変異病の発生を促す。その使用が確認され次第、管理局は如何なる犠牲も顧みずに事態を鎮圧させるだろう。

 

「それって信用できるんですか? もし目の前で使われそうになっても、止められる自信なんてありません。密入国までしてますし、バレなければ大丈夫って思わないでしょうか」

「その点は問題ないと思うよ。白木さんは彼女の首輪に気付いたかな?」

 

 どうだったろうか、思い返せば着けていたような気もする。

 

「あれは教会が彼女に着けた安全装置だ。異邦人から流れ出る魔力を制限すると共に、一定量の魔力流出を感知して爆発する。彼女もそれを聞かされているはずだから、下手なことはしないと思うよ」

「……詳しいですね」

「昔ちょっとね。こういう業界だと、知っておくべきことはいくらでもあるから」

 

 所長は言葉を濁すと、失われたものを懐かしむような遠い目をした。しかしすぐに表情をあらため、再度私に忠告をする。

 

「でも、もし万が一魔術が使われたら、すぐにその場を離れるんだ。決してなんとかしようなんて考えちゃいけない」

 

 所長の言葉にうなずく。

 魔力汚染は変異病を進行させる。異邦人の放つ高濃度の魔力に暴露されれば取り返しのつかないことになる。私の脳裏に以前の依頼で遭遇した変わり果てた老婆の姿がよぎった。

 

「かなり特殊な案件だし、ぼくが出られたら一番良かったんだけどね。まあ、経験を積むと思って気楽に行っておいで。もう最低限、木崎さんの顔は立てられたから」

「こういったことってよくあるんでしょうか」

 

 所長はすっかり冷めたコーヒーをすすって、少し考えてから話し出した。

 

「異邦人関連の仕事って意味ならほとんどないね。こういうのは迎神教会の領分だから、今回のような案件が便利屋まで下りてくる事自体が稀なんだ」

「教会も忙しいんでしょうか」

「どうかな。でも、彼らが異邦人より優先することなんてほとんどないと思うよ。そのために創られたようなものだしね」

 

 それに、と所長は続ける。

 

「それは警察にも同じことが言える。彼らだって便利屋なんかに任せるより自分たちで監視した方がよほど確実なんだ。現状、ひとりの人員も割けないほど切羽詰まっているようには見えない」

 

 所長のマグカップに視線を落とす。注がれたコーヒーは深い色を湛えており、カップの底を見通すことは不可能だった。彼は私に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「彼らの間で何か大きな計画が持ち上がっているのかもしれない。いいかい、もし依頼の途中で普段と違うことに遭遇したら、手を出さずにぼくに連絡するんだ。あせる必要はないんだから」

 

 彼の言葉にうなずく。確かにその忠告は納得のいく内容だった。

 同時にもやもやとした感情が胸の内に芽生える。再三に渡って言い含めなければならないほど、自分は信用できないだろうか。

 不満が顔に出ていたのか、所長が声を和らげて私に言い聞かせた。

 

「説教くさくなってすまないね。きみの能力を疑ってる訳じゃないんだ。きみには色々と助けてもらっているし、事務所のみんなもきみを認めている。だからこそ、こんな依頼で危険を冒さないで欲しい。本当に些細なことで将来を失う便利屋は多いから」

 

 諦観と深い悲しみを湛えたその瞳に、私は黙ってうなずくほかなかった。

 

 

 

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