便利屋JK   作:フライドレッグ

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観光案内 その3

 

 

 

 翌日も引き続き治安の悪い地域を調査する。依頼人は昨日と変わらず、この季節に正気とは思えないような黒コートを着ていた。

 ただ、彼女がコートを脱ぎたがらない理由も見当が付いていた。どう見ても目立つ服装なのに、街行く人々はまるで彼女が目に映っていないかのように振る舞っていたからだ。思い返すと、先日事務所に依頼に来たときも、木崎刑事が紹介するまで私達は彼女の存在に注意を払わなかった。もしかしたら黒コートには着用者を周囲の人間の意識から外すような機能がついているのかもしれない。

 

「あまり芳しくないですわね」

 

 熱気で顔を赤く染めて彼女が言う。

 先程から足を止めて、探知機をしきりに撫でたり振ったりしている。どうも探知機の調子が悪いようだ。昨日まではそんなことなかったはずだが。

 

「その道具ってそもそもどんな原理で家宝を探しているんですか?」

 

 頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。お前には関係ないと切って捨てられるかと思ったが、思わぬ返答が来た。

 

「知りませんわ」

 

 彼女は私が呆けたような顔をしているのに気付いたのだろう、バツの悪そうな顔で付け加える。

 

「知る必要ないでしょう。これを使えば探し物が見つかる。それで十分じゃなくて?」

 

 あっけらかんと言う彼女がおそろしくなった。

 もし故障したらどうするつもりなのだろうか。それとも予備を持ってきているとか?

 それなら調子が悪くなった時点で取り替えているか。

 

「うーん、反応が薄すぎますわね。もう少し歩いてみましょうか」

 

 言いたいことを飲み込んで彼女を先導する。依頼人の心証を損ねる言葉を不用意に口にするべきではない。とはいえ初仕事を無事に完遂するためにはなにかしらの対策が必要になりそうだった。

 

「ちょっと待って」

 

 歩き出した途端に彼女から静止の声がかかる。振り返ると彼女は道の真ん中にうずくまっていた。うつむいた顔は先ほどよりも更に赤く、普通の人間であれば熱中症を心配させるようなものになっていた。

 

「どうしましたか?」

 

 声をかけるが返事がない。代わりに彼女は道の真ん中でばったりと倒れた。

 

 

 

×××

 

 

 

 依頼人を背負って近くの宿泊施設に避難していた。顔色がおかしいと思っていたが、まさか本当に倒れるとは。異世界人は丈夫だと聞いていたのだが、一概にそうとも言い切れないようだ。

 

 

 カーテンの隙間からは夕日が差し込み、室内をオレンジ色に染めていた。依頼人を運び込んでからすでに数時間が経過している。仮に彼女が起きても、これ以上の活動はできないだろう。

 

「うぅん」

 

 ベッドの上で身動ぎする気配がした。依頼人が意識を取り戻したようだ。私は携帯端末を手放すと飲料水を取り出した。

 

「ここは…?」

 

 身を起こした彼女が茫洋とした視線で問いかける。暑苦しい黒コートはここに運び込んだ時に脱がせていた。今はシャツ1枚の姿だ。綺麗に巻かれていた豊かな金髪も力なく垂れている。どこか退廃的な雰囲気を漂わせていて、私は目のやり場に困ってしまった。

 

「宿です。調査中に倒れたのでお連れしました。体調はいかがですか?」

「宿……?」

 

 彼女はぼんやりと私の言葉を反芻している。倒れた時に茹蛸のようだった顔色は血の気を失って真っ白になっていた。幽霊のようにまるで生気を感じられない。

 

「調査は……?」

「打ち切りました。体調が回復するまでは安静にしていたほうが良いでしょう」

「ダメよ!」

 

 突然の大声に驚いて彼女を見る。彼女は膝に置いた拳が白くなるほど強く握りしめていた。ゆっくりと私のほうを見て低い声で続ける。

 

「そんな時間はないわ。今すぐに調査を再開しますわよ」

 

 そう言うと、勢いのままベッドから出ようとしたが、力が入らなかったためか、脇にいた私のもとに突っ伏すように倒れこんだ。柔らかい身体を支えようとしたが、椅子に座っていた私も一緒にカーペットに寝転がる羽目になった。甘い少女の匂いと蝋のような異質な香りが鼻を刺激する。

 

「落ち着いてください。いずれにせよ今日はもう無理です。夜の街を歩くのは危険すぎる」

 

 努めて理性的に、なだめるように言葉をかけた。説得するのが面倒そうだなと思いながら待つが、予想に反して彼女の反対はない。いぶかしんで視線を下げると、彼女は私の胸に顔をうずめたままうっとりと息を吸っていた。その目はまるで未知の美食を前にした料理評論家のようだった。私は本能的な恐怖を感じて無理やり彼女を引きはがした。乱暴な扱いを気にすることもなく、彼女は陶然と深呼吸をしている。

 

「あなた、すごくいい匂いがするわね……」

「――それはどうも」

 

 生きた心地がしない。私を見る彼女の目は品定めするようなものから、もっと剣呑で物騒なものに変わっていた。心配ない、問題を起こして困るのは彼女のほうだ。そう思いたかったが、目の前の少女にまともな判断力が残っているかは疑問だった。

 もっと距離を取ったほうが良いかもしれない。そう考えて立ち上がろうとした時だった。

 

「――っつぅ!?」

 

 目の前を黒い影が翻り、衝撃とともに背中に鈍い痛みが走る。飛び掛かられたのだと気付いたときには、すでに身動きがとれなくなっていた。必死で抵抗するが、両腕を掴む手はびくともしない。

 ポタリと生暖かい液体が首筋に落ちた。覆いかぶさる彼女の顔からは理性の色が完全に消え失せ、飢えた獣そのものだった。長く伸びた犬歯が恐怖を掻き立てる。

 

(――喰われる!)

 

 恐怖に頭の中が真っ白になる。なんとかして、目の前の捕食者から逃げ出さなければならない。夢中で対処法をひねり出す。ポケットからスタンガンを取り出し腹部に押しつけスイッチを入れた。

 

「――ッガァ!!」

 

 眩い光とともにかすかな衝撃が走り拘束が緩む。渾身の力をふり絞って目前の捕食者を蹴り離した。鋭い痛みとともに束縛から解放される。

 

「ふぅ、ふぅ……」

 

 すぐさま部屋の反対側へと避難する。息を整えながら様子を伺っていたが、彼女は仰向けに倒れこんだまま動かなかった。早鐘のようだった心臓が落ち着き、捕まれていた腕がジクジクと痛みを訴え始めたころになってようやく彼女は口を開いた。

 

「……ごめんなさい」

 

 倒れ伏したままの彼女は相変わらず顔色が悪かったが、先ほどまであった肉食獣のような剣呑さは消え失せていた。

 

「空腹で意識が飛んでいたの。本当にごめんなさい。謝って済むことではないけど」 

「今朝もあれだけ食べてたじゃないですか」

 

 私が見た限りでは成人男性よりもはるかに多くの食事を取っていた。あれで足りなくなることはありえない。普通の人間なら。

 

「あなたたちの言う普通の食事じゃ足りないの。それには私たち異邦人が生きていくのに必要な魔力が含まれていないから」

 

 私は唐突に事務所の先輩の話を思い出した。曰く、『異邦人はこちらの人間の魂を喰らうために来るのだ』と。侵略戦争で息子夫婦を失った彼は異邦人を目の敵にしていたので、その言葉も話半分で聞いていたのだが、どうやら幾らかの真実を含んでいたようだ。

 

 彼女は横たわったまま指一本すら動かさない。どうやら起き上がる気力は完全になくなってしまったようだ。そんな状態でも罪悪感を感じているのか謝罪を含んだ説明は続ける。その姿に私の中の恐怖心も徐々に消えていった。

 

「1ヶ月くらいなら大丈夫だと思ってたわ。実際、調査を始めるまでは余裕がありましたもの。だけど探知機を使って歩き回っているうちに予想よりもずっと早く魔力がなくなってしまって。それでも調査に使える時間は限られてましたから、今更調達している余裕なんてなかったの。我慢すれば何とかなるって誤魔化して、そうこうしているうちに結局倒れちゃったのね」

 

「襲うつもりはなかったのよ。でもあなたがあまりにもおいしそうだったから」

 

 私は彼女の告白を神妙な面持ちで受けとめる。襲われたことは許せない。だが、それで諦められるほど、この依頼は安いものではなかった。

 

 私は震える声を抑えて、自分の予測が合っているかを確認する。

 

「レイモンドさんは吸血鬼なんですか?」

「そうよ」

「血を飲めば元気になるんですか?」

「……ええ」

 

 問いかけに、彼女は閉じていた目を開いてこちらを見た。

 

「調査も再開できる?」

「……あなた、どういうおつもり? まさかまだ続けるだなんて言わないわよね?」

「調査は続けます。依頼は、完遂しなければいけませんから」

 

 ――そうでなければいつまでたっても『大人』にはなれない。

 

 私は彼女の元まで歩み寄り、出血の続く腕を口元へと近づけた。

 

「ただし、約束してください。二度と私に危害を加えないと。それとなにかあったら私に知らせると」

 

 彼女は滴る血に釘付けになっていた視線を無理やり私の顔へと移した。犬歯をかみしめながら私を見つめ、ゆっくりと頷く。

 

「いいわ。約束する。私は二度とあなたを傷つけたりしません。隠し事もなしよ」

 

 彼女の目を確認するように覗き込む。血を思わせる赤い瞳からは先ほどまで感じられた獣性や焦燥感が綺麗さっぱり消え去っていた。

 ここで私を殺せば彼女は目的を達成できなくなるのだ。それは本懐ではあるまい。胸の内の恐怖はいまだ静まっていなかったが、私は彼女の言葉を信じることにした。

 

 

 血塗れの指を彼女の唇に這わせる。彼女の温かい舌が私の指先を捕まえ、ゆっくりとなぞる。付着した液体をなめあげ、嚥下する。この程度では空腹を癒すには足らないだろう。私は腰を下ろし横たわったままの彼女を抱き寄せる。まだ新鮮な血の流れる二の腕をその口元へと近づけた――。

 

 

 

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