キヴォトスに生きる   作:山葉

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あ~^夏イベはサオリ確定なんじゃ~^
↑最推し候補の一人がサオリな筆者


第二章
贈り物


 

 ブルーアーカイブというゲームは日本人向けに作られた。円が使われていること、キャラクターの名前が日本風なこと、四季があること等々。とはいえ、やはりここは日本とは別の世界なのだ。所々で大小様々な違いが出る。

 

 六月上旬。日本では梅雨入りし、全国が湿ったくなる時期だが、ここキヴォトスではしばらく快晴続きだし、まだまだ肌寒い。四月の象徴である桜は随分と散ってしまったがまだその花弁をわずかに残している。ほとんどが新しい葉っぱに埋もれてしまい、目を凝らさねばわからいないほどに少なく、今のように夜になって暗くなってしまうと街灯があったとしてもわからないだろう。

 

 そよ風が頬を撫でる。弱々しい風だ。だが指先は少し冷える。軽く手を擦っていると背後から土を踏む音が近づいてくる。そして真横で立ち止まった。

 

「良い場所だね」

 

 横に並ぶ先生を見る。よく手入れの届いた髪は繻子のように滑らかで、柔い風でふんわりと膨らむ。

 

 二人がいるここは、シャーレオフィスから二十キロ南西にある筑波山ほどの高さの山であり、シャーレ周辺の街並みが広く見渡せる。計画して作られた街並みは夜になるとその規則正しい街の光によっていっそう美しさが浮き彫りになる。

 

「ここまで道が敷かれてるとはいえ、まさか歩きで来たわけじゃないよな」

 

「うん、タクシーで追ってきた。それで黄昏てるなあってしばらく見てたんだよ」

 

 中野は頬を掻いてまた正面を向き、燦然と輝く街を見渡す。

 

「少女院に赴任する前から夜遅くにシャーレから車を出していたけど、ここに来るためだったんだね。この光景が好きなの?」

 

 すぐには応えず、やや俯いて木々のさざ波が響く。

 

「実感するんだ」

 

 一拍だけ置き、ゆっくりと口を開く。

 

「見たことのない光景。地元じゃこの街はどこにもない。気候も、文化も、似ているところもあるけど、全く違うところの方が多い。ここは、俺のいた世界じゃない。

 父を失ってから、あっちには何の価値もないと思っていた。ずっと色の無い世界にいた気分だった。けど、そうじゃなかったんだ。父と過ごした記憶、思い出が、向こうにはある。思い出は場所と共にあるだなんて、キヴォトスに来るまではわからなかった。だから、昔ここでこんなことがあったんだっていう感慨はもう味わえない。それが、寂しい」

 

 声が震えだす。先生はそっと、優しく肩を抱く。寒々とした風が吹いているのは、何もこの山の上だけでのことではない。

 

「墓参り、したことないんだ。怖かったから、辛かったから、自分のせいだと思っていたから、ただ逃げたかった」

 

 声だけでなく、肩も震えだす。

 

「ようやく大人になってきたんだ。ようやく口に出せるようになったんだ。ごめんなさい……会いたいよって」

 

 それに気づいたとき、いてもたってもいられず駆けだした。ゼミナールをサボってでも、下りの電車を待った。ただ目が覚めれば、アビドスにいた。墓参りはできなかった。

 

 暗がりで見えなくとも、寄りかかる手すりに涙が落ちているのが、先生にはわかった。

 

 

 

 理工学に秀でたミレニアムサイエンススクールにおいても異彩を放つマイスター集団エンジニア部。ユウカに案内されて辿り着いた彼女らの部室は「部屋」と言うにはあまりにも大きい。華々しい活躍の数々を知れば当然なのかもしれないが、まるで田舎の工場のようだ。到底、部活の部室には見えない。おまけに周囲に立ち並ぶ建物たちも町工場や物流倉庫のような見た目をしているため、このエリアは小規模な地方の工業団地もかくやの風景となっていた。

 

 これが一学園の所有物なのかと面食らっていると、先生はそれに同調し、ユウカは誇らしげに胸を張った。

 

 ユウカはここで外せない仕事があるからと口惜しそうに別れた。自分が提案したものがどうなっているのか見たい気持ちはあっただろうから、あとでセミナーにお邪魔するとしよう。

 

「おや、来たようだね」

 

 出迎えてくれたのはピンク、あるいは薄紫のような髪色の少女だった。

 

「私はエンジニア部部長、白石ウタハだ」

 

差し出された右手に中野は応じる。

 

「シャーレの……事務員の中野享吾。よろしく」

 

 中野と入れ替わりで今度は先生が言葉を交わす。

 

「なんだ、既に会っていたんじゃないのか」

 

「こうして直接会うのは初めてだよ。前回は通信越しだったから」

 

「ああ、この依頼を受けた時のことだね。ユウカがシャーレに通い詰めていることは専ら噂になっていたから――」

 

 暗に通い妻であると告げられたこの言葉をユウカが聞いたらどんなに面白かっただろう。本人がいないことが悔やまれる。

 

「――いつかは先生と会うこともあるだろうと思っていたんだけど、こういう経緯で関わるとは思わなかった」

 

 ウタハが身を翻す。

 

「さあ、そろそろ本題に入ろう。依頼の商品は奥にあるんだ」

 

 

「これは――普通だね」

 

ウタハから受け取ったゴーグルは、わかりやすく例えるとスキーやスノボーのそれ。見た目も重さも質感もほとんどそうとしか見えない。

 

 先生もまじまじと見つめる。発案したのはユウカも含め先生の二人だが、それでも予想以上に普通な物が出てきて、どんな風に機能が詰め込まれているのか気になっているようだ。

 

 実際の使用者である中野からすれば、これが自分の助けになる道具なのかと少なからず思うのは無理もない。

 

「そう言わずに着けてみてくれないか」

 

 素直に従って装着したが、たしかに通常のゴーグルとは違うところがあった。真っ暗だ。前が何も見えない。

 

「何も見えないぞ」

 

「大丈夫、今にわかるさ」

 

 そしてウタハはゴーグルの右側面に触れた。すると急に明るくなり、ウタハの顔が目の前に現れた。あまりにも綺麗な顔が恋人の距離感のように近かったので鼓動が跳ね上がってしまった。

 

「どうしたんだい?」

 

「いや……急に前が見えたもんでな」

 

 この世界の人たちは自身の容姿がいかに優れているかについて無自覚すぎやしないだろうか。

 

「ねね、どんな感じなの?」

 

「肉眼で見てるのとほとんど変わりないな」

 

 中野は少し興奮気味に答える。「これ、要するにVRゴーグルみたいなものだろ? でも映像が自然すぎてVRつけた時みたいな違和感も映像が近すぎて目に負担がかかるみたいなこともないし。結構すごい技術なんじゃないのか、これ」

 

 中野はゴーグルを外して先生もつけてみてと渡した。男女の骨格の差だろうか、男が付けることを想定して作られたゴーグルの形は先生にとってはやや大きいようだ。

 

「おおー! 感動! 享吾の言う通りVRと全然違うね!」

 

 楽しそうに室内の色々な物を見て回る先生を横目で捉えながらウタハにゴーグルのことを訊く。

 

「しかし、事前にスクリーンを取り付けるとは聞いていたが、見た目は普通のゴーグルと変わらないぞ。動力も含めてどうやって作ったんだ?」

 

 通常のレンズと変わらない薄さ、そしておそらくウタハの触れた側面に電源があるのだろうが気づかなかったし、バッテリーは明らかになさそうだった。

 

「それについては私がご説明いたしましょう!」

 

 と現れたのは金髪の少女――豊見コトリ、と後ろに続く猫塚ヒビキであった。

 

 中野は特にコトリを認知した瞬間に悩んだ。彼女の説明は長い。ひたすらに長い。序章だけで二時間も語れるような人物だ。興味はあるにはあるが、このあとゲーム開発部の仕事があることを考えるとちと時間が足りないな。

 

「このスクリーンは我々が開発した特殊――」

 

「あーとちょっと待って。まずは自己紹介からしない?」

 

 やんわりとした断り方を考えるために時間稼ぎをする。

 

「俺は中野享吾。シャーレで事務職員をしている。それで、えっと先生は……」

 

「ううん、初めてだよ。私はシャーレの先生だよ。よろしくね」

 

 そしてコトリとヒビキがそれぞれ名乗っている短い時間で中野は、ちとセリフ回しがキザっぽくなるから恥ずかしいがこの長時間説明イベントを回避できるかもしれない方法を思いついた。

 

「でだ、コトリ。君はおそらく知識と知見に溢れていて、善意から全てを理解してもらおうとしているのだろう。けど、すまない。これが終わった後に別の仕事があってね、たぶん大人しく聴いてあげられる時間はないし、それは俺としても忍びない」

 

中野はモモトークのQRコードを表示して差し出した。

 

「連絡先を交換しよう。そんでもって後で詳しく教えて欲しい。メッセージなら参考になる論文や資料を添付しながら説明しやすいだろうし、俺も自分のペースで読める。いいかな? あっ、科学に詳しいわけじゃないから、専門的になりすぎない程度の説明にしてくれると嬉しいな」

 

 ニカッという効果音の入りそうな明るい笑顔で言ったら思った以上にクサいセリフであることを自覚してしまって大噴火が起きそうになる。けれど、彼女のモモトークの内容を思い出すと、なかなか「説明長引きそうだからパスで」と言う気にはなれなかった。

 

「わかりました!」底なしに嬉しそうな声色だ。「後ほどPDFにまとめて送りますね!」

 

 コトリがウキウキと自分のモモトークを登録しているのを見て、先生のようなパーフェクトコミュニケーションがとれたかなと少しだけ自信がついた。

 

「コトリの説明をこうやって回避するのは初めて見た」

 

 関心した様子でヒビキが呟く。

 

「あはは、ちゃんと送られたものは読むよ」

 

 でも中野は彼女の方を向かないようにする。この子、目のやり場に困るんだもん。……それはコトリもそうか。

 

「さて、そんなわけだからウタハ、ゴーグルの使い方を教えてくれ」

 

 先生からゴーグルを返してもらい、また装着する。

 

「さっき私がしたように、右側面が電源スイッチになっているんだ」

 

 さっそく触れると言う通り電源が落ち、何も映さなくなった。

 

「軽く触れるだけで反応してくれる高感度のタッチパネルだが、不意な接触で切り替わらないように工夫がされていてね。例えば人肌以外には反応しないようになっているよ。

 

 そして肝心の機能は左側のタッチパネル。操作感は……そうだね、十字キーをイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれない。すでにいくつかの設定が備わっているから、まずは試してみるといい」

 

 少し緊張しながら触れると、目の前のウタハの表示が切り替わった。それを見て、思わず吹き出してしまった。

 

「享吾? どうしたの?」

 

 先生たちのいる方を振り返ると、今度はゲラゲラと笑い出した。一同何があったのかわからず困惑している。

 

「な、生首、浮いてる」

 

 ケタケタアッハッハ。お腹を押さえるばかりで説明ができない。

 

 ウタハはああそうかと納得のいった様子だ。

 

「おそらく透過機能で私たちを見ているんだろう」

 

「透過機能?」

 

「ああ、簡単に言えば、人の一部またはその全部が映らなくなる機能だよ。彼が見ている私たちは首から下がないのだろう」

 

 蹲る中野に近寄り、タッチパネルを操作したウタハは肩を叩いた。

 

「これで体も表示されたはず。ほら、顔を上げて」

 

「ふー、ふー、腹割れるかも」

 

「次のシルエット機能も同じで、上下に操作することで描写範囲を調整できるから」

 

 シルエットも試してみたいところだが、なんというかこう、もう少し人を人として描写できる機能はないだろうか。

 

「もちろんあるよ。搭載されたAIが自動的に衣装を変換させる機能――早い話、私たちを着せ替え人形にできる機能かな。設定は四番だよ」

 

「その言い方はどうなんだ。けどまあこういうのだよこういうの。透過もシルエットもちょっと変化球なん……だ……」

 

 一瞬固まった中野はがばっ、とゴーグルを剥がし床に叩きつけた。

 

「……なんで」

 

「どうしたんだい?」

 

「なんで水着衣装が実装されてんだよおい!」

 

 そう叫ぶと先生が自分の身を抱いて、

 

「えっち」

 

 と言うから絶叫したかったがそれは抑えた。代わりに頭を抱えた。

 

 一方のエンジニア部はあー外し忘れてたみたいな反応だった。

 

「いやあすまない。これは私たちがテストをしている時に遊び心でつけたパッチなんだ。渡すときには外しておくつもりだったんだけど、忘れてしまっていてね」

 

「これが映像とはいえ水着姿を不意に見られた女子高生の反応か?」

 

「ねえ、大分強く叩きつけてたけど、大丈夫なの?」

 

「問題ないよ。五ミリ弾も弾くほど頑丈に作ったからね」

 

「おおー!」

 

「ほんと何なのこの人ら。恥じらいがねえ」

 

「安心して欲しい。使用目的は知っているし、ちゃんとそれ用の衣装も実装されているから試してみてくれないかい?」

 

 タッチパネルを操作してからまた装着する。今度は水着にはなっていなかった。少し季節がずれているが、真冬の服装に変わっていた。

 

「これもすごいな。全然服が違和感ない。自然すぎる」

 

 これは感動ものだ。これを使えばゲームでは実装されなかった彼女らの私服姿を拝めるのだから、素晴らしいとしか言いようがないだろう。しかもウタハは俺の中で推し度の高い方のキャラだからマジで拝みたい!

 

 しかしそうした感情は胸の奥底にしまっておく。流石に表に出したら気持ち悪いだろうから。ただそれでも多少は漏れ出てしまうものがあるらしい。

 

「ふふっ、嬉しいの隠さなくていいのに」

 

 流石の先生であってもその感情の詳細までは看破していないようだが。

 

 とはいえこれであれば視線の制御はしやすくなるだろう。露出が多かったり身体のラインが出やすい服装をしている子を厚着に変換するだけでも、つい思わずということは劇的に減るはずだ。

 

 それに、透過やシルエットというのは、本来の人の姿が見れなくなってしまうから……寂しい。いやいやまあまあ人の判別が難しくなるからそれは困るし使い道がすぐには思いつかないほどに限定されているからね他に使いやすい機能があるならそれに越したことはないよな。……ほんとにどこで有効活用できるんだ?

 

 まあともかく、この機能ならそうはならない。それは純粋に嬉しいことだ。

 

「ありがとう、みんな。最高の贈り物だ」

 

 中野の目は少しだけうるんでいた。目元はゴーグルで覆われ、口元は微笑ませていたことで悟られることはなかったが。なんか最近涙もろくなってきたよなあ。

 

「これだけ喜んでもらえると、マイスター冥利に尽きるね……それじゃあ、最終調整をするから少しの間借りるよ。君たちが別の仕事に行っている間には終わるさ」

 

 うんわかった、と外そうとするその間際で今は涙目になっていることに思い至った。見られないように明後日の方向を向いて外したが、こういう時は無駄に鋭い先生がスススッと近寄って、

 

「どうしてあっち向くのかなあ……あっ、嬉し涙――あいた!」

 

 思わずチョップしてしまった。

 




「一」の墓参りの下りは後付けです。思いついたから書いたけど、そういやそんな素振りは一切見せてないんだよなあ……と悩んだ結果、まあ覚醒直後あるいは転移/転生の衝撃で記憶があいまいになっていたとか、そんな感じの解釈ってことでオナシャス。

今回は今までの「新しい環境でどのように生きていくのか」というテーマから一転し、目次の第二章あらずじの通り「楽しい思い出」がテーマとなります。なので第一章よりはコミカルになるようにしている……つもりです。私の書き癖が根本的に硬すぎるんだあ。
基本方針は原作に沿いつつ中野を楽しませるって感じなので、シリアスなところがあった第一章よりは軽い気持ちで読めるようにはなる。うんなる。そのはず。そういう構想でいるし、うん。

総合評価があたりまえに8超えてるレベルの人たちの、こう原作の物語とかキャラの解像度って高すぎない?ありゃすごいよね。勉強になるわあほんとに。

ってことでよろしければ皆様のおすすめのブルアカ小説を教えてくださいな。(ブルアカ小説漁ってる人間ならみんな知ってるような作品でも問題ありませんわ。私は知らないこともあるでしょうし。とりあえずブルーアーカイブを、もう一度は履修済みですわ~)
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