キヴォトスに生きる   作:山葉

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最適な生き方

                 

 

 アビドスの病院での出来事の後、中野はすぐにシャーレに入れたわけではなかった。連邦生徒会に採用の許可を得る必要があったし、何よりまだ体調が万全とは言えず、退院したのは二日後のことだった。

 

 退院日、先生がホシノを連れて迎えに来た。

 

「わざわざありがとうございます」

 

「いいのいいの、気にしないで。それに案内も必要でしょ?」

 

「それもそうですね」

 

 先生の後ろに控えるホシノと向き合う。

 

「小鳥遊さんも。護衛ですか?」

 

 先生の、とはあえて言わなかった。

 

「……二人とも、守ってあげないと危ないからね」

 

 ホシノの不信を感じ取って、ずいっと近寄って耳打ちする。

 

「あの、ほんとに何もしませんから。ただキヴォトスに居場所が欲しいだけなので。難しいと思うので信じろとは言いませんが」

 

 ホシノは何も言わなかった。

 

「先生の前で内緒話? もう仲良くなったんだね」

 

 横から揶揄うように先生が言った。この世界の先生は、愉快なタイプなのだろうか。

 

「ええそりゃもう。おじさんじゃない小鳥遊さんも見れましたからね!」

 

 中野も努めて愉快に応えた。

 

 数時間後、三人はD.U.外郭地区、シャーレの最寄り駅に降り立った。

 

 長いこと座って凝り固まった中野と先生は同じ動きをして体をほぐす。

 

「京都よりも圧倒的に遠かった……当番の生徒ってすごいわ。これを高頻度で繰り返してんだもんな」

 

 首を回しながら呟く。キヴォトスの地理は色んなプレイヤーが考察していたが、なるほど、広大であることは間違いない。

 

「どう? はじめてのD.U.は」

 

「そうですねえ。故郷の首都や同盟国の首都に似てないことはないですが、それよりもずっと近未来的で洗練されている印象です」

 

 純粋に、都市として美しい。白を基調としたガラス張りのビル群は、東京よりもはるかに清潔感に優れる。空気もずっと良い。これで外郭だと言うのだから驚きだ。

 

「それじゃあシャーレに行く前にお買い物に行こっか」

 

 先生は近くの商業施設を指さして言った。

 

「何か入用で?」

 

「うん。中野くんに必要なものだよ」

 

「俺に?」

 

「洋服、それしか持ってないでしょ。それに日用品とかもないだろうし」

 

「まあ確かに着の身着のままキヴォトスにいたからないですけど、お金持ってませんよ?」

 

 リュックから財布を取り出し、中身を見せた。当然、収められた通貨は日本円である。キヴォトスも円を使っているとはいえ、硬貨も紙幣もデザインが異なる。ここではオモチャでしかない。

 

「うん、知ってる。だからここは私が払うよ」

 

「それは――」

 

「遠慮しないで! これから生活するのに必需品がないのは困るでしょ?」

 

 躊躇いはある。申し訳なさもある。だが言っている事は正しい。少しだけ考えてから、いつか返すことを約して先生の厚意に甘えることにした。

 

 三人はまず服を選ぶことにした。

 

「ホシノの私服姿見たいなあ、着てくれないかなあ」

 

 中野の要望で比較的安価だという服屋に入店した矢先、先生はいじらしくホシノにすり寄る。何やら可愛さ全振りの服を両手に持っている。

 

「うへ、おじさんが着ても面白くないよ」

 

「面白いかどうかじゃなくて、かわいいかだよ! ね、お願い!」

 

「しょうがないなあ」

 

「やった! じゃあまずはこの服から――」

 

 中野は二人から少し離れた所、メンズエリアから覗き見てニコニコしていた。

 

 嗚呼、眼福だ。麗しき女性二人が仲睦まじく戯れていらっしゃる。

 

 とても満たされた気分になりながら、目的の自分の服を選ぶ。しかし自分にはセンスがないと自覚している彼はさっさと白と黒の無難な服を手に取る。

 

「上下合わせて七千円。一着じゃ物足りないしもう一着だけ。あとは靴下とパンツも必要か。うーん、この店は安い方らしいけど、それでも高いなあ」

 

 日本にいた時からそう思う。別にぼったくりと言いたいわけではないが、バイトで生活費を稼いでいた彼の感覚にとっては決して安い買い物ではない。それに今回は人のお金で買うのだ。シャーレが仕事の割に安月給で、自爆とはいえ先生がひもじい食生活をしていることもゲーム知識として知っているから、尚更なるべく安く済ませたい。

 

 とはいっても、これ以上安い服はこの店には置いてないんだよなあ。

 

「中野くんはどんな感じかな?」

 

 金額のことで頭を悩ませていると、いつの間にか先生が後ろにいた。

 

「一応決まりましたけど……」

 

 言い淀む中野の視線には、制服から装いを変えたホシノがいた。

 

「どう? かわいいでしょ?」と先生は満面の笑みを浮かべる。

 

「はい、とても可愛らしいと思います」

 

 中野は服の知識がない。壊滅的に。だから彼女に服装は何というものなのかわからない。彼の語彙に合わせるならば、下はショートパンツに肩ベルト(サスペンダーのこと)で、制服のネクタイはそのままに、けれどシャツから袖をなくしたような(つまりノースリーブ)服装で、少年らしい印象を受けた。彼女の幼女っぽい見た目とのギャップに萌えた。

 

「うへ、褒めたって何も出ないよ」

 

 と嬉しそうに頬を掻く。余談だが、反応したのは先生の言葉に対してだ。

 

 先生は中野が手に持っている服を一瞥して、微妙な反応をした。

 

「すごく……シンプルだね」

 

「ええ、これが一番安いので」

 

「え、そんなこと気にしてたの? 別にいいのに」

 

「気にしますよ、そりゃ。それに、この貧乏性は今に始まったことではないですよ。何年も前からお金を出してくれる……父の財布のことを気にしてたんで。癖みたいなものです」

 

「そっか……それじゃあお父さんは助かってたかもね。こうして気を遣ってくれるんだから」

 

 中野は表情に薄く陰を落として「さあ、どうでしょう」とこたえる。

 

「中学の時に拾ってもらった時から与えられ、支えられ続けてきました。でもそれに対して、何か恩返しが今までにできたかというと、正直怪しいです」

 

 何故か反応がなく、先生を振り向くと、ホシノとそろって、返す言葉に困るとでも言うような微妙な顔をしていた。どうしたのだろう、という疑問はさっきの発言を思い返せばすぐに晴れた。おそらく「中学の時に拾ってもらった」が引っかかっているのだろう。

 

 余計なこと、言っちまったかな。

 

 自分の口の軽さを少し恨む。とはいえ父を思い出し寂しい気持ちになっていたので、少しだけ話してみる気が起きた。

 

「えっと、要するに俺は養子ってことです。本当の親とは縁を切ってるんで。だからかなりの恩があるんですけど、大学入ってすぐに……あっさりと事故で死んじまいましてね」

 

 乾いた笑いがこみ上げる。

 

「それ以来、頼る人もいなかったんで独り身です。それで生活費はバイトで稼ぐことになったんで、元々の貧乏性に拍車がかかったというか、そんな感じです」

 

 この説明は間違っている。が、実際は事情が複雑であるがために、中野はあえてそうした。

 

 二人は、予想外にデリケートな話に、思わず黙り込む。

 

「謝りたいこと、あったのにな……」

 

 暗い表情で虚ろな目をする中野を見て、ホシノはちくりと罪悪感がするのを自覚した。

 

 大人を疑ってかかる理由があるとはいえ、数日前に何の根拠もなく疑いをかけ、銃口を向けたことが今になって後悔となった。おそらく彼が一番人に頼りたいであろう時に、なんて酷な対応をしたことか。そこには、自分でしたこととはいえ、同情も混じっていた。

 

 ホシノは中野に対する態度を緩和させることにした。これだけで信じ切ることはできないが、これは彼に対する誠意だと割り切った。

 

「まあ、これからはおじさんや先生がいるから、寂しくないと思うよ」

 

 中野はその言葉に目を瞠った。一度俯くと、すぐに顔を上げてはにかむ。

 

「ありがとう」

 

 それは中野が二人に見せる、はじめての自然な笑顔だった。

 

 三人は服屋の後、歯ブラシやシャンプーリンスを買うためにドラッグストアを回ったり、今夜は俺が飯作りますと言ってスーパーに寄ったり、当たり前のように銃弾などが売られているところを見て驚く中野を面白がったりして過ごした。あっという間に時間は流れ、シャーレに着くころには日が傾き、遠い西の空は暁光が差し始めていた。

 

「なんだかんだで色々買ってもらっちゃって、なんかすみま――いえ、ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

「必ずいつか恩返しします」

 

「別にいいんだけどね。それに今日はお料理してくれるんでしょ。じゃあまずそれが恩返し一つ目だね」

 

 先生は子どもっぽく笑う。この人はよく笑うなあ。それが生徒たちから好かれる秘訣なのだろうか。

 

「こんなのは恩返しのうちに入りませんよ。食材の費用だって先生のお金ですし」

 

「でも実際助かると思うよ」とホシノは言った。「先生ってこうして誰かが作ってくれないと、テキトーな食事で済ませちゃうからね」

 

 その言葉は本当だった。シャーレオフィスの案内が一通り終わり、料理のため併設されたカフェに行き、試しに冷蔵庫を開けると、中はほとんどスカスカで、数少ない食料はいくつかのコッペパンや野菜ジュースしかなかった。

 

「よくもまあこれで栄養失調で倒れずにいるものだ」

 

 独り言のつもりだったが、これをホシノが拾ってくれる。

 

「本当にね。こんな感じだから色んな子たちから心配されてるみたい」

 

「小鳥遊さんも同様に」

 

「まあそうだねえ」

 

 黙々と準備をしていると、ホシノが尋ねてくる。

 

「病院の時に言ってたけど、おじさんたちを知ったっていうその色々は話せないものなのかな?」

 

 問われて、答えに迷う。

 

 正直、言えない。それは別に、ゲームが云々ということがあまりにも突飛で信じてもらえないだろうからとか、そんなことではない。理由は二つ。

 

 一つ目は、それを言うことで誤魔化されていると不信感を持たれる可能性があること。自分は非力で、生きるためには誰かに寄りかからなければならない。そのためには先生をはじめとした彼女らの信用が不可欠だ。故に、事実であれ、下手なことは言えないと考えている。

 

 二つ目は、未来が変わることを忌避してのことだ。おそらくこのキヴォトスは、今のところゲームのシナリオ通りに進んでいるようで、そうであるならば、今後の問題は無事に解決されるだろう。もちろん、エデン条約で先生が撃たれることを許容しなければならないことについて思うことがないわけではないが、助かることを知っている以上は仕方ないだろう。

 

 もし、彼女たちがゲームの話を信じたとしたら、その知識を余すことなく話す必要に駆られる。知っていることを秘匿するというのは、不信を買う一因だから。そうなってしまったら、必然、シナリオは変わらざるを得ない。それはどんな不測の事態を招くかわからず、単に自分が死ぬか、キヴォトスが沈んで共に死ぬかという結末をもたらすかもしれない。それは避けたい。

 

 けれど、すでに本来のシナリオにはない中野享吾という人物が混ざってしまったのも事実。一方で、バタフライエフェクトがどの程度参考になるものなのかは知らないが、中野にとってシャーレが必要不可欠なのもまた事実。だから妥協案として、多少の影響を与えてしまうことは許容し、シナリオに大きな影響を与えぬよう立ち回ることを方針として掲げる。

 

 差し当たり、ホシノに対する回答は、慣れない嘘をつくことにした。

 

「……滑稽に思うかもしれませんが、俺には過去を知る能力があります。たとえ直接的なかかわりがなくても」

 

「ふーん、いつから?」ホシノは探るように訊いた。

 

「キヴォトスに来てからです。砂漠で彷徨っている間に、アビドス高校と先生の活躍を見たんです。でも夢かなんかだと思ってたんです。けど、病院ではじめて小鳥遊さんを見て、これは現実だと知って驚いたんです」

 

 しばらくの間、二人は見つめ合う。片や緊張を隠すように。片や見透かすように。

 

 先に目線を外したのはホシノだった。彼女からしてみれば、中野の嘘はわかりやすかった。けれど嘘をつくことについて悪意を感じられず、判断に迷った末に騙されることにしたのだ。

 

「確かに不思議な話だけど、そういうこともあるって、おじさんが知らなかっただけかもね」

 

 ホシノの意図などつゆ知らず、中野は納得してくれたことに安堵する。

 

「それじゃ、おじさんも手伝うよ」

 

 長い髪を後ろに結んで言った。

 

「そんな、悪いですよ。先生と一緒にゆっくりしててください」

 

「まあまあ、そう言わずに、手伝われてちょうだいな。病院で銃口を向けたこと、今でも悪いことしたなあって、気にしてるんだよ」

 

「そういうことなら、まあ」

 

「決まりだね。さて、シェフ、いったい何を作るのかな?」

 

「シェフって――まあ、いいか」

 

 中野は困ったように、けれど同時に嬉しそうに破顔した。

 

「ええっと、メインは冬瓜と豚ひき肉のあんかけ煮です。これは煮込みに時間がかかるので、小鳥遊さんにはその間に一品ほどお願いできればと」

 

「まかせて。それじゃあ――」

 

 カフェの厨房からは数十分間、楽しそうに料理する男女の声がした

 

 先生とホシノとの夕食を楽しく終えるとすでに夜は深まっていた。遅いので、ホシノはシャーレに泊っていくのかと思っていたが、少しの談笑の後、アビドスへ帰って行った。

 

「気を付けて帰ってね、ホシノ」と潤目の先生。

 

「そんなに心配しないで、先生。それよりも、男は獣って聞いたことがあるから、先生こそ気を付けるんだよ」

 

「襲わない襲わない襲わないですよ小鳥遊さん!」

 

 中野は全力で頭を横に振る。そんな心配をしていたのかと、ほんの少しだけ傷つく。冗談だとはわかっているけど。

 

「ホシノでいいよ、中野さん」

 

 目をしばたたく。先生はあらあらと口に手を当ててにやつく。

 

「え? お、おぉう?」

 

 変な反応をする中野に、ホシノはクスクスと控えめに笑った。

 

「それじゃね」

 

 中野は遠ざかるホシノの後ろ姿を見えなくなるまで見送り、そして叫んだ。

 

「惚れるかと思った!」

 

 それは信用を得られたという手応えでもあった。

 




 杞憂であればいいのですが、似たような印象の文章が多いなあというのが作者として気にしているところですね。「~だった」とか「~と言った」が連続することについては、近代文学とか名前を忘れた作家さんの影響もあってそこまで気にしてないんですけど、なんだかなあ。
 皆さんから見るといかがでしょうか。
???「私、気になります!」
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