キヴォトスに生きる   作:山葉

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お久しぶりです。おそらくこれからも、更新速度は1週間~2週間ほどの見通しです。目安程度に考えてくれれば。


シャーレの

 シャーレに来てから四日目。つまりユウカとの会合からは三日になる。

 

 少しずつ仕事に慣れてきて、自分以外のことも気にする余裕が出始めた。それで見えてきたことの一つは先生の仕事ぶりだ。

 

 早い。単純に処理するスピードが中野の比ではなく、一人で二、三人分の仕事量をこなしている。シャーレがどうにか回っているのは間違いなくこのおかげだ。その一方でやや大雑把なきらいがある。誤字脱字はもちろん、書類形式を間違えたり、とにかく細かいミスをする。そのせいで一度、リンの呼び出しを喰らい、以来ダブルチェックを必ず中野がしている。とはいえとるべき対応を間違えるようなことはしないのは流石と言うべきなのだろうか。

 

 またもう一つ。先生は見境なく仕事を抱え込もうとするきらいがある。各自治区に移管すべきと分けた書類にいつの間にか手を付けていたりするし、それを言うと自分でやりたいというのだ。ユウカがそうして分けた書類は早めに各自治区に回すようにと言っていたが、先生をなるべく仕事から遠ざけるためにそう言っていたのだとこの時に理解した。

 

 総じて仕事は多い。が、ユウカをはじめ生徒たちが業務の効率化を図ってくれているため、書類の減りは早い。大方のものは当番の生徒が帰るまでに処理できている。ただ、ひとつ屋根の下で共に暮らしているからこそ知ってしまったが、先生は他にも仕事があることを生徒にも中野にも隠して徹夜で処理しようとしていた。先生、流石に同居人にはバレますよ。

 

 仕事以外でいうと、やはり先生の食生活は頂けない。お金が少ないという事情もあるのだろうが、簡単なものを常に仕事の片手間に口にするその様は不摂生極まりない。ただ昼食については仕方がない側面もある。多すぎる仕事のために時間を惜しむのは共感までできる。当番の生徒もそれがわかっているから昼食については同様に簡単に済ませることが多いようだ。まあそれでも、先生よりはるかにマシなものをちゃんと食べているが。その時に先生に何かしらをあげているのは心配や気遣い故だろう。

 

 少し話がずれたが、その調子を朝昼晩の三食全部でやろうとするのが良くない。あまりにも良くない。だから中野は決めた。せめて夕餉ぐらいは自分がまともなものを食べさせようと。差し当たって食材費は自分の分も含めて先生のお財布に頼らざるを得ないのだが、それは仕方ない。

 

 ところで、中野は未だシャーレ職員になれていない。無理からぬことではある。何しろ前代未聞の超法規的機関シャーレに、専属の職員を雇おうということなのだ。キヴォトスの法体系がどのようなものであれ、これに関して法整備は必須であると考えられる。わかりやすいところでいえば、超法規的機関の職員として権限をどの程度まで与えるかという問題が最も重大だ。

先生は連邦生徒会長の指名があるからこそ強大な権限を持つことについて、少なくとも連邦生徒会においては、疑義が少ない。だが身分の証明もままならない中野享吾となれば話は異なる。いくら先生の推薦があるとはいえ、議論があることは当然だろう。無論、中野個人としてはシャーレの権力など興味はないし、それを使いこなせるなどという思い上がりもない。よって、中野は常に顧問の権限を前提とした裁量が与えられれば良いということを、先生を通し提案していた。それでも今日に至るまで結論は出ていない。

 

 だが、それでいい。強大な国家権力にかかる法整備に慎重が過ぎるということはない。法とは常に、厳格に運用されねば意味がない。中野は、憲法を無視した厳罰化論者の戯言を思い出し、そんなことを期待した。

さて、勤務三日目、本日の当番はアビドス高校二年、砂狼シロコだ。

 

 彼女の初対面の印象を列挙するならば、無表情、冷静、寡黙、可憐、耳に心地よい吐息交じりの声、そしてケモミミ。特筆すべきはケモミミ。何よりもまずはケモミミ。ふさふさなケモミミ。ケモミミ。ケモミミ。ケモミミ――

 

「ん、どうしたの?」

 

 シロコは中野の顔を覗き込む。

 

 おっといけない。スカートに視線がいかないようにしていたら、耳にばかり気を取られてしまった。

 

「いえ、すごくふさふさな耳――違います。はじめて目にして驚いただけです。地元にはそういう身体的特徴を持つ人は存在しませんので」

 

 シロコは自分のケモミミに触れて言った。「そうなの?」

 

「そんな触り心地の良さそうなケモミミは日本にはありませんよ!」

 

「え?」

 

「抑えてたのに言っちゃったねえ」

 

 中野は固まって動かなくなってしまった。やってしまった。セクハラをしてしまった。

 

「まあわかるよぉ。シロコのお耳、すごく気持ちいいもん」

 

 と言ってシロコの耳をいじる。くすぐったいのか、シロコはもじもじしながら艶やかな声を漏らす。とても艶めかしいのだが、中野は気にも留めず、絶えず反応するもう片方のケモミミを一心不乱に見つめていた。ぴょこぴょこしてる! かわいい。

 

 先生のお触りが終わり、シロコは少し乱れた息を整える。中野の自身の耳に対する熱視線に気づき、何でもないことのように言う。

 

「触ってみる?」

 

 中野の心臓が飛び跳ねた。

 

「い、いいんですか」

 

「ん、くすぐったいだけで、別に気にしない」

 

 気づけば、手が目線と同じ高さに上がっていた。そしてシロコのケモミミに吸い込まれていき――触れる前に、手を固く握りしめる。

 

「女子生徒に手ぇ出す大人はいません!」

 

 しかし、言葉とは裏腹に、断腸の思い、苦渋の決断とでもいうような顔をしていた。

 

 なお、この時、先生はぎくっとしたが、誤魔化すようにアロナに天気予報を調べさせていた。

 

「小官は清廉潔白でありたく思います!」

 

 その目は力強くケモミミを捉えていた。

 

 というのが今朝の顛末である。

 

 中野は仕事中ずっと後悔していた。あれは気持ち悪い発言であったと。その負い目があるのか、なかなかシロコに近づくことはしなかった。必然、二人の間で会話は少なかった。

 

 午後三時頃、先生のタブレットが鳴った。

 

「リンちゃんからの呼び出しだ」

 

 あの行政官からの呼び出しと言えば書類不備のお叱りだが、表情を察するにどうやら今回は違うらしい。

 

「丁度いいし、二人も仕事中断しよっか」

 

「たしかに終わりは見えてますけど……」

 

 ティッシュボックスもないほどにまで減ったとはいえ、事実として仕事はまだ残っている。これから新しい仕事もくるかもしれないし、早めに消化しておくに越したことはないと思うのだが。

 

「まあそうなんだけど、今日が初めましてなのに全然二人で会話してないでしょ? せっかくなんだし、交流の時間だと思ってさ。それじゃ私は行かないとだし、あとはお若いので楽しんで」

 

 そそくさと先生は去っていく。おいてかれた中野とシロコは、しばらく無言を貫く。先に言葉を発したのは中野だった。

 

「当番って、大変じゃないですか? どこの自治区も行き来には時間がかかりますし」

 

 シロコは表情を変えずに応える。

 

「うん、大変。でも、辛くはない」

 

「先生と会えるから?」

 

「そう」

 

 この会話だけならとても健気だ。銀行強盗なんかするわけがないだろう。

 

「アビドスからこっちに来るとき、遠さを実感しましたよ。となると、移動費もそれなりに高くなるじゃないですか。金銭的に問題ないんですか?」

 

 キヴォトスの鉄道のことはよく知らないが、日本の感覚ならあの距離は最低でも片道三千円は越すだろう。多額の借金を抱えるアビドス高校の生徒としては負担にならないのだろうか。

 

「ん、問題ない。先生が交通費を出してくれるし、シャーレの当番は給料もでるから」

 

 そういえばミドリがゲームの中でそんなことを言っていた気がする。お迎えできてないけど。

 

「おかげでD.U.にたくさん来れるから、そういう意味でも楽しい」

 

 キヴォトスの中枢都市といっても過言ではないD.U.は常に様々な自治区の名産品や流行が集まってくる。そういうところは東京と同じだ。砂漠ばかりで寂れたアビドスにはない魅力が多くあるのだろう。

 

「そういやもう四日目になるのか。なのに全然出歩いてないなあ」

 

 初日こそ、必需品の購入のために商業施設に入ったが、それ以来そもそもシャーレから出ることがなく、出てもせいぜい近くのスーパーに行くぐらいだから地理も含めD.U.のことをほとんど知らない。銃が怖くて出歩けないとかではないが、単純に仕事に忙殺されてそんなことも忘れていた。

 

「そうなの? よかったら、私が案内するよ?」

 

 いったん外の安全を考える。はじめてこっちに来た時にも思ったが、意外と銃声は聞こえないもので、しっかりと治安のよい場所を選べばある程度は問題なさそうであった。仕事に息がつまり始めていたし、純粋に街を見たい気持ちもあった。

 

「ええ、是非お願いします」

 

 シャーレのビルを出て駅の方へ向かう。中野は街の様子を具に観察する。人型の犬猫やロボット、ヘイローを持つ生徒たち。皆、表情はいたって平穏。発砲音も爆発音もない、普通の街。

 

「やっぱり、思いのほか平和ですよね」

 

 さながら東京を歩いている感覚だ。すれ違う生徒たちは等しく銃器を携帯しているが。

 

「十分歩けば銃撃戦とかのイメージだったんだけどな」

 

「治安の良いところを選べば安全」

 

「みたいですね。ギリシャみたいだ」

 

 聞いただけの話だが、ギリシャはメインストリートを一本でもずれれば急激に治安が悪化するという。

 

「そこまでじゃないけど、ちょっと似てるかも。陽の当たる場所なら、中野さん一人でも安心して歩けると思う」

 

 思えばここまで、遠回りになるとしても常に大通りを歩いていた。彼女は中野のために安全な道を選び、また教えているのだ。なるほど、さりげない気遣いのできる彼氏を持った人の気持ちとはこのようなものなのか。

 

「砂狼さんはお優しいですね」

 

「ん、ありがとう。あと、シロコでいいよ。長いでしょ。それに、言い慣れないなら敬語もいらない」

 

「そう、見えます?」

 

「うん。ちょくちょく敬語が崩れるから、普段から使ってるわけじゃないのかなって」

 

 そういえばそうだなあとここ数日を振り返る。正直、敬語を使わなくてもいいならそうしたいが、それは自分が許せない。

 

「たしかにタメ口の方が気が楽です。でも俺、なんというか、生徒を尊敬してるんですよ」

 

「尊敬?」

 

「皆さん強くて、優秀で、情熱的で。そんな人たちに自分みたいなのが年上ってだけで、そんな振る舞いしてもいいものかと」

 

 自治区の行政を担う生徒会メンバーはもちろん、それ以外の生徒たちでも多くは凄まじい情熱をもって日々を生きている。夢中は努力に勝ると言うように、熱量には人生のすべてを彩るポテンシャルがある。中野はそれを命の次に欲する。だから彼は生徒たちを尊敬して止まないのだ。

 

「大したことのない人間が粗雑に接してくるって、あまり気持ちよくはないのかなって思って。信用も欲しいですし」

 

 中野は自分に自信がない。過去にやさぐれていたことへの反省もあって自虐的だ。

 

「そんなに卑下しないで。中野さんは今日を生きるためにちゃんと努力してる」

 

 シロコの目はとても真っ直ぐに中野を射抜く。

 

「私たちは中野さんが思っているほど特別な存在じゃない。そう思ってもらってるのは嬉しい。でもだからって畏まらなくていい。

 それに、信用が欲しいなら、なおさら中野さんは敬語を使っちゃだめ。すごく不自然で怪しく見えるし、距離を置かれてるような感じがする」

 

 演じているような印象を受ける。それはあなたの本意ではないでしょう? そう中野は受け取った。

 

 シロコは一見すると不愛想で、ミステリアスだが、その内には優しさと熱意を秘めている。日本でも色んなところで言われていたことだ。今更ながらそれを思い出した。

 

「一理ある、か。けれど人には人の距離感がある。俺にも、相手にも。だから全員にできるわけじゃないけど、シロコの前ではこうさせてもらう。いいよな?」

 

 シロコは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「うん。その方が自然」

 

 中野はその笑顔にあてられ、照れ隠しのように頭をがしがしと掻く。

 

「はは、そうかい」

 

「さあ、行こう」

 

 シロコは中野の手を引いた。

 

 それから二人はおよそ二時間弱を共にする。

 

 新宿駅東口のように栄える駅周辺は多種多様の店が立ち並ぶ。電気屋、本屋、楽器店、ドラッグストアにアパレル。もちろんコンビニもあるし、多くのお店で文房具を扱うように弾丸やらマガジンやらが陳列され、見慣れないなあと溢す。

 

「こんなナチュラルに置かれてるってことは、当然免許なんてないんだよな」

 

「免許が必要なんだ。キヴォトスだと必要なのは身分証とお金だけ」

 

「俺も正式にシャーレ職員になれたら持てるようになるのかな。というか欲しいな。自衛用に」

 

 いくら治安の良い場所があるとはいえ、やはりキヴォトスで武器の一つも持たないというのは危険極まりないだろう。

 

「ん、その時は頼って。使い方も教える」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 それからもしばらく二人はウィンドウショッピングをする。途中、シロコが奢ると言って喫茶店に誘ったが、それは固辞した。無一文な上、重要なことでもないのに女子高生に奢られるのは情けないと。彼女は少し残念そうにケモミミを倒した。この時の返答として何が正解だったかのか、中野にはよくわからない。

 

 とはいえ、見るだけ歩くだけでも意外と楽しいもので、飽きないものだ。中野にとっては目新しいものがあることもそうだし、何よりシロコが思いのほか積極的に話を振ってくれたことも大きかった。

 

 そろそろシャーレに帰ろうという話になり、またシロコが先導する。帰り道は行きと同じだがすでに夕焼けが差し始めていたので違った趣があった。そんな中、中野はふと路地裏が気になった。薄暗いビル間の奥に、動く影が二つ。よく目を凝らせば、それはスケバンのような格好の不良生徒だった。

 

「シロコ、彼女たちは」

 

「不良の生徒だね」

 

「それはわかってる。彼女たちはなんで不良なんだろう」

 

 シロコは中野の言いたいことを掴めずにいる。

 

「いや、悪い。忘れてくれ」

 

 そう言って歩き出した彼の目は、どこか滾っている。少なくともシロコにはそう見えた。

 

 

 シャーレにはすでに先生が帰っていた。彼女はシロコと中野を認めると「おそーい!」と詰め寄った。

 

「待ちくたびれちゃったよ、もう!」

 

 ぷんすかぷんすか。

 

「いやあ、すみません。どうも時間を忘れてしまって――ん?」

 

 話しているとわき腹をシロコが突く。

 

「先生に対しても、いらないと思う」

 

 言わんとしていることはすぐにわかった。他方で先生はきょとんとしている。

 

「ん? どうしたの?」

 

「敬語は使わない方が自然に見えるって話」

 

「あー、なるほど」

 

 納得した様子だ。

 

「先生もそう思いますか?」

 

「正直ね。雑になってる時が多かったから、使い慣れてなさそうとは思ってた」

 

「シロコと同じことを……」

 

「あはは。まあだから、私にもタメ口でいいよ」

 

 じゃあ遠慮なく、とはいかない。生徒は年下だからと言えるけど、先生に対しては、なんだかなあ。

 

 腕を組み悩んでいると、先生が三文芝居をうつ。

 

「うぅ、シロコとは仲良くなったのに先生には距離があるんだぁ、うぅ……」

 

 中野は後頭部を掻きながらはあと大きくため息をついた。

 

「わかったわかった。わかったよ先生。これでいいんだろう?」

 

 しんみりした表情から急激に花を咲かせるような笑顔に切り替わる。

 

「うん! すごくいいよ!」

 

 自分が思っている以上に押しに弱いのだろうか。中野は、少なくとも彼自身にとっては、意外な弱点に複雑な気持ちになる。悪いことではないのだが。

 

「ところで、その手の紙袋は?」

 

 先生の片手に注目して言った。

 

「あ、そうそう。朗報だよ」

 

 先生は袋の中をガサゴソと探り、一枚の書類を取り出した。

 

「ほら、読んでみて」

 

 受け取った書類は長ったらしく色んなことが書かれていた。日常的に小説を読むかれであっても億劫になるほど。けれど、

 

「先生、これって」

 

 心が、体が、感極まるのを感じた。

 

「うん、ようやく言えるね」

 

 先生は満面の笑みで、両手を広げた。

 

「シャーレにようこそ!」

 

 中野は晴れて、シャーレの職員となれたのだ。

 




 お気に入り登録や高評価があることに驚いています。面白いとかなんか良いと思われているということだと思うので、何にせよ、ありがとうございます。
 しかしなぜ驚いているかというと、漫画のように展開的にあっと言わせるような面白さのある作品だとは、筆者自身考えてはいないからですね。別に卑下してるわけではありません。ただ単に私にはそれができないという事実があるだけですので。
 なので私にできることといえば、人の心を描写することだけです。そしてそれは私の作品作りのテーマでもあります。具体的には、全く異なる環境に突然放り込まれた時、人はどう変わらざるを得ないのか、それをシュミレーションするというものです。そしてそこに自作の魅力を求める。
 その姿勢で書いた結果、どこに共感していただいたのかまでは分かりませんが、兎にも角にも評価してくれる人がいる。とてもありがたいことです。
 これからも、マイペースに、精進していきます。よろしくお願いします。


 そうそう、なかなかゲーム本編のストーリーが絡んでこないなあと思っていらっしゃると思うんですけど、今は起承転結の起なんですよね。パヴァーヌ編が承の部になります。
 現在すでに、起から承に変わる部分の話は書き溜めしてあるんですけど、そこに行くまでにどのくらい中野のことを書いたらいいかなあと、その文量を判断しかねているって感じです。上記の通り中野の心理変化とその過程が最重要ですし、そこを性急に書くと唐突すぎて読者置いてけぼりって状態になるので、良い塩梅で書きたいものです。
 まあその点では、今回は少し一段二段と階段を飛ばしているように感じますが、どうかご寛恕を。
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