『独立傭兵の皆さま、これはタキガワ・ハーモニクス傘下企業ブラス・インスツルメントからの依頼です。』
『作戦地帯はオーバルBA市周辺。そこで、敵対企業メリニットの中規模MT部隊の作戦行動が確認されました。独立傭兵の皆様には、これを殲滅してもらいたいと思います。知っての通り、あの市街周辺は当社の勢力圏内であり、それを無視して軍事的な行動を行うというのは、決して許されるべきではありません。確実に撃破してください。』
『これはタキガワ・ハーモニクスとの繋がりを強くする好機です。では、奮闘を期待します。』
といったタキガワからの依頼を受け取ったそれから数時間後、オーバルBA市周辺。木星開発の為に、この星全体を覆うように建造された、人工の大地に築かれた、タキガワ勢力圏にある街のすぐそばが今回の作戦領域だ。
作戦領域へ向かう自動操縦のヘリに、長いこと揺られながら、ウォルターは機体のコックピットの中で、退屈そうに次々とやってくる自分の雇い主たるハンドラーからのメッセージを無視して、以前購入してから読まずに置いていた大昔のSF小説の電子本をタブレットで読んでいた。メッセージウィンドウが文字と被って読み辛そうだ。
本の内容は悪魔のような姿をした異星人が、優れた技術を人類に授け、進化を促すといった何だか皮肉めいたものを感じる。
とりわけ、ウォルターにとっては。
彼は木星の出ではなく、太陽系からはるか遠くに存在するルビコン3の出身であった。ルビコン3は新たに発見されたエネルギー物質コーラルの採掘と、コーラルの情報伝達属性を利用した新技術の開発と輸出を主産業とし、莫大な富を得て栄えた。
しかし、そのルビコン3はもはや灰にまみれ廃星となった。アイビスの火と呼ばれる事件によって、ルビコンに大量に埋蔵されていたコーラルの全てが燃え上がり、惑星上のあらゆるものを焼き尽くしたのだ。
ウォルターはその直前にルビコン3を脱出し、燃え盛るコーラルが故郷と彼の家族を焼き払うさまを脱出のための貨物船から眺めた。
そうして遠く離れた異星からやってきたウォルターは、この本にある悪魔のような姿をした異星人と違い、様々な技術をもたらしたが、彼らの様に人類を進化させるどころか、新たな争いの火種を持ち込んだ異星人の生き残りである。
人の姿をしているのに、悪魔の姿をした異星人より自分はよっぽどの悪魔だ。自分達のもたらした悲劇から逃れ、たどり着いた先で、傭兵などという死と暴力を生業にしているのだから。
しかし、そんな思索にふけるのもそこそこに、輸送機が作戦領域に侵入した。
ここから5~6キロメートルほど離れたところに、人の手によって木星全体を覆うように存在する、人工大地に再現された広大な草原を目標たるMT部隊が進軍しているのがレーダー越しに見える。
仕事の時間だ。
深呼吸し戦闘を前に昂る体を落ち着けて、目の前にある薄型のモニターディスプレイを操作すると、ガコンという音と共に機体を固定しているハンガーが、機体を吊り下げたまま移動すると、後方のハッチが開き、ハンガーがヘリの外へせり出し、機体が宙吊りになって再びガコンとハンガーが停止する。
そしてウォルターは、次の瞬間に来るであろう浮遊感に備えて力体を強張らせた。
その直後、ポーンと準備完了を示す音が鳴り、ハンガーのロックが解除され、機体が投下される。
一瞬の浮遊感とその直後に機体が着地、衝撃がコックピットまで伝わり体がわずかにシートから浮き上がったような気がした。
『メインシステム、戦闘モード機動。』
COMの宣言と共に、ジェネレーターが起動し、FCSが各種武器データをディスプレイに届けてくる。
ウォルターのACはメタリックグレーに塗装されたベイラム・インダストリーズ製のマッシブな体型と角ばった装甲を持つ中量二脚級AC:MELANDERをベースに右手に同社のアサルトライフル、左手にはタキガワのパルスブレード、右肩にはファーロン・ダイナミクスの4連ミサイルランチャー、左肩には作戦領域のデータ収集に役立つ細長いレーダーを搭載したオーソドックスな機体構成。
右肩に入れられたエンブレムは炎を握りつぶす拳、機体名:インヘリテンス。
ブースター、ACS各種機能に問題ないことを確認すると、ウォルターは機体をゆっくりと発進させる。彼の目標に向かって。
一方、人口の平原をのろのろとオーバルBA市に向かって直進するメリニットMT部隊は通信で駄弁っており、少しの緊張感も見られなかった。
『しかし、こんなことして、企業間同士の戦争とかにならないんですかね?』
「ならないんだよ。これはちょっとしたいつもの威嚇行動ってだけで、この後もし戦闘が起きたとして、せいぜい小競り合い程度で、それが本格的に戦争とまで拡大することは無いさ...」
緊張感に欠ける部下の言葉に適当に返答しつつ、上を飛んで一緒に行軍しているドローンからの監視映像を確認しながら、周囲を警戒している。
彼らが扱うMTはルビコン星系に存在したBAWSと呼ばれる企業の二脚MTを勝手にメリニットがライセンス生産したものにグレネードランチャーとミサイルランチャーを装備したものだ。うちの会社はAC用、MT用の武器パーツや大型の大砲を作ることに長けた企業であり、一応AC用パーツや自社製MTの生産は行ってはいるものの、あまり得意ではないので、他所の物を輸入するか、マイナー企業の物を参考に使用していのだ。
そして、どこの企業でも軍でも犯罪組織にすらも使われている。頭に申し訳程度の機銃が設置された逆足MT、それとミサイルポッドをつけたドローンが数機、といったそれなりの規模だ。
企業というのはこういった威嚇行動に対し、適当に独立傭兵を送り付けることがある。しかし、出来の悪い独立傭兵程度であればこれで撃退できるだろうが...
「むっ!?」
ドローンの映像に何かがちらりと映る。スラスターの光だろうか?
映像は荒く、詳細は分からないが、この状況では恐らく敵だろう。シティガードか、独立傭兵かは関係ない。
「敵さんのお出ましだ!周囲を警戒しろ!」
『了解!!』
彼らが戦闘態勢をとって武器を構えたその数瞬あとに、再びちらりと敵のスラスター光が見えると同時に高速ミサイルが飛来、上空を飛ぶドローンに二機と逆足のMTに直撃し、爆散する。
「う、っクソ!?」
それと同時に、敵機が姿を現す。角ばったシルエットから推測するにベイラムのACのようで、単機でいるところを見るに恐らく独立傭兵だ。
『クソったれよくもやりやがったな!?』
『ああ畜生!クラークが死んだ...』
『こんな一方的に...』
「撃て!!ACとはいえ相手は一機だ!勝てない相手ではないぞ!!」
気の抜けていたところへの突如の奇襲に、軽い恐慌状態に陥った味方を鼓舞しながら、敵に向けてMTの手に持たせたアサルトライフルを乱射しながら、背負っているグレネードランチャーを目視照準で狙いをつけて撃つ。
しかし敵ACはこともなげにクイックブーストで回避する。
アサルトブーストを使用してさらにスピードを上昇させた敵機は、気付けば味方のMTにすぐそばまで迫りっていた。
警告の言葉を避けようとしたが時すでに遅く、コックピット部分に思いっきりケリを入れられた一機が悲鳴を上げながら吹っ飛んで行った。
それからすぐそばにいたもう二機にアサルトライフルとミサイルを食らわせて撃破する。
その一連のながれはほんの一瞬の事だった。
「クソったれ!?タキガワめ!アタリの傭兵を送ってきたな!」
慌てて距離を取ろうとするが、ACとMTにはただでさえ機動力に開きがあるうえ、さらにはミサイルランチャーやグレネードランチャーを背負った重装備では、とても逃げられるはずもなく、次々と撃破されていく。
最後のドローンをキックによって撃墜し、降下しがてら再装填されたミサイルを上から撃ち下ろし散らばって逃げ回るMTに追い打ちを食らわせる。
「クソっ!?こんなはずでは...」
悲痛な声を上げながら、FCSをフル稼働させて敵の姿を捉えようと悪戦苦闘する。
そしてようやく敵ACを照準に捉えたその時、彼の目に映ったのは敵ACが左腕に装備したパルスブレードを振りぬいて最後に残った自機を切り捨てる姿と、右腕に描かれた炎を握り潰す力強いエンブレムだった。
──────『ハンドラー・ヒルタに報告、ミッション完了』
仕事が終わり気分を落ち着けるために深呼吸をし、スタンドに入れていた水筒から水を飲む。
ある程度は戦闘で高揚した気持ちも落ち着いたところで、新着メッセージが届いていた。
『新着メッセージ:一件』
『...ウォルター。お前のやることについてとやかく言うつもりは余りないが、仕事は基本俺を通して受けるように言っただろう。今月に入ってもう二回だ。金が必要なのはわかるが、傭兵の仕事はアリーナの試合じゃなくて命の奪い合いだ。お前はACに乗り始めたばかりだ。俺に関与しないところで厄介な仕事に巻き込まれても俺は助けられない...それじゃ、早く帰って来い。』
自動で再生された、ため息交じりのメッセージからハンドラー・ヒルタが俺の事を心配してくれているのも迷惑をかけているということも分かる。
だからこそ、色々と俺のために負担してくれている恩人であるヒルタには、報いてやりたいと思う気持ちは確かにある。しかし、それでも止められないのだ。
ここからすぐ近くにある先ほどの戦闘など気にも留めずに、いつも通りの営みを続けるオーバルBA市を見下ろしながら、ふと過去に住んでいたルビコン技研都市を思い出す。
あの場所に、ルビコンに俺は戻らないといけない。
俺は知らなければならない、俺の人生を狂わせたコーラルの事も、なぜ父は母さんと俺を捨てたのかも、でないと俺はいつまでも過去にまとわりつかれたままだ。
過去を清算する。そのためにルビコンへ行く。
そして、そのためには金が必要だ。
輸送機が四つもあるローターから轟音を立てて回転させながら近づいてくる。
帰ろう、仕事は終わりだ。機体を振り返らせてウォルターは今しがた撃破した機体の残骸が残るその地を後にした。
一度生まれたものは、そう簡単には死なない。