ハウンドと言うのは一般的には猟犬の事を指す。
しかし、こと独立傭兵たちの間ではそうではない。主にハンドラー・ヒルタの率いる傭兵集団、ハウンズに属する彼らの事を指す。
そして、ウォルターはそのハウンドのうちの一人だった。
7年前にナガイ教授の紹介によって第二研究助手ことカーラとともに、後にアイビスの火と呼ばれる大災害から逃れるために木星に身を寄せて以降。彼と彼の仲間たちは基本的にウォルターに世話を焼いてくれた。
カーラが母親代わりとなり、いろいろなことを俺に教えてくれた。そして俺は小遣い稼ぎ程度にちょっとした仕事をこなしていたが、ある日彼女がルビコンに戻って以降はヒルタに紹介され、アリーナに参加したり、時々フォーミュラフロントのu-ACのAI調整の手伝いをして、金を稼ぐようになり、そしてハウンドの仕事を手伝うようになり、何度かそれを繰り返してから、正式に加わった。
そして、現在ウォルターはタキガワからの仕事を終え、機体と共にハウンズの拠点となっているオーバルDE市に帰還した。
オーバルDE市はオーバルBA市同様に大きな窪地に作られたテラフォーミング惑星でよく見るグリッド建築方式で複数の居住地が縦に重なっており、そこの最下層の一区画をハウンズの拠点として借りているのだ。
最下層は土地代が安いこともあるし、裏世界と繋がっている人間が多く企業以外に独立傭兵へ様々な依頼を出しているということもあって危険な物や信用できないものも多いが、とりあえず何かと企業所属のAC乗りと比較して下に見られることの多い独立傭兵でも仕事にありつけるため、ここを住処としているのだ。
ウォルターのインヘリテンスを乗せた輸送機がところどころ錆びて赤茶けている整備場に着地し、機体が固定される。
既に、二機の輸送機が待機している整備場には、機体が一つないので誰かが仕事に出たのだろう。
輸送機の格納庫の側面が解放されて機体が見えるようになると、すぐさま人間の何倍も大きいACやMTといった巨大機械の整備ドローンがわらわらとやってきて機体の状態をチェックし始めるのを確認し、ウォルターはヘルメットを外してインヘリテンスのコックピットから出た。
コックピットの前にあるタラップに立つとそのすぐそばに、彼以外の人間がACの前に立っている。
「や、お疲れさんウォルター。まーた無断で出撃したんだって?若さに任せて何でも一人でやろうとするのは良いけど、ほどほどにしないとヒルタさん心配しすぎてぶっ倒れちゃうよ。」
そんなウォルターをからかうように迎えたのは、まだまだ子供らしさの残る彼より幾分か年上に見える女だ。
名はコルネリア、ハウンズの一員である女傭兵だ。
彼女の大火力の兵器を多く搭載した重量二脚は、多くの敵にとって脅威となるだろう。
「分かってる、気を付けるよ。」
「はああ、分かってないでしょ...」
彼女は呆れたようにそう言うと、ふと「あ、そうだ」と今思い出したことをウォルターに伝える。
「ヒルタさんが、事務所に呼んでるから、早く行って来たら?こってり絞られるかもしれないから気を付けて~。」
伝言とか、彼女が今したいことを終えたのでウォルターにひらひらと手を振り別れを告げると、自身のACに向きなった。
カンカンと足元で音を立てる錆びたタラップを渡り、階段を下りて整備場の外にあるこれまた古びた事務所兼宿舎に到着したウォルターは、ノックもしないで事務所のドアを開けて中に入る。
そこには急に入ってきたウォルターに少し驚いたような様子で席に座って端末で誰かと何やらやり取りをしているハンドラー・ヒルタがいた。
ちょっと待てと手で制止するので、しばらく立ったまま待つ。
それから少しして、ヒルタは端末を机の上に置いた。
「それで、お前が最近になって無断で仕事を受けるようになったのはなぜだ?」
「俺のやることについてとやかく言うつもりは無いんじゃないのか?」
「無いさ。ただ、それでも俺はナガイにお前を任されてるんでな。」
ヒルタは座席に体重をかけ、空を仰ぎ見て一息ついてこう言った。
「お前はまだ若く、未熟だ。俺はお前が何か身に余るようなことに首を突っ込もうとしてるんじゃないかと気が気でない。それで、単刀直入に言うとなぜお前は最近になって金を稼いでいるんだ?」
「...木星を出るためだ。」
ここで馬鹿正直にルビコンに戻るために金を集めていると言っても絶対に止められるのが目に見えているから、俺は噓をついた。
ただでさえ、廃星扱いな上に惑星封鎖機構が駐留している上に現地のルビコニアンも荒れた連中だと聞く。
あそこに行くなんて百害あって一利なしとヒルタは考えるだろう。
「...ふむ、ここを出る分には構わんが、旅行って訳でもないだろう、どこへ行く気だ?新天地の開拓惑星で仕事をする気」「ボス何の用で俺を呼んだ...」
恐らくは俺が嘘をついていることに気付いてさらに問い詰めようとしたヒルタを止めたのはいきなり部屋に入ってきた大柄のひげ面男、ハウンズのメンバーの一人、マルクスだ。
先ほど端末でやり取りをしていた時に呼び出したのだろう。
「すまねえ、取り込み中だったか?」
「はあ...いや、こっちを優先しよう。ウォルター、話はまたいずれにしよう。もう行ってよし。」
再びため息をついたヒルタは何かしらの優先事項があるのか、しばらく考えた末にウォルターを下がらせた。
これ幸いと駆け足気味に立ち去るウォルターを見送りながら、若干気まずそうにしている大男を見て今日何度目か、数えるのも億劫になるが、ため息をついた。
追求から逃れることが出来たウォルターだったが、埃っぽくかび臭い廊下を自室に向かって歩いている今の彼の頭の中にはマルクスを呼び出したのはなぜかという疑問が頭の中に浮かんでいた。
もしかして近いうちに大きな依頼を受けることになるのかもしれない。
「ヨオ、ウォルター...元気ソウダナ。叱ラレタッテ訳ジャナサソウダナ...」
そんな考え事をしていると、自室のすぐ前で、車いすに乗った包帯で全身をぐるぐる巻きにされた片言の男に抑揚のない話しかけられる。
ただその包帯は大けがをして巻かれたものではない。痛ましいほど体に刻みつけられた手術痕を覆い隠すためのものだ。そして、その手術の影響で多くの人間らしい機能を失い、言語野への影響によって彼は片言でしか喋れなくなった。
彼は...第二世代型強化人間、名前はパエトス。彼もハウンズのACパイロットだ。
「そうだな、ヒルタは叱らなかった...どうにも何かしらの案件を抱えているらしいくて、そっちに意識が向いているのだろう。」
「ソウカ、デハ近イウチニ仕事ガ来ルノカ...ソレト、程々ニシテオケヨ...」
「ああ。」
彼の話が最後まで終わったと見るや否や、短く返事を返し、ウォルターは若干足早気味に部屋に戻った。
正直に言うとウォルターはパエトスの事があまり好きではない。とても個人的な事情だが、強化人間は...彼の父が生み出したおぞましいコーラル研究の成果の一つだ。
脳深部コーラル管理デバイスによって脳を活性化させ、通常の人間より高い能力を発揮できるが、それは人の尊厳を奪い、生体パーツと何ら変わりのない立場に貶めてしまう。
パエトスは、ウォルターの父が犯した罪の生き証人だ。だからこそ、彼はあまり彼と関わりたくないのだ。未だに、父が犯した罪は残っているが、俺はそれに対して何もしていない。そう言った現実を直視するのを嫌ったのだ。
こんなことではいけない。切り替えなくては...
一息ついて、ウォルターは体を休めるために自分の薄っぺらいマットレスがパイプで組まれたフレームの上に乗っかった簡素なベッドに身を投げ出した。
夢の中ならば、父の影から抜け出せると思い込んで...
嵐の前の静けさ。