ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」 作:空見ハル
しかし、そんなウラヌスの目の前に”刺客”が現れる。
「日本のタケイチ・ニシとウラヌス、減点8、暫定7位!」
……ウソ。
最後の障害を跳んでゴールをした後、息を整えながら頭を整理している中で、審査員の言葉にはっとした。
この競技会での入賞は、たしか13位以内。私たちの順番はもう最後の方だし、入賞は確実だ。
トレーナーとの初めての競技。しかもコースの把握もままならない中で、入賞……?
たしかに私は優勝を、世界一を目指していた。目指していたけど……まさか、一発目で入賞とは……。
「良い飛越だったぞ! ウラヌス!」
私の夢のようなふわふわとした感覚は、トレーナーの”な、言っただろう”とでも言いたげな自信にあふれた顔にかき消され、一気に現実に引き戻された。
「ほら、ウラヌス。敬礼だ」
バ術は紳士淑女の競技。最初の礼に始まり、礼に終わるのだ。
私はトレーナーに言われて、慌てて姿勢を正し、一緒に帽子を外して一礼した。
すると、さっきまで私を笑ってすらいた会場の人々は、盛大な拍手で私の競技に答えてくれた。しかしその半分の人々は、私と同じように呆然とした顔のまま手だけ鳴らしている人形のような状態になっていた。
当然だ。昨日まではどこにあるかも分からないアジアの島国から来た貴族とフランス出身のウマ娘が突然やってきて、ヨーロッパ勢の他では唯一の入賞をかっさらっていったのだから。
そんな拍手を浴びながら呆然と立ち尽くし、真っすぐと背を伸ばしつつも手をだらんとして立ち尽くしていた私の前に、新聞社のカメラマンが現れてカメラを向けてきた。
カメラに気づいたトレーナーは、ちょいちょいと私の肩をつついてきた。
「なあウラヌス、少し屈んでくれ」
「え、なんでよ」
「いいから」
181cmある私より、少しトレーナーは背が低い。写真写りでも気にしているのだろうか。そんなこと気にしなくてもいいのにと心の中で呟きながら、私は腰を曲げてトレーナーより少し低いくらいに屈んだ。
すると、トレーナーは私の帽子を取った。
「ふっ、はは」
そして、吹き出すように笑い、最終的に今までで一番の笑顔を見せながら、手を私の頭の上に乗せてわしわしと撫でた。
「なっ! ちょっ!」
「よくやったな、偉いぞー、ウラヌス!」
トレーナーの少しかたい掌が、私の頭の上で一定のリズムを刻んで滑っている。掌からはトレーナーの興奮と歓喜を含んだ熱が伝わってきて、なんとなくそれを振り払うのは憚られた。
トレーナーの掌が私の頭の上から離れないまま、記者たちのカメラは切られ、明るいフラッシュがたかれた。
「……ねえ、トレーナー」
「うん?」
「分かっていたの? こうなるって」
最初はふざけているのかと思った。
私をピネロロから連れ出してからは街で酒を飲み、女の人を捕まえて車で爆走して私をひっぱり回していただけだった。てっきりやる気がないのかと思ったけど、もしかしたらトレーナーは、あれで私のことを気にかけてくれていたのだろうか。
私が緊張しないように、重圧に押しつぶされないように。
すぐに大会参加を決めたのも、その間無理な練習をしなかったのも、トレーナーは、私の力を信じて……?
「何を言っているか分からないな。でも、ここで入賞できたのは……ウラヌス、お前の力に他ならないと思うぞ」
力強く、いつまでも屈んだ私の頭を撫でるトレーナーのその言葉が照れ隠しなのか分からないけど、私の力を信じてくれているのはたしかなようだった。
後日、私の活躍はイタリアだけでなくヨーロッパ中の新聞に載った。優勝ではなく入賞だったからけして大きな見出しではないけれど、トレーナーとまったく同じ軍服を着た私と、顔立ちが良いトレーナーのビジュアルもあり話題になったらしい。
『日本から来たバロン・ニシ、新星・ウラヌスと共にヨーロッパに殴り込み』
『日本から来た華麗なる男爵と、力強いウマ娘の絆』
そんな感じの見出しが紙面に踊った。
当然トレーナーも私も街の人たちに知られるようになるわけで、普通に歩いていても声をかけられるようになった。
そしてそうなって、確信したことがある。
競技会からすぐの日、トレーナーが女の人を4,5人か連れて、騒がしく私の宿の扉を叩いてきた。
「ウラヌス! 早速だが飲みに行くぞ! 悪いけど運転してくれ!」
「運転なんてできないわよバカ! 自分で歩け!」
やっぱりこの男、ただのバカだ。
そんなこんなですっかり人気者となり、慌ただしい日々が続いた。
しかし、ムッソリーニ・カップで入賞したとはいえ、うかうかしてはいられない。
国際競技会のシーズンでは、連日連夜ヨーロッパのあちこちで大小様々な競技会が行われる。競技形式も、ローマのような標準競技から、ナセロとやったピュイサンスまで様々だ。
私の目標は、”世界一のウマ娘”。
入賞じゃない、”優勝”を目指すべきだ。
ムッソリーニ・カップの後もローマでは近い日に小さな大会がいくつかあり、私とトレーナーはそこに参加した。
イタリアの競技会では、2回のインターナショナルと20回の国内競技会がある。”国際競技会”と言えど、実のところ公式に”国際大会”を明言しているのは私が参加しているムッソリーニ・カップとナポリの大会しかない。
だけど、国内競技会と国際競技会は、各国代表選手が設定されているかどうかと外国将校の数の違いくらいで、実のところ大きな違いはない。特にイタリアはどの大会も国際競技会並みで、どこへ行っても各国の強豪が集う。
特に、イタリアの騎兵は強敵だ。
イタリアのウマ娘たちの障害飛越は、他の国の騎兵と比べても明らかに違う。身体の支点の取り方や、飛越時の姿勢が締まって見えて、常に気を抜かずに飛越しているのがよく分かる。他のウマ娘たちはまるでこれからバ場バ術をやるかのように背を伸ばして支点をゆるく飛越しているけど、イタリアのウマ娘たちは姿勢を低く、しかし姿勢を緩めずに安定して飛越している。
私もピネロロのウマ娘だったからイタリア式の飛越の心得はあるけど、そんな私から見ても皆綺麗な飛越だ。
トレーナーも違う。
目下イタリアの花形トレーナーは、フォルケ、ベットーニ、カッチャンドラ、ボルサレーリ、レキオ、ロンパルジー、ロンパルドの7人。
ウマ娘たちにイタリア式の飛越を徹底するように指示を出す。その落ち着きぶりと競技の駆け引きは、実際に飛越しているウマ娘に負けないほど鮮やかだった。
だけど、そんな人バたちと比べても、私とトレーナーは負けてはいなかった。
結果を残したとはいえローマのように準備なしといったことがないようにトレーナーの尻を叩きながら、数度の競技に出場し、当然イタリアの強豪たちとも競り合った。
どの競技会でもほとんどがサン・フォート(無過失)か、多くても1,2回の失点のみで入賞した。トレーナーとの連携に慣れていないせいか冷静という一点にはまだまだ到達しないものの、競技に参加するごとにトレーナーとの連携は強まっていき、競技に慣れていくのを感じた。
”世界一になる”……自分でそう言っていたものの、まさか自分がここまでの力を持ち、世界の強豪相手に戦えるとは思っていなかった。
……行ける。
”優勝”の二文字が、やっと頭の中でくっきりと見えた気がした。
そしてちょうどその時、大勝負の舞台にふさわしい競技会が開幕した。
イタリア、トリノで開催される大競技会……”ヨランダ王女杯(ヨランダ・カップ)”。
イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の娘であり名バ術トレーナーでもあるヨランダ・マルゲリータ・ディ・サヴォイアの名を冠したこの競技会は、皇太子の御膝元でやる大競技会だけありローマを超えるほどの盛り上がりを見せていた。
参加人バもルーマニア、ポーランドの選手がいないほかはローマの国際競技会とほとんど変わりなく、観戦する人の数で言えばローマのそれを上回っていて、沢山の人々の声が青い空というドームの中で響いているようだった。
まだローマのように躑躅が咲き乱れ、大きなレース場のように整備された芝地からなるコースが広がっていた。
私とトレーナーが自分たちの競技時間に合わせて会場入りした頃には既に序盤の競技が始まっていて、美麗な勝負服を纏ったウマ娘が芝の上で飛越する姿は、まるでお花畑の真ん中で踊るワンピースを着た少女のように見惚れてしまう光景だった。
「気分はどうだ?」
「ええ、もう絶好調よ。ただ……」
私は男物の日本軍服の袖をつまんでトレーナーに訴える視線を送った。
「勝負服はまだなの?」
「すまん、まだ本国から届いていない。ウラヌスのサイズに合うものがないんだ」
まあ、私ほど大きなバ術ウマ娘は珍しいからしょうがないか。
トレーナーと出会って一か月くらい。
ローマから始まるイタリアの競技会は、このヨランダ王女杯で終わる。そして、その今こそが、私が最も波に乗っているとき。いくつもの競技会に参加して、”優勝”が目の前にあることを示すように、太陽が燦燦とこのトリノを照らしている。
「まあ良いわ。トレーナー、事前視察はばっちり?」
「ああ、見てみろ、しっかりとコースについてはメモしてある。何度も確認しただろう?」
ローマの時のようなことがないように、前日の競技場視察はトレーナーを引っ張っていった。当人は大丈夫と言っていたけど、念のため競技場まで送り迎えした。まったく、子供だ。
しかし、トレーナーが視察で競技場にいた時間は短かったけど、競技場を出てきた時に持っていたメモには今度はびっしりとコースの詳細が書かれていた。トレーナーがローマで言っていた”一度見たコースは忘れない”というのはウソではないようで、会場から出てきた後もまるで今目の前にコースがあるかのようにこと細かく障害の注意点などを私に説明してくれた。
度重なる競技会で力がつき、天気も馬場も私向き、観衆からの注目も集まり、障害の把握もばっちり。
今しかない。
”世界一”に近づくには、今しかない。
「続いて、タケイチ・ニシと、ウラヌス!」
司会の声と共に、私とトレーナーは拍手の下、コースの上に立った。
トレーナーとの重ねての打ち合わせで、障害の順番も全て把握している。通常のハードル障害に始まり、途中には水濠障害、そして急斜面を駆け上り1.2mの崖のようなところから跳び下りる障害など、レベルの高い競技会らしく障害も様々な顔を見せている。
”もし勝ったら、次の競技会はどう勝とうか”……そんな先の考えさえも頭の隅にあるのに自分で気づき、私は思わず笑った。
そしてその瞬間、風にたなびく審査員の旗が聞こえてきて、私は速足のリズムを刻みながら第一障害の前に躍り出た。”スタートが大事”としつこいくらいにトレーナーから説明を受けていたけど、その点で言うと今のはばっちりだっただろう。
第一障害の140cmのハードルを支点を強めて飛越し、会場からは小さな拍手が沸いた。トレーナーは私の飛越を見て調子が良いと思ったのか強張った表情を少し緩め、満足そうに障害への指示を出した。
「次、12時方向、水濠! 」
ローマで足をつけてしまった、水たまりを飛び越す水濠障害も問題ではなかった。
”ウラヌスはどんな障害でも上へと高く飛越しようとしすぎだ。水濠のような幅のある障害は、もっと目線を上げて先を見て跳べ”……前の競技会の後にトレーナーがそんなアドバイスをしてくれた。
その言葉通り、今度こそ水面を揺らさぬように飛越し、着地で足が濡れないようにする。完璧だ。
その先の2組の障害が並べられたオクサー障害。
「ウラヌス! いつもより前のめりに跳べ! 身体を傾けて素早くだ!」
「なっ……もっと繊細に跳ぶべきじゃ……」
「いいから行け! その方が大胆で受ける!」
「何よそれ!」
トレーナーの指示にはたまに意味が分からないものもある。感覚なのか考えてのことなのか分からないけど……。
「よし、今だっ!」
「っ!」
でも、なぜかそれでも上手くいってしまう。
そうだ。これだ。
トレーナーとの一体感。会場の中で自分だけが確実に舞えているという充実感。
「次、8時の方向、バンケット(小丘)!」
「了解っ!」
間違いない。
これは……。
「最後の障害、160cm大障害っ! 跳べぇ!」
「っ……!」
勝った……!
「ウラヌスとタケイチ・ニシ、完走! 減点6! 暫定一位!!」
審判員の声に会場が湧く。
今まで入賞どまりだった私とトレーナーに、ついに”優勝”の二文字が見えた。
「やったなぁ、ウラヌス!」
ムッソリーニ・カップの時と同じ、トレーナーの右手が、競技が終わって少し屈んでいた私の頭の上に乗った。トレーナーの瞳の奥には、一つの大きな惑星が輝いているように生き生きとしていた。
会場はローマ以上の拍手に包まれた。私とトレーナーはそんな会場の中で、一礼をしてバ場の外に出た。
待機用の席に着く前にトレーナーと握手を交わす。後に続くウマ娘とトレーナーたちに記録を抜かれないように祈るだけ。
しかし、手練れのウマ娘たちはもう既に競技を終えた後。
勝利への期待が膨らんでいく。
「まさか、こんなに早く一位が取れるなんて……」
「もともとウラヌスはそれだけの力があった。だから私もわざわざここ(イタリア)まで来たんだ」
自信たっぷりといった様子でそう言った後、トレーナーは事前に配られていた紙の競技プログラムに目を落としていた。競技プログラムには全ウマ娘・トレーナーの順番と一覧が書かれている。
「……ふむ」
トレーナーはさっきまでの自信ありの表情を一瞬曇らせた。
「どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
思えば私は競技プログラムの名簿を確認していなかった。自分の競技には直接かかわらないし、名だたるウマ娘とトレーナーの名前を見てプレッシャーになっても嫌だったから。
「トレーナー、プログラム見せてよ」
「なんでだ」
「いいからっ」
私はトレーナーから半ば奪うようにプログラムを取り、参加人バの一覧を追った。
「心配する必要はないわ。だって、あれだけ良い飛越ができたんだから……」
そして、私は気がつかなかった。
プログラムに載っている数百もの人バを目で追っている間、目の前で怒涛の勢いで、しかしすり抜けるように障害を飛越しているウマ娘がいることに。
「……え?」
私が気がついたときには、そのウマ娘は最後の障害に差し掛かっていた。
最後の160cmの大障害を飛越しようとしていたのは、私たちと同じカーキ色の……日本の勝負服を着たウマ娘だった。
その飛越は大胆だがそれだけではない。巧みな飛越で、飛越までの走りも軽快かつ流暢。スピード感がありスリム……障害飛越大国となったイタリアで好かれるタイプの走りだ。
彼女は白いラインが入った茶髪の隙間から、無表情の澄ました顔のまま、160cmの大障害を飛越し、競技を終えた。
そして司会が叫ぶ。
「”ソンネボーイ”と”ヤスシ・イマムラ”、失点ナシ! 暫定1位!」
「……え?」
思わず席から立ち上がり、そのまま立ち尽くしてしまった私の視線の先には、笑顔を浮かべるベテランのトレーナーと、無表情のままのウマ娘が、この競技会一番の拍手を浴びながら立っていた。
※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第二話はこちら
(第二話読後の閲覧がおすすめです)
#2「西とウラヌスの出会い、ヨーロッパ転戦」
→https://note.com/hal_sorami/n/n45cc64407b2c