ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」 作:空見ハル
「……ウソ」
負けた。
””ソンネボーイ”と”ヤスシ・イマムラ”、失点ナシ! 暫定1位!”
負けた?
しかも、同じ日本陸軍の服に身を包んだ人バに?
”日本の人バとしては初の競技会制覇です!”
私は唖然とその光景を見つめていた。
颯爽と現れた、短い茶髪に白い流星が入った、”少年”のように髪が短いウマ娘。
”ソンネボーイ”。
会場は既に驚きと賞賛の声で溢れていていた。
歓声の雨の中を、何てことないといった顔で静かに歩いてくるソンネボーイ。そしてその隣で満足げな顔をしたトレーナー……”イマムラ”。
私は、その2人の姿すらもなんだか夢のように感じてしまい、立ち尽くして見ているしかなかった。
「今村さん!」
そんな私を横目に見た後、私のトレーナーがイマムラに駆け寄っていった。
「ほらウラヌス、挨拶しろ」
「いでで、頭おさえないでよっ」
トレーナーは珍しくかしこまって、慌てて私の頭を押して頭を下げさせた。
「おー、西君」
「おめでとうございます。日本人初の競技会優勝ですよ」
「はは、まさか一位とはね。ま、”ソンネ”がいてくれたからかな」
イマムラはトレーナーの知り合いらしい。
トレーナーが大会のプログラムにイマムラの名前を見つけた時、何か思うところがあるような表情をしていた。となるとイマムラ、そしてソンネボーイは、トレーナーから見ても強敵だということだろう。
「ウラヌス、紹介しよう。”今村安”さん。騎兵学校での私の恩師だよ」
そしてトレーナーの紹介で納得した。トレーナーに障害飛越を教えていた、いわば”先生”の一人なのだ。なるほどそれはたしかに侮れなさそうだ。
……いろんな意味で。
「やあウラヌス君。君のことは聞いているよ。よく活躍しているようだね」
「は、はい。どうも」
イマムラと握手を交わす。
トレーナーの恩師というからどんな変人かと思ったけど、イマムラは近所に住んでいるおじさんのような優しい笑顔を浮かべていて、だけど決して柔らかいだけでない紳士的な雰囲気が纏われているようだった。ニセ紳士のトレーナーとは違って。
「……良かった」
「?」
「あ、いえ、何でも」
この優し気な雰囲気の紳士からどうやってトレーナーみたいな教え子が生まれるのかは疑問だ。
「しかし、ウラヌス君は恵まれたトレーナーに出会ったね。彼は”バ術だけやっていればいい”と言われるくらいには優秀なトレーナーだよ」
「はは、今村さん、そんなに褒めないでくださいよ」
それは褒めているの……?
バ術をやっていないと碌なことをしないという意味ではないかと、ここ数日トレーナーと一緒に過ごしてみて思ってしまう。
「今村さん、後で一杯やりませんか? 久しぶりに」
「おっ、良いね。酒は好きだぞ。一杯と言わず何杯でも!」
「では行きましょう。私の奢りで!」
「やったー!」
いや、教え子に奢らせないでよ。
やっぱりヨーロッパにまで来る日本人はどこかおかしいんじゃないか。
……それはとにかく。
「ちょっと待って、イマムラ、聞きたいことがあるの」
「うん、なんだい?」
「あなたの担当ウマ娘……”ソンネボーイ”」
私はさっきの衝撃的な走りを思い出していた。
見たところ私よりも若くて小柄。だけどあそこまで勢いよく勝ちにくる走りができるウマ娘は見たことがない。障害飛越大国・イタリアにいる私でさえも。
しかもそんなウマ娘がなぜ日本に……?
「ああ、ソンネか。それなら紹介しよ……って、あれ?」
イマムラは人で溢れた会場をきょろきょろとして、自分の愛バを探した。
「おっかしいな。これから優勝の式典があるのに。ソンネがいないとすごく困るぞ!?」
どうやらソンネボーイはしれっとどこかへ行ってしまったらしい。迷子か。
「すまないがウラヌス君、ソンネを探してきてくれないかい? たぶんぼーっとして宿に帰ってしまったのかもしれない」
「いやそんなわけないでしょう、競技会で……しかもこのヨランダ王女杯で優勝したのよ? 泣いて喜んで式典を待っていても良いでしょう」
「あの子はそういう子なんだ」
……どういう子よ。
「……わかったわよ」
私が勝ちたくて勝ちたくて仕方がなかったヨランダ王女杯の優勝式典。競技ウマ娘ならば誰もが夢見る景色。
それを見ないで帰ろうとするウマ娘に、私はまだ話したこともないのになんとなく腹が立った。
なんとしてでも見つけてやろうと、会場中の人をかき分けて探したけど、ソンネボーイは一向に見つからない。
”たぶんぼーっとして宿に帰ってしまったのかもしれない”
まさかと思って競技会をやっている広場を抜けた静かな街道に出ると、私と同じ色の服を着たウマ娘がいた。私みたいな男物で借り物の軍服ではなく、かわいらしいスカートにアレンジした日本軍服風の勝負服だけど。
「ねえ! ソンネボーイ!!」
日に照らされたレンガの道を歩いていた小さなウマ娘はぴたりと止まり、ゆっくりとこちらを向いた。
短い茶髪に白い流星が入った、少年のように髪が短いウマ娘。
間違いない。ソンネボーイだ。
「…………ん」
ソンネボーイは挨拶のつもりか右手を小さく上げた。思わず私も小さく右手を上げて返す。
「え、ええ」
明らかにさっきと様子が違う。
競技中の闘志に燃えた眼はしていなくて、どこか眠たげな半目をしてぼーっとこちらを見ている。昼寝前の大型犬のような表情だ。
ソンネボーイは私をじっと見る。
「……ウラヌス?」
「え?」
「君」
”君はウラヌスかい?”という意味なのだろうか。
「え、ええ」
「……そうなんだ」
「私を知っているのね」
「聞いた。ボクのトレーナーから」
「ああ、そうなのね。イマムラから?」
「うん。あと、さっき見てた」
なんだか人と喋っている気がしなくて、調子が狂う。
一応、向こうもこちらを認識してはいるようだ。
「……じゃなくて。これからヨランダ王女杯の優勝式典でイマムラがあなたのこと探してたわよ? 行った方がいいわ。あなた、優勝したんでしょ」
「そうなんだ」
「……え、ええ」
ソンネボーイはそう言って競技場の方に足を向けてゆっくりと歩き出した。
「……あ」
近くに建っていた時計塔の時刻をじーっとしばらく見つめて、かと思えば再び町の方に歩き始めていた。
「ちょ、ちょっとちょっと、なんでまた帰ろうとするの!?」
「時間」
ソンネボーイは時計に指を指す。
「げっ、もうこんな時間!?」
夢中でソンネボーイを探していたせいで気がつかなかったけど、もう夕方前で式典までそう時間はなかった。
”どうしよう”と頭を抱えている間に、ソンネボーイはまたぼーっとしながらゆっくりと歩いて行ってしまっていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんな 一人で帰ってなにすんのよ!?」
「……トレーニング」
と、トレーニング?
そんな、一大大会で勝ったばかりだと言うのに。
「ねえ、残念だと思わないの!? 」
「…………?」
「私も勝ちたかった! ヨランダ王女杯に勝って、優勝カップを手にしたかった! そう思っているウマ娘は沢山いる!」
私は途中で失権になり、泣いて退場していたフランスのウマ娘を思い出していた。優勝どころか、ゴールさえもできないウマ娘もいる。成績の掲示板に名前が載ることもなく帰るしかないトレーナーもいる。優勝式典に優勝カップ。今日あの会場にいる人バが欲しくてたまらない栄誉だ。
「あなたは、そんな人バたちのことを……!」
「……まだ。もっと、勝たなくちゃいけない。上で。もっと、上で」
「上って……」
ヨランダ王女杯は欧州をまたいで開催される競技会の中でも目玉の大会。これ以上に勝ちたい大会って……。
「ウラヌスは違う?」
「な、なにがよ」
「”世界一”」
その時、ソンネボーイの目が、一瞬、競技中のあの鋭い目に変わった気がした。
”世界一”。
フランスの実家を飛び出してから、私がずっと頭の中で唱え続けてきた言葉だ。
「まだ。まだ、勝ちたい。だから、帰って、トレーニングする」
そう言ってソンネボーイは去る。
その目つきを、その背中を、私は止めることができなかった。
「……あーもう! 何なのよ!」
ひとまずイマムラには報告しなければいけないから、私は急いであの喧噪の会場に走って戻った。まったく、レースウマ娘じゃないのに。
「イマムラー! ソンネボーイ、帰っちゃったわよー!!」
「えぇ!? それは困るぞ。このままではヨランダ王女に顔向けできない」
ヨランダ王女杯は、その名の通りイタリア王の娘であるヨランダ王女が直々にご覧になられる大会。自身も名バ術トレーナーであるヨランダ王女は、バ術の世界では知らない人はいない有名人。優勝者には、そんなヨランダ王女直々に優勝カップと優勝リボンが贈られる。
「しかも、これは日本人初の栄誉ですからねえ。本国の新聞にも写真が載りますよこれは」
トレーナーの言う通り、日本人トレーナーが欧州の競技会で一位になったという話は聞いたことがなく、恐らく史上初めてのことだ。日本軍人として粗相をするわけにもいかないだろう。
「うむ、よし、ちょっとウマ娘を”借りよう”」
「……え?」
「ウラヌス君は……うーん、栗毛は栗毛でも栃栗毛だし、体も大きいからバレるな」
あたりまえでしょう。私は身長181cmでソンネボーイはたぶん168cmくらい。ぜんぜん体の大きさが違う。
いや、というかそんなことして良いの!?
「お、あそこのオーストリーのウマ娘がソンネと同じくらいの背丈だ!」
「でもあの子、鹿毛じゃない?」
ウマ娘にはある程度決まった毛色というのが存在する。鹿毛は茶色の栗毛に少し黒みがかった色が入る。分かる人が見れば分かる違いだ。
「まあ、遠目からだと分からんさ」
イマムラはソンネボーイに似ている……のか微妙なウマ娘に向かって駆けて行った。うん。あまり似ていない。さっき会ったけど、あんなに愛嬌のある顔はしていなかった。
「やあ。彼女と一緒に式典に出てもいいだろうか。私の愛バが帰ってしまってね」
聞かれたオーストリアの女性トレーナーはサムズアップして気軽に”良いよ!”と答えていた。いや、よかあないでしょ。
「あ、あの! それならお願いがあるのですが!」
元気いっぱいなオーストリアのウマ娘がイマムラの隣をきらきらとした顔で歩きながら言った。
「私、ソンネボーイさんに憧れているんです! なので、今度は私にソンネボーイさんを貸してください!」
「うーむ、アマゾーヌ(お転婆娘)に愛バを貸すのは一寸迷うが……後でソンネに頼んでみるよ」
結局、イマムラはオーストリアのウマ娘と一緒にヨランダ王女と表彰台に上がった。イマムラは大きなヨランダカップを受け取り、ウマ娘のほうは優勝記念のブルーリボンが贈られていた。
その後は私とトレーナーも一緒に取材攻勢を受けてしまった。地元の記者たちがこぞって質問をぶつけてくる。なにしろ日本が地球上のどこにあるのかさえ知らない者も多く、日本人のトレーナーと欧州のウマ娘がタッグを組んでいるのが不思議でしょうがないようだった。
でも結局、私とトレーナーは入賞したとはいえその後の人バに負けて順位を落としていた。
私はただただあの表彰台に上がれなかった心残り……いやそれよりも、勝ったにも関わらず表彰台に上がらなかったソンネボーイのことがずっと頭から離れなかった。
”世界一”
あの言葉と共に。
※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第二話はこちら
(第二話読後の閲覧がおすすめです)
#2「西とウラヌスの出会い、ヨーロッパ転戦」
→https://note.com/hal_sorami/n/n45cc64407b2c