ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」 作:空見ハル
入賞とはいえ、ソンネボーイに屈辱とも言える敗北を喫してしまってからすぐ、宿泊先のホテル「スイス」のラウンジでトレーナーは叫んだ。
「よし! これから”ヨーロッパ転戦”だ!」
国際競技会はイタリアだけにとどまらない。むしろイタリアは始まりにすぎず、バ術大国であるドイツ、フランス、イギリスはもちろん、欧州各国で次々と開催され、最終的には北欧で終わる。
後日、私はトレーナーが運転する高級車に飛び乗り、後ろの空きスペースに着替えとか必要なものを載せて出発した。昔ちらっと映画で見たアメリカのロードムービーみたいだった。
最初に入ったのはイタリアの隣国、スイスだった。
結果を言うと、私とトレーナーはイタリア以上の活躍ができた。
スイスのリュツェルンで開かれた市章典ではフランスのビザールという大物騎兵がいたけど、それを破って4位。過去最高の順位を叩きだした。しかも一度も障害を落とさないサン・フォート(無過失)だった。
市章典では無過失の人バには名誉を称えて国旗を掲げる。アルプスの大自然に囲まれたリュツェルンの湖畔には、私とトレーナーの日本国旗が翻った。
その次はドイツ。
ドイツは、イタリアやスイスとは違いその活気は凄まじかった。人の海、車の海。トレーナーと乗っていた車を捨てて競技場まで歩いていったこともあった。一方で言葉には困った。私もトレーナーも英語とフランス語とイタリア語はできるけど、ドイツ語はできない。ドイツは全部の書類も通知状もドイツ語一点張りでトレーナーも途方に暮れていた。
しかし、競技はスイスと同じで好調だった。
日程の関係で最初の2日と最終日にしか参加しなかったけど、最終日のアーヘン市章典では一個の過失で完走。また入賞した。
その後もフランス、ハンガリー、オランダ、ベルギー、そしてスウェーデンとまわり、どの国でも一度は入賞した。
この間、僅か5カ月。壮絶な旅だった。
まだトレーナーと契約して1年もたっていないとは思えないほどの成績。普通なら自分でも信じられないと言って舞い上がっても良いほどの結果だ。
でも、私は素直に喜べなかった。
行く先々には、ソンネボーイとイマムラがいた。
イマムラとソンネボーイは、私とトレーナーと一緒の競技によく参加した。
でもスイスのリュツェルンの競技会では等外賞、ドイツのアーヘン市章典では私たちと同じ入賞。成績的にはイタリアの時ほどの勢いはなかったように思う。
でも、それがむしろ不気味とさえ思えた。
ソンネボーイは賞に至らなくても、悔しそうに表情をゆがめることもせず、ただ淡々と競技をこなしていた。ローマの時と同じ、涙を流して悔しがり競技場を後にするウマ娘たちを横目に、彼女は落ち着き払ってイマムラの横でじっとしていた。
まるで、”まだ勝たなければいけない時ではない”とでも言いたいかのように。
結局、私は大きな競技会で優勝することは一度もなかった。
ソンネボーイはあのヨランダ王女杯で日本選手初の優勝、私は欧州各地の競技会で複数入賞。どちらが良いというわけではないし、どちらも良い結果だったのは確か。
でもどうしても、私の目の前を鋭い目つきで跳んで行ったソンネボーイの姿が頭から離れない。
「はぁ……」
宝石箱をひっくり返したかのようにきらきらと輝くドレスや宝石の真ん中で、私は大きなため息を吐いた。
欧州を転々とし、最後の競技会を終えた夜。
ベルギーで開かれた夜会であちこちで尻尾をはやした立派な服を着た紳士淑女たちがお酒を飲みながら談笑していた。
本格的な競技会に出始めて実感したことだけど、バ術というものにはパーティーがつきものだ。上流階級の伝統的競技というのもあり、ウマ娘はとにかく欧州のトレーナーたちは次の日が大事な競技会だとしても平気で深夜の2時くらいまで踊り飲み明かす。
テーブルに並べられた高級食材を使った料理、ビンテージもののワイン、華やかなドレス、そしてオシャレなジョークとダンス。イメージ通りの上流階級のパーティーでだ。
私も高そうな赤いドレスをトレーナーに買ってもらった。これからパリのランウェイでも歩くかのような脚を強調するドレス。”パーティーに出るなら良いドレスを着ろ”と言ってもらった。
私はこういう格好は似合わないと言ったけど、”ウラヌスは背が高いから絶対に似合う”と押しつけられた。そもそもウマ娘はパーティーに出る必要はあまりないのだけれど、トレーナーに引っ張られていつも参加している。
とは言っても、そんなパーティーを100%楽しむだけの余裕はあまりないのだけれど。
「はぁ」
「どうした、そんな溜息を吐いて」
欧州の大領主に負けないくらいに仕立てたばかりの燕尾服を着こなしたトレーナーが、ワイングラス片手に私の肩を叩いた。
「いや、結局、最後まで大競技会で一位になることはなかったなって」
「贅沢な奴だな。オレとデビューしたばかりでかなりの成績を残したのに」
「そうだけど……」
「……なるほど、ソンネボーイか。トリノの件がよっぽど効いたか?」
「だって、もう少しで一位になれそうだったのに。それに……」
”ウラヌスは違う?”
”世界一”
私が目指している、”世界一”という夢。全く同じ夢を持つソンネボーイ。
そしてソンネボーイは私のことなど……いや他の全てのウマ娘やトレーナーにも見向きもしないといった様子だった。
「気にするな……と言いたいところだが、これがバ術だよな。昨日まで追われていると思ったら、いつの間にか自分がいる先に誰かがいてそいつを追いかけることになる。それの繰り返しだよ」
イタリア軍の寮から出る時にナセロに勝って、大会で入賞して、自分は追われる立場で自分の先には”世界一”という漠然としたゴールしかないと無意識に思っていたのかもしれない。
……そう考えると、他のウマ娘やトレーナーに見向きもしていなかったのは私なのかもしれない。
「トレーナー、ナセロと勝負していた時に言っていたわよね。誰かに追われる恐怖を払うには”お前など、敵ではない”と笑えって。じゃあ逆に、誰かを、いや何かを”追わなければいけない時”の恐怖は、どうやって払えば良いの?」
あの時越えた、190cmの大障害よりも高く見える大きな”障害”。相手を超えられないかもしれないという恐怖、トラウマと言っても良い敗北。それらを乗り越えるには、どうしたら良いんだろう。
「強い相手への恐怖とは、即ち障害。同じ障害なら、いつも跳び越える時と同じさ。ウラヌスはどうやって障害を跳び越える?」
「え、それは、走って……」
「いいや、その前からだ。競技が始まる前。前日にオレが競技場に行ってコースを見る。そしてそれをメモして持ち帰って、コースの要点を見極める。一つ一つの障害を”知る”んだ」
「障害を、知る?」
「ああ。強い相手の恐怖というのは、大抵はそいつを知らないからだ。恐怖とは未知から生まれる。どんな障害も、跳び方さえわかれば怖くもなんともない」
知れば、怖くない……。
たしかに私は何も知らない。ソンネボーイのことを。彼女がどんなウマ娘で、なぜあんなに強くて、なぜ”世界一”を目指しているのか。なぜ私と同じ日本軍のウマ娘なのかさえ。
いや、それだけじゃない。思えば何も知らないことだらけじゃないか。
「ふむ、よし、じゃあ行こうか」
「え? どこに?」
「ウラヌスが知らなければいけない、ソンネボーイとは別の、もう一つの”障害”さ」
そう言ってトレーナーはさっきまで話していた紳士淑女たちに挨拶をしてから、私を外に連れ出した。
「正直、パーティーはもう疲れた」
私たちが競技会に出始めてから、毎日のように夜中のパーティーに参加してたくさんの社交界の人たちと交流した。そして次の日には大会に出たりする。もともと貴族で慣れているらしいトレーナーでも、流石に疲れたらしい。言うまでもなく、私ももうこりごりだ。
トレーナーは私を連れていつものクライスラーを飛ばし、すぐにアントワープの港から船に飛び乗った。突然の乗船に船の人も焦って止めていたけど、トレーナーが何やら札束を渡してどうにかしていた。
まさかずっと過ごしてきたヨーロッパとの一時の別れになるとは、この時は思わなかった。
※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第二話はこちら
(第二話読後の閲覧がおすすめです)
#2「西とウラヌスの出会い、ヨーロッパ転戦」
→https://note.com/hal_sorami/n/n45cc64407b2c