ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」   作:空見ハル

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#3-5

「ありがとうございました! また来てくださいね!」

 

 ウマ娘の店員さんを背に、私は『らんたん亭』を後にした。

 

『”話せばわかる”』

『西君と、よく話し合ってみなさい。』

 

 髭のおじいさんにもそう言われた。最初は怖いと思っていたけど、あの時のおじいさんは、安心できるような、とても優しい顔をしていた。

 ちなみに、別れ際。

 

『その、大変失礼いたしました。お忙しい中』

『いやいや、良いよ。たまには孫以外の若い娘の話も聞いてやらんとな』

 

 そう笑ってくれたから、私が『ありがとう、髭のおじいさん』と言った。するとイマムラは『また君は……』と、私の頭を無理やり下げさせて『ほんっとうに、失礼いたしました』と苦笑いしていた。おじいさんはまた『よいよい』と笑っていたけど、本当に何者だったのだろうか。

 

 そうだ、話す。話さなければ。トレーナーと。

 ……でも、何を?

 逃げ出しちゃってごめんなさい。それで?

 ああ、わからない。自分のトレーナーのはずなのに。いや、私からすれば、トレーナーだからこそ、何を話せばいいのかわからないんだ。

 競技ウマ娘としてのピネロロへの郷愁は、さっきコーヒーとパンと一緒に全部流し込んだ。

 でも、それでも、私はトレーナーになんて言えばいいんだろう。

 騎兵学校から逃げ出した、オリンピックウマ娘にもなれなかった私なんかを探し回ってくれている、トレーナーに。

 はぁ。

 

 迎えに来てくれたイマムラと一緒に、街を歩く。トレーナーが来てくれたのかと思ったけど、すぐに会っても声が出てこなさそうだし、ちょうどよかったかもしれない。

 しばらく歩いた後、列車に乗って、またすぐに下りた。すぐに習志野に戻るのかと思ったけど、「少し歩こう」とのことだった。

 歩いている間は無言だった。ずっと、悪い考えばかりが頭を埋めていた。

 

「ウラヌス君」

「なに?」

「ウラヌス君は今、”自分なんか”って思っていないかな」

 

 図星だ。エスパーかと思うほどに。

 

「はは、やっぱりね。騎兵学校から飛び出していくくらいだ。ずいぶん思いつめているんじゃないかと思ってね」

「でも、そうでしょう。だって、高いお金で私をスカウトしてくれたのに、それなのに、トレーニングで成果を出せないどころか騎兵学校から逃げ出すなんて。トレーナーもがっかりしてる」

「本当にそう思っているのかい?」

「だって」

「さっきあの人に、ピネロロのことは忘れると言ったばかりじゃないか」

「それと関係ある?」

「あるさ。君はまだ、ピネロロの頃のままだよ。”一人きり”で考えてばかりのウラヌス君のままだ」

「う……」

 

 そうかも。そうかもだけど。

 

「騎兵学校から逃げ出したのはとにかく、気にしなくていい。トレーニングも、これからいくらでも改善していける。お金のことは、西君のことなんだから気にしなくていい」

「お金のことなら、トレーナーだけじゃないでしょう。だって、騎兵学校が……!」

「騎兵学校?」

「そうよ。せっかく騎兵学校がお金を出してスカウトしてくれたのに」

 

 ああ、そうだ。

 競技をするバ術ウマ娘は、もちろんタダで活動しているわけではない。トレーニングするにも日々生活するにもお金がかかる。その出費は、通常のウマ娘の兵士よりも膨大になる。

 必ず、スポンサーがつく。騎兵学校が直接スポンサーになるケースが多い。

 

「ああ、言ってなかったかな」

「……え?」

「ウラヌス君のスポンサーは、西君だよ」

「は?」

「たぶん、ウラヌス君以外は皆知っていると思う」

 

 え、トレーナーが、スポンサー?

 いや、そんなことがあるのだろうか。だって、個人がスポンサーなんて、とんでもない出費になる。給料何か月分とかのレベルじゃない。競技ウマ娘となると、いったい給料何年分の出費になるか。

 

「それが、できちゃうんだよ。西君はほら、すっごいお金持ちだからね」

 

 たしかにそれは本人もずっと言っていたし、思えば欧州でも遊び惚けるほど余裕があったけど、まさか私のスカウトのお金まで。

 でもいくらお金持ちとはいえ、とても気楽に払える額ではないはず。もうセンパイという担当ウマ娘もいたはずなのに。

 

「実を言うと、ウラヌス君を最初に見つけたのは私なんだ」

「え、そうなの?」

「ああ、実は、私もソンネと一緒にピネロロに留学していたからね。毎朝、グラウンドを走る君のことを見ていた。それで西君に手紙を送ったんだよ。そしたら、すぐに行くと返信が返ってきた。アイリッシュ君のトレーニングも他に任せてね」

「それで、トレーナーは欧州に来たの? 私に、会いに?」

「そう。それで西君はイタリアに来たら、君を遠目でしばらく見ていた」

 

 見られていたのか、あの出会いの前から。

 

「それで、私にこう言ったんだよ。『今村さん、私は、絶対に彼女と次のローマ大会に出て入賞しますよ。そして——』」

 

 ロサンゼルスに行くんだ、と。

 

「西君のその想いは、今も変わっていないと思うよ」

 

 私とイマムラはいつの間にか、イマムラと歩いていると東京のある場所に辿り着いていた。

 

「ほら、あとは本人と話しなさい」

 

 近くの看板を見ると、『東京 笄町』と書かれている。気品溢れる街並みが広がっていて、路面電車が走っている。そんな中でもひときわ大きいお屋敷の門の前に、私はいた。

 家の表札には『西 竹一』と書かれている。

 

「ここ、トレーナーの家」

「西君は、玄関入ってすぐにいると思うから」

 

 そうか。トレーナー、東京まで来てくれていたんだ。私を待っていてくれたんだ。

 本当に、見捨てないでいてくれたんだ。

 まだ、トレーナーと何を話せば良いのかわからない。完全に、心が晴れたわけではない。もやもやは残っている。

 でも、今は、すぐにトレーナーに会って謝らなければと思った。

 

 私は空けられた門をくぐる。イマムラは、なぜかにこりとして私の後に続く。

 家の扉を開ける。重々しい扉を、ゆっくりと。

 

「と、トレーナー! ごめんなさ——」

 

 すぐに叫ぼうとした。扉の向こうにいるトレーナーに。

 だけど……。

 

 バァン!

「「「「「「ウラヌス(さん)、ようこそ、日本へ!!!」」」」」」

 

 それは、男女入り混じった複数人の大声でかき消された。

 

「……は?」

 

 しかも、空砲みたいな爆音付きだ。

 

「わぁびっくりした!なんだいそれ!」

「これか?これはパーティークラッカーと言ってだな」

「流石西さん、流行りものですね」

「すごいびっくりした……あ、トレーナー、待ってた」

 

 トレーナーにセンパイ、タケダやソンネボーイまで。皆やけに楽しそうだ。イマムラもすぐそれに加わる。

 

「こ、これは」

「いやな、思えばウラヌスが日本に来た歓迎パーティーをしてないことに気がついたんだ」

「それを言うなら、ボクもだけど」

 

 「一応ね」というように、遠慮がちにソンネボーイが手を挙げる。そんな彼女の頭を、おかしそうにイマムラが撫でた。

 

「ああ、だからソンネボーイの分も。今村さんと共催だよ。ああ、ウラヌス、そうそう、それで……」

「じゃなくて! その、怒ってないの、トレーナー」

「ん? ああ、騎兵学校から出たのは確かに少し問題だが……でも、俺が悪いしなあ」

「そんな! トレーナーが悪いことなんか——」

「いや、パーティーのこと言い忘れていたのは悪いだろう」

「……は?」

「え、このパーティーのことを言わなかったのを怒って出ていったんじゃないのか?」

 

 いや、違う違う違う違う。

 そんなことで出ていくか。子供じゃないんだから!

 

「いや、でもお前も悪いぞ。トレーニングの後、オレが言おうとしたらすぐにどっか行っちゃうし——」

「違う! そんな理由じゃないし、トレーナーは悪くない!」

「え、そうなのか」

「そうだよ! 全部、私が悪いの! 私がロサンゼルスに行けなくて……オリンピックに出られないからって勝手にいじけて、飛び出して! 全部自分が悪いのに。トレーニングで結果が出せないのも、日本になじめずにいるのも……!」

 

 トレーナーはぽかんとしている。イマムラは、なんとなく「そうだと思った」というように頷いていた。

 だけど、トレーナーはすぐに笑った。

 

「なんだ、そんなことか。それなら、なおさらウラヌスが気に病む必要はない」

「なんで! だって、私は……」

「ウマ娘のコンディション管理はトレーナーの仕事だ。ウマ娘の力を引き出すのがトレーナー。人バ一体。それがバ術だろう。それにな」

「な、なによ」

「オレは全然、ウラヌスとロサンゼルスに行く気だぞ」

「え、は? でも!」

 

『まあただ、ウラヌスは……』

『オリンピックには出せないな』

 

 トレーナーは、センパイに間違いなくそう話していた。

 

「あー、あれ」

 

 すると、センパイは「なるほど」といった様子で声を出した。

 

「トレーナーさんはね、ウラヌスをオリンピックに出せないだなんて思っていないよ」

 

 センパイは語る。

 私が飛び出していったすぐ後。

 

『トレーナーさん。ウラヌスだけど。オリンピックに出せないって?』

『ああ、”今のままでは”な』

『今のままでは?』

『ああ。日本に来たばかりで慣れていないことも多いのだろう。ライバルも急に増えた。そのプレッシャーが、飛越に出ている。……まあでも、すぐにそんな不安も吹き飛ばすだろう。オレもそうなるように努力する。それに、ウラヌスなら必ず乗り越えられる。絶対にだ』

『へー、ずいぶんと信じているんだね。ウラヌスのこと』

『ああ。あいつの強さは、欧州でしっかり見てきた。そう簡単に負けない、強いウマ娘だ。いいかアイリッシュ。油断していると、すぐに追い抜かれるぞ。なんたってあいつは——』

 

「オレと伝説を作るかもしれないウマ娘だから、と」

「伝説……」

 

 伝説。

 欧州からの帰り、ロサンゼルスに寄った時、誓った約束。

 

『オレと目指してくれないか。1932年、ロサンゼルスオリンピックの金メダルを』

 

 オリンピックの金メダル。

 そうだ。約束したじゃないか。

 この男は、そう簡単に約束を破る人じゃない。それは、ローマの競技会で入賞した時に分かっていたことじゃないか。

 

「……!」

 

 私はなんだかたまらなくなって、思いっきり駈け出した。

 

「おお、ウラヌス」

 

 トレーナーを突き飛ばして。

 

「ぎゃあ!!」

 

 センパイに抱き着いた。

 

「おお、よしよし。大きい甘えんぼさんだ」

 

 私は身をかがめ、センパイの胸に顔をうずめたまま、思いっきり叫んだ。

 

「紛らわしいこと言うな! このバカトレーナー!」

「いたた……あ、ああ、よくわからないが、すまない」

「……あと」

 

 もう、止まらなかった。

 さっきまで何を言ったらいいのか、どうやってトレーナーと話したらいいのか、悩んでいたことも忘れてしまった。

 

「寮のベッド、小さすぎて全然眠れない」

「え。ああ、すまん。そうだよな。何とかしてみようか」

「あと、ご飯も、たまには洋食が良い」

「そうか、それなら、休日は皆でこっちに来て何か食べるようにしよう」

「あと、座学も言葉もさっぱりだから、日本語を教えてほしい」

「ああ、全然良いぞ。すぐにわかるようになるさ」

「あと、朝練したい」

「それは……調整してみよう。トレーニングは大丈夫か?」

「トレーニングは……もうなんだか慣れた。その代わり、私もトレーナーのこと蹴るかもしれないけど良い?」

「え゛」

「良いよー、全然」

「おい、アイリッシュ。……まあ、こっちもいじめるつもりはないし、そのほうが張り合いがあるか。というかウラヌス、お前欧州の時にさんざんオレのこと蹴っただろう」

 

 ああ、センパイによしよしされて、不満ばっかりぶちまけて、なんだか、子どもみたいじゃないか。

 皆にも見られているし、恥ずかしい。

 でも、なんだか安心してきた。

 

「寮の方は私も掛け合ってみましょう。ウマ娘の待遇改善なら、騎兵学校も文句はないはずです」

「日本語、ボクも一緒に覚える」

 

 私の文句に、デンカやソンネボーイも答えてくれる。

 そうだ、今はトレーナーだけじゃない。仲間もいる。一緒にオリンピックを目指す仲間がいるんだ。

 そうか。

 話せばわかる、か。

 

「トレーナー」

「うん?」

「これからも、よろしく」

「ああ、もちろんだ。ウラヌス」

 

 その晩のパーティーは、私のそれまでのもやもやも全部忘れて、皆と笑顔で過ごした。




※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第三話はこちら
(第三話読後の閲覧がおすすめです)

#3「ロス五輪前夜~名だたるライバルたち~」
https://note.com/hal_sorami/n/nafff6c634494
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