ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」   作:空見ハル

2 / 28
1930年、イタリアのピネロロ騎兵学校で、障害飛越ウマ娘のウラヌスは今日も一人でトレーニングに向かう。


第一話「最強のふたり」
#1-1


『私はたとえ一人でも勝つ』

——ウラヌス

   1929年 リスボン国際競技会での入賞後インタビューにて

 

 

 

 

 

 

『彼女は優秀ですが、いかんせん不安定なものでしてね……』

 

『ねえ聞いた? あの子、海外に飛ばされるんじゃないかって……』

 

『あのウマ娘を扱いきれるトレーナーは、うちの軍にはいませんよ』

 

 …………。

 

 1930年7月 イタリア・ピエモンテ州 ピネロロ騎兵学校

 イタリア陸軍第三バ術寮

 

 早朝4時。まだ他に誰も起きていない朝。

 

 かつての記憶から呼び起される悪夢の囁きで、私……”ウラヌス”は不快さいっぱいに目を覚ました。ただでさえ181cmという高身長のせいで支給されたベッドは窮屈で不快なのに。不満を漏らしたくもなったが、部屋の中は自分一人のために漏らす相手もおらず、ただ溜息が部屋に響くだけだった。

 

 いくつもの不快な思いを払うためにも、私はすぐに起きて白くてだぼっとした寝巻を脱ぎ捨て、いつもの青っぽい軍服に着替える。

 鏡の前に立ち、栃栗毛の髪をブラシして星型の白い模様が乱れていないかチェックする。少しの髪のハネは気にせずある程度髪がまとまれば、すぐに支給された半長靴を履いてきつめに靴ひもを結ぶ。最低限の身なりを鏡でチェックした後、すぐに外に出た。

 

 小さな町にある古びたアパートと大して変わらない寮の裏には、フットボールが2ゲーム同時にできそうなくらいには広い芝の広場がある。目が覚めたらここで走り込みをして頭の中をすっきりとさせるのが、私の日課だった。

 

 だけど、どれだけ走っても、頭の中から声が消えることはない。

 

 寮の近くにはハードル障害がバラされて置かれている。私はそれを視界に入れないようにしながら、足を速めた。

 

 

 私は、一番になることを望んでいた。

 

 

 誰かのやり方じゃない。誰かの言いなりになるだけじゃない、本当の意味で強い、”一番”のウマ娘に。

 

『絶対に、お母さんとお父さんがあっと驚くような、”世界一”のウマ娘になってやるんだからっ!』

 

 私がそう叫んでフランスの片田舎から飛び出したのはどれくらい前だっただろうか。

 

 走ることに生きがいを見出すのがウマ娘の運命だという。しかし私は、走るだけでは物足りないと思った。たくさんのウマ娘が目指すような、走る世界ではない。もっと別の場所で輝きたいと。

 

 ”障害飛越”を知ったのは、新聞に載っていた記事だった。

 

 バ術の障害飛越。トレーナー・ウマ娘がコンビとなり、コース上に置かれた障害を跳び越えながらゴールを目指す競技。

 

 走るだけではない。時には自分よりもはるかに大きな障害を跳び越える。普通のレースでは感じられない、圧倒的な飛越。跳躍。それは力強くも、美しいものだった。すぐに思った。ここが自分が輝ける場所だと。

 

 両親は反対だった。バ術が危険な競技であることはもちろんだったけど、両親は私に実家の農家を継ぐことを期待していた。

 

 だから、話しても無駄だと思った私は家を飛び出した。フランスの片田舎と世界の間に横たわる壁を跳びたいと願い、それを実行した。

 実家の110cmほどの柵を跳び越えたのが、思えば私の初めての飛越だった。

 

 そして気づけば、私は障害飛越絶頂期と噂されているイタリアにいて、陸軍に拾われていた。レースとは違い、バ術というのはほとんどが陸軍所属のウマ娘だということが決まっていた。私は最初それすらも知らなかったが、イタリア陸軍の凄腕だというバ術トレーナーの男に声をかけられると、すぐに陸軍に入隊する道を選んだ。

 軍人としての訓練は体力トレーニングとか基礎中の基礎のみ受け、あとはバ術ウマ娘たちが住む寮の一つに送られた。そこから、その夢を叶えるために走り始めた。

 

 正式なトレーナー契約が決まる審査会でそこそこいい成績を残し、何人ものウマ娘をかかえている凄腕の男が私のトレーナーになってくれた。私はその中でも負けないように、誰よりも早く起きて自主練して、誰よりも競技会に出て活躍しようとした。

 

 

『ウラヌス跳んだ! 190cmの大障害を跳び越えたぁ!』

 

 

 国内の競技会を経て、ポルトガル・リスボンで初めて国際競技会にも出場した。障害の高さを増やしていき、自分の限界までを跳び越える六段障害競技で悪くない成績を残した。

 

 これならいつか、世界一のバ術ウマ娘に近づける。

 

 だけど、そう浮かれていたのもつかの間だった。

 

 

『待て、ウラヌス、ペースが速すぎる! 止まれっ!』

 

『!!』

 

・・・・・・。

 

『ウラヌス、障害で転倒! 失権!!』

 

 

 別の競技会で先走り、トレーナーの言葉が耳に届かず、障害でひっかかって転倒。危うく怪我をするところだった。

 そして悪いことは更に悪いことを生んだ。

 

 

『……次の競技会のメンバーは以上だ』

『待って。私は!?』

『ウラヌスは待機。次のチャンスまでしっかり練習しているように』

 

 

 そしてつい最近、トレーナーから言い渡されたのは、残酷なものだった。

 

 

『ウラヌス。君の飛越はほかのウマ娘とは違う。危ういものがある。私は、君を世界に出してやることはできない』

 

 

 自分は世界に出られない。ほかのウマ娘とは悪い意味で違うから。

 トレーナーは私がほかより劣るとは決して言わなかったが、それでも、自分を見てくれなくなったトレーナーの接し方は、ほとんど期待をしていないというのと同じように思った。

 

 それからだろうか。いや、元からだったか。

 

 私は一人になった。

 

 自分の”世界一になりたい”という夢を応援してくれる人は、誰もいない。

 自分を理解してくれる人なんて誰もいない。

 

 そう思った私は、一人でも、孤独でも、誰よりも速く、高く跳ぶと決めた。

 

 もう誰の言いなりにもならない。あいつらを見返してやるんだ。そう決めて。

 

 それからはトレーナーにも会わず、一人で黙々とトレーニングを続けている。

 

「ねえ、聞いた? あのウラヌスって子、競技会に呼ばれなかったんだって」

「あんなに良い記録も出してたのに? かわいそうだねー」

「あんなに頑固で気難しい性格だからしょうがないよ。きっとトレーナーも……」

「うんうん、もうダメだね」

 

 噂は同じ陸軍のウマ娘にも広まり、陰口を言われるようにもなった。

 どうせ私よりも上手く跳べないくせに。度胸もなにもないくせに。

 

「ひっ」

 

 そんな陰口を言うウマ娘も、睨むだけで逃げていった。私は昔から181cmの高身長と体格の良さが自慢なのだ。

 あんなの雑音だ。気にするな。私は間違いなく、一人でも、”世界”に近づいている。そう心の中で笑った。

 

 ……でも、そう思っても、陰で囁かれる言葉は、無意識のうちに私を蝕んでいる病のようなものだった。

 無理なのかもしれない。”世界一”のバ術ウマ娘なんて……。そんなふうに思ってしまう弱い自分が見え隠れするようになっていた。

 

 でも、もう後戻りはできない。

 一人で、自分だけを信じて、走って跳び続けるしかない。

 

 そんな思いで、今日も練習場で走っている。

 

 朝6時くらいになって寮のほかのウマ娘たちが起きだし、それから8時くらいになると皆がそれぞれのトレーナーのもとにトレーニングを受けに行った。そうして寮に誰もいなくなったタイミングで、私は遅めの朝食を食べに行く。

 一人で戦うためにも誰にも会いたくなかった。そんなこんなでいつの間にか軍人とは思えないスケジュールが日課になっていた。

 

「あれ、また……」

 

 寮の食堂のテーブルには、身に覚えがない自分の分の朝食が置かれていた。集団で食べるわけではない私は、自分の朝食はいつも自分で用意していた。

 こういうことが最近たまにある。

 そしてその犯人は、寮の小さな食堂の端からひょこっと顔を出している。

 

「あ、あの、う、ウラヌス。朝食、置いておいたから……」

 

 白っぽい髪の毛。芦毛のウマ娘だ。背は小さく、ふわりとした長い髪が特徴的。彼女は、この第三バ術寮の寮長だ。

 寮長と言っても彼女が進んでなったわけではないらしい。第三バ術寮の寮長は配属されたときに自動的に決められることになっており、彼女はたまたまそのシステムで選ばれただけだった。

 実際、彼女はバ術で大きな実績を残しているわけでもなく、性格的にも寮長が似合うわけでもない。いつもリスのように狭いところに隠れて顔を出している。

 

「……あんたはトレーニングに行かなくてもいいの? ”ナセロ”」

「あ、あはは……私は後でいいよ。それに……まだトレーナーもついていないから」

「そう」

 

 愛想笑いをする芦毛の寮長……ナセロに私はとりあえず声を返して、さっさと朝食を食べてしまう。食べている間もずっと見られていたために居心地が悪かった。

 

「なにか用?」

「あっ……! いえ、あの、ごめんなさい!」

「別に謝らなくても。あんたも、トレーナーがいなくてもトレーニングくらいしなさいよ。そうしないと、何も始まらないわよ」

「う、うん……ごめんね」

 

 そう言うと慌てて引っ込む彼女。私には彼女が何がしたいのかまったくわからなかった。

 

 ナセロにはトレーナーがついていない。それは彼女の性格からくるものだった。いつも一歩引いて遠慮がち。寮長も本当は向いていないのに引き受けてしまったばかりに苦労することが多いようで、それが更に悪く作用していた。。

 ナセロが上官に頼まれて断り切れずに水や備品を寮に運んでいるのをよく見たことがあった。寮長なのだから誰かに頼んで作業を割り振れば良いのだが、彼女の性格上そういうわけにもいかないらしかった。

 

『寮長、また荷物運びしてるよ』

『あれじゃあバ術ウマ娘かもわからないね。まるで”駄バ”』

 

 そうバカにされているところもよく見かける。

 ”駄バ”とは、たくさんの荷物を運ぶためのウマ娘。バ術ウマ娘として来た彼女にとっては屈辱ともいえる言葉だったに違いない。

 だけど彼女はいつもそれに愛想笑いで返し、寮の隅っこで雑用をこなしていた。

 

 私はそんな彼女を嫌いではないけれど、どうにも好きにはなれなかった。バ術ウマ娘の寮にいるのに競技会に積極的に参加せず、いつも愛想笑いを浮かべてなよなよとしている。ここは勝負の世界なのに、そんなのでどうするつもりなんだろうと思っていた。

 

「あ、あの」

「……なに?」

 

 ナセロは一度引っ込んだ後、再び食堂に戻ってきた。

 

「あの、ウラヌス、お客さん……だよ」

「え、客? こんな朝から?」

 

 フランスから一人で来て、イタリアにも友人はいない私には客が来たことなど一度もなかった。

 なんとなく嫌な予感がしつつも玄関に向かい、がちゃりとドアを開けた。

 

 するとそこには、髪を七三分けにした、やけに洒落た恰好をした東洋人の男が立っていた。

 上着の襟を普通よりも高くし、首が持ち上げられるような格好になっている。ズボンは両股がふくらむようにしてまるで羽を広げた蝶のようだった。男は長脚で、その恰好がフィットしているように思えた。

 

 彼は見上げてにやりと笑みを浮かべた後、右手をあげてこう言った。

 

「やあ、おはよう。Signorina(お嬢さん)」

 

 私は思わずドアを閉めた。

 




※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第一話はこちら
(第一話読後の閲覧がおすすめです)

#1「”西とウラヌス”前夜~今村とソンネボーイ~」
https://note.com/hal_sorami/n/nfdf60f3a461f
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。