ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」 作:空見ハル
皆さんこんにちは。ここは東京・神保町にある『らんたん亭』。私が看板娘をしている喫茶店です。私のお姉ちゃんがやっている喫茶店で、東京に来たのも最近です。ちなみに私の名前は『ランタン』。お店の名前と一緒です。私のことをとても大切にしてくれているお姉ちゃんが、お店に私の名前をつけてくれたんです。名実ともに看板娘というわけですね。
らんたん亭が開店したのは2年ほど前のことです。私たちは、東北の田舎から出てきました。
田舎ではひもじい思いをしている家が多くありましたが、うちは裕福なほうでした。なんていったって地元一大きな農家でしたから、大飯食らいのウマ娘である私でさえもお腹を空かせることはありませんでした。でも、いつも顔を合わせる近所の子供たちは、よくお腹を空かせていたのをよく覚えています。だから私は、そういう子たちにご飯を分けに行ったりしたものでした。
そんな風でしたが、最近だとうちの農家も徐々に売り上げが落ちていて、家を継がない私や姉のような者は少し家にいづらくなっていました。農家はもう兄が継ぐと決まっていました。私もウマ娘の力を活かして農作業の手伝いをしていたのですけど、それももっと力がある地元のウマ娘の子がやってくれていました。そこで私は、同じく田舎で仕事がなかったお姉ちゃんと共に、東京に渡ってきたわけです。身売りすることなく、喫茶店を開く資金までもらって上京できたのは、本当に恵まれていると思っています。
仕事のためというのもありますが、東京には憧れもありました。東京のモダン文化は新聞で知っていましたから、田舎を出て新しい時代の生き方をしてみたいというのもあったのです。あとは、大好きなお姉ちゃん(ちなみに、お姉ちゃんは人間です)と一緒にいられるというのもあります。
そしてもう一つ、私には憧れているものがありました。こっちは、まだ叶っていませんし、これから叶うかもわかりません。
それは、バ術競技です。
田舎から出る前くらいから、新聞には盛んにバ術競技に打ち込むトレーナーとウマ娘の記事が載っていて、私はそれを読むのが楽しみでした。
なんでも欧州に人を送って現地のウマ娘をスカウトして競技会に出ているらしく、特に今村安さんとソンネボーイさんのコンビがイタリアの競技会で優勝した時なんかは、今村さんと同じ日本人であることを誇りに思ったものです。そして、西竹一さんとウラヌスさんの記事にも惹かれていました。田舎から東京に出てこれただけでも恵まれていて贅沢なものですが、むしろそうだからこそ、海外で活躍する彼女たちに大きな憧れを抱いていたのです。
何よりも、私は今まで自分の力を使って何かを成し遂げた実感と言うものがありません。喫茶店を開くアイデアはお姉ちゃんのものですし、開業資金も家が出してくれていました。今では立派に看板娘をやれていますが、それもこれも一緒にいたお姉ちゃんのおかげです。私は、自らを鍛え、育み、競技に挑むウマ娘さんたちのようになりたいと思いました。
東京は、陸軍さんがたくさんいます。あまり詳しくはありませんが、トレーナーの西さんが所属している騎兵第一連隊も東京にあるそうです。だから、いつか陸軍のトレーナーさんやウマ娘さんと知り合って、一緒にバ術ができるようになれば……そんな夢を見ているのです。まあ、最近は喫茶店に慣れるのがやっとでトレーニングみたいなこともできず、バ術をしたいだなんて口が裂けても言えたものではありませんが。結局、これは夢のまた夢なわけです。
しかし、そんな夢を見続けていたおかげが、関連して、最近ちょっと嬉しいことがありました。
11月14日の寒い朝、いつものように厨房とお客様の間を行き来していると、普段見ないお客様がご来店されました。一人は髭のおじいさん、もう一人は、なんと演習服(体操服)を着た、とても大きなウマ娘さんだったのです。しかも西洋の方でした。なんだか見たことがあると思ったのですが、どうしても思い出せません。もしかしたら、新聞で見たウマ娘さんの誰かかもしれないとも思いました。でも、ウマ娘さんはなんだか沈んだ顔をしていました。なので、話しかけるのも悪いのかと思ったのですけど、初めて見る陸軍のウマ娘さんを前にして、思わず声をかけてしまったのです。
「あ、あー! すみません! その、少し気になっちゃって」
「その服、習志野の騎兵学校ですよね。実は私憧れているんです! バ術! だから、私、こうして東北から東京に来ていて——」
でも、ウマ娘さんは日本語が分からないらしく、答えてくれたりはしませんでした。どうやら落ち込んでいるようですし、悪いことをしたと思ったけど、その後お出ししたコーヒーとパンは気に入ってくれたらしく、食べたら少し元気になってくれていたようでした。
それから、彼女のお迎えに来た人を見てびっくりしまっした。なんと、陸軍の軍服を着たトレーナーさん……それも、今村安さんでした!
私は憧れの人の来店にびっくりして、声をかけることもできずにお見送りしました。
ウマ娘さんがお帰りになった後、あまりお客様のことを詮索するのはよくないとは思っていましたが、残ってコーヒーを飲んでいたおじいさんに聞いてみました。
「あの、あのウマ娘さんって、どなたなのでしょうか」
「ああ、あれはウラヌス君だよ」
「え、ウラヌスさん!?」
ウラヌスさん……ウラヌスさんとは、あの西さんの担当ウマ娘のウラヌスさん!?
コンビを組んだ初戦のローマ大会で入賞し、それからもスイスのルツェルンをはじめ多くの入賞成績を残して最近日本に凱旋したという、あの!?
驚きました。日本のバ術競技界隈では、今やヒーローと言っても良いウマ娘さんです。新聞で見た軍服姿ではなく奇抜な格好をしていましたから、気がつきませんでした。
わぁ、やっぱりあんなに体が大きいんだなあ。筋肉も凄かったなあ。思えば、雰囲気があったなあなどと思うと、興奮で落ち着いていられませんでした。
「しかし、ここに来て良かったよ。あの子も、久しぶりにイタリアの朝食を食べることができて、喜んでいたからね」
そう言って、おじいさんは最後のコーヒーを飲み干して、そう笑ってくれました。
そういえば、ウラヌスさんがコーヒーを飲む前、なんだか懐かしむような顔をしていた気がします。そういえば、ウラヌスさんはイタリアでスカウトされたのでした。ウラヌスさんの役に立てたのなら、これ以上の喜びはありません。
「少しでも、元気になってもらえたでしょうか」
「ん?」
「いえ、ウラヌスさん、元気がなさそうでしたから」
「ああ、それならきっと大丈夫だよ。ここのコーヒーとパン……あと、西君がいるからね」
「西さん……ウラヌスさんのトレーナーですよね」
「うむ。だから、きっと元気になって、また来てくれるさ」
そうか。トレーナーさんもいるなら、きっとそうだ。
また、か。また、来てくれるかな。そしたら、バ術のこととか、欧州のこととか、たくさん聞きたいな。
「ところで、ウマのお嬢さん」
「はい?」
「ウラヌス君と西君が分かるなら……私のことはわからないかね?」
「?」
「……そうか、ウラヌス君にも気づかれなかったが、私はそんなに人に知られていないのかのう」
おじいさんは残念そうな顔をして、お金を置いて行きました。
有名な方だったのでしょうか。私は、新聞はバ術競技の欄しか見ていなかったので、それ以外の方々のことはよくわかりません。もう少し勉強をしなさいと、お姉ちゃんに怒られてしまいそうです。
そんなこともありましたが、とにかくも、不思議な出会い、そして、素晴らしい一日でした。
あれから1週間が経ちました。毎日たくさんのお客様が訪れるらんたん亭ですが、やっぱり1週間目のウラヌスさんの来店が忘れられません。
また来てくれないかなあ。そんな風に思いながら、今日も厨房とお客様を行ったり来たりします。
そしてお昼過ぎ、コーヒーを淹れていた時のことです。
入口のドアベルが鳴りました。
「いらっしゃ——」
入口の方へ歩いて行ったら、驚きました。
「なあウラヌス、ここがそうなのか?」
「ええ。ここよ」
「良い雰囲気だねえ。気に入ったよ」
「いいな、ソンネ。今度ここで打ち合わせをしようか」
「ん。ボクも、ここ好きだよ」
ウラヌスさんに西さん。あれは……前に新聞で見たアイルランドさん。それに、今村さんにソンネボーイさん!
皆さん、陸軍の軍服を着て、ぞろぞろと来店されました。
「い……」
しばらくぽかんとしてしまいました。でも、それからすぐ、これからの日々を想像したら、自然と笑顔になりました。
「いらっしゃいませ! 『らんたん亭』へようこそ!」
これからのらんたん亭は、少しだけ、賑やかになりそうです。
※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第三話はこちら
(第三話読後の閲覧がおすすめです)
#3「ロス五輪前夜~名だたるライバルたち~」
→https://note.com/hal_sorami/n/nafff6c634494