ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」   作:空見ハル

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#4-3

 ランタンがすごい勢いで電話をしてからコーヒーを飲み終わったころ、外から”キキィ!!”という、車がドリフトしたかのような音がした。

 

「あ、来てもらえたみたいです!」

 

 また一時間も経っていない。とにかく、外に出てみる。

 やってきたウマ娘は、明るく愛嬌のある少女だった。青い陣羽織?というのだろうか。それに短袴という、少し古風な格好をしている。人力車の轅を肩に担ぎ、元気な笑顔を見せていた。

 

「話を聞いて飛んできました! 」

 

 彼女の後ろには、大きな人力車があった。いや、人力車というか、それはもっと大きく、車くらいあった。金箔をふんだんにあしらった車体、漆黒に艶めくボディには、金の紋章が燦然と浮かび、光の加減によって、まるで天上から降りてきた聖なる輿のようにも見えた。

 

「ね、ねえ、これ、人力車じゃないわ。バ車よ、バ車。それに……」

「いかにも高そうであります」

 

 ファレーズと並んで思わず一歩引いてしまう。

 これは見ただけで分かる。私たちのような者が乗ってよいものではない。きっと、この国のエンペラーが乗ってちょうどよいものだ。

 

「ああ、これですか! 私のお師匠様の知り合いの方から借りてきているものです! 元宮内省?だったと来ています。ちょっと立派ですが、気にせずどうぞ!」

「ちょっとどころじゃないけど、あなた、いつもこれを引いてるの?」

「はい! トレーニングのために、重りを載せたりもしますよ!」

 

 それは、バチとか当たらないのだろうか。

 まあ、良い、。ひとまず店の前に停まっていると営業妨害にすらなりかねないので、私とファレーズは恐る恐る乗り込む。

 屋根はないけど、車内は広々としていて、シートも座り心地が非常に良い。

 

「ありがとう、ランタン」

「いいえ! 大丈夫ですよ!」

「ねえ、せっかくだから、あなたも一緒に行かない? なんだか、席も空いてるし」

 

 あと2人は乗れそうだ。

 

「えっ!? あ、あの……い、いえ! 私はその……これから用事がありますから! 楽しんできてくださいね!」

 

 「ほんとうはすっごい行きたいですけど」と付け加えて、ランタンは悔しそうにしていた。

 用事があるならしょうがない。看板娘の仕事もまだあるだろうから。

 

「よーし、それじゃあ、行きますよー!」

 

 ランタンが微笑みながら手を振る中、轅を担ぐ車夫のウマ娘はとても軽やかに歩き出した。

 出発の掛け声が響き、車輪が石畳を転がる音が街角に鳴り響く。

 大きなバ車だけど、車夫のウマ娘は関係ないと言うように軽々と引いて走り始めた。

 

「それで、どこに行くのかしら?」

「色々見て回りましょう! 私、昔から好きな歌があるので、その通りに周って見たいと思います!」

「歌?」

「はい! 東京の歌ですよ!」

 

 そう言って、彼女は明るい声で歌いだす。

 

 東京の中枢は丸の内 日比谷公園 両議院

 

「ここが丸の内です! あちらが皇居で、あれが日比谷公園です!」

「素敵な公園ね。ピクニックに良さそう」

「そういえば、ここら辺は最近信号機がついたんですよ。都電も走ってるし、だいぶ便利になりました」

「お、あれが両議院……国会議事堂でありますな。ずいぶん新しく見えるであります」

「7年前くらいに火事で焼けちゃいましたからねー。再建してからそんなに経っていないんです」

 

 粋なかまえの帝劇に 厳めし館は警視庁

 

「わぁ、白くて立派な洋館ね」

「帝国劇場ですね! こちらも前に焼け落ちてから新しくなったので、だいぶ綺麗になったと聞いています」

「……それでは、この近くに警視庁があるのですか?」

「いえ、そちらは焼け落ちてもうありません。もうすぐ、桜田門の方に新しいのができるそうですよ」

「・・・・・・」

 

 所官省ズラリ バ場先門

 

「すごい、赤レンガの建物がずらり」

「ここは東京庁舎に商工会議所など、いろいろあります」

「ロンドンみたいでありますなあ」

「いろんなところから移転があって、ここもまた賑やかになりましたね」

 

 海上ビルディング 東京駅 ポッポとでる汽車どこへ行く

 

「海上ビルディングって、海の上にないのね」

「保険会社のビルですね。社名からきているんですよ」

「東京駅は、こっちに来るとき通るであります」

「駅の建物は比較的前から残っているところですね。といっても15年くらいですが」

「丈夫でありますな」

「丈夫なんですねえ」

 

 ラメチャンタラ ギッチョンチョンデ

 パイノパイノパイ

 パリコトパナナデ フライフライフライ

 

「パイってなんのパイ?」

「バナナをフライにするのは嫌でありますな」

「意味は私もよくわからないです!」

 

 こうして、何度も「東京節」という歌を歌いながら、浅草なんかも巡ってくれた。

 さすがは”帝都”。たくさんの人々が行き交い、まさに日本の中心なのだと周っているだけでよくわかった。

 しかし、一つ気になることがあった。

 

「どうして、焼けちゃったり、建て替わったりしている建物が多いのかしら」

 

 両議院に帝国劇場、警視庁。それだけじゃない、いくつもの建物が、建て替わったり新しくなったりしているのがわかった。

 それに、車夫のウマ娘は、少しだけ声のトーンが落として答えた。

  

「震災ですよ」

「……え?」

「大震災。もう8年前になりますが……その跡はまだたくさんありますね。地震だったんですけど、火が凄くてですね。ここら辺は全部燃えちゃったんです」

「……知らなかった」

 

 私は、なんとか言葉を絞り出す。

 今見れば綺麗な街並みだけど、それは、災害ですべて失って、再建したからこその姿だったんだ。

 

「ベネルクスを思い出すでありますな」

「ああ……」

「競技会で行った時ですが、ベルギーやオランダなどは新しい建物が多く、いまだ先の大戦の被害が見えたであります」

「皆、傷だらけですね。災害に、戦争。でも、最近はそれだけじゃない。”恐慌”があってどこも不況でしょう。東京の街も、皆ずいぶんと苦しくなっています。失業に倒産に、貧困。それもあって、表通りは綺麗なのですが、裏路地は治安があまりよろしくないんですよ。なので、気をつけたほうが良いですね」

 

 バ車が浅草を抜ける途中、いくつか見えたものがあった。

 賑やかで輝かしい喧噪の中にも、不安や影が潜んでいる。

 街の片隅で新聞を売る少年、路上で寝転ぶ老人、どこか虚ろな目の小さな子どもたち。

 

「……え?」

 

 ぼーっとそんな景色を見ていると、見慣れた少女の後ろ姿を見つけた。店の前から離れ、裏路地へと歩いていく姿。

 

「あれ、ランタンじゃない?」

「え、あれ、本当であります」

 

 エプロンを背中にたなびかせ、小さな包みを抱えながら、人気のない小道に入っていく彼女。

 

「どうしたのでありますかな」

「裏路地は危険なことも多いので、あまり近寄らない方がいいんですがね」

「……まさか」

 

 裏路地。危険。闇社会。

 そういえばランタンのお店は、お姉さんと二人でやっているらしい。

 繫盛はしているようだけど、それでもお店を二人で切り盛りしてやっていくなど大変だろう。お金もかかる。

 ふと、髭のおじいさんを思い出す。

 はっ、ヤクザ!?

 

「ちょ、ちょっと行こう、ファレーズ」

「え、行くでありますか」

「ランタンがピンチかもしれないんだよ!? だいじょうぶ、軍事教練は受けてきた。け、拳銃の撃ち方も知ってる」

「拳銃なんて普段持ち歩いていないであります。もちろん今も」

「い。いいから、行くよ! 脅せればいいんだよ、こう、手で銃つくって!」

「なんだかまぬけでありますなあ」

 

 私とファレーズは、バ車から飛び降りて、裏路地に消えたランタンを追う。

 裏路地は、街の喧噪とはまるで別世界のようだった。

 石畳の道は少し湿っていて、通りには誰の姿もない。薄暗い壁と、剥がれかけたポスター、油の匂い、そしてわずかな炊き出しの香りが、鼻をかすめる。

 

「いた……!」

 

 曲がり角の先、小さな石段の奥。そこに、白いエプロン姿のランタンを見つけた。

 

「……え、ランタン?」

 

 呼びかけようとした瞬間、彼女が何かを取り出して、段差の下に集まっていた子供たちに手渡しているのが見えた。

 小さな包み。中には焼きたてのパンや、紙にくるまれた果物が入っている。

 

「さあ、食べて。ほら」

「あ、ありがと……お姉ちゃん……!」

 

 男の子が震えた声でそう言った。裸足で、膝には泥の跡がある。女の子たちも手を合わせて、顔を輝かせていた。貧しさ。寒さ。飢え。子供たちはそれを背中に背負いながらも、ランタンの手から差し出される小さな温もりを、宝物のように抱えていた。

 

「ちょ、走るの速いであります、ウラヌス殿~」

「待って」

「? ……あ、あれは」

 

 私は、声をかけるのをやめて、ファレーズと一緒にその光景を静かに見守った。

 

 ランタンは笑顔のまま、子供たちの頭をひとりひとり撫で、最後に自分の胸元から小さな包みを取り出して、男の子の手に握らせた。

 

「これはね、お守りだよ。お腹がすいた時、これを見て。またパンをが焼けたら、持ってくるからね」

 

 言い終えた彼女は、子供たちに手を振って路地を離れた。

 ──私と目が合ったのは、そのすぐあとだった。

 

「あっ……」

「用事って、このこと?」

「ウラヌスさんに、ファレーズさん。どうしてここに?」

「ウラヌス殿が、ランタン殿が闇社会に吞み込まれたのではないかと走り出しまして……」

「ちょ、余計な事言うな!」

 

 だって、あんなに暗い路地にランタンが入っていくなんて、ただ事とは思えなかったから。

 

「でもまさか、子供たちを助けていたなんて。優しいランタンらしいかも」

「えへへ……でも、別に、特別なことはしていませんよ。ただ、あの子たちを放っておけなかっただけです」

「それでも、立派よ」

「あの子たち、いつもは陸軍さんから出ている残飯を食べているんですよ」

「え……?」

 

 振り返ると、泥や煤だらけの子供たちは、笑顔でこちらに手を振っていた。

 ランタンは、笑顔でそれに答える。

 

「私、田舎が東北で。最近の不況もあって貧しい家が多かったんです。食べ物がなくて、それでも耐えている子がたくさんいました。私は裕福な家の出で学校にも行かせてもらえたので困りませんでしたけど……だからこそ、私に何かできることがあるんじゃないかって」

「それで、パンを届けてあげているんだ」

「はい。私にできることは、これくらいのものですから……あ、でも、本当に怪しいことはしていませんよ? 本当です!」

「うん、わかってる」

 

 私はそれ以上、何も言えず、代わりにランタンの頭を撫でた。

 心の奥がじわりと熱くなった。ランタンのような人がいる。その優しさに触れて、なんだか自分が恥ずかしくなった。




※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第4話はこちら

#4「ロス五輪前夜その2~予選会、いざロサンゼルス~」
https://note.com/hal_sorami/n/n3d2f8762d243
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