ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」 作:空見ハル
アスコットと目黒競走場を訪れた後、私はすぐに騎兵学校の練兵所へと行った。
さっきまで悩み曇ったような感覚が嘘のように、頭の中が冴えわたって、今すぐに駆け出して跳びたい気分だった。
「お、来たな」
練兵所に行くと、トレーナーが待っていた。
上着を脱いだ開襟シャツ姿で、指示鞭を持っていた。
「どうやら、見つけたようだな」
「ええ」
私の相槌だけで、トレーナーは満足そうに頷いた。
何を見つけたのか。それを言葉にせずとも、彼にはもう分かっているらしかった。
「それじゃあ、行こう! まずはコース一周からだ!」
「了解っ!」
私は駆け出し、目の前に置かれた140cmの木柵障害を跳んだ。
それは、ただの助走だった。ここからはもう、止まらない。
走ることに、迷いはなかった。
それからの日々は、疾風のように過ぎ去った。
「おかえり、センパイ」
「うん。心配をかけたね、ウラヌス」
センパイも足のケガを無事治し、再び全員でオリンピックに向けて動き出した。
「ねえ、ウラヌス」
「?」
「私、絶対に負けないよ」
「ええ、もちろん。私もだけどね」
トレーナー、センパイ、ソンネボーイ、ファレーズ……たくさんのライバルたちと共に、毎日をバ場に捧げる。
障害へのアプローチ、踏み切り、空中姿勢、着地後の再加速。すべてを磨いた。
そして——その日が来た。
1932年ロサンゼルスオリンピックの予選会は、第一次と第二次の2回がある。
これは、ウマ娘の選抜だけでなく、彼女たちを導くトレーナーたちの試験でもある。
審査会中に求められるのは、ただの成績だけではない。ウマ娘との連携、指示、戦略。すべてが見られている。勝ちにいく者、それを支える者、どちらも試される。
1931年4月28日。第一次審査の日。
習志野原・御幸台、第一バ場。
午後一時。空には薄雲がたなびき、風は穏やかだったが、空気は張り詰めていた。
センパイとファレーズは黙って背筋を伸ばしていた。ヨシダ教官は、ファレーズの耳に小さく何かを囁いていた。
そして、私の隣には——トレーナー。いつものチェッコ帽を被っている。
「今日が第一歩だ。怖くても、跳べよ。迷っても、跳べ。お前には、その資格がある」
「わかってる。行くわ、トレーナー」
私は、笑った。自然に、気負わずに。
名前が呼ばれる。緊張の糸が張り詰め、場内のざわめきがすっと静まる。
そして——スタート。
コースは全12障害。
最初の125cmの横木生垣で、いきなり跳躍感覚を試される。
続いて連続する2回飛越、A字型木柵。脚に負荷をかけながら、正確なタイミングを求められる。
——心を、落とすな。
後半に待ち受けるのは、150cmの三連木柵。
遠くから見てもその巨大さに圧倒されるが、跳ぶ瞬間は、視界の中央に収めなければならない。
加えて、幅3mの水濠障害。失敗すれば、脚が濡れてスリップのリスクが上がる。精神力が問われる地点だ。
跳べ、跳べ、跳べ——
私の身体が、迷いなくコースを駆けていく。
呼吸は、整っていた。
足音は、軽かった。
そして、世界が静かだった。
跳んだ。
障害の向こうに、確かな手応えを感じた。
とにもかくにも、役者は揃っていた。
この日、第一バ場に集まったのは、日本国内でも屈指のバ術ウマ娘たち。
私たちが目指す「大障害飛越競技」の一次審査に加えて、「総合バ術」の障害飛越予選も同日開催された。
キューグン(久軍)、キンキョー(錦郷)、ウケヤマ(請山)といった騎兵学校古参の名もずらりと並ぶ。
トレーナーの中には、民間から特別招集された者もいた。彼らは実績を持ち、私たちとはまた違う方法でウマ娘を育てているらしい。
総合バ術には5人ほどが参加予定で、私のトレーナーも、総合バ術の予備選手として「フーカ(風香)」というウマ娘を連れていた。
彼女は静かだったが、障害前に見せた集中の眼差しは、まるで氷のように鋭かった。
誰が残り、誰が落ちたか——それは紙一重だった。
だが、私は確信していた。
その日の私の飛越は、今までで一番輝いていたと。
第一次審査に落ちたウマ娘は何人かいたけど、私は落ちなかった。
続く1931年10月26日、第二次審査会が開催された。
舞台は、再び騎兵学校裏の第一バ場。
前回より半年が経過し、空の色も木々の装いも変わっていた。季節は秋。落ち葉が風に舞い、土の匂いに緊張が混ざる。
だが、空模様は不安定だった。
午前中の曇天が次第に濃くなり、審査会が始まる午後に入ると、突然の雨。
それでも、審査会の進行は止まらなかった。
降雨の中で続行される審査に、場内の空気が一層張りつめる。
バ場の地面はたちまちぬかるみ、障害の踏切り地点が滑るようになった。
——それでも、誰も棄権を選ばなかった。
ここに立っている者は皆、選ばれるためにすべてを捧げてきた。
多少の雨で跳べなくなるようでは、ロサンゼルスの太陽にも敵わない。
障害の配置は、前回よりも厳格かつ多様に調整されていた。
オリンピック本戦の基準に近づけられ、構成は実戦さながらの16障害コース。
信地での連続2回飛越を求められるバンケットや、4連の竹柵障害などが増え、難所になっていた。
参加するのは、トレーナーとともに、オリンピックに向けた“答え”をぶつけに来た者たちだ。
私とトレーナー。そしてセンパイ。
ソンネボーイとイマムラ。そして、新たにイマムラが伴うもう一人——ダンシングダイナ。
そして、ヨシダにはファレーズ、さらにキューグン。
前回に比べて参加者は絞られたが、そのぶん、全員が虎視眈々と切符を狙っていた。
「行けるか?」
バ場の横で、トレーナーが私に問う。
小雨が降り続く中、その声だけは揺るぎない。
「ええ。どんな天気でも、大丈夫っ」
トレーナーがくれた、私のブーツが泥を蹴る。
雨に濡れた障害の頂点が、鈍く光る。
走る前からわかっている。
これは——技術だけの戦いじゃない。覚悟の審査だ。
審査席から順番が呼ばれる。
「ウラヌス君、西君、前へ!」
私は一歩、前へ出る。
トレーナーは、何も言わない。ただ指示鞭を、第一障害に向けていた。
その視線の中に、絶対の信頼がある。だから私は、走れる。
1つ、2つ、3つ。跳ぶたびに、空気が変わっていく。
滑る地面、ズレる踏切り——でも、跳べる。
技術を支えているのは、気持ちの芯だった。
もう、迷いはしない。
トレーナーの小さな声が、聞こえた。
「よし。跳べ、ウラヌス!」
私は、その声に合わせて跳んだ。
審査終了時、空には虹が出ていた。
誰が残り、誰が落ちたか——それはまだ発表されていない。
けれど、私は知っていた。
いや、私だけじゃない。ライバルたちの飛越を見て、その全員が結果を確信していただろう。
そして、きっと、あの子もそうだ。
私は審査会を終えた後日、騎兵学校に置かれたラジオをこっそり聞いた。
『アスコット速い、アスコット速い! ヤマタカを引き離しております。100m、50m、10m……ゴールイン! 5バ身差、アスコット優勝! 中山新呼馬優勝は、アスコットが制しました!』
私はふ、と笑い、拳をラジオにこつんとぶつけた。
※
1932年3月はじめ。
凍てつく風の芯だけがまだ残る朝、私は習志野から東京へ向かって走っていた。列車で行ってもよかったけれど、今日はどうにも脚がうずく。審査会を終えた身体は軽く、肺は冷たい空気を甘く吸い込んでは、すぐに熱に変えた。向かう先は、らんたん亭だ。
東京へ入る。街は、騒々しいほどに息づいていた。電柱に縛られた号外が風に鳴り、売り子の少年が嗄れた声で叫ぶ。「満洲国、建国! 満州国建国だよ!」。街角の貼り紙には祝賀の赤い刷り文字が踊り、誰かが日の丸の小旗を振っている。すぐそばでは、上海の「戦況」を早口で語る男たち——連日のニュースを、勝ちを、昂ぶりを、人が人に移し替えてゆく。私はその波の間を縫うように駆け抜けた。
通りを渡れば、大きなスピーカーの口が商店の庇からのぞいている。公園には柱と屋根を持つ箱が据えられ、その前に人が集まって耳を澄ませていた。
ラジオ塔。受信機を持たない者でもニュースや音楽を聴けるようにと、都のあちこちに置かれたものだ。流れてくるのは、勇ましい行進曲。鼓のような低音。その旋律に合わせて、学生が、兵が、小商人が、小さな声で口ずさむ。ラジオの声はどこにいても追いかけてくる。いまやこの国には百数十万の受信機があるという話で、確かに、音は街の呼吸になっていた。
それでも、華やぎの下には別の音もあった。焼け跡を新しい壁で覆ったはずの空地で、失職したらしい男が日雇いの列に並ぶ。路地裏の共同水道に、薄い布団が干されている。鉛筆や飴を売る子どもの目は、冴えているのに乾いていた。満ちる熱と、削れる暮らし。歓呼と、空腹。風はどちらの匂いも運んでくる。
私は速度を崩さず、それでも目をそらさずに、靖国通りを抜けた。
らんたん亭の前に着くと、扉に紙札が掛かっていた。
「昼まで臨時休業」。
扉を開けると、店内は灯りが落とされ、柔らかな朝の光だけがテーブルを洗っていた。
店の奥、いつもの席に——トレーナーと、センパイ、それからランタンが、神妙な顔つきで座っている。
「……結果は?」
問いが空気に落ちる。
トレーナーは無言で、懐から一枚の紙を取り出した。角が少し曲がり、墨の匂いがする。
『昭和七年度国際オリムピック大会への派遣人バの決定について』。
活字の行を、指が震えるのを叱りつけながら追っていく。
トレーナーの名。ソンネボーイの名。ファレーズの名。センパイの名。
そして——私の名。
「……ある」
声が細く漏れた。次の瞬間、センパイが肩を叩き、ランタンが両手で口元を押さえてから破顔した。
トレーナーは表情を崩すまいとするように唇を引き結んだが、目元の皺は隠しきれない。
「気が早いのは百も承知ですが——お祝いですっ!」
ランタンが走って厨房に消え、銀盆にカップを乗せて戻ってきた。湯気の向こうで、笑顔が弾ける。
3つのカップのあと、彼女は私の前にそっと4つ目を置いた。匂いは深く、甘い。
「ありがとう、ランタン」
「いえっ! 私、嬉しくて……っ」
トレーナーが咳払いをひとつ。
「……まだ、始まりに過ぎない。向こうに着いてからが、本当の戦いだぞ」
「わかっている。でも、今日くらいは良いでしょう」
センパイと目が合った。いつもよりも光が鋭い。
「こうなることは分かっていた。私と、ウラヌス、両方残るのはね」
いつもの優しいセンパイの目ではない。私の挑戦を、真正面から受けに来た、競技者の目だ。
「私は……ずっと迷っていた。どうして跳ぶのか、こんな時代にオリンピックに行っていいのかって。でも、もう迷わない。私、ロサンゼルスで一番になる。そして、”たくさんの人を笑顔にする”。——それが、私が跳ぶ理由」
「いいね。受け取ったよ」
センパイは立ち上がり、手を差し出した。握った掌に、骨の硬さと熱が宿る。
「正々堂々、向こうでも。ね、ウラヌス」
「ええ、センパイ」
ランタンが、私たち三人の顔を見回し、両手を胸の前でぎゅっと握った。
「皆さんのご活躍と……ご無事を、この日本から祈っていますね」
窓の外では、行進曲が高鳴る。私は耳を澄ませてから、ふっと笑った。
想像する。
私たちバ術選手団は、2か月後には他のオリンピック選手団よりも早くロサンゼルスへ行く。特にウマ娘組は一足早く横浜港から出航することになるはずだ。
桟橋には、縄の匂いと潮の匂いが濃く立ち上り、煙突から白い湯気が空へ逃げていく。
そこにはたくさんの人たちが見送りに来てくれて、見知った顔もあるはずだ。
ランタン。タケダ。騎兵学校の皆、おじいさん。
出航は早い。派手な壮行会はないかもしれない。それでも構わない。
帰ってくる時には、港が笑顔で埋め尽くされるように。
私たちがそうしてみせる。
「それじゃあ、行ってきます」
私は振り向いて、港町に向かって片手を高く挙げる。
また会うその時まで。
”バイノバイノバイ”。
——なんてね。