ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」   作:空見ハル

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イタリア最大級の国際競技会、ムッソリーニ・カップに参加するため、西はウラヌスと共にローマの街にやってきた。しかし、西はトレーニングではなくウラヌスと共に街に繰り出す。


第二話「Another one bites the dust」
#2-1


『西少尉、お前はもうほかの作業をしなくても良い。トレーナーだけやっておれば良いのだ』

——福羽真城(騎兵第一連隊長)

   1923年、初のバ術大会で二位入賞した西に対して

 

 

 

 

 

 

 私がトレーナーの車に乗せられて……後半はほとんど出荷される牛のような気持ちだったけど……とにかくローマへ向かう途中。もう陽がすっかり沈んで暗くなった頃。車はローマに着いた。

 

 イタリア・ローマ。

 

 紀元前800年頃に拓かれたこの街は、「永遠の街」と言われている。

 古代からの遺跡や中世のバロック建築が入り混じったこの街は、木のおもちゃがたくさん入った箱のように、どこか乱雑なところもあるけどなぜかわくわくとするところだ。

 

 ローマを歩くのは、実は初めてだ。

 私は、フランスの実家を飛び出してからすぐにピネロロに行ったから。フランスにいた時もパリすら見たことがなかったけど、こんなにも華やかな街がこの世界にあるなんて知らなかった。

 

 私だって女の子。こんな華やかな街だし、少ない持ち金だけどショッピングでもしてみたい。

 あと2日で競技会だけど、ちょっとの気分転換も大事だと思う。

 現実逃避じゃないと言えばウソになるけど、そういうのも必要でしょう?

 

 ……と、思っていた矢先。

 

「よし、ウラヌス! 行くぞ!」

 

 郊外の宿で二部屋分のチェックインを済ませた後、トレーナーはすぐに私を引っ張って車に飛び乗った。

 

 そして、再びローマの中心街に繰り出した。

 私は競技会に向けて猛練習でもさせられるんだろうと想像した。仕方がない。それなら受けて立とう。そう腕をまくった。

 

「ほら、遠慮せずに飲め!」

 

 しかし、連れてこられたのは練習場でもオシャレなお店でもなく、街角にある立ち飲みの酒場だった。海賊が明日の出航に向けて下品な笑い声を響かせるような、そんな薄暗さと男臭さが漂う酒場だ。

 

「私は酒なんて飲まないわよ! ていうか……なんで競技会の練習もせずにこんなとこで飲んだくれてんのよ!!」

「んー? 練習ー?」

 

 既に酔い始めているトレーナーは、顔を赤くして上機嫌なようだった。

 

「そんなもの気にするな。お前とオレだ。何とかなるさ」

「いやでも練習はしましょう?」

「うるさいな。オレは今、一応長期休暇中なんだぞ? 好きな時に飲むくらい良いじゃないか」

 

 知らないわよそんなの。

 まったくこのトレーナーは、私と世界一になるという約束をもう忘れているんだろうか。

 

「それにな、これはウラヌスの歓迎も兼ねているんだ。競技会のことは今は忘れて、好きなものを頼め」

 

 私の歓迎会なら、私が行きたいところに連れて行きなさいよ……。

 

「そうだ、ウラヌスはどれくらい飲める? 景気づけに飲み比べでもしようか」

「だから飲まないって。一応、年齢的にはまだ学生だし」

「それならこの麦ジュースで良いぞ。アルコールはないが、連続で飲むにはキツい代物だ。それとも、飲みの競争には自信がないかね?」

 

 むっ。

 

 飲み比べとかいうアホなこと、普段ならしないのだけど、そう舐められては黙っているわけにもいかない。

 

「別にトレーナーもジュースで良いのよ?」

「バカいえ。酒場で酒を飲まずにどうする」

「それなら良いけど、絶対に後悔するわよ?」

「おお、なんでだ?」

「私が”ウマ娘”だからよ」

 

 トレーナーはなんだか分からないといった様子で、すぐに店員に瓶ビールを何本も持ってこさせていた。モレッティやペローニといったイタリアの代表的なビールが並ぶ。

 私とトレーナーは、机に置かれたモレッティ(私はモチーフのソフトドリンク)の栓を同時に開けて、一気に身体に流し込んだ。

 

 ……そして、十分ほど経った後。

 

「おえ……」

 

 トレーナーは完全に潰れていた。

 

「ほら言ったじゃない。やめた方が良いって」

 

 そして私はなんともなくぴんぴんしている。

 いやまあ、向こうだけアルコールを飲んでいたから当然と言えば当然だけど。少しお腹がたぷたぷするくらいだ。

 

「う、ウラヌス……酒が強いんだな」

「酒じゃないし……というか、ウマ娘だから当然よ」

 

 ウマ娘は普通の人間とは体の作りが少し違う。ヒトに比べたら食べる量も飲む量も違うのは当然だ。

 それにウマ娘は、太古の昔はビールの原料に近い麦とかも食べていて、しかもアルコールを分解する酵素?が作られているから、アルコールが入っていたとしてもめったに酒には酔わない……と聞いたことがある。

 

「……そういえばそんな話もあったな。騎兵学校で聞いた気がするが、完全に忘れていたよ……」

「そう。分かったら私と飲み比べなんてアホなことしないで」

「いや、いつかまたリベンジするぞ~~!」

 

 これ以上ないほど具合が悪そうなトレーナーの後ろで呆れの溜息を吐きながら、貴重な一日を終えた。

 

 

「……いや、だから! こんなことしている場合じゃないって!!」

 

 

 そして次の日。

 

 

 飲んだくれた次の朝もまた、トレーナーと車に乗って街に繰り出した。当然、バ場には一歩も足を踏み入れなかった。

 

 2日目はトレーナーとローマを巡っていたけど、ここでトレーナーについてなんとなく分かってきたことがある。

 

 その1。

 かなりの派手好きだということ。

 

 着てる服、派手な高級車。派手好きなのは最初から分かっていたけど。

 それは想像以上だった。

 

「ちょ、バカ! どんだけ飛ばすのよ!!」

「はは! どこまでもさ!!」

 

 ホテルを出てすぐ、トレーナーはいつもの高級車から4気筒のいかついバイクに乗り換え、私を後ろに乗せてとんでもない速度でローマの郊外をかっ飛ばし始めた。

 

 ”何かの一番になりたい”と日本にいた時に車を飛ばしていたと聞いたけど、どうやら一番云々は関係なく、スピードに憑りつかれているのはトレーナー本人の習性のようなものらしい。

 速く走ることができるウマ娘の私でさえも感じたことのない風と流れゆく景色に、思わず現実逃避をしてゆっくりと動いて見える空だけを見つめた。早く終わってくれと思った。

 当然その光景は、人々の目を引いた。

 こうして目立つことが、トレーナーは好きなようだった。

 

 

 その2。

 かなりの凝り性。

 

 ローマの街を歩いていると、トレーナーは持ってきた高そうな小型カメラを首から下げて、気に入った景色や人を見ると、立ち止まってカメラを覗き、うんともすんとも言わなくなる。光の当たり方だったりにこだわりがあるのか、気に入った一枚が撮れるまで撮影位置を変えたり、とにかく動き回るのだ。

 

「トレーナー、次行きましょうよ」

「・・・・・・」

「トレーナーってば」

 

 そして、その間はカメラの世界に没頭する。

 一度集中したことは、途中でやめたくないのだろう。

 

 

 その3。

 よくモテる。

 

 181cmの私より背が低いとはいえ、トレーナーは向こうの国の方だと高身長の175cm。髪を七三分けに整えて、服や靴に凝り、あんなのでも所作はしっかりとしている。顔立ちも良い方。しかもダメ押しとばかりにバローネ(男爵)だ。これで女性にモテないわけがない。

 

「こんにちは」

「やあお嬢さん」

 

 トレーナーから進んでちょっかいをかけることは少ないけど、目立つ格好で街を歩いていると、よく声をかけられる。

 

「とても素敵な紳士がいたから声をかけたの。この後一緒にどう?」

「それは素晴らしいね。それじゃあ、私の車でドライブでもしようか」

 

 少し褒められると、トレーナーは上機嫌に女性の背中に手を回してエスコートをする。

 

「いやちょっと! 私は!?」

「トレーニングの代わりだ! 隣を走れ!」

 

 なんでよ!!

 

 そして私は結局、トレーナーと街娘が楽しそうに談笑しながら爆走する車のやや後ろを、死ぬ気で走ることになった。

 

 なんて男だ。

 

 ……しかしトレーナーがモテるというのは、なにも女性関係の話だけではない。

 街を歩いてどこかに行くと、女性も男性も、誰もかれもがトレーナーの周りに集まってくる。たくさんの人がトレーナーを囲むようにして楽しそうに話すのだ。おかげで一緒にいると退屈はしない。

 

 これらを総合すると、私から見たトレーナーの感想としては……

 

 

「子供(ガキ)かっ……!」

 

 

 さんざん街を連れまわされ、走らされて汗だくになった私は、最終的にそんな結論に至った。

 

 よく遊び、よく騒ぎ、何かに没頭すれば止まらない。頑固。

 ちょっと顔合わせるくらいならスタイルの良い紳士に感じるけど、ずっと一緒にいると、その子供っぽさを嫌でも感じる。

 女の人と遊んでいてもいやらしさのようなものは全くなく、むしろ友達をひきつれて先頭を走るガキ大将のように見えた。

 

「ははは! 楽しかったなウラヌス!」

 

 すっかりあたりが真っ暗になり街頭だけが道を照らす夜、ホテルの前まで来たトレーナーは、とてつもなく疲れた私にも気づかない様子で満足げに笑っていた。一方、私の気分は活発な子供を遊びに連れて行った休日の父親だ。

 

「ああ、終わった……」

 

 そして、絶望していた。

 

 気がつけば、もう明日が国際競技会。”ムッソリーニ・カップ”の日だ。

 走ったは走ったけど、まともな飛越練習もしていない。この状態で世界を相手に戦うのか……。

 

「今日も楽しかったが、明日はもっと楽しみだなぁ!」

「何が」

「決まっているだろう。国際競技会だよ」

 

 トレーナーは、笑顔のまま私に振り向いた。

 

 ……忘れているのかと思っていたけど、一応覚えてはいたらしい。

 

「ウラヌスと出る競技会、きっと凄いんだろうなぁ」

 

 そう言った後、トレーナーは「おやすみ」とだけ残して自分の部屋に戻っていった。最後の”おやすみ”まで、トレーナーの声は弾んでいた。

 

「はぁ……」

 

 トレーナーはいったいどういうつもりなのか。本当に何も考えていないのか。この遊び倒した2日間で何か伝えたいことがあったのか。掴みようがなかった。まあ、見ている感じは前者なのだろうけど。

 

 ただ一つ言えるのは。

 

「ね、眠い……」

 

 明日はどうしようとか、そういうことを考えたくても、トレーナーに連れまわされた疲れと眠気で考えることができなかった。

 

 結局、次の日の朝まで、今までにないくらいぐっすりと眠れたのだった。




※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第二話はこちら
(第二話読後の閲覧がおすすめです)

#2「西とウラヌスの出会い、ヨーロッパ転戦」
https://note.com/hal_sorami/n/n45cc64407b2c
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