ウマ娘Prequel「跳べ、ウラヌス!~ウマ娘オリンピック物語~」 作:空見ハル
『障害飛越(ジャンピング)』とは、何か。
その始まりは、有史以前のウマ娘の生活から来ている。
ウマ娘は人間と出会う前から槍や石を持って、食料となる動物を狩っていた。ウマ娘たちは動物たちを追う中で、低木や岩を跳び越えながら走っていた。
”ウマ娘とは、元来飛び跳ねるものである”とは、日本の騎兵将校の言葉である。
”飛越”とは、ウマ娘にとって走ることと同じくらい本能に刻み込まれているものなのである。
ウマ娘は遥か昔からその本能をもって障害競走をして競い合っていたが、これが競技化されたのは18世紀ごろである。
古代ギリシャのバ術家・クセノポンの再評価から始まったバ術競技の波は、フランスやドイツから一挙にヨーロッパに広がった。
そうして定着したのが”障害飛越競技”である。
その形は様々なものの、国際的な競技会で行われる主なものは”標準障害飛越”である。
スタジアムに収まるほどのコースに置かれた13個の障害物を越えていき、早く確実に、そして美しくゴールするというもの。しかし、その障害物というのも多種多様で、それがウマ娘とトレーナーを悩ませるのだ。
ただ、それでもウマ娘、そしてトレーナーにとってこれ以上の華と言える競技はない。
なぜトレーナーにとっても華なのか。
それは、トレーナーもコースの真ん中に自ら出て、走って跳ぶウマ娘に直接指示を与えるからである。
障害飛越競技では、ウマ娘には障害の個数、最高の高さ、そして一分間の速度目安を事前に教えられるのみで、競技の一時間ほど前までウマ娘はコースの詳細を見ることはできない。
しかし、トレーナーだけは競技の前日に実際のコースを視察することが許される。そこでトレーナーは当日までに飛越のための計画を立てる。つまり、ウマ娘にとってトレーナーは特訓のための教育者だけではなく、競技における眼であり道しるべであり、相棒であるのだ。
ウマ娘とトレーナーが一心同体となる競技が、障害飛越競技。
……なのだが。
「もう当日なんだけど!?」
私とトレーナーは、ローマの広場に作られた障害飛越競技の会場に来ていた。ヨーロッパの各都市には、めぼしい立派な競技場が建っている。イタリアの競技場は全て露天で、ローマの競技場も朝の日光が降り注いでいる。
まったく美しい競技場の芝の障害コースは丹念に作られたレース場のターフのようで、芝の上に置かれた障害物さえも古代ローマの競技場を現代に再解釈したかのような趣のあるもので、ローマの伝統とスポーツの融合を表現していた。
それに今はちょうど躑躅(つつじ)の季節で、各障害の周りにも色とりどりの躑躅が咲き乱れ、ほかにもシネリアやバラなどが職人技とも言うべき配置がなされ、心気爽快だ。
そこに集まった1万を越える人々も躑躅の花のように色とりどりで個性豊かであり、いろんな話し声や笑い声、そしてウマ娘の蹄鉄を打つ音が、石造りの小さな教会や民家の間をすり抜けていく。
この美しい光景の中で、華やかなウマ娘とそのトレーナーたちが、ベンチに座ったり、壁にもたれたりしながら、真剣な顔をして話し合っている。恐らく昨日トレーナーが視察してメモしたコース図と見比べて、どう走って跳ぶのかを相談しているのだろう。
「で、トレーナー。コースの視察はしたの?」
「ああしたぞ。街を出歩いている合間にこっちに寄ってな。ちゃんとコース図も作ったぞ」
良かった。流石に競技会のことを忘れて遊び惚けるほど、トレーナーは大バカではなかった。
そう安堵の息を吐いて、トレーナーから渡された手帳の一ページを切った紙切れを渡された。たしかにそこには、目の前にある競技場のコースの概略図のようなものと、各所の注意点が書かれているようだった。
……問題は、正に”酔っ払いが書きました”とだけ書いているとしか思えないほどに、ぐちゃぐちゃで何を書いているのか分からないことだ。
「あー……すまん。実を言うと、昨日は二日酔いで手がおぼつかなかったんだ」
「この大バカっ!!」
「いだぁ!!」
思わず脚が出てしまった。
少しでも期待した私がバカだった。
ああ、終わった。
「まあまあウラヌス、そんなこの世の終わりみたいな顔をするな」
みたいな……じゃなくて終わったのよ。
私の大事な新たな一歩。世界に向かう第一歩なのに……。
「大丈夫なんだよ」
私に蹴られたお尻を抑えながら、トレーナーは私の前に立ってにやりと笑った。
「オレは、一度見たコースは二度と忘れないんだ」
疑いの目で睨んでやりたかったが、トレーナーの自信で光った眼を見ると、思わず目を丸くしてしまった。
「オレを信じろ」……そう言うまでもないといった様子で笑っていたのだ。
「はぁ……まあ、やるしかないわね」
来てしまったものはしょうがない。ここで全力を出すほかない。
それに、コースに関しては、非常に、ひっじょーに癪だけど、トレーナーを信じてやるしかない。
自分の頬を両手で叩き、覚悟を決めた。
※
気を取り直して、私は、競技場で走るウマ娘と、アリーナの真ん中で身振りで合図をしたり大声で指示を送るトレーナーを見ていた。
そう、既に競技は始まっている。数十というウマ娘とトレーナーのコンビが、ランダムに決められた順番通りにコースを走り、障害を跳び越えていくのだ。
そんな障害飛越は、細々としたものを除けばルールはシンプルだ。
美しく跳び、順序通りに素早くゴールする。それだけだ。
ただし、そこまでには、文字通り、ルールという数多の”障害”が立ちふさがる。
障害飛越競技は障害レースとは違い、細長いコースを全力疾走するものではない。アリーナと呼ばれる公園の広場のようなバ場に、一見乱雑にさえも思えるように障害が置かれている。
しかし、それぞれの障害には跳ぶ順番が決められていて、ウマ娘はそれを規則正しく順番通りに跳ばなければならない。
障害飛越は全員が100の持ち点でスタートし、決められたコースの走破を目指す。そして障害を落とすといったミスなどで減点されていく。最終的に減点が少ない人バが勝つのだ。
減点ポイントは主に3つ。
障害に引っ掛かり、バーを落としたりすると減点4。
一度障害を跳ぶ前に止まってしまうと減点4。
制限時間を超えてると、1秒ごとに減点1。
障害を跳び越えて制限時間までにゴールをすれば満点。ルールを聞くだけだと、簡単だと思う人もいるだろう。
だけど……
「わわっ! むりむりむりー!」
コースの終盤、横木が縦に3本並べられた高さ150cmはあるだろう障害の前でウマ娘がおびえた様子で止まってしまう。
「焦るな! あと一回だけだぞー!」
彼女のトレーナーはその光景を見て、少し動揺しているようだった。
軍服からして、恐らくベルギーの人バだろう。トレーナーもウマ娘も若く、まだ競技には慣れていないようだった。
ウマ娘は一度Uターンした後、再び障害に向き直って走り出す。
「あわわあ! やっぱり無理だよー!」
ウマ娘は足がすくんだ様子で、障害を跳ぶ前にへたり込んでしまった。
「拒止3! 失権!!」
それを見た審査員は、すぐさま旗をばっと上げてそう宣言する。
”拒止”……それはウマ娘が障害を跳ぶのをやめてしまうことであり、これが競技中に3度あれば失権……つまり、競技終了になるのだ。
ベルギーの次、フランスのウマ娘。
トレーナーは、名バ術家として有名なビザーだ。
序盤の低い障害は難なく跳び越え、順調かに思えた。
「……っ!!」
しかし、2つの140cmの障害を連続して跳ぶ難所で、2つ目の障害に足を引っかけたウマ娘は前のめりになり、そのまま地面に身体全部で落ちてしまった。それが響いたのか、立ち上がることなく疲れたようにそのまま横たわってしまっていた。
それを見た審査員はまた旗を上げる。
フランスのウマ娘は悔しさで涙を流している。
失権した人バは、それまでどれだけ良い走りと飛越を走ろうと、”DNF”……成績ナシとなり、失権理由のみが成績表に記載される。
まさに、苦労して登った山から蹴落とされるような、そんな感覚になる。
「あれはビザーのウマ娘だろう。手練れのはずなんだが、残念だな」
トレーナーが呟く。
ベテランなら、手練れなら、強いウマ娘なら減点や失権がない……とも限らないのが障害飛越だ。
障害飛越競技には数多の、厳しい障害がウマ娘の前に立ち塞がる。それを越えて走り続けるのはとても難しい。バ場も順番によって状態が変わっていき、長い競技会の中では天候や風向きも移り変わる。
だからこそ、事前にコースを視察し作戦を立てたトレーナーが眼となり力とならなければならない。
トレーナーとウマ娘、二人三脚で進み続け、最後に立っている人バが優勝する。
そんな美しさと過酷さが隣り合わせなのが、障害飛越競技なのだ。
※史実解説『跳べ、ウラヌス!史実紀行』の第二話はこちら
(第二話読後の閲覧がおすすめです)
#2「西とウラヌスの出会い、ヨーロッパ転戦」
→https://note.com/hal_sorami/n/n45cc64407b2c