星渡りの少女~TS転生したポンコツ美少女天使は故郷と地球の架け橋となる~ 作:イワシロ&マリモ
日本国首相官邸の執務室、日本でもトップレベルのセキュリティを誇るその場所へあっさりとティアンナが愛娘を抱いたまま現れた。これが並みの地球人ならば強い衝撃を受けて、下手をすれば大問題が発生することだろう。
だが、椎崎首相は良くも悪くもティナ達との交流でアード人の行動に慣れてしまっていた。
アード使節団が持ち帰った数多のデータの中にある一枚の写真を思い出し、目の前の母子がティナの母親と幼い妹であると確信した椎崎首相の行動は早かった。
「ちょっと失礼します」
ティアンナに断りを入れて、直ぐ側にある受話器を手にする。
「柳田さん」
『どうされましたかな?総理』
相手は椎崎首相の懐刀として名高い柳田官房長官。いつものように気怠そうな声は逆に安心感を与えてくれる。
「後の予定は何だったかしら?」
『共栄党との党首会談、躍進党との懇談会、後は世界融和党の迫水議員が会談の開催を要請してきましたな。しかも今すぐとか』
共栄党は最大野党であり、躍進党は少数政党で与党寄りである。
世界融和党は反政権、反アードの急先鋒だ。
「悪いんだけど、全部キャンセルしてくれるかしら?」
『宜しいのですかな?あることないことマスコミに傍聴されますぞ』
「構わないわ。躍進党の新垣さんなら理解してくれるし、共栄党だってこの手の話は突っ込まないはずよ。融和党に関しては……何をしても一緒だから放置で」
『ふむ……総理、今お一人ではないということですな?』
椎崎首相の口振りから察した様子の柳田官房長官。察しの良さに感謝しながら椎崎首相も言葉を続ける。
「ええ、X案件よ」
X案件。元は合衆国が用いていて、今となっては世界各国で使われるようになった隠語である。端的に言えばアード関連の案件なのだが。
『承知しました。何か必要になりましたらいつでも』
「ありがとう」
通話を終えて受話器を置いた椎崎首相は、ゆっくりとお辞儀をする。
「私は日本国首相、椎崎 美月と申します。お会いできて光栄ですわ」
「こちらこそ。ティナとフェルの母、ティアンナです。この子は次女のティル」
「こんにちは~」
「ふふっ、こんにちは。急な来訪で驚いてしまいましたわ。事前にお知らせしてくれたなら国を挙げて歓迎しましたのに」
「事前に連絡しなかったことは謝罪します。ただ、色々煩わしい手間を省いて貴女に会いたかったんです。いつも娘達のお話に貴女の名前が出るから」
「それは……とても光栄なお話ですわね」
一人の少女が二人の間を繋いでみせたのだ。その事実に二人は笑顔を浮かべる。
「あー……やっぱりダメね、翼がムズムズするわ。堅苦しいのは苦手なの。娘達がお世話になっている人だし、出来れば友人になりたいの。どうかしら?」
苦笑いされながらティアンナが出したストレートな提案に、椎崎首相は笑顔を浮かべながらも乗ることにした。どうにもアード人相手に腹の探り合いは必要なさそうだと判断したのだ。
「貴女さえ良ければ、喜んで!」
「気軽に呼んで頂戴。私も貴女を美月と呼んで良いかしら?」
「もちろん!」
二人は瞬く間に意気投合。それもそうだろう。ティナという共通の話題があり、ティアンナはフレンドリーであり椎崎首相も政治の世界で生きてきたのでコミュニケーション能力も高い。二人が仲良くなるのに時間は必要なかった。
談笑している中で椎崎首相はティアンナの膝の上で大人しくしているティルに気が付いた。この年頃の子供は活発だ。退屈して直ぐに動き始めるものだが、じっと母親達の話を不思議そうに聞いているのだ。
「ティルちゃんは随分と大人しいわね?」
「そう?この子は活発な方なのだけれど」
「え?それで!?」
「地球じゃ違うの?」
ここで双方を驚かせたのは、子供もまた地球とアードでは違うということだ。
善意の塊であり調和を重んじるアード人の気質は幼い頃から備わっており、基本的に子供は大人しい傾向にある。
特に自分の親が大切な話をしていたり忙しいと判断すれば、じっと大人しくしているのが普通なのである。
もちろん子供らしく遊ぶ時は活発に遊ぶが、周囲の状況を最優先とする力は幼い頃から備わっているのだ。
「アードは子育てが楽そうで良いわねぇ」
「そうでもないわよ。遊ぶ時はとにかく活発だし、何よりも私達は空を飛べるのよ。ティナが小さい頃は里の皆で何度探し回ったことか……」
「ティナちゃんらしいわね」
地球人に比べれば遥かに広い行動範囲は、子供にもそのまま適用される。
そして前世の記憶をもつティナの事だ。空を飛ぶのが嬉しくて周りを心配させたであろう光景が容易に想像できて、椎崎首相も笑みを浮かべた。
自身の恩人の可愛らしいエピソードなのだ。心が暖まる心地であり、疲れが癒えていくのを確かに感じた。
このまま和やかに終わるかと思っていたら。
「そうそう、これを美月にプレゼントしようと思っていたのよ。私特製の栄養ドリンク、効果は実証済みよ。疲れが吹き飛ぶわ。日々の激務で疲れているだろうし、細やかなお礼よ」
ティアンナが肩掛けポーチから取り出したのは、透明なボトルであり中には虹色の液体が満たされていた。
それを見た瞬間、椎崎首相の笑みがひきつった。アード産の飲食物を口にした結果、日本人である朝霧を含めた異星人対策室で起きた悲劇(喜劇?)の数々を知っている故である。
「ティアンナ、それは……」
「変異について心配しているのね?確かにティナが栄養ドリンクを提供して一部の地球人にあり得ない変異が現れたことは知っているし、大変興味深いわ。
けれど、交流が本格化すれば規制しようともアードの飲食物が地球へ流れるでしょうね。だからこそ、私達はデータを必要としているのよ」
「つまり、私にも実験台になってほしいと?」
「あら、ごめんなさい。そう言ったつもりなのだけれど……迂遠な言い方は得意じゃないのよ。大丈夫、これまでのデータを解析して作ったから、地球人に害を及ぼすような変異は現れない筈よ。ケラーさん達みたいに見た目が変わるような変化は現れないわ。流石に髪の毛が無くなったら困るもの」
普通に考えれば国家元首を実験台にするなど非礼にも程があるし、即外交問題となるだろう。
だがしかし、相手はアード人である。知的好奇心もあるだろうが、純粋に友人として美月の体調面を心配しているのもひしひしと伝わる。
「それに、貴女を信用できると見込んでいるのも理由ね。私だって無作為に対象を選んだりしない。そんなことをすれば地球の不利益になる」
「これは信頼の証ってこと?」
「無理強いはしないわよ。断ったとしても、貴女への信頼を消すつもりはない。その時は、代わりの被験者を探すだけ」
「頂くわ」
断りを入れて椎崎首相は受け取ったボトルの中身を一気にのみ干した。見た目に反して爽やかな味は非常に飲みやすく、そして美味であった。
「ありがとう、美月。ティナが信頼するだけはあるわね」
新しい地球人の友人の行動を見て、ティアンナも笑みを浮かべるのだった。