星渡りの少女~TS転生したポンコツ美少女天使は故郷と地球の架け橋となる~ 作:イワシロ&マリモ
日本で発生したティルの行方不明事件は、発生して僅か一時間で遠く離れたブリテンの官邸へ情報がもたらされた。
これは情報機関のエージェント達が手に入れたアード関連の情報は最大限漏らすこと無く、また分析なども後回しにして迅速に届けるようチャブル首相が強く希望したためである。
丁度閣僚達を集めた定例会議の最中であったこともあり、これらの情報は速やかにブリテン政府首脳部各位に共有されることになった。
「今度は幼子が行方不明、しかも大使殿の妹と来たか……」
「原因は恐らく幼さゆえの魔法の暴走か……堪らんな」
「やれやれ、土地感が無いのに幼子を連れてくるとは……少しは危機感を抱いてほしいものですな」
「日本政府には同情するよ」
「ですなぁ……」
簡潔な報告書を読み閣僚達が口々に愚痴を漏らした。地球の常識で考えれば、その危機感の無さに呆れるのも無理はない。それに巻き込まれる身としては堪ったものではないのだ。
閣僚達の言葉を聴きながら、チャブル首相は静かに愛用の葉巻を取り出しつつ口を開く。
「諸君、愚痴は言い終えたかね?不満は吐き出したかね?
……結構。では状況の確認に移ろう。ハーバーグラム君」
「はっ、御報告致します。日本政府は行方不明になった少女の捜索に全力を挙げています。今現在その居場所についてある程度絞り込めているとの事ですが……」
立ち上がった情報機関の長であるハーバーグラムの言葉を聴き、チャブルは葉巻の吸い口を丁重に斬る。
閣僚達は、リアルタイムで日本政府の動きを把握しているブリテンの情報網の恐ろしさを改めて実感する。
「現地は夜だったか。朝までにこの事件が解決していることを祈ろうじゃないか。なにせ、あの国にはスパイがウヨウヨしているのだろう?」
「はい、閣下。日本警察も優秀ですが、この手のエージェントを完全に排除することは不可能に近いのが実情です。既に幾つかの工作員の存在を把握、監視しています」
「例のバカ息子かね?」
「はっ、間違いありません。裏も取れました」
「結構、動きを見せたら直ぐに日本政府へ教えてやることだ。全面的な協力も許可する」
「宜しいので?」
「恩の売りどころを間違えてはいかん。違うかね?」
「では、そのように」
「うむ」
ハーバーグラムが腰を下ろすと、別の閣僚が口を開く。
「大使殿の危機感の無さにも振り回されましたが、どうやら他のアード人も似たり寄ったりみたいですな、閣下」
「使節団の報告書を読む限り、アードは楽園だ。犯罪もなければ餓えもない。危険もなければ、事故は魔法や超科学で未然に防がれ、容易くリカバリーされる社会。
宗教的・民族的な対立や差別とも無縁となれば、危機感が育つ余地があまりにも少ない。極めて安全な社会に危機管理意識は無用だろう。少なくともアードの一般人にとってはね」
センチネルの存在もあるが、それも三百年以下の若手達には実感がない。唯一海が危険だが、基本的にアード人は海に近寄らない。危機意識が育ち難い環境であるのは間違いない。
「困ったものですな。ゲストとして迎える我々からすれば、危機感の無い行動に振り回されることになるのですから」
「全くですな。護衛対象の理解がないと、護衛の難易度が跳ね上がると言うのに」
口々に溜め息を漏らす閣僚達を見つつチャブルは葉巻に火をつけ、ゆっくりと芳醇な香りを楽しむ。
「正直に申し上げて、手に余ります。アードとの交流は、一旦白紙にすることも検討するべきでは?」
「力の差は歴然であるにも拘わらず、あちらの無理解で事件が起きれば報復が待っている。これでは……」
外務大臣の言葉を最後に、会議室は静まり返った。何故ならば、チャブル首相がゆっくりと紫煙を吐き出したからだ。
彼が視線を向けると、控えていた秘書官達が書類を取り出して閣僚達へ配る。
「所謂極秘資料、少なくとも国民に見せて良いものではないな。会議が終わったら、速やかに書類を暖炉へ入れたまえ。当然だが他言無用だ」
チャブルの言葉を聞きつつ資料に目を通した閣僚達は、皆顔を強張らせた。
「かっ、閣下!これは!」
「我が国のあらゆる分野の権威達が出した研究結果だよ。題して、“アードの支援が得られなかった場合の地球の未来図”かな?」
さも愉しげに笑みを浮かべるチャブル首相を見て、誰もが冷や汗を流す。
「こっ、今後百年以内に地球文明は崩壊する……!?」
「そんな馬鹿な!」
資料には、余りにも絶望的な未来予測が記されていた。
「現在のペースで消費が続けば、百年以内に主要なエネルギー資源は完全に枯渇する。日々減り続ける資源を前にして、我々人類はこれまで何をしてきたか。
歴史を紐解けば、そこに答えがある。最終戦争による文明崩壊は避けられまい。
それを避けるために、我々地球人は宇宙に資源を求め統合宇宙開発局を立ち上げた。しかし、月面開発すらようやく一歩を踏み出したばかり。
本格的な宇宙開発と、資源を効率良く地球へ運び込むための技術の確立が急務な訳だが、学者の先生方は口を揃えてこう言ったよ。時間も資源も足りないとね」
中には震える者も居る中、チャブル首相は更に笑みを深めた。
「そしてアードが交流の見返りとして提示した技術は、地球のエネルギー問題を容易く解決してしまうものだ。それも手付け金代わりに提示された最初の技術でだ。
異星人対策室からの情報では、他にも多数の技術供与や支援が行われており、交流が順調に進み共同開発を継続できれば、十年後には火星の本格的な開発と移住が可能になるレベルにまで地球の技術は向上するそうだ」
閣僚達が目を見開くのを見て満足げに一服し。
「アード人の危機意識の低さに苛立つのも理解できる。その点はワシからも話をしておこう。
だが、同時に理解したまえ。我々に残されたカードはこの星で無様に身内で殺し合い滅ぶか、色々厄介な相手となんとか折り合いをつけながら更なる繁栄を享受するか。この二つしかないということを。そして我々は政治家だ。破滅願望者ではない。ならば、執るべき道は分かるね?」
「「「はいっ!!」」」
閣僚達の返事に満足げに頷いたチャブル首相はただ一言。
「これは貸しにしておくよ。君は隙を中々見せてくれないからね?ティリス嬢」
愉しげに呟くのだった。