星渡りの少女~TS転生したポンコツ美少女天使は故郷と地球の架け橋となる~ 作:イワシロ&マリモ
ティルが東京の繁華街で出会った少年の名前は朝霧 誠。朝ギリーこと外務省職員兼異星人対策室のメンバー朝霧 武雄と旅館やすらぎの女将朝霧 瑠美の息子である。小学生で十歳になる。
所謂エリートの子供だが母に厳しく育てられたこと、そして本質的に善人な父の背を見てきたためか、その事を鼻に掛けることもない正義感の強い少年である。
ちょっと早熟であり、年齢の割にしっかりしている。ただ、それ故に年相応の子供らしさが少し薄れてしまったことが両親の悩みである。
この日は塾の帰り道であり、イベントで賑わう人混みを避けるためにメインストリートを逸れた結果絡まれてしまい、ティルに救われたのだ。
『おにーちゃん、だれ?』
だが、父親からの宿命なのか早速困った事態に遭遇していた。助けてくれた明らかに自分よりも更に幼い少女に御礼を言い礼儀として名乗ったのだが、返ってきたのは異国の言葉である。
朝霧少年は父の影響で母国語である日本語と英語を流暢に話せるし、他にも初歩の初歩レベルではあるがアジア圏とヨーロッパ圏の幾つかの言語を学んでいる。
つまり、同年代に比べて様々な外国語に触れる機会が多い。だが、それでも聞いたことのない言語である。
アード語の発音は地球人では非常に難しい、というより習得は不可能に近い言語だ。これは身体の構造上の問題である。
故に各国はアード語の文字は引き続き研究しているが、言葉そのものの習得は諦めている。
まあ、アード人の携帯デバイスがあれば誤訳無しでコミュニケーションが取れるのだから、優先順位が低くなるのも仕方がない。閑話休題。
ティルの言葉を聞いた朝霧少年は聴いたこともない未知の言語に戸惑いつつも、その身なりを見る。今現在アードやリーフを中心としたコスプレイベントが行われているのは、彼も理解している。
父がアードとの交流に携わっていることを誇りに思っているし、ある程度の情報も手に入る立場である。故に目の前の少女を注意深く観察した。
地球基準で言えば、絶世の美女に成長するであろうことが容易に想像できる可愛らしい目鼻立ち。コスプレとは明らかに違い、日頃からの使用感があるアードの衣服。意思があるようにパタパタと動く小さく綺麗な翼、先ほどの現実味の無い現象。そして未知の言語。
「もしかして……君は、アード人?」
『?』
もちろん朝霧少年の言葉は通じないので、ティルは不思議そうに首をかしげた。ただ、唯一聞き取れたアードと言う言葉に自分がアード人なのか聞かれたかなと考え、翼をパタパタと羽ばたかせて少しだけ飛び上がり朝霧少年と視線を合わせた。
朝霧少年は驚き、慌ててティルの手を引き着地を促しながら人気の無い公園の隅へ移動する。そして周囲を見渡して、誰も見ていないことに安堵の息を吐いた。
「分かった、分かったよ。君がアードの女の子で、僕の言葉が伝わらないことは分かったから!
……ちょっと待ってて」
言葉は分からないが何と無く朝霧少年の言いたいことを理解して、ティルは首を傾げつつも大人しく待っていた。
そんな彼女を見ながら、朝霧少年は携帯端末をバッグから取り出す。
数回のコールが鳴り、相手と回線が繋がる。
『……誠か?済まない、父さんは今忙しくてな。話なら帰ってからで構わないか?』
その相手は父である朝ギリーこと朝霧 武雄である。珍しく焦りを滲ませた父の言葉に首を傾げながらも、朝霧少年は端的に用件を伝えることにした。
「忙しいのにごめん、父さん。実は、アード人の女の子を見付けたんだ。僕より歳下かな?」
朝霧少年の言葉を聞いた瞬間、通話先で大きな音が響いた。まるで何かをひっくり返すような音であった。
『まっ、誠!それは本当なのか!?』
「本当だよ。ほら」
朝霧少年はカメラモードを起動してティルを映し出す。朝霧は使節団に参加しているので、当然ながらティナの妹であるティルを知っている。
里に滞在している間、常にティナかカレンと一緒に居たので強く印象に残っていたことも幸いした。
『間違いなくティルさんだ!誠、色々聞きたいことはあるが大手柄だぞ!』
明らかに背景が騒がしくなった。その喧騒を聞きながら朝霧少年は胃に痛みを感じた。何やらとんでもない事になりそうだと察した故である。
『直ぐに近くの交番か政府の出先機関に彼女を連れてきてくれ!彼女はティナ大使の妹さんなんだ!』
「わっ、分かった!ちょっと距離があるけど、直ぐに連れていくよ!」
父の言葉に直ぐさま行動を開始しようとした朝霧少年であるが、それを止めたのも父である。
『待て!まだ切るな、そのままちょっと待ってくれ!』
通話先が更に騒がしくなるのを聞きながら、朝霧少年は辛抱強く父を待った。幸いティルはその間周りの景色を珍しそうに眺めていたが、特に動き回ることもなく大人しくしていた。
待つこと数分。
『待たせたな!誠、さっき父さんが言ったことは忘れろ!誰が相手だろうと、その子を引き渡してはいけない!
父さんが必ず迎えにいく!それまでその子の側を離れちゃダメだ!』
「父さん!?」
『電話を切るなよ!必ず父さんが迎えにいく!それまで辛抱してくれ!直ぐだ!』
朝霧少年が知る由もないが、この時大使館を通じてブリテンから情報が提供され、更に少し遅れて合衆国からも某国エージェントの工作員らしき存在に不穏な動きがあるとの警告が出されていた。
更に警視庁より制服が数着紛失したとの連絡もあり、現場は騒然としていた。朝霧自身が、息子とティルを直接保護するという選択肢を取ったのも無理はない。
父の言葉を受けて朝霧少年は強い焦りと胃の痛みを感じたが、直ぐに現実へ引き戻された。
「こんばんは、もしかしてアードの女の子かな?お手柄だぞ、少年。こっちで保護するよ」
現れたのは制服を身に纏った一人の警官である。優しげな笑みを浮かべて流暢な日本語を話しているが、朝霧少年の中では警鐘が鳴り響いていた。見た目は普通のお巡りさんである。
だが、彼は何か違和感を覚えた。具体的な理由があるわけではない。子供特有の警戒心とでも言えば良いのか。普段の朝霧少年ならばその考えを直ぐに捨てるだろうが、今回は違う。自分を助けてくれた言葉も通じない異星の女の子が、明らかに警戒して自分の服の裾を握っているのだ。
「ごめんなさい、お巡りさん。お父さんが迎えに来てくれるまで、この子を離さないようにって言われているんです」
「そうなのかい?だが、君のような子供じゃ不安だ。私が預かるよ。お父さんには私から伝えておくから」
間違ったことは言っていない。朝霧少年は迷ったが、それよりも先にティルが動いた。悪意に敏感な彼女は、目の前の地球人が自分や側に居てくれる男の子に悪意を向けていることを察知したのだ。
『ダメーーッッッ!!』
それは咄嗟の行動であった。朝霧少年に後ろから抱き付いたティルは、力一杯翼を羽ばたかせて空へ飛び上がる。
「うわぁあああっ!?」
「なんだと!?くそっ!こちらレッド3!目標を取り逃がした!空を飛んだぞ!」
『スカウトチーム!』
『こちらスカウト、標的は直ぐ近くのビルの屋上だ。幼体だからか、長くは飛べない可能性がある』
『充分だ。レインボーリーダーより各チーム、標的を発見した。これより追跡し、確保する。尚、困難な場合は殺処分も許可されている。その際は死骸の確保を怠るな。座標を共有する。取り掛かれ』
皮肉なことにこの工作員達の動きは、目を光らせていたアリアに察知する機会を与えてしまうことになる。
『ティルお嬢様を発見しました。これより関係各所に座標を共有します』
「ティル、今いくわ!」
二対の翼を広げたティアンナが夜の東京へ飛び立つ。長い夜は終盤へ移りつつあった。